FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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「逃げる? そんな必要ないわ」

 

 ジャンヌは狼煙を踏み消し、こちらを向く。

 口元を歪め、余裕たっぷりに言う。

 

「お前はバラバラに刻んで、雪に()いてやる。魔物の餌になりなさい」

 

 

────────────────────

 

 

 視界が真っ白だ。

 焦点が合わない。自分がどういう体勢かも分からない。白の中に赤い花が咲いた。血だ。クソッ……俺の血だ!

 

 俺は顔を上げて、鼻だか口だかから流れる血をぬぐった。

 突いた膝を雪から離して、立ち上がる。意識が飛んでいた。どれくらい、などと考えている暇もない。

 ジャンヌが、こちらに向かって来る。 

 

「ふふふふ。たいそう格好の良いことを言っておいて、その程度ォ?」

「……ち、ちょっと待てよ……こんなはずじゃあ」

「言い訳は、みっともないわよ──ッラァ!!」

 

 ジャンヌが剣を斜めに振り下ろしてくる。

 俺はなんとか盾で受け止め、横に流そうとする。だが、

 

「──ッグ!?」流しきれず、体が弾かれる。

「ふふふ、フハハハハッ!!」

 

 ジャンヌは哄笑しながら、続けて剣を振り続けてくる。

 

 クソッタレ……見誤った!

 装備の違いがある。

 俺が身につけているのは、守り手も攻め手も共有できるような、動きやすさ重視の汎用性のある鎧だ。小手すら着けていない。

 目の前のこいつは、全身をしっかりとした金属の鎧で守っている。

 

 だが、そんなことは問題じゃない。

 

 俺は……ちったぁ名の売れた、歴戦の冒険者だ! 死にかけとはいえ、”ドラゴン”だってぶっ殺した!

 こんな……ちっぽけなニンゲンひとり、どうってことはないはずだった。

 魔物との戦いに慣れた冒険者が、人間の武芸者に苦戦することはよくあることだ。技の威力よりも、立ち回りが優先される。

 

 だが、そんなことは、問題じゃない!

 ──対人の戦闘は、俺の得意分野だ!

 

 ()()()()()、見誤った!

 

 ジャンヌが横薙ぎに剣を振るう。

 出し惜しみをしてはいられない。俺はエーテルを身にまとい、頑丈さを高める戦技、”ランパート”を展開する。

 強い衝撃が、盾を通して体に伝わってくる。ランパートですら衝撃は殺しきれず、盾の裏側が顔面にぶち当たり、また血が飛び散る。

 見誤ったのはこれだ。サスカッチ(ゴリラ)ですら、見通しが甘かった。

 人間ではありえない、異常なまでの腕力。

 

「ガハッ……て、てめぇは……いったい」

「ハ──ハハハハッ!」

 

 乱暴に剣をぶつけてくる。常軌を逸した力だが、単調な攻撃だ。

 クソッタレめ、なめやがって。

 少し驚かされたが、人間の形をした、魔物だと思えばどうということはない!

 やりようはいくらでもあるんだよ!

 

 俺は体を前後に揺らし、大ぶりの剣を(かわ)す。

 まずは、いったん、突き放すッ!

 

「うっとおしい──は、な、れ、やがれェ!!」

「──ッ!?」

 

 俺は剣にエーテルを通し、思いっきり”フルスイング”で殴りつけた。致命打を与えるためではない。あえて剣を受け止めさせ、遠ざける。対人戦闘でのみ見られる技のひとつだ。

 

 予想外に重い一撃を受けただろうジャンヌは、驚きの表情を浮かべていた。そのまま、数メートル後ろに、勢いよく吹っ飛ばすことに成功した。

 

「……チッ。やるじゃない……ム?」

 

 崖の手前で踏みとどまったジャンヌが、悪態をつく。そして自らの目に手をやった。

 ……クッククク。ツイてるぜ。

 まぐれだが(ひたい)のあたりを傷つけたらしい。血が流れ、ジャンヌの片目に入る。

 俺はこれから、ひたすら血の入った死角から攻めれば良い。

 もはや勝ったようなものだな。

 

「ギャーッハッハッハ!! 油断したな、狙い通りだぜ! さあ命乞いをしてみろ! 地に頭をつけて、止血をすることを許してやる!!」

 

 俺はそう挑発しながら、ジャンヌとの距離をはかる。

 当然、降参などするはずがない。逆上して突っ込んでくるのを、期待し、警戒する。傷を塞ごうとすれば、それも(すき)だ。

 

 だが、ジャンヌは、予想通りには動かなかった。

 

「ふっ、うふふふ。貴方……名前を、訊いてなかったわね。教えなさい」

 

 ジャンヌは傷から手をはなし、血が流れるままにしている。

 嫌な予感だ。

 

「…………フロストだ」

 

 答える義理などないが、突撃する気にはなれなかった。ただ状況を先延ばしにするために、名乗った。 

 

「そう……フロストというのね……フロスト、フロスト、フロスト。可愛いわね、貴方。無謀で、滑稽(こっけい)。本当に()()()()

 

 ……クソッタレ、それは、没収されたほうに、賭けていたんだ。

 牢屋で、兜の騎士は言っていた。

 誰と誰が、()()()()()()()()を継承したと。

 

 ジャンヌは剣をだらりと下げたまま、エーテルを展開する。

 

「”()()()()()()”」

 

 ジャンヌがそう唱えると、エーテルが光となってジャンヌの頭上から注がれる。

 顔に残る血を、ジャンヌがぬぐう。ぬぐったあとには、傷ひとつない額があった。

 

 ”ナイト”のソウルクリスタル。ジャンヌはその戦技を使う、ナイトだ。

 クソッタレめ。それは、大問題だ。

 

 

────────────────────

 

 

「ふふ、ふははッ!! ()()()()? ()()()()()()だァ? ハハハハハッ!! 笑わせてくれるッ! ワタシをコケにした罪、その命で払ってもらおうかしら!!」

「…………い、嫌味なヤツだな……ゲホッ」

 

 俺はかろうじて立っていた。だが、ボロボロだ。お釣りも出やしない。

 すでに、”ランパート”も”センチネル”も、”リプライザル”も”アームレングス”も使ってしまった。こういう戦技は、エーテルの残量に関係なく、立て続けに何度も使えるものではない。

 俺はエーテル量に自信はあるが、使える戦技の数や、その出力には限りがある。

 

 ソウルクリスタルを持つ者との間に、ここまで差があるとは思っていなかった。戦技の質と数が違いすぎる。

 加えて得体の知れない腕力が、その差を押し広げている。

 

「フハハハハッ! 下種の人間ごときがァ!! 図に乗るからよォ!」

 

 ジャンヌは勝ちを確信し、ゲラゲラと笑っている。

 

 これは、死ぬかもな。

 シャレにならない。思考が鈍る。

 

 

 血を流しすぎた。めまいがする。

 

 

 

 まるで、エーテル酔いに似た感覚だ。

 

 

 

 

『…………! ……ャンッ!!』

「…………?」聞き慣れない声がする。

 

 いつの間にか……さっきまでとは違う場所にいた。

 目の前に立っていたジャンヌの姿もない。

 雪原には変わりはない。隆起した大地が見える。少なくとも、西部高地ではありそうだ。その景色には、ときおりノイズのようなものが走る。

 

 そうか。これは、現実じゃない。

 

「……これは、”過去視”、か?」

 

 俺の秘密の、”過去視の力”だ。役に立った試しがないので、そろそろ存在を忘れていた。

 

『なにをしているんだ! ジャン!! 死にたいのか!?』

 

 俺は声の方に頭を向けた。

 声を上げていたのは、背の高い耳の尖った、エレゼン族の男だ。白い鎧姿。見たこともない顔だ。

 だが、ソイツが首から下げているものに、見覚えがあった。細い鎖に、特徴的な意匠の金属の細工が、クリスタルを固定していた。

 こいつ、恐らく──

 

『……待ってくれ、スコット……なんてことだ。あんな……』

 

 男はもうひとりいた。スコットと呼ばれたエレゼンに肩を掴まれ、揺すられながら棒立ちしている。

 そうだ。スコットだ。酒場で見たソウルクリスタルの持ち主。あれと同じものを身に着けている。

 かたわらの男は……髪は短く、染めていない。化粧もしていない。だが、間違いない。ジャンヌだ。

 

 2人の男は、同じ方向を見ている。どちらも鎧はボロボロだ。

 ジャンヌの欠けた鎧の隙間からは、スコットと揃いの意匠のクリスタルを、首に下げているのが見えた。

 

 何を見ている? これは、いつの景色だろう。

 いや、待て。そんなことよりも、”今”俺はどうなってる? まさか、敵の前で無防備に突っ立てるってのか!?

 

 俺は焦りを覚えながら、男たちの見ている方に目をやる。

 息が止まる。

 

 そこにいたのは、巨大な龍だった。

 碧みがかった黒い鱗。頭からは4本の節くれだった凶悪な角を生やしている。家屋ですら覆いつくせそうな巨大な翼を持っている。

 だが、一番ヤバいのは、その目だ。琥珀色に輝くその目からは、異常なまでの憎悪を感じた。”邪竜”という言葉が頭に浮かぶ。

 

 それなりに遠くにいるはずだ。だが、そんな風には思えなかった。

 龍は、俺を見ていた。いや、そんなはずはない。俺はここにはいないのだから。

 ソイツはただ、こちらを見ているだけだ。それだけで十分逃げ出したくなる。

 

『スコット。見ろ……なんて……()()()……』

 

 ジャンヌの幻影が、そうつぶやいたのが聞こえた。

 

 

 

 次の瞬間、風景がまた変わっていた。

 

 暗い。風が動いていない。どうやら部屋の中だ。ろうそくの灯りがちらちらと、2つの影を揺らしている。

 

 片方はジャンヌだ。もう片方は、顔が影になって見えない。

 

『──本当に、良いな』影になった方が言った。

 

『ああ。何でもしよう。スパイでも、密輸でも。早く、それを……』

『…………分かった。さあ、飲むがいい。この”■■■”を』

 

 ジャンヌは飾りの付いた金属の杯を受け取り……いや、待てって。

 そんな場合じゃ、ねぇんだよッ!

 終われッ、覚めるんだ!!

 

 

 

「あらあら──何をぼぉってしてるのよ!!」

「うわッ──!?」

 

 意識が雪上に戻ると、目の前に剣が迫っていた。

 俺は横っ飛びし、転がって距離をとる。顔の穴という穴に雪が入ってくるが、構ってはいられない。

 

「しぶといわね……もう、飽きたわ。終わりにしましょう」

 

 ジャンヌはうんざりした顔で、こちらに歩いてくる。かなりマズい状況だ。

 何か、何か手はないのか。

 

 

「……り、”竜の血”っては、どんな味だ?」

 

 俺は、幻影の中で聞いた言葉を口にした。

 ジャンヌが足を止めた。

 

「…………あら……知ってて立ち向かってきてたの? ……でも、良くは知らなかったみたいね。そう、これが、竜の血の力」

 

 ジャンヌは手を大仰に広げて言う。

 知ったことではない。そのまま、気分良く喋ってろよ。

 俺は呼吸を整え、体力を回復させる。

 

「素晴らしい”力”よ……でも、全然たりないの。もっと、もっと飲まないと! そのためならなんだってするわ!」

 

 竜の血……まさか、本当に”血液”を飲んでるわけじゃあるまい。おそらく身体を強化する薬だろう。依存性のある何かが、混ぜられてるに違いない。

 

 竜の血を語るジャンヌの目は、普通じゃない。 

 

「イシュガルドの人間も、異端者どもも、どうだっていいの。馬鹿みたいに争っていればいいわ。それを利用して、もっと竜の血をもらうの。そして──」

 

 恍惚とした表情で、ジャンヌは言う。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ずっと最初から、見誤っていた。コイツの奇抜な格好は、竜を模したものだったのだろう。

 人が竜に? こいつは、正気じゃない。

 

「だから…………テメェみてぇなァア!!」

「…………ッ! グッ!?」

 

 ジャンヌがいきなり突っ込んで来て、剣を振り下ろす。

 なんとか受けることはできた。だが──

 

「薄汚い! ドブネズミの! 分際でェェ!!」

 

 続けて何度も、剣を打ち付けてくる……マズい、盾が、持たない!

 

「ドラゴン族を殺しただなんて! 許せないわよねェ!? オラァアッ!!」

 

 強烈な一撃で、俺の盾はバキバキに砕け散った。

 もう完全に限界だ。俺は足に力を込めて、この場から逃げようと試みた。

 だが、判断がおそすぎた。

 ジャンヌが自らの盾で、俺をぶん殴った。

 視界がぐわんぐわんと揺れ、俺は膝を突いた。

 

「はぁッはぁ……ふふ。それなりに、楽しめたわ」

 

 ジャンヌは俺の胸ぐらを掴み、そのまま軽々と俺を吊るし上げる。

 

「死になさい」

 

 まいった。もう打つ手なしだ。

 終わりってのはあっけない。

 俺は目をつむり、その瞬間を待った。

 

 その瞬間は、なかなか訪れない。

 

 

「……なによ、あれ」

 

 目を開けると、ジャンヌは明後日の方向を見て、眉をひそめている。

 

 俺がそっちに目を向けると、少し遠くの空を、小型の帆船がゆらゆらと飛んでいるのが見えた。

 あれは……()()()()()()だ!!

 俺は、手に力が戻ってくるのを感じた。俺にできることは、まだある。

 

「ゲホッ……ハハ、俺の仲間だぜ……運が、悪かったなァ。おい、降参しろよ」

 

 マナカッターは、大きく帆を膨らましている。こうしてみると、風脈に乗っているというのがよく分かる。

 真っ直ぐには進めていない。大きな渦に乗るように、円を描いてこちらに向かってくる。

 

「……なぜ逃げもしないと思ったら、こんなことを期待してたの? ふん、あんな小さいのじゃ、乗れて2,3人でしょう」

 

 ジャンヌはそうあざ笑い、俺を雪上に放り投げた。俺は無様に雪に突っ込む。もう受け身を取ることもできない。

 

 それでも、俺はすぐに立ち上がった。

 限界だと思っていたが、人間ってのは現金なものだ。希望をチラつかせられると、もうひと絞りできる。

 俺は自分の口角が、勝手に持ち上がるのが分かった。

 

「……何よ、その顔。助かるとでも思ってるの? お前を殺すのなんて、10秒もあれば十分よ」

 

 ジャンヌがこちらに体を向け、言う。

 

 10秒…………10秒だってよ。

 本気だろう。

 力の差を考えれば、間違っちゃいないさ。

 

 

「ふふッ……ヒヒヒッ」

「…………何が、おかしいの」

 

 俺は笑う。

 口の端が切れてズキズキと痛むが、関係ない、笑え。

 

「ヒヒ、ハッハハ……ぎゃーっはっはっは!!」

「…………イカれたの? とにかく、不愉快だわ」

 

 ジャンヌは顔を歪め、一歩踏み出した。そして、

 

「もう、死になさ──……」

 

 すぐに、その歩みを止めた。

 ジャンヌは目を見開き、麻痺でもしたように、その場でブルブルと震える。

 

「……こ、この……き、貴様、まさか……」

 

 へぇ、分かるんだな。

 ジャンヌの目を見て、もう一度にっこり笑ってみせる。

 

 俺は、左手に持った()()を、かかげてみせた。

 

 それには細い鎖がついている。鎖から、金属の細工で固定されたものがぶら下がっている。

 その()()()()()()()()が、どこにあるか、俺はすでに()ていた。 

 

「こ、この……ッ! 腐れ盗人(ぬすっと)の、ドブネズミがァァア──ッッ!!! 汚い手でそれに触るんじゃネェエッ!!」

「ぎゃーっはははッ!! おいおい、今のは聞き捨てならねぇぜェ!!」

 

 ()()なんてよしてくれ。

 ドブネズミなんて論外だ。

 俺は。

 

「俺を呼ぶなら──”()()()”と言ってくれ!!」

「下種がァアッ!! ()()()にしてやるッ!!」

 

 ジャンヌが雪を散らし、勢いよくこちらに突っ込んで来る。

 俺はクリスタルを握り、残ったエーテルをありったけ込める。

 

 すぐ前に迫ったジャンヌが目を剥き、吼える。

 

「ば、馬鹿な……貴様なんぞに! その技が、使えるものかァッ!!」

 

 ジャンヌは剣を振りかぶり、真っ直ぐ俺に打ち下ろす。

 俺は恐怖を押し殺し、腹に力を込める。

 俺は、クリスタル持った手を上げる。応えろ、クリスタルよ。

 

 振り下ろされた剣が、鈍い音を立てた。

 剣の刃は、俺の手の甲に触れて、止まっていた。

 

 ジャンヌの顔がよく見える。俺はソイツの、驚愕と憎悪の混ざった表情を眺めながら、大きく息を吸う。

 

 

「”()()()()()()()”!!!」

 

 

 俺の体を、凝集されたエーテルの力場が覆っている。

 ”無敵(インビンシブル)”だなんてフザけた名前も、この技においては過不足ない。

 

「クソッタレがァァアア!! そんな技が、いつまでも保つわけねぇだろうがァア!!」

 

 ジャンヌは激高したまま、滅茶苦茶に剣を振り回し、下がろうとする。

 俺は防御もなにも放り捨て、ひたすら急所を狙う。逃しはしない。

 必然的に、足を止めて打ち合う形になる。

 

 コイツは、10秒あれば俺を殺せると言った。

 ()()()笑ったのさ!

 

「10秒もあれば、十分なんだよッ! ソイツが()()()()()時間が稼げりゃなッ!!」

 

 俺の考えに気付いたのか、ジャンヌは顔を上に向けようとする。俺はそれを妨害する。視線を自分に向けさせるのが、”守り手”の仕事だ。

 

 風脈に沿って走るマナカッターが、ちょうど俺たちの頭上を通り過ぎた。

 ジャンヌは闇雲に、頭上へ剣を振り上げようとする。

 俺は両手で自分の剣を握り、ジャンヌの剣を、全力を込めて押さえつけた。

 影がひとつ落ちてくる。

 

「……ぁああアア!! 下種が!! クソ下種共がァア──ッ!!」

「シィィイイィィァァァアア────ッ!!!」

 

 空気を裂くような気合を上げながら、マナカッターから落下してきたジンが、刀を一閃させる。

 ほとんど真上から落ちてきたジンは、袈裟斬りに刀を叩きつけた。

 ジャンヌの右腕が千切れ飛び。そのまま、ほとんど真っ二つにする勢いで、胴体を刀が通り過ぎる。

 

 ジャンヌの体は、半回転して雪に叩きつけられ、そのまま沈黙した。

 雪上に着地したジンは、そのまま膝を付いてうつむく。

 

「ジャンヌ……確かに俺は、無謀だった。滑稽だったな」

 

 そもそも、一人で戦おうとしたのが、大間違いだった。なんで、”攻め手”のジンを連れてきたっていうんだ。

 俺は、基本ってものを忘れていた。

 

「囲んで叩くのが、”()()()”だ。楽しめたかよ」

 

 

────────────────────

 

 

「うわ!? だ、大丈夫なの、それ?」

 

 崖のそばに飛空艇を着地させ、降りてきたルッカは引き気味の顔で言った。

 無理もない。念入りにいじめられたからな。ひどい面をしているだろう。

 

 俺はルッカの方へと歩み寄りながら、尋ねる。

 

「たいしたこと、ねぇ……ポ……ポーション、あるなら……」

 

 最後まで言い切れずに、雪の上にぶっ倒れた。

 

 ジンは少し離れたところでしゃがみ込んでいる。ゲロゲロ言いながら、昼食のメニューがなんだったかを確かめていた。

 かなり無理をさせたようだ。出しちまった分ぐらいは、おごってやるか。

 

 そばに立ったルッカが俺に、ポーションバシャバシャとかける。

 けっこう質の良いポーションのようだ。手作りだろうか。錬金術もかじっていそうだ。

 

「助かるぜ……なぁ、”竜の血”ってのはないのか? あったら試してみてぇな」

 

 ふと、思いついたことを言った。

 薬ひとつで、あれだけ強くなれるなら使ってみたくなる。依存性はあるのかもしれないが、なぁに、一度ぐらい平気さ。

 

「そんなの持ってるわけないでしょ! 少しでも変異したら、市民ですら死刑なのに!」

 

 軽口で言ったつもりだったが、ルッカは真剣な声を上げた。

 

「…………待て、なんだって? 強化の薬じゃねぇのか? 変異だと……」

「竜の血は、()()()竜の血なの。無理やり竜にさせられた人だって……ポーションもっと取ってくるから、動かないで」

 

 そう言ってルッカは、飛空艇の方に走っていった。

 

 竜の血は、”血液”そのものだった? アイツの、竜になるという言葉は、妄想じゃなかったってのか。

 

 …………それは、マズイッ!

 

 俺は痛むのも構わず、体を起こし、叫ぶ。

 

「ジンッッ!! ソイツにとどめを刺せ!!」

 

 ジンは、すぐにジャンヌが倒れていた方に構えた。だが──

 

「……ッ!?」

 

 そこには血の跡しかなかった。

 動けるわけがない、生きてるわけがない傷だったはずだ。

 腕力だけではなかった。あいつは、ドラゴン族の生命力、そこまで獲得していたのか。 

 

「ふふフフ。はーッはッはハハ!! ド、ドブネズミがァ、このワタシに勝ったつもりカ!?」

 

 かすれた叫び声の方へ顔を向けると、血まみれのジャンヌが、離れたところで仁王立ちしていた。

 なにか角張った物を持っている。細い縄が伸びて、その先がバチバチと火花が散って……

って、ば、爆弾じゃねぇか!? なんでそんなもんが! 異端者への手土産かッ!?

 遅れて、硝煙のニオイが鼻に届く。見れば爆弾は、ジャンヌの足元にいくつも転がっている。 

 

「に、人間風情ガ、私ヲ──ワ、ワ、ワタシは、美しキ竜になる!!!」

 

 爆弾の威力だとか、考えている時間は無かった。

 俺は力を振り絞って、雪を蹴る。

 ポーションの瓶を抱え、棒立ちしているド素人に向かって、走った。

 

「え、えっ……キャアッ!?」

「舌、噛むなよ」

 

 ルッカを抱えて、崖を飛んだ。

 直後、頭上で轟音が鳴り、強烈な光が降っている雪を照らした。

 

 崖はそれなりに高い。

 まったく、今日はよく落ちる日だな。

 雪ときどき、(フロスト)に注意、だ。

 

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