崖から落下したあと、俺たちは近くで見つけた浅い洞窟に身を置いた。
日は沈んで、洞窟の外は雪が吹きすさんでいる。
湿った枝を集め、ウィンドシャードで乾かしてからファイアシャードで火を付けた。クリスタルは冒険者だけでなく、生活においても必需品だ。
枝を手にとって、焚き火に放り込む。動くとあちこち痛むが、死ぬほどではない。崖の下は厚く雪が積もっていたのは幸いだった。
俺が痛みで顔をしかめたのを見て、隣に座っているルッカが口を開いた。
「痛むの? 大丈夫?」
「どうってこない。冒険者は頑丈なんだ」
「……ごめんなさい。私のせいで……えっと、フロスト、くん?」
そういえばまともに名乗っていなかったな。
「フロスト、でいい」
「ありがとう……フロスト」
怪我はともかく、剣を落としてしまったのが痛い。
この辺りは雪の中でも、大きな魔物がうろうろしている。視界が悪い中、ばったりあったら目も当てられない。
今は動かないほうがいい。それに、
「きっとジンが来る。アイツはあれぐらいじゃ死にはしない」
「うん、分かった。信頼してるんだね」
俺は肩をすくめてみせる。
これは言えないが、正直のところ心配している。崖を迂回するだけだが……迷子になってる可能性はある。
「…………」
「………………」
黙っていると、風の音と薪がパチパチと弾ける音が、大きく耳に響いた。嫌な音ではない。
「…………そうだ、悪い。地図、取り返し損ねた」
「ううん、いいの。中身は頭に入ってるから。嫌な人に盗られなくて良かった」
「……そうか。どんな宝なんだ? 安心しろ、横取ったりなんかしねぇよ」
ルッカはくすくすと笑い、それからポツポツと話し始めた。
「詳しくは分からない。そこにあるのは何かを開く、
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ルッカは物心が付いたころから、両親に連れられて旅をしていたそうだ。
旅の目的は、先祖から伝わる、地図に記されたものを見つけるためだったらしい。
「お父さんはね、夜ごと地図を広げては、私に話をしてくれた。今考えると、そこまで本気じゃなかったかもしれない。私が旅を辛く思わないように……そのためだったのかも」
旅は楽ではなかったが、両親は優秀なクラフターだったため、飢えたりもしなかったらしい。旅の生活は、良い思い出だそうだ。
クルザス地方に来たのは第六星歴が終わる直前で、両親は霊災によって亡くしたと、ルッカは言った。
「一人になって、はじめは生きるのに必死だった。最近になってようやく、時間を使えるようになったの。お父さんと、お母さんの夢に……ううん、違う。これはもう、私の夢でもある」
それからルッカは地図の解読に時間をかけたという。地図は普通のものではなく、海図のようにも見えたが、星の軌道を記す星図のようにも見えたらしい。
両親は海に浮かぶ島だと考え、海沿いを点々と巡ったらしいが、ルッカは別の仮設を立てた。
「ここから北にある山脈には、水属性と風属性の影響で、大雲海が広がっているの……その空には巨大な”島々”が浮いている。
──未開の土地、”アバラシア雲海”。私は、地図がその地を示していると思ってる!」
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ルッカは言い切ると、少し興奮した様子で身を揺らしている。
宙に浮かぶ島々……にわかには信じがたい話だ。だが、海都があるラノシアにも、大地が浮き上がっている遺跡はあった。エーテルの起こす事象に、ありえないことなんてないかもしれない。
俺はつばを飲んだ。
宝の地図なんてのは、眉唾なものばかりだ。だがこれは、期待をさせてくれる。
「……そうか、それであの”マナカッター”か」
俺はルッカの組み立てた小型の飛空艇のことを思い出した。ただの趣味で作るにしては、あまりにも仰々しい。
「……最初は、そのつもりだったんだけどね」
ルッカはそう言って、がっくりと肩を落とした。
「マナカッターは風属性を受けて飛べるけれど、やっぱり推進力としてのエーテルは必要なの。だけど……私、絶望的にエーテル量少なくて……」
「あぁー……それは、仕方ねぇさ……」
体内のエーテル量というのは、先天的なものだ。クリスタルや青鱗水を使うことも考えたかもしれないが、今度は船の大型化が必要だ。
そもそも、魔物にあったら終わりだろう。冒険者が単独で魔物と戦えるのも、エーテルあってのものだ。
ルッカはうつむいたまま、続ける。
「アバラシア雲海にある拠点も航路も、貴族が管理してる。とてもじゃないけど、協力なんて、許可なんてもらえない。もう開拓が進むのを待つしかないかなって……
俺には、ルッカがいわんとしてることが分かっていた。
今コイツの前にいるのは、危険も、規則を破るのもいとわない腕利きの
ルッカは真っ直ぐに俺の目を見て、言った。
「お願い……! 私を、アバラシア雲海に連れて行って! 宝なんてあげる。ただ、この目で見届けたいの」
その目には不安が浮かんでいるが、それ以上に強い意思を感じた。
……宝はいらないだって? そんなこと言って良いのか?
「俺たちは、遠慮なんてしないぜ」
「……それじゃあ!」
「ああ、その依頼──このフロストとその仲間が、確かに引き受けた!!」
「──ッ! ほんとうに、ありがとう……!」
そう言ってルッカは目に涙を浮かべ、俺の胸に飛び込んでくるかと思ったが、とくにそういうことはなかった。俺は軽く広げた腕を、そっともどした。
ルッカはただ自分の膝を抱くようにして、喜びを噛み締めているのか、かすかに震えている。
微笑みを浮かべていたルッカは、ふと心配そうに言った。
「でも……いいの? 魔物に、蛮族だっているよ。きみの仲間もやるって言うかは……」
「ハッ、問題ない。やるに決まってるさ」
空に浮かぶ島に、未開の地。危険な魔物や蛮族の果てに、お宝が待っている。
ドマから伝わる卓上遊戯でいう”満貫”だ。あいつら、よだれを垂らして喜ぶに違いない。
「いいね……仲間、なんだね」
「……バカで大酒食らいの、無鉄砲な連中さ……まぁ、退屈はしないな」
ルッカは軽く吹き出すと、抱えた膝に頭を乗せてこちらを向く。
「ねぇ、どんな冒険をしてきたのか、教えてよ」
「ああ、いいぜ。ラノシアに行ったことはあるか? これはある浸食洞であったことだが……」
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「そんなこんなで、俺たちは新たな冒険を求め、この地にやってきたってわけさ」
「すごい……! ”光の戦士”のほかに、こんな冒険者がいたなんて!」
「ま、まぁな。あいつらも、そこそこやるよな」
ルッカは楽しそうに俺の話を聞いた。ウルダハを牛耳る極悪商人の陰謀を打ち破った話や、20mはある帝国の魔導兵器との戦いに目を輝かせた。
…………まぁ、多少は、おおげさに話し過ぎたかもしれない。
だが、楽しそうにしているから、良しとしよう。別に自分のことを、知ってほしいわけじゃない。笑ってほしいだけだ。
どこまで本気にしたのかはわからないが、ルッカは憧れるように言う。
「ふふ。冒険者かぁ……私も、もう少しエーテルがあればなぁ……」
「……なろうと思えば、なれるさ。ただ、そんなに良いものじゃない。所詮は根無し草だ」
すこし、良いように話しすぎたかもしれない。いつまで、こんな風に生きられるというのか。いつ、どんな死に方をするのだろうか。誰にも分からないし、何の保証もない。
「うん……それでも、きみたちみたいな、仲間がいるなら……」
「…………」
「……ごめん。いいの」
沈黙がしばらく続いた。
再びパチパチと、薪の燃える音が響く。
火が揺れるたびに、洞窟の岩影が、呼吸をするように動いた。
話をしているうちに、俺とルッカは、肩が触れ合うような近さにあった。
俺は焚き火で照らされている、ルッカの横顔をそっと眺めた。
……ちょっとイイ雰囲気だな。
これは、ハァ、ハァ、し、しっぽを触らせて貰えるんじゃないだろうか。
……よし、お願いしてみよう。10秒カウントしたら……いや、18秒にしておこう。心の準備がいる。
……15……
……10……
5
4
3
2
1…………!!
「ざぁ、がぁぃるぜぅあ」
「ウボァアアアアアア──ッ!!」
「わッ!? な、なに!? ──あ、ジンくん! 良かった無事だったんだね!」
洞窟の入り口には、のっぽの角付き男が突っ立ていた。肩に乗った雪を払い、いつもどおり柔和に微笑んでいる。
俺は立ち上がってジンに近づく。
見れば服が少し焦げているが、大きな怪我をした様子はない。
見慣れない、布でくるまれた筒のような物を抱えている。だが、なにを拾ったのかはいったん置いておこう。
それよりも言わないといけないことがある。
俺はジンの肩に手を乗せて、見上げる。
「ジン、無事で良かった。心配したぜ。ところで、ちょっと1時間くらい外をぶらぶらしててくれないか? な?」
言葉は分からないかもしれないが、俺の真剣さは伝わるはずだ……!
しかしジンは、眉をひそめて首をかしげる。
「ふぁふぁ……? わっざ、うぼぁー?」
「そ、そんなこと言わずに、ほら30分、いや、15分で良い! なっ!」
「ゔぇっしゅっ」
ジンはくしゃみをすると、ひょいと俺の横をすり抜けて焚き火に近寄る。
そのまましゃがみ込んで、手のひらを火に向けてあぶり始めた。
俺はその場に崩れ落ちた。俺の……俺のしっぽタイムが……
「ざぁごぉるらい?」
「えっと? ……うん、怪我はないよ。フロストがかばってくれたから」
背後でなにかを話してるのが耳に入る。
俺の脳は正しく情報を処理するが、なにも理解できなかった。
涙でゆがむ地面だけを眺めていた。
「ねえってば! まだ出ないの? 早く戻ったほうがいいと思うんだけど」
いつの間にか近くにきていたルッカが、俺の肩を揺すった。
「あ、ああ。うん、そうだな……」
俺は地面に尻をつけたまま答える。
仲間をイシュガルドに置いてきたままだ。
事情はどうあれ脱走した形だ。時間が立つほど置いてきた仲間の立場は悪くなる。
とにかく、俺たちが神殿騎士団に利する行為をしたのだと、そう思わせる必要がある。
本当なら、ジャンヌを生け捕りにして持って帰るのがベストだった。だが、そうはならなかった。死体も爆散してしまっただろうし。
「なにしてるの、ほら立って。ソウルクリスタル、持ってるんでしょ? あれを回収したって言えば、きっと許してくれるじゃないかな」
俺の悩みを察したのか、ルッカがそう言った。
こいつには今日の戦いのてんまつは話していた。
そうね。ソウルクリスタルね。あれはたいそう貴重なものだ。嫌な言い方をすれば、脱走犯の命よりもずっと重いだろう。交渉材料にはもってこいだ。
「フロスト、どうしたの……? どこか痛む?」
「…………?」
ルッカと、のそのそと近寄ってきたジンは、並んで俺を見下ろしていた。
立ち上がろうとしない俺に、疑問と心配の入り混じった表情を向けている。
少し迷ったが、正直に言うことにしよう。
なに、大丈夫さ。
こいつらはきっと、一緒に考えてくれる。俺に殴りかかったりもしないだろう。
俺はしゃがみ込んだまま、2人を見上げた。
「ソウルクリスタル……どっか、落としちゃった」
俺は舌を出して、可愛く笑ってみせた。
「………………」
「………………」
ルッカは洞窟の外を見た。
雪は振り続けている。
ルッカは俺に向き直ると、もう一度、外に目を向ける。
雪はしんしんと振り続けている。ジンの足跡すら、もう消え始めていた。
ジンは洞窟の天井を仰ぎ見ている。
呆れているのか、笑っているのか。その表情はうかがいしれない。
しばらく固まっていた後に、ルッカがはっとした顔で言った。
「…………わ、分かった! こっそり自分のものにするつもりでしょ? だ、ダメだよそんなのっ!」
俺は感心した。
ほんの少しの付き合いだが、だいぶ俺のことが分かってきたようだ。
俺は舌を引っ込めて、普通に笑ってみせる。
「ハハハ…………マジっす」
「…………マジっすか」
大マジっす。
どこで落としたか分からないが、おそらく崖から落ちたときだろう。
あのとき、ソウルクリスタルは手に握っていただけだ。うっかり手から離してしまっても、仕方がない。
クリスタルが無いと気付いたのは、結構たってからだった。
「ど、どうするの……? 悪者はやっつけました、でも証拠はありません。じゃあ、納得してくれないよね……」
「ね」
「……ね、じゃないってば」
「はい……うん?」
俺とルッカがぼそぼそと話していると、ジンが手をひらひらさせている。
そのまま小脇に抱えていた布の包みを開く。
「なぁに、それ……ひぃ!? な、う、腕!?」
包みから現れたのは、血の気が抜けて白くなった
「ジャンヌのか!? でかしたぞ、ジン!!」
俺はジンに飛びついて礼を述べるが、ジンは迷惑そうな顔で揺らされている。
これは戦闘の際に、ジンが切り飛ばした腕だ。
おあつらえ向きに、神殿騎士団の紋章が入った指輪が、割れた篭手の隙間から覗いている。
ジャンヌの腕だという証拠にはなるだろう。
これでなんとか、悪漢を追った正義の冒険者、という構図はできあがる。
俺はザザッと地面を鳴らして、洞窟の口を向き直る。
「よしッ、帰るぞお前ら! 凱旋だ! ジン、前を頼む。俺、武器ないんだ」
何故かしらけた目で見られているが、気にしないでおこう。