これはサスタシャに行く前、俺とトールが組み始めたときの話だ。
ちょうど三国で戦没者の追悼式典があるとかで、都市中がバタバタとしていた。
「ふぁあああぁ……」
その日のリムサ・ロミンサの、良く晴れた早朝の船着き場だった。俺は双剣士ギルドのケチな仕事をこなした明けで、日割りで借りてる安宿に戻るところだった。
ギルド辺りは倉庫やドックが立ち並び、それぞれが狭い桟橋で繋がれている。まだ朝も早いってのに桟橋の上は漁師やら、船乗りやら沢山の人が行き交っている。
俺は巨大な石灰岩をくり抜いて出来た城壁にある、漁師ギルドの網倉の方に歩いていた。
その漁師ギルドの近くで、小舟を使って荷物の積み下ろし作業をしている団体がいた。少し沖の、水深の深いところに停められた、あのでかい運送船の荷物だろう。
ララフェルやらエレゼンやら色んな種族がせっせと働いている。
「…………」
何ともなしに、その一団をぼうっと眺めていたら、その中の、ひときわでかいルガディンがザブンと海に落ちた。
あっという間に沈んで、海面にはぼこぼこと泡が立つ。
海辺の仕事だ、人が水に落ちたからといって、周りの人もそう騒いだりしない。
一瞬だけ荷運びの一団に、大事な荷物を落としたのか、大きな事故でもあったのか、と緊張が走った。だけどすぐに、「どこの間抜けだ」ってぐらいの緩んだ空気になったのが見て取れた。
ここ海都で海に落ちるなんて、子供か、田舎者ぐらいだ。平和なもんだ。
そのあとが大騒ぎだった。
「うッ! ぐばばばばあああー!!」
出てた泡がぼぼぼぼぼっと激しくなるやいなや、落ちたルガディンが海面を割って飛び出してきた。
そして、猛烈にもがき始めた。すさまじいもがきっぷりだ。
落ちたときに、積荷から解き途中の縄を握っていたようだが、その縄を滅茶滅茶に引っ張った。
半端に結ばれたその積荷が、勢い良く動き出し、近くにいた数人を海に叩き落してから倒れた。
倒れた荷物から柑橘類やら林檎類やらがこぼれだして、桟橋中に転がり、騒ぎに気を取られた歩行者の足元に入り、歩行者は転げて海に落ちた。
流石だったのは事を素早く判断して、対処に動き出した男がいる。近くで釣りをしていた漁師ギルドのマスターだ。
マスターは機敏に動き出した。片側が桟橋に結び付けられた、太い綱を取り出し、落ちた人たち皆に届くように投げた。浮く素材で作られたらしいその綱に、落ちて混乱していた人たちがこれ幸いと掴まった。
最初に落ちたルガディンもその綱を掴んだ、そして激しく引っ張った。
綱が桟橋とルガディンの間をビンッと張ったため、先に綱を掴んでた連中は、したたかに顔面を打たれ、鼻血を吹いた。
綱に抱きついていたララフェルが一人、強く弾かれて海を飛び出し、桟橋を飛び超えてまた海に落ちた。そのとき桟橋に立っていたララフェルを一人巻き添えに、海に道連れに落としたのが見えた。
俺は一連の流れを呆気に取られて見ていた。騒ぎは収まるところを知らず、荷物はまき散らされ、足元をずぶ濡れになった猫が必死の形相で駆け抜けた。鳥が集まってギャアギャア鳴いている。何の騒ぎかも分からずパニックになった連中の何人か、また海に落ちる。
まさしく阿鼻叫喚だ。
駆けつけたイエロージャケットの魔術師が、沈静魔法をかけなかったら死人が出たかもしれない。
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「よお、旦那。今朝は大変だったな?」
騒ぎがあったその日の夕方『溺れる海豚亭』で、俺は不貞腐れるように酒を飲んでいるルガディン族の男に話しかけた。
でかい図体を丸めるようにしてテーブルに肘を突き、もともと赤茶けた顔を酒で更に赤く染めている。そいつは据わった目で、こちら睨めつける。
「何だてめえ。向こうへ行ってろ」
「そう睨むなよ。なに、仕事クビになったって聞いて、気になってさ」
俺はそう言うと、そいつの対面の椅子に座った。
そいつはひどく迷惑そうな顔したが、だいぶ飲んでいて、俺を追っ払うのも面倒になったようだ。何も言わずに飲み続けている。そりゃ落ち込んでんだろうな。
俺は近くを通る店員にエールを2つ頼んで、横目でそいつを観察する。実はここに来るまでに、俺はある程度の情報収集をしていた。
分かったことは四つ。
一つ。コイツはローエンガルデ族で名前はトール。
二つ。最近雇われたらしいが、自分が泳げないってことを、同僚や上司の誰にも言ってなかった。
三つ。今日の事件ではとんでもない損害を出して、仕事をクビになった(泳げないことを黙っていたことも災いした)。
そして、四つ。今日の出来事に関して、何故かコイツは誰にも言わず、黙っていることがある。
「気の毒だと思うぜ。でも、気になってるんだ」
指でこつこつとテーブルを叩きながら、勿体ぶって同じことを繰り返して言う俺を、トールはじろりと見る。俺はその目を無視して訊いた。
「教えて欲しくってさ、どうして、泳げないのに、”猫なんて助けようとしたんだ”?」
「…………」
今朝、俺は見ていた。あの出来事が起こる前、クァールの幼獣のような猫が、水面の波の動きに気を取られて海に落ちたのを。そしてそれを見たトールが、海に飛び込んだのを。
ちなみに猫は、最初こいつがもがいた時に、海からはじき出されて逃げていった。
「そんなおっかない顔するなよ。旦那」
俺は運ばれてきた2つのエールを受け取り、片方はトールのほうに押しやって、話を続ける。
「別に誰にも言っちゃいないし、誰にも言うつもりはない。だから教えてくれよ、トールさん」
「……馴れ馴れしい奴だな」
俺はわざと、恩着せがましいことを言った。こいつが俺の想像通りのやつなら、訳を話すだろう。
かと言って、別に俺は大したことを企んでる訳じゃない。本当にただ気になったのと、ちょっと弱みを握って今日の飲み代でも払わせてやろうと思っただけだ。
まあ十中八九は考え無しのお人好しだ。もしくはただの猫好きだな。この風体で猫好きとは公言したくないのだろう。さて何を注文しよう、牡蠣を揚げたやつが食いたいが、今日はあるかな。
「……だ」
お、しゃべり始めたぞ。
「……知らなかったんだ。俺は。俺が泳げねえって」
……は?
「泳げると思ってたんだ。ただ。俺が泳ぎだと思ってたのは。泳ぎじゃなかった」
……どういうこと?
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「クックックッ、ぶふっ」
「いつまで笑ってやがる……」
つまりはこういうことだった。急峻な山奥に住んでいたこいつは、自分の身長を大きく超える水深というのを知らなかったのだ。
こいつにとって泳ぎっていうのは、水底を蹴ってぴょんぴょん跳ねることだったようだ。筋肉質なルガディンだ、海水と言えど良く沈むだろう。
ざぶんと飛び込んで、いつまでたっても足が地面に着かないことに、大いに慌てたことだろう。
それであの有様か。猫に命を懸けるような、お人好しでも、猫好きでもなかったな。ただの間抜けだ。
だけど、猫のために服を濡らすのを躊躇わないぐらいには、お人好しみたいだ。流石に奢らせるのは気の毒になった。俺はひとしきり笑うと、さっきまでとはもう気が変わっていた。
「っはー……。なあ、俺と組まないか? 一人だろ?」
「……あぁ?!」
こいつはルガディン族の中でも一際でかい体だ。それにあの時、海中で暴れたときのパワーを戦闘でも発揮してくれれば、良い戦力になるだろう。
あんな騒ぎを起こした奴だ、しばらくは誰も寄り付かないだろうし、仲間探しに使うカンパニーファインダーを使っても、地雷扱いされるだけだ。
こいつもそれは分かっているのだろう。俺からこの提案をすると、ずいぶん渋い顔はしたが、割とすぐに「……ああ。頼む」と、了承した。
「よろしく頼むよ。俺はフロスト・カーウェイ。フロストで良いぞ」
俺が右手を差し出すと、トールはうっとうしげに右手を軽く叩きつけてくる。
「トール。トール・クラウドだ」
「名前なんて、興味ないね」
「なんなんだてめえは!?」
あ、すまん、つい。ほらまあ結成祝いだ、飲み直そうぜ!
俺はトールをなだめながら、勝手に食い物を選んで注文する。
「しかし何だって、山から降りてきたんだ? いや、別に言いたくなきゃ良いけど」
「フン……。山は退屈でな。16になったら出ていくって決めていただけだ」
ふーん、俺はエールを口元に持ってくる、が……何か、変だぞ?
「……おたく、いくつ?」
「16だ」
「ぶふゥ───っ!? と、年下かよ、ブハッみ、見えねえ!」
「てめえ!! 喧嘩売ってのか!?」
──────
それからしばらくこいつと組んで、いくつかの依頼をこなしてきた。あまり考えたり面倒なことしたりするのは苦手なんだろう。そこそこ割の良い依頼を取ってくる俺から、あえて離れることはなかった。ここしばらく良いコンビを続けてる。
……ただ、リムサ・ロミンサ中の酒場に、こいつの『大金鎚』の異名を流行らせたのが俺だと知られたら、多分殺される。
20/11/23 体裁の修正