FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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7−2

 

「着いた……間違いない、”大当たり”だ」

 

 アラグ式の通路を歩き、何度か曲がり角を進んできた。

 たどり着いた一番奥は、ひときわ広い部屋だった。それまでの散らかった道と違い、きれいに片付いている。

 壁に時折光が走り、その裏から機械音が小さく響いた。無機質ではあるが、俺はどこか荘厳な印象を受けた。

 

「フロスト、あれ!」

 

 俺はココルの言葉にうなずいて部屋の奥に進んだ。

 

 壁に沿って大きな半円状の台座があり、その上の空中に静止しているものがあった。

 台座の目の前に立ち、浮いているそれを見た俺は思わずうなった。

 

「……"トームストーン"だと?」

 

 それはアラグの遺跡からでる遺物のひとつで、冒険者のあいだではそこそこ有名な代物だ。一部の冒険者はこれを血眼になって集めている。

 簡単に言えば小型の装置だ。一種の記憶媒体であることが多いらしい。

 

 眼の前で浮いているそれは、普段見かけるものよりもひと回りほど大きく、いかにも手の込んだ作りをしているように見えた。

 

 しかし、俺は内心で舌打ちをした。

 トームストーンの価値はその中の情報で決まる。だが、その手の解析の筋は、とある強欲商会が握っている。言い値で買い叩かれてしまっては目も当てられない。

 どうにかして価値を見積もる必要がある。ルッカとココルに、できる限り調べてもらうとしよう。

 

 俺はちらと仲間たちのほうを見る。

 皆がうなずいたのを確認し、俺はそれを取ろうと手を伸ばした。

 

 

 

「汚い手でそれに触るんじゃない」

 

 

「ッ!? 誰だ!」

 

 俺は武器を手に取りつつ、振り返った。

 部屋の中央のあたりに、真っ黒なローブをまとった人間が立っていた。

 

「こんな上空にまでやってくるとは、つくづく冒険者とは厄介な(やから)だ」

 

 間違いない。ジャンヌの隣に立っていたやつだ。

 男の声だ。ジャンヌに並んでいたときは小さく見えたが、間近で見れば普通の背格好だ。恐らく、ミッドランダー族。

 目深にかぶったフードの奥に、顔は見えない。

 ()()()()を付けている。

 

「……宝があるなら、海の底だろうが月の裏側だろうが行くさ」俺は観察を続けながら答える。「なんだ、サインでも欲しいのか? あて名はなんて書けばいい?」

 

 俺は言いながら、仲間に視線を送る。

 

「フン、私が何者かと問いているのか? そうだな、十二剣のヤツはなんて言っていたかな……」

 

 黒仮面が俺に気を取られているすきに、仲間はじりじりと位置を変え隊形を整える。

 

「こうだったかな……我々は、天使いアシエン。この星が"真の姿"を取り戻すために、闇によって光を払う存在……!」

「……"()()()()"?」

 

どこかで聞いたような言葉だ。

 

「そうだ。私は、星の導き手たる"アシエン・ラハブレア"様の忠実な下僕(しもべ)。私自身が名乗る名などない」

 

 アシエンを自称した男は、宝物を見せびらかすように、ここにいない何者かの名前を言うと、くつくつと笑う。

 こいつの言っていることのほとんどは意味が分からない。しかし、こちらを舐めきっているのはよく分かった。

 

「ああ、そっちも名乗らなくていいぞ。おまえのことは知っている──星に巣食ういじきたない()()が!」

 

 黒仮面のアシエンはころころと口調を変えながら、いきなり激高した。

 

「おまえたちは、この物語の主人公じゃない」アシエンは手を持ち上げて言った。

 

「でしゃばるな」

 

 かざした手を中心に、目に見えてエーテルが渦巻いた。

 

「"示せ、創世の理の嘆き声よ。狭間に有りし竜に魅せられた紛い物を招かん"」

 

「……ッ!? かかれ! 何もさせるな!」

「遅ぇんだよ。"出よ、異端の竜人よ!" 餌の時間だ」

 

 アシエンの手の先から黒い空間が生まれ、その中から、こじ開けるように巨大な手と爪が現れた。

 

『フハハハハハッ!! 早い再開だったわね!!』

 

 空間をこじあけるように、巨大なウェアドラゴンの姿が現れた。

 

「ジャンヌ……! しつこいやつめ」

 

 その存在感だけで、肌がぴりぴりとした。

 傷つけたはずの目も、すっかり治っている。

 

 完全に姿を現したジャンヌは、俺たちの背後に目を移し、くるるると嬉しそうに喉を鳴らした。

 

『アレがそうなのね?』ジャンヌはアシエンに向かって言った。

「そうだ。お前の役割はあれを誰にも渡さないことだ。間違っても冒険者の手に渡らないようにだ」

『私が使うぶんには良いのよね?』

「好きにしろ」

 

 アシエンは言い切ると、俺たちに向かってわざとらしく大げさに頭を下げた。

 

「さようならだ、ダニ共。こう見えて忙しいんだ」

 

 アシエンの背後に黒い渦が出現し、アシエンはその中に一歩下がって入る。

 

「待て!!」俺はそう言った。

 

 アシエンは体を揺らして笑いながら、虚空に消えた。

 しめたものだ。待てと言ったが、まったく本心ではない。敵が減る分には構いはしない。

 

『気に食わないヤツめ……まあいいわ』ジャンヌは舌打ち混じりにそう言うと、こちらに向き直った。『さあ、早く死んでちょうだい』

 

 息を大きく吸い、胸を膨らませたジャンヌは、空の下で見たときよりもずっと大きく、強く見えた。

 

「フン! 上等だ。新しい武器の(さび)にしてやる」

 

 トールは手に入れたばかりの戦鎚を、ぶうんと大きく振り、前に出る。

 確かに戦力は上がっている。不意打ちを受けたわけじゃなく、全員が万全の状態だ。

 

 俺はそっとトールの背に体を隠しながら、思った。

 それでも勝てない。

 俺はそう見立てていた。こいつは強すぎる。

 

 何ひとつ予定どおりにいかない、来るのが遅すぎた。

 いや、あの黒仮面は俺たちを待ち伏せていたのだろう。だったら逆だ、来るのが()()()()

 

「おまえら、よく聞くんだ」

 

 俺が早口に作戦を伝えると、トールが顔を振り向けて目を剥く。

 

「……馬鹿か。てめえ──」

「いいから言うとおりにしろ。こうするしかないいんだ! ルッカ、()()をくれ」

 

 俺は後ろ手にルッカからそれを受け取った。振り向いて見ると、ルッカは青ざめた顔をしている。

 

「これも」ルッカはもうひとつ、俺の手に何かを押し付けた。「必ず、返してよね?」

 

 そうだった、これも必要だ。

 俺はルッカにあいまいにうなずいて見せ、後から受け取ったほうをベルトのポケットに押し込んだ。

 

『悪巧みは終わり?』ジャンヌは笑いながら言った。『バカね、逃……』 

「逃げ場なんてない。ジャンヌ、そう思っただろう」

『…………』

 

 俺はジャンヌの正面に足を運びながら言葉を続ける。

 

「思っただろう? なんでこんな密室に、なんの考えもなしにやってくるんだって、なんてバカな奴らだってな!」

 

 手に隠し持ったそれを、俺は思い切り振りかぶり──

 

「舐め過ぎだ、なんの策もねぇわけねぇだろ!! よく見やがれ! これが伝統のォ……!」

 

 ──思い切り地面に叩きつけた。

 

「”()()()()()”だぁーーーッ!」

 

 地面に叩きつけられた手製の煙玉が割れると同時に、猛烈な勢いで煙が吹き出す。

 煙は一瞬で部屋全体に広がり、互いの姿を完全に隠した。

 

 主な材料はとある鉱石から精製した粉末だ。これは自然発火してしまう危なっかしいものだが、燃焼の際に大量の煙を吐き出す。

 あとは勝手に発火しないようにと、効率よく粉末を撒き散らす工夫をすれば、このとおりだ。

 

『何かと思ったら、こんな……!!』

 

 あっという間に煙に埋もれたジャンヌが咆哮を上げる。

 煙の中で俺は、仲間たちが駆け出す気配を感じた。

 

『こんなので逃げ切れるとでも──ぶッ!?』 

 

 俺は声を頼りに高く飛び、ジャンヌの顔面に回し蹴りを浴びせた。

 

「クソッ、やっぱり効きやしねぇ!」俺は脚に感じた重い感触に、舌打ちをする。

 

 そのまま突き放すようにして距離を取った。

 煙はみるみるうちに晴れていく。もう少し保つと思ったが、さすがアラグ。空気清浄もバッチリで腹立たしい。

 

 しかしジャンヌはあ然とした顔をこちらを向けている。

 ダメージなんて受けていないのに、まるで棒立ちをしていた。

 

『……な、なにをしている』

「なに?」俺は聞き返した。

 

『……なぜ()()()()

 

 俺はそっと通路の方に目を向ける。仲間たちの背が小さく見えた。

 

「……おまえの相手なんて、俺ひとりで十分だ」俺は余裕たっぷりに笑って見せる。「それに、”これ”を置いて行くわけにはいかないからな」

 

 俺は煙に紛れてまっさきに回収した、大型のトームストーンをかかげた。

 ジャンヌは顔を歪ませて俺を見下ろす。

 

『そう、そういうこと……」ジャンヌは声を落として、意外にも落ち着いた声で言う。

 

 

()()()()とは、恐れ入ったわ』

「…………」

『なぜ貴様のような者が、ナイトのクリスタルを輝かせることができたのか不思議だったわ……でも、素質はあったのね』

「……なにを勘違いしている。自己犠牲なんてつもりはない」

 

 俺はトームストーンをベルトに差し込みながら言った。

 自己犠牲なんてくだらない、俺は役割を果たすだけだ。

 

『バカな男……スコットもそうだったわ』

 

 ジャンヌは俺の言葉なんて聞こえていない様子で、ぼそぼそ喋り始めた。

 

『私が異端者と繋がっていると気付いたあとも、誰にも言わずに、たったひとりで私に立ち向かってきた。私が改心すると、最後まで信じていた』

「ジャンヌ、おまえ……」

『だが、フフ──フハハハッ!! 殺してやった!! 彼はワタシが人を超えるための最後の試練だった! 真っ二つにしてやった!! そしてワタシは人の殻を破り、望んだ姿になったのだ!!』

「………」

『フハハハハハッ!!』

 

 俺はジャンヌの陶酔しきった咆哮を聞いて、ココルが言っていたことを思い出していた。

 ”魂を変えられた”と。”もう同じ人間とは思えない”と。

 もちろんそんなことがなくても、人はささいなきっかけで変わる。

 誰だってそうだ。何を選んだとか、誰と出会ったとか、そんなのは運がいいか、悪いかでしかない。

 それでも誰のせいかなんて関係なく、配られたカードで勝負をしなくてはいけないし、ツケを払うのはけっきょく自分自身だ。

 イカサマに手を出せば、罰を受けなければならない。

 

 アシエン、おまえの高尚な目的なんて興味はない。

 けれど自分の目的のために、イカサマをそそのかすなんてのは、最も下劣だ。俺はおまえのやったことが気に食わない。

 

「ジャンヌ、おまえは何も見えていない。おまえが壊したのは、殻なんかじゃない」

『……なによ。言ってみなさい』

「"器"だ」

 

 ジャンヌは顔を歪めた。

 

『……なにが違う? 世迷い言を。ほら、もう死ね。貴様の仲間も、すぐに後を追わせてやる』

 

 少しづつ追い詰められ、背中に壁があたった。

 恐怖で呼吸が浅くなり、のどかひどく乾くのを感じた。

 俺は強引に口の端を持ち上げてみせる。いつもどおりだ。相手に底を見せない。自分を無理やりにでも鼓舞する。

 そのためなら、いくらでも粋がってやる。

 

「来い。俺たちを舐めたツケを払え。その腐り果てた魂で」

『……あの世ですら余計な口がきけないよう、そのハラワタ食い尽くしてやる』

 

 

────────────────────

 

 

 ジャンヌの爪は金属の床をやすやすと引き裂き、牙をむき出すたびに壁に大穴が空いた。

 口から放たれた火球が当たった装置は、跡形もなく砕け散りその機能を停止した。

 

「ハァ……ッ、ハァッ」

『…………フッ』

 

 その爪はもう何度も振り下ろされ、そのたびに壁や床に模様が刻まれて破片を撒き散らした。

 トームストーンがおいてあった台座は2度目の火球で完全に粉砕された。

 

『おどろいたわ……おまえを見くびっていたようね』

 

 

 俺はそのすべてを()()()()()

 

 

『……もう、追いつけない』ジャンヌが通路をにらんで言った。

 

 俺がここまで粘れたタネは、明かせば簡単だ。

 以前クルザス西部で戦ったときジャンヌは、人の形をした人以上の存在だった。

 人間相手として立ち回った俺は、予想外の力に不覚を取ってしまった。

 

 だが今は、見た目通りの化け物だ。しかし、中身はあくまで人間。

 人の思考、人の動きのクセは抜けていない。

 人間相手なら、少しは自信があるのだ。

 

『……もういいでしょう? あなたはよくやったわ』

「ハァ、ハハッ、まだまだ余裕だぜ」

 

 俺は息を整えながら笑って見せる。

 とはいえ限界は近い。すでに得意の"残影"まで使わされていた。

 だいたい俺のやっていることは、あくまでサイコロの目を傾けているだけだ。いつかは必ず裏目に出る。

 

「ま、まだまだ……」

『おまえは、よくやったわ。せめてひとおもいに……』

 

 ジャンヌが持ち上げかけた手を、ぴたりと止めた。

 

『あ?』

 

 じりりりりりりんと、間抜けな音が響いた。

 ジャンヌは頭を回し、音の発生源を探す。

 

『なんの音? うるさいわね』

 

 音の発生源は、俺のベルトのポケットだ。小さく振動しているのがわかった。

 手製の煙玉とともに受け取った、()()()()()()だ。

 

 来た。来た……! 待ち望んでいた時間だ!

 俺は手足に、急激に力が蘇るのを感じた。

 

「ジャンヌ、俺を非力だと言ったな。そうだ、そのとおりだ」

 

 俺は体を起こして、地面を足で押しつぶすようににじる。

 ジャンヌは首をかしげて俺を見下ろした。

 

 俺は壁役にはなれないし、ろくなダメージも与えられない。魔法も使えないし、技術や知識もない。

 だけど、それでも──

 

 俺はまっすぐにジャンヌに向かって走り、飛びかかる素振りを見せる。

 ジャンヌは俺を見ると鼻で笑い、俺の踏み込みに合わせて爪を振り上げた。

 

「それでも俺が、俺が1番……!」

 

 俺は地面を蹴るとみせかけ、地面を滑らせてジャンヌの足と足の間をくぐり抜けた。

 

「足が速いんだよ!!」

 

 そのまま足を止めずに、通路へと全力疾走(スプリント)した。

 

『…………ハ? こ、このドブネズミめ!!』

「うおぉぉぉおぉおおお!!!」

 

 背後からの叫び声には構わず、オレハ駆け続けた。

 

 双剣士ギルドで会得した特別な走法で、俺は体を大きく前傾させて走る。

 来た道が巻き戻されるように、風景が後ろに消えていった。

 

『どこまでも舐めた奴め! 逃げ切れると思ったか!!』

 

 壊れたドレッドノートを飛び越えたところで、ジャンヌの怒声が聞こえる。

 身体能力が違いすぎる。

 ジャンヌの声はどんどん近づいていた。

 俺は走り続けながら肩越しに背後を振り返った。

 

「……ッ!! クソッ!!」

 

 俺が見たのは、ちょうどジャンヌがドレッドノートを蹴り飛ばしたところだった。

 俺は地面に体を投げ出して、飛んできたドレッドノートをやり過ごした。

 ドレッドノートは通路の入口にあたりバラバラに弾けた。小さい破片が飛んできて、俺の顔や、腕なんかの皮膚を切り裂いた。

 それには構わず、短刀を地面に突き立てるようにして体を起こし、さらに加速する。

 

『フハハハ! ドブネズミめッ! ちょろちょろと!!』

 

 行きは慎重に歩いてきた通路も、走り抜ければそう遠くはない。

 何度か追いつかれそうになりながらも、なんとか入ってきた場所まで戻ってきた。

 

「……ッ! お、俺のッ! かッ!!」

 

 振り返って、ほとんど目の前にいたジャンヌに笑ってみせた。

 俺の勝ちだ、と叫びたかったが、息が切れて叶わなかった。

 転送紋に触れると同時に、体がもっていかれるような奇妙な感覚に襲われた。

 

 

────────────────────

 

 

 目がくらんだ。

 陽の光だ。

 目に入る光を調整しようと、瞳孔が収縮してきりきりと痛んだ。

 手のひらで目をおおい、薄目を開いて周囲を確認する。

 地面に這うように伸びた草、丸く切れた地面の向こうは空だ。浮島だ。

 たしかに入ってきた場所、転送魔紋が開いた場所だ。

 転送魔紋自体は消えたようだが、箱が転がっていた。

 

 俺は目を押さえたまま、周囲をぐるぐると見回す。強い光の刺激で、涙が溢れてくる。

 

 クソッ。いない!

 船が、シルドラ号の姿が見当たらない。

 クソッ! あいつら、俺を置いていきやがった!

 

 もう一度周囲を見回そうと後ろを振り返ると、

 

『あら、外なのね』

「……ッ!」

 

 眼の前に、転送の光を残したジャンヌが立っていた。

 入ってきた人間にしか使えないとか、もしくは”人間”にしか使えないとか、考えていた。

 予想していなかったわけじゃない。

 そんな可能性が低いことも、もちろんわかっていた。

 

『今度こそ終わりだ……いい加減死ねッ』

 

 ジャンヌが爪を振りかぶった。

 これは、避けられない。

 いや、ぎりぎりで避ける。

 ぎりぎりだ。俺ならできる。やってみせる!!

 

 俺は自分の体を正確に、少しだけ動かした。

 振り下ろされた爪の、ほんの先が俺をかすめた。

 

「が、アッ!!?」

 

 爪は俺の鎖骨を引っ掛けて、肉と骨を引き裂いた。

 骨から引っ張られて、紐で結んだおもちゃのように俺は真下に叩きつけられた。

 柔らかい地面じゃなかったら、頭が砕けていただろう。

 

 トームストーンと、ルッカの時計が宙に舞っているのが、ぶるぶると震える視界に映った。

 衝撃でベルトからこぼれ落ちたようだ。

 

 俺は地面を舐めながら動く方の手でとっさに、”時計”の方を手に取った。

 

 トームストーンは地面には落ちず、そのまま中空に静止した。

 ジャンヌがトームストーンの前に立ち、体を震わせている。

 

『ハハハ、ハハハハハッ!!! これはッ! これは、ワタシのものだ!!』

 

 潰れている俺には目もくれず、ジャンヌは大声で笑っている。

 

『そう、これが……!! これこそが!!

 ──”()()()()()”!!!』

 

 ジャンヌの言葉に、俺は痛みを忘れて驚いた。

 魔大陸……? クソッ……”鍵”だと!?

 くそったれ、やっぱりそれがお宝か。

 

『伝説の魔大陸……! あの七大天竜の一翼が捕らえられているという……! そ、その血をもらい、ワタシはより完全な竜へと……いや、そんなのもったいないわ。フフ、その竜を食ってやる……そしてワタシが!! 七大天竜そのものになってやるのだ!! ハァッハハハ!! フハハハハハハハハ!!』

 

 俺は地面を這いずって、少しでもジャンヌから離れようとした。

 切り裂かれた肩のほうの腕は、骨が砕けているのか動かすこともできない。

 

 芋虫のように這いずる俺に気付いたのか、ジャンヌはぴたりと笑い声を止めた。

 

『フフフ、待ってなさい。すぐに楽にしてあげるわ』

 

 俺は地面を手で押し、ぶるぶると震える足を突っ張って、強引に立ち上がった。

 

「ぐ、あぁ、ア……」

 

 トームストーンに手を伸ばすジャンヌに、言う。

 

 

「”()()()()()()()()”。俺に触ったな」

 

『──ッ? こ、これは!?』

 

 俺に体に触れた爪先を通して、俺のエーテルがジャンヌの体に絡みつくように展開されている。

 動きが鈍らされていることに気付いたジャンヌがうめき声を上げた。

 

 ”アームズレングス”は珍しく、”守り手”でも”攻め手”でも使える技のひとつだ。

 その効果はすでに、ドラゴン族相手に実証済みだ!

 

 俺は痛む腕をもう一方の手で押さえながら、ジャンヌに背を向けて走った。

 走ったとはいっても、我ながら情けなくなるような速度だ。

 

『フフフ、どこまでも足掻くか!! こんな小細工……! ほら、すぐ解けるわよ!!』

 

 ジャンヌが体を動かすたびに、まとわりついたエーテルがブチブチと千切れていった。

 効果は長くは続かないだろう。

 

『ハハハハハッ!! なんて無様な!! ほらほら逃げなさぁいッ!!』

 

 ジャンヌは馬鹿笑いをして、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 それでも俺は少しでもこの場を離れようと、浮島の端に向かって進み続けた。

 

『ほら、もう少し……! フハハハァッ!! ハハ──『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオォォオオオオオオオオォォォォォォオオオオオオオオオォオオオオオオオオォオオオオオオォォォオオオオオオオォオオオオオオオォォォォ─────ォォ──ン──ンン───!!!!!』

 

 

『……ハ……あ、アァ?』

 

 ジャンヌの背に、巨大な影が現れた。

 その白銀の鎧をまとった影は、巨大なクジラのような姿をしている。

 島すら飲み込めそうな大口を開いて、蒼天の中を泳いでいた。

 言うまでもない。

 

 雲神”ビスマルク”だ。

 

『な、な、なんだァッ!? なんだコイツは!!』

 

 まとわりついたエーテルに足を取られ、ジャンヌが転倒する。

 ビスマルクは開いた口をさらに広げ、並んだ牙をこちらに向けた。

 

 俺は必死で足を動かしていた。諦めるのは死んでからでいい。最後まで、最後までだ。

 

 突然強い力で上に引っ張られ、体が回転する。

 

「ぐえッ!」俺は悲鳴をもらした。

 

 硬いものが後頭部や背にあたった。

 俺は身をよじって、背中にぶつかったものを睨んだ。

 それは見覚えのある、シルドラ号の座席だった。

 

「拾ったぞ!! ネェちゃん!! 出せッ!!」

「わっわっ、はやく!!」

「上昇!! 捕まって!!」

 

 聞き覚えのある声を聞いて、俺はこれまでにないくらい安堵して、目頭が熱くなるのを感じた。

 

「ぶふッ!?」座席が大きく傾き、俺は転がって固い背もたれに顔をぶつけた。

 

 急上昇し傾いたシルドラ号の底から、浮島の地面でのたうち回るジャンヌが見えた。

 

 雲神の口は今にも閉じようとしている。

 

『アアアアアアッ!! ふざけるな! こ、こんな!! イヤだ!! やめろ! やめろォッ!!』

 

 

 ジャンヌ、”鍵”はくれてやる。

 ツケの払いも気にするな。

 

 

「俺のおごりだ。()()()()()()ご馳走になれ」

 

『アッ』

 

 

 ばくん。と雲神が口を閉じた。

 

 さっきまで俺たちのいた浮島をひと呑みにして、ビスマルクは体をぶるっと震わせた。そのまま、頭から雲海に潜っていった。

 ご、ごごご、とほとんど地鳴りのような、浮島を噛み砕いているだろう音が雲海から響いた。

 

 俺たちは、全員そろって船の縁から雲海をのぞき込んで、その様子を見届けた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……やった」

 

 ココルのつぶやきを皮切りに、仲間たちが元気よく騒ぎ出した。

 

「ハハッ……ガハハハ!! フロスト、てめえ!!」

 

 トールは船底で這いつくばる俺を、片手で引っ張り上げると乱暴に座席へおろした。

 ココルが飛びついて来て、俺の体をバシバシと叩いた。

 

「ひひっ、もう、む、むりだと思ったよ! バカっこの!」

「良かった……あんな無茶して、リーダーなんじゃないの!?」

 

 ルッカも笑いながら、操縦席から布だの薬だのを投げつけてくる。

 ジンまで荷台のほうから体を乗り出して、俺の背をバシンと叩き、カラカラと笑っていた。

 

「ハハ、よせよ。こんなもん、朝飯前だ」

 

 俺はなんともないという風に言って見せる。

 死ぬほど体が痛むが、仲間からの称賛はそれを麻痺させた。

 

 ひとしきり良い気分を味わったあと、俺は「そんなことより」と言って、手を振った。

 

「”言うとおり”にしたんだろうな?」

 

 仲間たちは一度ぴたり止まって、顔を見合わせると、また豪快に笑いだした。

 

「ククク! ガハハ!! ()()だぜ!!」

「見ろよこれ!! トームストーンにクリスタルに、見たこともない鉱石がいっぱい!」

 

 仲間たちは鎧のすきまや、風呂敷にした上着からじゃらじゃらと戦利品を取り出して見せた。

 

 トールが山盛りの鉱石を指の間からぼろぼろ落としながら言った。

 

「耳を疑ったぜ。”時間を稼ぐから、ビスマルクがくるギリギリまでお宝を集めておけ”、だと? ガハハハハ!! とんだ馬鹿野郎だ! 今までで一番イカれてたぜ!!」

 

 そう。ビスマルクがあの時間、あの場所に現れることは最初からわかっていたのだ。

 

 ゾルバリから詳しい風脈を聞き出しだしたとき、ルッカの地図の目的地を明らかにした。ビスマルクの移動の延長線上に目的地があったとき、まったく目を疑った。

 しかしまったくの偶然というわけでもない。

 ビスマルクはエーテルを補給しながら、雲海を巡っていた。点在する浮島を拾うように進んでいれば、いつかはあの浮島に行き着くのは、必然とも言える。

 

 とにかく、そのせいでずっと時間を気にしながら戦う羽目になっていた。

 さっと宝を取って、さっさと逃げるつもりだったのだが、転送魔紋を開くことになると予想しているわけもなく、ひどく予定が狂ってしまった。

 

 それでも俺の言うことは、変わらない。

 

「ぜーんぶ、計画通りだ」

 

 俺はずるずると座席に沈み込んで、目を閉じた。

 

 

────────────────────

 

 

 ルッカは近くの島の、森の開けた場所に船をおろした。

 誰も依存はない、みなヘトヘトだ。

 どどっと、みな競うように船から転がり落ちた。

 

 みな立っていたり座っていたり、気の抜けた様子で青い空を眺めていた。

 俺も木々の向こうに雲海が見える場所に立ち、青臭い空気をめいっぱい吸い込んで、吐く。

 魔法で癒やした肩は、まだ骨が繋がりきっていないのかじくじくと痛んだが、それよりも風が頬を撫でる気持ちよさが勝った。

 

「これからどうするの?」

 

 そばに立ったルッカが言った。

 俺は深呼吸で鈍化した頭で、ぼんやりと考えた。

 

「そうだな、とりあえず、下界へ降りよう。お宝を調べて、売り払って……ああ、その前にヅンド族たちにも礼を言わないとな。とにかく、しばらくは遊んで暮らせる」

 

 飲んで騒いで、武具も新調しよう。コスタ・デル・ソルのようなリゾート地で、しばらく体を休めるのもいい。

 そしてまた、平穏に()んできた頃に、宝と危険を求めて冒険の旅に出る。

 

「……私も、着いて行っていいの?」

 

 ルッカが遠慮がちな声でそう言ったので、俺は少し驚いた。

 

「なに言ってる、当たり前だ。いてもらわないと困る。ルッカ、その知識と技術を俺たちに使わせてくれ」俺は笑って言った。「抜けようなんて言っても、追いかけて捕まえるぜ」

 

 ルッカはクスクスと笑い、「ありがとう」そう言って微笑んでこちらをまっすぐに見た。

 俺はつい、目をそらしてしまう。こそばゆい気持ちになり、その話から遠ざかろうとした。

 

「そうだ。時計を返さないとな……おっ?」

 

 ルッカが懐に飛び込んできた。不意を打たれ、支えることができずに体が動く。

 体の横から強い衝撃を感じて、景色が横に飛んだ。眼の前が暗くなったと思ったら、頭に殴られたような力が加わる。

 俺はそこでようやく地面を転がっていることに気付いた。ルッカも一緒になって転がっている。

 俺は腕の中のルッカをかばおうと、地面に対して肘や膝を差し出す。治りかけの肩が、地面を跳ねるたびにひどく痛んだ。

 

『フ、フフッ……ゴホ、ガ、ァハハハハ!』

 

 壊れかけの楽器を通して聞くような、耳障りな笑い声がした。

 

「ココルッ!! そいつらを!!」

 

 トールが大声で叫んでいる。

 体の回転が止まったが、自分がどっちを向いているのかわからない。口に入り込んできた土が不快だ。

 頭を打ったせいか、風景が回る。俺は手を動かして地面を触り、無理やり水平を確かめる。

 自分の体を強引に地面から引き剥がす。

 

 ようやく、視覚が水平を取り戻した。

 他の五感も正常に動作していた。

 体中から赤黒い体液を流すジャンヌの姿もわかる。

 土の味もわかる。

 血の焼ける匂いも嗅ぎ分けられる。

 腕の中のルッカが、ぴくりとも動かないのもわかった。

 

「………………は?」

 

 その間抜けな音が自分の声だとわかるのには、ひどく時間がかかった。

 

 

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