FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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「あ……ち……ちが……た、隊長、わ、私は……」

「下がっていろ」

 

 狼狽する兜の騎士に、ジャンヌは有無を言わさずに言い放った。

 騎士は手足をぎこちなく動かし、逃げるように奥へと去っていった。遠くで石の階段の踏む音が響き、その足音が小さくなっていく間、ジャンヌは音の方へじっと目を向けていた。

 

 俺たちは声を出せずにいた。これがコイツの本性か。獲物に強い執着心を抱く、蛇のような目だ。他の騎士たちが恐れいたのは、この顔だろう。

 足音が完全に消えると、ジャンヌはこちらに向き直った。

 

「ホント、余計な事をしてくれたわね」

 

 いきなり口調を戻したが、視線は冷たいままだ。その声色の落差は、ひどく不気味だった。

 俺は鉄格子から2,3歩下がってから、にらみ返す。ジャンヌは剣を佩き、盾を背負っている。対して俺たちは丸腰だ。鉄格子だけが俺たちの盾だ。

 

「ハッ……残念だったなァ。全部、計算通りだぜ」

「ふん、偶然のくせに……あの子たちは、もともと私を疑っていたわ。バレるのが、ちょっと早まっただけ。スコットのソウルクリスタルを押収されたのは……少し残念ね」

 

 ジャンヌはため息混じりにかぶりを降った。

 あの子たちというのは、部下の騎士のことだろう。俺たちが持ってきたソウルクリスタルは、上司か誰かに取り上げられたようだ。

 目を怒りで光らせながら、ジャンヌは続けて口を開いた。

 

「そう、スコットを殺して”ソウルクリスタル”を奪ったのは私……私は”異端者”に与する者よ」

「……よ、予想通りさ」

 

 意外だった。

 こいつがソウルクリスタルを奪ったのは、間違いないと思っていた。だが、私怨の(たぐい)だろうとも思っていた。

 ジャンヌが異端者である可能性を、考えなかったわけではない。

 

 だがこいつは俺たちを下賤と呼び、見下している。イシュガルドの人間にありがちな、選民思考だろうと気に留めてはいなかった。

 俺たちに絡んできたのも、自分たちを差し置いてドラゴン族を倒した、そのことが気に食わなかったのだろうと。

 

 ”異端者”は、そのイシュガルドを否定した者たちだ。イシュガルドの騎士であることを誇りに思うはずもない。そこが意外だった。 

 異端者の中に、誇りに思うようなカリスマがいるのだろうか。

 

「あのクリスタルも、その手土産だったのよ……密通の日までもう少しだったのに、ひどいことするわね」

「ひとを異端者に仕立てようなんて、(こす)(から)いことを企むからさ。バチがあたったんだろ」

「あら? 失礼ね。そこの猫女は、本当に異端者と疑われていたのよ」

 

 背後から、「ええっ?」と声が聞こえた。

 これ以上、話をややこしくしないで欲しい。振り返って見ると、仲間たちはルッカから一歩距離を取っていた。当人はぶんぶんと首を横に振っている。

 

「もちろんそうじゃないことは、私が良く分かってるけれど。おかげで()()()()も見つかったわ」

 

 そう言ってジャンヌは鎧の隙間から、巻かれた羊皮紙を取り出してみせた。インクで記号や数字が書かれている。汚く古ぼけた地図のようだった。

 

「そ、それは!?」ルッカが声を上げた。

「その反応、本当に良いモノなのかしら? ちょっとした手土産にはなりそうね」

「返しなさい! 私の工房に入ったの!?」

 

 ルッカが鉄格子に駆け寄ろうするのを、俺は慌てて止めた。

 

「よせって! おい……ジャンヌとか言ったな。ずいぶんペラペラと喋るじゃねぇか。なんのつもりだ」

「ここまで疑われたら、私でもあの子たちを止められないわ。異端者の証拠を挙げられるのも、時間の問題ね」

 

 ジャンヌは羊皮紙を仕舞い込みながら、淡々と言う。 

 

「だから国を出ることにしたわ。今、これから。お別れぐらい、誰かに言いたいじゃない?」

「……決断の早いこった」

「せいせいするわ。もう、この国は終わっているのよ。貴族は醜い権力争いに没頭して、民は残されたパイを奪い合ってる……どいつもこいつも、惨めに腐りきっている」

 

 ずいぶんと、この国が嫌いだったようだ。芝居がかった口調で、機嫌良さそうに続ける。

 

「そこの猫女もそう。余所者ってだけでのけ者にされてるわ。雇うのは、同じのけ者にされてる変人貴族だけ……コルベール卿とか言ったかしら」

 

 大げさな手振りで喋るジャンヌの言葉に、知った名前が出てきた。俺は内心で舌打ちをした。

 

「お前……! お父様を侮辱するな!!」

 

 予想していた通り、後ろにいるココルが声を上げた。

 その声にジャンヌは目を丸く、それから邪悪に口元を歪めた。

 

「あら……貴女(あなた)、コルベール卿の娘ね。ふふふふ、バカな男よね。金稼ぎばかり得意で、他の貴族に目の敵にされて。

 それならまだしも、ララフェル族を養子になんてね。ふふふ。貴女、自分の父親が、影でなんて言われているか知ってる?」

「黙れ!! 黙れ、()()()!! それ以上言ってみろ! その舌を引き抜いてやる!」

 

 鉄格子に突進するココルの襟首を、俺は掴んで引き戻す。

 

「ココル、泣くな。追い詰められているのは、コイツの方だぜ」

「な、泣いてない!」

「泣いてんじゃねぇか……泣くぞ、すぐ泣くぞ、ほら泣ぐぼぉッ!?」

 

 ココルは俺の下腹部に拳を叩き込むと、後ろを向いて帽子を目深にかぶった。荒い息の音と一緒に、肩が小さく上下していた。

 

 目を戻すと、ジャンヌの手は、いつのまにか剣の柄に触れていた。うかつに近寄れば、串刺しにされていただろう。目が合うと、ジャンヌは苛立たしげに眉根を寄せた。

 

「貴方達も、殺してあげたいのだけれど……鍵は持ってないの。取ってくるのも面倒ね」

 

 そう言ってジャンヌは鉄格子を握った。扉ではなく、鉄格子全体につながった部分だ。ぎしりと鉄格子の全体が揺れる。俺は、思わず息を呑んでいた。

 大した腕力だ。今にも枠ごと外れそうな雰囲気だった。サスカッチ(ゴリラ)かこいつ。見世物の、猛獣が入った小屋でも見ている気分だ。

 

「ひとりぐらい殺せると思ったけど、まあ良いわ。色々喋ったら、すっきりしたわね。ありがとう。そして、さようなら」

 

 ジャンヌは、いきなり興味をなくしたように顔をそむけ、そのまま出口がある奥の方へと歩みだした。

 その背に、俺は一声だけ投げかけた。

 

「……このツケは高く付くぜ」

「それは、こっちの台詞じゃないかしら? まあ、チャラにしてあげるわ」

 

 ジャンヌは振り向きもせずに立ち去った。

 

 

────────────────────

 

 

 足音も消え、沈黙の中でココルの鼻をすする音だけが響いた。

 

「フロスト。どうするつもりだ……俺がその格子をぶち破る前に言えよ」

 

 ずっと黙っていたトールが、唸るように言った。

 こいつにしては我慢していたほうだ。俺の意思を汲んだのだろう。ただ、読み切れてはいなかったようだ。

 俺は鉄格子に近寄り、わざと軽い調子で言う。

 

「ぶち破るまでもないぜ。もう開いてる」

 

 扉を軽く押して見せる。耳障りな金属が擦れる音とともに、ゆっくりと扉が開いた。

 

「えぇっ!?」

「なに? てめぇ。いつの間に……」

 

 いつというなら、最初からさ。錠の具合を確かめてながらすぐにだ。

 ジャンヌの奴が、うっかり扉を開けないか、ひやひやしたぜ。あんな猛獣(ゴリラ)、武器無しでは、少しばかり分が悪い。

 

「あの野郎……ぶっとばしてやる!! ──グェッ!?」

 

 開いた扉に突進するココルの襟元を、掴んで引き寄せた。

 

「待て! お前は留守番だ。ココル」

「けほっ……なんで!」

「俺たちの無実はすぐに証明される。あいつが逃げたからな。だからってホイホイ抜け出したら、話がややこしくなるだろ」

 

 ココルは貴族の身内だ。正体を明かせば無茶なことはされないだろう。

 だが下手に脱獄などしたら、逆効果になりかねない。

 なにか言おうとするココルを、手で止める。

 

「ココル。お前の親父さんに、迷惑をかけないためでもあるんだ。ここは頼んだぜ」 

「…………わかったよ。でも、()()()()、お前は」

「悪いな、これ以上の議論はナシだ。トール、お前も残ってくれ」

「ああ? 俺もだと?」

 

 行く気まんまんで腕をぐるぐる回していたトールが、動きを止めて眉をひそめる。

 

「ココルひとり連れていかれたら、残りの俺たちはブタ箱行きにされかねない。だから、俺が戻るまで、誰も()れるな」

「……フン。ここは牢屋だぜ。()()()()とは笑えるな……行け。任せるぞ」

 

 トールは少しも面白くなさそうに言いながら、その場にどかりと座り込んだ。

 俺は銅像のように真っ直ぐ突っ立っているジンに、手振りで合図をする。

 

「ジン、追うぞ。まずは武器だ」

 

 武器さえあれば、あんな奴どうということもない。

 

「わ、私も連れてって!」

「うわ!?」

 

 牢屋を出ようとした俺の前に、ルッカが滑り込んできた。思わず足を止める。心臓に悪いからやめてほしい。

 一瞬、なにを言っているか分からなかったが、

 

「私も──」

「それは、駄目だ。足手まといだ」

 

 すぐにそう答えた。

 説明している時間はない。いくらミコッテ族に狩人の素質があるとはいえ、それは訓練された場合の話だ。

 見ればわかる。こいつは戦いのための訓練はしていない素人だ。当然、置いていくより他にない。

 口を「あ」の形に開けているルッカの横をすり抜けて、牢屋を出た。

 

 石の床の上を、足音を消しつつ先行する。ジンが少し後ろを着いてくる。

 ここは地下で、牢屋がいくつか並んでいるが、他は(から)だ。奥には細い階段があり、行き当たりに鉄の扉。

 はいるときにも見たが、中は騎士の詰所(つめしょ)になっている。入ったときにいたのは、兜の騎士を入れて5人。武器は袋に入れられ、そこに置いてあるはずだ。

 飛び出して一気に制圧するか。誘い出してひとりずつ畳むか……まだ、ジャンヌがそこにいる可能性もある。あいつがいると、素手では厄介そうだ。

 いくつかのパターンで戦略を考えてるうちに、鉄の扉へと到着した。

 扉に耳を当てるが、静かなもんだ。音が鳴らないように、そっと扉を押した。

 

 

 結果から言うと、戦略は必要なかった。

 

「くそったれ……クソッ!」

 

 鼻を突くむっとするような匂いで、詰所は満たされていた。血の匂いだ。

 神殿騎士は、全員死んでいた。数は数えられないが、生きているものはいないだろう。見覚えのある兜が、転がっているのも見えた。

 腹の底からどす黒い気持ちが湧いてくる。怒りや後悔が混ざったクソみたいな気持ちだ。

 こいつらは……少なくとも、今日死ぬはずじゃなかった!!

 

「こ、これ……君たちがやったの?」

「うぉわ!?」

 

 いきなり背後から声をかけれら、口から黒いものが飛び出しそうになった。

 

「ルッカ! なぜ着いてきた……いいか、これはジャンヌの仕業だ。これで分かっただろ? 危険だ」

 

 俺は息を整えながら、そう言った。トールのヤツに、誰も出すなとも言っておくべきだった。

 ジンがごそごそと、倒れた机のそばを漁っている。そう、恐らく武器はそのあたりだ。

 そちらに足を向けると、再びルッカが前に出てきた。見れば青い顔をしている。こういう光景は、見慣れていないのだろう。気絶したり悲鳴を上げないだけ、大したものだ。

 

「わ、私も行く。ひ、必要だから」

 

 ルッカは声を震わせ、訴えるように言う。

 

「必要? いや、なんで着いて来たがるんだ」

「あの人が持っていった地図……大事なものなの」

 

 そういえば、そんなことも言っていたな。

 ……ふむ。

 俺は一歩踏み込んで、ルッカに顔を寄せた。ルッカはのけぞり、距離を取ろうとしたが、俺はさらに踏み込んで顔を寄せる。

 

「…………宝か?」

「……ざ、財宝、かも。とにかく、とても貴重なもの。私の一族は、ずっとそれを探していた」

「そうか……俺たちが取り返してやる。だから、戻ってくれ」

 

 取り返したあと、渡すかどうかは議論の余地があるがな。

 俺は頭を元の位置に戻し、ジンを見る。ガチャガチャと音を立てているところをみると、無事に武器を見つけたようだ。

 

「追う目的はそれ…”必要”なのは別に理由がある。彼がどこに逃げるか、分かってるの?」

「西だろ? 異端者の根城だ」

 

 ここクルザスに、西部高地と呼ばれる土地がある。イシュガルド周辺について、俺はかなりの事情通だ。コルベール卿の詰め込み式授業のおかげでな。

 

「どうやって追いかけるつもりだった?」

「どうって……走って」俺はルッカにそう答えた。

 

 ルッカは長く息を突きながら、うつむいて耳をぐりぐりと動かす。

 

「ダメだよ。このイシュガルドが、どこにあるか忘れたの? 正面の橋以外は断崖絶壁。西にある門も、空路用の発着場があるだけ!」

「…………あ」

「身元の保証もなしに、チョコボも借りれない」

「……うぐ」

 

 迂闊だった。ここイシュガルドは、山の頂上を削り取ったように建っている。

 ジャンヌは間違いなく空路を行くだろう。

 悩んでいる時間はない。追跡にもっとも重要なのは、初動の早さだ。遅れるほど相手の選択肢が指数的に増えていく。

 

「……どうにか、できんのか?」

「着いて来て」

 

 

────────────────────

 

 

「うわ、荒らされてる……けど、良かった。思ったよりマシ」

「…………」

 

 ルッカはブツブツと言いながら、”工房”の奥に進んでいく。

 

 俺たちが収容されていた留置所からほど近く、雲霧街の外側に面する位置に、その工房はあった。

 工房としては大きくはないが、巨体であるグゥーブー属の1体や2体は、楽に寝かせられそうな広さはある。兵器などを置いおくような、ガレージの様相だ。奥には扉があり、私室になっているようだ。

 俺とジンはその入り口で突っ立っている。口がぽかんと開いてしまっていた。

 

「……工房? 武器工場の間違いじゃねぇか?」

 

 武具だ。それも大量に。

 明らかに爆弾であろうもの。バカにでかい鎧。大砲まである。小型の銃に並んで、刀剣や槍の類がいくつも置かれていた。ガレージの中央にはでかでかと、布を被せられた巨大な何かが置かれていた。

 異端者どころか、明確に危険人物じゃないか。

 

「いいから! 急ぐんでしょ? そっちの布のはしを持って!」

 

 奥から工具をまとめて持ってきたルッカが、声を上げた。確かに気にしている場合ではない。俺は言うとおりに、中央にあったキャンパス生地の巨大な布を、二人がかりでめくりあげた。

 現れたものに、俺は再びあっけに取られた。

 

「すぐ調整するから!」

「こりゃあ……ボートか? これで崖を、滑り降りるってんじゃないよな?」

 

 形は大きめのボートそのものだ。青みがかった銀色の、樹脂のようなものでコーティングされている。フネの尻には羽根車状の部品も見えた。

 ルッカはフネの後部近くで、大きな筒を連結させている。どうやら帆柱(マスト)のようだ。

 

「最近”スカイスチール機工房”っていうところに、凄腕の技師たちが出入りしててね。”ガーロンドアイアンワークス”の人たちみたいで、知らない? シドって有名な天才技師がいるんだけど、その人の論文では──」

 

 ルッカは手早く帆布を広げ、マストに取り付けていく。手伝うにも何をすれば良いのか分からないので、揺れる尻尾をぼうっと眺める。

 技師としての腕は確かなようだ。機械のことはわからないが、あたりの武具を見ればわかる。

 

「すごいんだよ! これが革新的で! こっそり見たんだけど、偏属性クリスタルを使った属性変換機構で、周囲のエーテルを風属性に──」

「悪いが、話をまとめてくれ。俺も焦ってるんだ」

「コ、コホン……クルザスの西部高地は、とても広い……でも、この子なら、必ず追いつける!」

 

 ルッカは熱くなったことを恥じるように咳払いをした。

 そして簡素な座席の上に立ち上がると、両手を広げて言った。

 

「この、見様見真似の()()()()()……”マナカッター”さえあれば!!」

 

 

          *

 

 

「うわ、高ぇ……ところで、”技術”ってのはよ、盗んじゃまずいんじゃねぇのか!?」

「飛んでから言わないでよ! ……こ、個人で楽しむだけだから! 作って、眺めるだけで良かったのに……まさか飛ぶなんて」

「……お、おい、まさか初飛行か!? クソッ、なんてこった」

 

「……ぜ、うっぷ」

「ジン、我慢しろ! 吐くなよ!?」

「だ、大丈夫なのその人!? 置いていった方が良いんじゃ……?」

「ジンを足手まといって言うなァ! やるときゃやるんだぞ!!」

「そんな風には言ってない!!」

 

「……ッ! ……狼煙、か……? 

 おい、見えたか!? あそこに行ってくれ!」

「──ご、ごめんなさい。舵が、きかない……」

「頼むぜ、おい……なんでだ!?」

「こ、この土地のエーテルの流れを、知らないまま飛んでいる……!

 この船は風属性のエーテルを、帆で捉えて浮力と推進力を得てる……わかるでしょ? 小型の帆船と一緒で、潮流には逆らえない!」

「いや、分からん」

「……か、海図なしで、海に出てるようなもの!

 島は見えていても、水の流れは見えない。島に行くには水の流れを理解しないと……」

「ピンとこねぇ」

「もうっ!! とにかく、回り道では行けるかもしれないけど、まっすぐは無理なの!」

「なるほど、よく分かった。おい、先に降りるぞ。ジン、ルッカを頼む」

「…………ぜ、ぜぅ」

「な、なに言ってるの────あっ!」

 

 

          *

 

 

────────────────────

 

 

 雪は強くはないが、絶えず降っていた。雲は厚く、太陽は見えない。薄暗くて見通しが悪い。

 クルザス西部高地は、霊災以前はこんな気候ではなかったらしい。住民もいたが、イシュガルドに避難したという話だ。それ以来、この土地は雪と氷に閉ざされたままだ。

 大地のあちこちが大きく隆起している。これも霊災の影響だろうか。

 

 雪に紛れるように、紫煙が昇っていた。魔物か何かの糞を燃やしてるのだろう。重く湿った黒い煙が、比較的まっすぐに雪の中を伸びていた。

 

 その煙の足元、見晴らしの良い、切り立った崖の上にソイツはいた。

 

「匂う、匂うぜぇ。白銀の世界にふさわしくない。クソを煮詰めた、悪党のニオイだ」

「……ッ!? ……誰だッ」

 

 鎧姿の男がこちらを振り返った。ひとりだ。

 赤や緑をまだらに染めた、サイケデリックな色の頭だ。見間違いようがない、ジャンヌだ。

 だだっ広く、不意打ちができる状況ではなかったので、俺は普通に声をかけた。

 

「そんな事件の香りを、俺がキャ〜ッチ! ……こんなところまで来させやがって……逃さねぇぞ」

「……あら、貴方なの。意外な追っ手ね……」

 

 ジャンヌはつまらなそうに言いながら、頭を左右に動かしている。俺に仲間がいないかを探っているのだろう。

 飛空艇から飛び降りた俺は、えっちら崖の上まで歩いてきた。

 ジンたちがいつ到着するかわからないが、待っている時間はない。狼煙を見た異端者も、いつ集まってくるか分からない。決着を急がなければ。

 

「どうやって来たの? いえ……()()()()()()()()来たのかしら?」

 

 どうして……か。コイツの言い分もわかる。

 放って置いても、俺たちは開放されるはずだ。異端者だのなんだのは、俺たちよそ者には関係がない。騎士団がどうにかする問題だ。今回の件、なんなら俺たちは、被害者ともいえる。

 コイツからすれば俺たちには、自分を追ってくる理由はないはずだろう。

 

 俺は剣を手に取り、軽く回しながら、足を前に進める。このへんの雪は下層が固くなっており、そこまで足を取られることはなさそうだ。左手の盾はよくある小さめの円盾で、手に良く馴染む。

 

「ツケを、払わせるためだ」

「……またそれ? 牢屋に入れられたことが、そんなに気に障った?」

「違う」

 

 ジャンヌは肉厚の直剣を抜き、こちらを睨みつけている。盾は(たこ)に似た形状の、カイトシールドだ。どちらも俺の装備より、上等そうだ。

 俺はさらに、歩みを進める。

 

「じゃあ、なぁに? あの猫女の地図のため? それとも……騎士たちのこと? 下民風情が、つまらない義侠心を……」

「違ぇよ、()()。てめぇが払うのは──」

 

 俺は剣を持ち上げ、切っ先を相手に向ける。

 

「うちの”癒し手”を、泣かせたツケだ」

 

 もう、顔が良く見える距離だ。

 ジャンヌは眉を下げて、そんなことで、と言いたそうな顔をした。

 そうだ、”そんなこと”だ。コイツの思惑を台無しにするには十分さ。俺たちの行動原理は、いつだってシンプルだ。なめたやつを放っておきはしない。

 

「今度は、財布では済まさない。その命を、盗ませてもらう」

「…………下種(げす)め」

 

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