FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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2−1:真心御届 ハウケタ御用邸

 

「そろそろ仕事を探してみたらどうだい?」

 

 落ち着いた伸びのある声で、朝からそんなうんざりするような言われる。声の主は背が高く、尖った耳を持つエレゼン族の女性。この店、カーラインカフェの店主のミューズさんだ。こっちは客だってのに、店に入り卓に着いてすぐそんな事言われると参ってしまう。言い返したくもなるってもんだ。

 

「あっ、へへ、どうもミューヌさん、まあぼちぼち……」

 

 とてもじゃないが強気には出れない。冒険者ギルドのマスターも兼ねるこの人は、怒らせるととても怖いとの噂だ。薬草や毒草などの造詣が深く、『魔女』のミューヌとも呼ばれている。彼女が頭を左右に振ると、銀灰色の髪も少し遅れて揺られる。

 

「僕はね、君達がきちんと支払いをしている限りは困らないよ」

 

 「君達」というのは、俺と、今はここにいない相棒のことだ。あいつまだ来てないのか。昨日遅くまでカードゲームをしちまったからな、怒られずにすんでツイてるやつだ……。

 ミューヌさんは真剣に聞いてるフリをしてる俺に、「だけど……」と言葉を続ける。

 

「そろそろ懐が寂しくなっているんじゃないかい?」

「……」

 

 日に日に注文する皿が減っているのに、気付いていたようだ。自分の表情が強ばるのが分かる。聞いてるフリは、ミューヌさんには見透かされていたようだ。俺の表情が変わるのを見ると、ふっと優しく笑って言った。

 

「バデロンさんからは腕が立つと聞いているよ」

 

 バデロンさんってのは、海都リムサ・ロミンサの冒険者ギルドのマスターだ。あの人の紹介があってここに来たんだったな。へえ……あの人がそんなこと言ってたんだ。

 

「そんな腕利きを遊ばせておくのは冒険者ギルドマスターとしては勿体なくてね」

「……そこまで言われちゃあな。分かったよミューヌさん、今日は依頼を受けるよ」

 

 乗せるのが上手い人だ。これぐらい出来ないと、冒険者ギルドのマスターなんて難しいんだろうな。……そういえば、俺らはバデロンさんに乗せられてここに来たんだったな。なんだか踊らされている気持ちになる。

 

「フフフ、じゃあゴントランのところで依頼を探したまえ。……彼も、そうとうやきもきしていたからね」

 

 そう言って手を振りながら、颯爽と去っていくミューヌさん。……踊らされてるなあ。

 言っちゃたものは仕方が無い。滑らかな手触りの木の卓に手を付いて立ち上がると、ちょうど我が相棒トールが入ってくるのが見えた。

 大柄なルガディン族の中でも、体格が良いであろうトールはよく目立つ。お、あいつもこっちに気付いたようだ、ドスドスと近づいてくる。こちらからも近づきつつ、適当な距離で声をかける。

 

「よう、昨日は悪かったな、お気に入りのカード貰っちまって」

「……俺は、まだイカサマじゃねえとは思ってねえぞ。おい、朝飯は何だ」

 

 人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。まあ、イカサマかどうかは、置いといて。

 

「いや、仕事探してくるから、ちょっと待ってろ。すぐ戻る」

 

 仕事によってはすぐ出たほうが良いかもしれないしな。

 トールは別にどっちでも良いという雰囲気で鼻を鳴らして言う。仕事よりも飯が気になって仕方が無いようだ。

 

「そうか……。早く決めて来い。パイの焼ける匂いがする。……川魚だ」

 

 それ多分昼飯用だぜ? そんなの待ってたら、俺がミューヌさんの目に耐えられねえ。トールは入り口の辺りに寄りかかると、腕を組んで目を閉じる。

 さて、と俺は店を見渡す。この店は全体が木造で出来ている。天井は高く、梁がいくつも通って頑丈そうだ。木だからって全然安っぽくはなく、全体が上等で、上品な雰囲気だ。

 所々に刻まれている意匠が、丁寧さとこだわりを物語っている。窓が大きく光を取っていて、店の中は明るい。北側にある窓はステンドグラスになっていてるがこれがすごい。どうすごいかは分からん、専門家じゃないんでね。

 下の階はランディングになっている。だからこの店は冒険者だけでなく、商人や役人だってウロウロしている。今日も朝から騒がしく働いている。滝に沿った形に建てられたこの建物の構造は、ちょっと言葉では説明しづらい。

 

 店のカウンターにはミューヌさんと立つのとは別に、冒険者向け依頼を斡旋するカウンターがある。

 俺はそのカウンターに向かって歩き、そこに立つ壮年のエレゼンの男に笑顔で挨拶する。そういえば、ここグリダニアはエレゼンが多いな。

 

「やあゴントランさん、何か良い依頼はあるかい?」

「……何日もこっちに向かってこないのでね、私のことが見えていないのではと心配していた。」

 

 やれやれと大げさな身振りで感情を示すと、カウンターの上に、板のようなものをいくつも並べる。

 長方形のその板は、俺の手のひらより少し大きいくらいで、小さなステンドグラスのようだ。金属で出来た枠に、ガラス質の何かで絵や模様が表現されている。剣を持ち魔物を倒すものの絵。狩人が描かれたもの、王様が描かれたもの。

 まあ俺はこれが何かなんて当然知っているんだけどね。相変わらずキレイなもんだ。

 ゴントランさんは並べた板の前に、少し嬉しそうに微笑みながらこう言った。

 

「さあ選びたまえ。ここグリダニアの、”ギルドリーヴ”を」

 

 もう十分に休んだかな。さて、仕事を探そう。

 

 

────────────────────

 

 

 ここグリダニアには、リムサ・ロミンサのバデロンさんからの依頼でやってきた。

 その依頼は、飛空艇の荷積み荷降ろし、その他雑用と、普通の仕事だ。ただその飛空艇はもう寿命だったらしく、その航程が最後のフライトだった。

 おかげでバデロンさんは、片道切符に乗る(しかも出発は次の日)、奇特な冒険者を探す羽目になった。

 そんなところにノコノコ現れたのは。双剣士ギルド。斧術士ギルド。黒渦団。イエロージャケット。それぞれみんなと、ちょっとした事情で、ちょっと気まずい雰囲気になった、俺とトールだった。

 いわれのない罪に責め立てられていた俺らは、この話に飛びつくように乗っかることになった。

 条件が厳しく、おまけにひどく急だったこの依頼は、すごく良い報酬だった。

 船長だか親方だか分からんやつに怒鳴られながら、ここグリダニアのランディングに着いた時は結構感動したね。

 高台にある都市から溢れる、大きな滝に触れるように建つ、カーラインカフェ。それに接するように巨大な水車が、その大きな羽根をゆっくりと回していた。

 わくわくしたよ、どんな冒険が待っているのだろうか。どんな人が、どんな酒、食い物、宝が俺らを待ってるんだろう。

 

 そうやってグリダニアに着いた俺たちは、とりあえず、酒と、食い物から攻めることにした。ミューヌさん、最初はすごく歓迎してくれたんだけどなぁ、5日ぐらい飲み食いしてるうちにだんだん悲しい顔をするようになってしまった。

 今回のこのギルドリーヴで、俺は、彼女の顔を覆う陰りを取り払ってあげたい。紳士だな俺ってやつは。

 

 

────────────────────

 

 

「うーん、それ割りに合わないなぁ」

「いや、それちょっと危なすぎない?」

「革細工師の依頼ぃ? あいつらお高く止まってるから、なんかいやだな」

「制作? だめだめ、木工師の心得はないよ」

 

 俺はゴントランさんの説明を聞きながら、目の前に並んだリーヴプレートを眺める。

 なかなかしっくり来る依頼がない。こっちが困っているというのに、目の前の男は不満そうな顔を浮かべている。

 

「私も、暇じゃないんだがね」

 

 カウンター立つゴントランさんは、天板を指でコツコツと叩きながら、苛立たしげに言う。

 ……そろそろ選ばないと、本気で怒られそうだ。

 

 「い、今選ぶからさ、ちょっと待ってくれよ。……ん?」

 

 俺は”ギルドリーヴプレート”をせっせと見比べている。

 リーヴプレートに描かれた絵は、それぞれが依頼の内容を示す。モンスター討伐、防衛の参加、素材の採集、制作物の納品。詳しい内容は冒険者ギルドの担当者が、ここじゃゴントランさんが口頭で教えてくれる。

 もし依頼を受ける時は、受けた証明としてリーヴプレートを持っていく。要は割符みたいなもんだな。字が読めない冒険者は結構多いから、こういうシステムにしてるんだろう。

 その中に1枚、やけに分厚いのがあった。

 手にとってよく見ると、2つくっついて重なっていたようだ。ぺりっと剥がして、裏側に合った方のプレートを眺める……と同時に。

 

「……うっぁ!」

 

 キィィィイインと耳鳴りとともに、重なった情報が頭に叩き込まれる。

 ……これは俺が抱えている症状、というか現象というか。とにかく稀に、触れたものの過去の情報や、ここじゃないどこかの出来事を知ることがある。

 狙って起こせるものではないし、正直そんなに役に立ったことは無い。

 

 今回はどうだろうか。耳鳴りに乗って現れたイメージには、ゴントランさんがいる……。ここカーラインカフェの映像だ。

 それにもうひとり、ゴントランさんに向かって話す、上品なメイド服を来た女性だ。優しい笑顔で、何かを話している。

 イメージの中のゴントランさんも、微笑みながら応対している。……なるほど、これは依頼内容か。俺はイメージの中で、この女性が何を依頼していたかを知った。

 耳鳴りが終わり、俺の意識は今この場所へと帰ってきた。

 俺は、手に持ったリーヴプレートを見る。それには花がいっぱいに詰め込まれた、籠を持つ女性の絵が描かれていた。それは、素材の調達任務を示す絵柄だ。

 

「……どうした。具合が悪いのか?」

 

 ゴントランさんが俺を、胡散臭いものを見る目つきで言う。

 ホントは「どうした。仮病か?」と聞きたいんだろうな。俺は軽く頭を振り、苦笑しながら返事をする。

 

「いや、大丈夫だ。それより、これ、持ってくぜ」

 

 俺は手に持った調達任務のリーヴプレートを見せる。ゴントランさんはプレートの裏側に描かれた記号を見ると、怪訝な顔で手元の帳簿を見比べ始めた。

 

「ん?それは何だったか……。あっおい待ちなさい!」

 

 後は任せるよ、依頼の内容は知れたしな。

 ちょうど他の冒険者がどどっとやってきてあっという間にゴントランさんは見えなくなった。

 さて、トールはまだ入り口の横に突っ立ている。俺はリーヴプレートを手で遊びながら、トールに近づいて声をかける。

 

「トール、行くぞ。パイは諦めてくれ」

「そうか……。どんな仕事だ」

 

 トールは目を開けると、残念そうに鼻を鳴らした。俺は手に持つプレートをひらひらと見せる。

 

「ハウケタさんちに、お花のお届けだよ」

 

 俺はそう言いながら、プレートを腰に下げている鞄にしまう。プレートは、鞄の中のピックやシャードに触れてチャリチャリと音を立てた。

 

 

「そこのお前、今ハウケタって言ったか?」

 

 いきなり足元から声が聞こえる。俺に話しかけたのか? 声の方に目を向けると、入り口に入ってすぐのところから小さい子供がこちらを見上げていた。

 ……いや、子供っていうより、綺麗なお人形って感じだな。それにこの尖り気味の耳に、大きな頭身は……ララフェル族だ。

 そのララフェルは白いローブを身に着け、背中にちらっと杖を見せている。幻術士か。幻術士はここグリダニアの特産品だ。まあ、とりあえず。

 

「えっと、ああ、言ったぜ? 依頼で行くんだけど……」

 

 それがどうしたんだ? と、返事をする。そのララフェルは青いガラス玉のような、大きな目をさらに大きくし、手をパタパタと振りながら早口に訴えかけてくる。

 

「ハウケタ御用邸だろ?! あ、あそこに用があるんだ。依頼で行くなら便乗させてくれよ!」

「おいおいちょっと待ってくれ、便乗? ……いや、悪いけど、3人で割るほどの報酬じゃない」

 

 そんなに難しくない任務だ。モンスターも採集も、俺とトールのレベルで十分足りている。幻術士が入ったところでそんなにかかる時間も変わらないし、メリットがあんまりないな。

 そのララフェルは、何だそんなことか、と言いたげな顔で話を続ける。

 

「報酬はいいよ。あのへんは今、モンスターが多くてさ。相乗りできるなら、それで越したことはないから」

「……うーん」

 

 ……なんだか必死な雰囲気だな、訳アリかな。

 癒し手ってのはそんなに数が多くない、人気だから金に困ってないのか。

 ただ、今のところ仲間はいないみたいだ。手伝いぐらいギルドに頼めば、何とかしてくれそうなもんだけど。

 焦っているところを見ると、試す手はすでに試したって感じだろうか。 

 どうするかな。俺が少し考え込んでいると、そのララフェルが口を開く。

 

「……何ぼけっとしてんだ。早く返事しろよ、とんま」

 

 ……えぇ。一瞬、何言われたか分からなかったぞ。俺、今、お願いされてるところだよな?

 

「口の悪いチビだな。それが人にものを頼む態度か」

 

 横で黙って様子を見ていたトールが口をはさむ。

 その声を聞いたララフェルは、ビクっと少し飛び上がって驚いた。

 

「うわ!喋った! びっくりさせんな! 棚か何かだと思ってたぞ……」

「……なんだとこの──」

「あ! お前チビって言ったな!? ふざけんなデカブツ! 人種差別しやがって! 山に帰れおっさん!」

 

 ああ、こいつに仲間なんていないわ。独りでいる理由が分かった。

 トールは畳み掛けるように言葉を投げられて、完全に面を喰らっている。それでもなんとか言い返そうとする。

 

「──デっ、やっ、おっさんって言うんじゃねえ! 俺は16だぞ!!」

 

 カフェ全体にとどろく大声で、自分の年齢を言うトール。ちったぁ驚け、ちびくそ。

 そのララフェルは、声の音量に顔をしかめたあと、驚いた声で言う。

 

「年下かよ! ココは年上だぞ、敬語使えバカ!」

 

 ……お前年上かよ。ほんと違う種族の年齢って分かんねぇな。こいつはララフェルの中でも幼い顔立ちには見える。ちなみにトールは、ルガディンの中でも老け顔だ。

 

「あぁ!? 嘘つけ!? じゃあ何さ──いってえ! 何すんだフロスト!」

 

 オイオイ止せよ、無駄に時間を止めようとするんじゃねぇ。年齢を聞こうとするトールの、すねの辺りを蹴って妨害する。

 別に失礼とかそんなのは割とどうでも良いが、騒ぎが大きくなるのは目に見えている。

 

「まあ落ち着けって、トール。こっち来い」

 

 おれは鼻息を荒くするトールの、腹の辺りをバシバシ叩き、問題の原因から遠ざける。

 俺はその原因に声をかけた。

 

「あのさ、ちょっと検討するから。……ええと?」

「ココ、……ココル・コルだ。」

「んじゃ、ココルさん。ちょっと待ってて」

「早くしろよ」

 

 すげえ偉そうだな。びっくりするよホント。

 声の届かない辺りまで離れて、話し合う。トールは相当お冠のようだ。

 

「なんだ。まさか、あいつ連れて行くのか?」

「良いじゃないか、タダだし。ポーションが自分で歩いてるぐらいに、思っとけばいいさ」

 

「まだかよ!」

 

 ココルと名乗ったララフェルが、声を上げる。まだ1分も経ってねえぞ。

 トールがうんざりした顔で言う。

 

「……ポーションは。悪態をつかねえ」

「そんな事言わずにさ。僕からも頼むよ」

「わっ、ミューズさん?」

 

 いつの間にかそばに立っているミューズさんが話に加わってきた。

 

「彼女は、何日か前から仲間を探しているんだけどね」

 

 ミューヌさんは、ふうっとため息をつき言葉を続ける。

 

「あの調子だろう。ちょっと付き合ってあげてくれないかな。何か事情がありそうなんだ」

 

 この人にこんなこと言われたら断りにくいな。それにお願いを聞いとけば、またしばらくのんびり出来そうだ。

 

「ミューズさんがそう言うんなら、良いだろ? トール?」

「……ああ。……だが、俺は敬語なんて使わねえぞ」

「フフ、ありがとう。お願いするよ」

 

 じゃあね、と言って忙しそうにスタスタと去っていくミューズさん。冒険者ギルドのマスターってのは大変だな。というわけで、苛立たしげに足踏みしている、ココルとやらに近づいて言う。

「ココルさん、決まりだ。今回限りだけど、後衛は任せるよ」

 

 ちょっと不安そうにしていた顔を、ぱあっと嬉しそうな表情に変える。

 

「ありがとう! 助かるよ! あと、ココルで良いぞ」

 

 意外にも素直に礼を言われる。そんなふうだと、ちょっと戸惑ってしまうな。ぴょんぴょんと小さく跳んでいる彼女に言葉を返し、カフェの外へ出るように促す。

 

「それじゃよろしくな、ココル。俺はフロスト、でこっちが……」

「トールだ」

 

 トールはまだちょっと不機嫌そうだ。ココルは、そんなこと微塵にも気にかける様子はない。片手を高々と上げて笑顔で返事をする。

 

「フロストに、トールだな! よろしく!」

 

 そうやって、にこやかにしてれば可愛いもんだ。カフェの外に出ると、右手に大きな湖と、巨大な木々が立ち並ぶ黒衣の森が目に入る。

 見たことも無いような巨大な木が、森を作っている。あまりにも大きすぎて、少し不気味にも、神聖に感じられた。そんな森を眺めて、俺はようやく、ここグリダニアでの冒険が始まることを実感した。

 

 

────────────────────

 

 

 目的地はグリダニア新市街の西にある白狼門から出た、スカンポ安息所と呼ばれる場所にある。ちなみに飯は適当に買って済ませた。

 安息所なんて呼ばれているが、モンスターはそこそ強く、厄介な奴らがうようよしている。

 霊災が起こる前は観光や保養で訪れる人が多かったのだろか。確かに空気は澄んでいて、気候も穏やかで過ごしやすそうだ。深呼吸をするよ濃い緑の匂いがする。うっすら果実や花の香りが混じっていて、気持ちがいい。

 

「道はこっちで良いんだな、ココル?」

「うん小さい頃行ったことがあるんだ。というか、何だよお前ら、この辺来るの初めてだったんだな」

 

 特に俺たちが歩くペースを落とすこともなく、ココルは着いてきていた。

 ララフェルってのは体格は小柄だけど、身体能力は高い。その見た目からは信じられないくらいに、だ。バリバリ前衛をこなすやつもざらに居る。

 とにかく道案内も兼ねてくれて助かる。意外と悪くない選択だったな。そうだ本来の目的を忘れてはいけない。

 

「トール、花はどの辺りで取れるって?」

「別に珍しいもんじゃねえが、水はけが良いところだろうな」

 

 山で育ったトールは園芸師の真似事が出来る。花の名前を伝えると「それなら見れば分かる」と言ってくれた。もちろんグリダニアの採集を管理する、園芸師ギルドには話を通してある。ギルドリーヴであるなら、その分採集するのは問題ないそうだ。その辺りは計算に入ってるんだろうな。

 

「へえ、意外だな。採掘師の方が似合うぞ」

「ほっとけ」

 

 ココルが憎まれ口を叩くが、トールも大分慣れたようだ。あっさり流す。ごめん俺もそれはちょっと思う。

 

「……トール、止まってくれ」

 

 俺がそう言うとトールはすぐに立ち止まり、背中に下げている斧に触れる。ココルはまだ分かっていないようだ、俺とトールの顔を交互に見上げてくる。ちょっと説明は後にさせてもらう。

 ……草花の匂いに混じって、不快な、生ゴミを腐らせて煮詰めたような匂いがする。木々の枝葉のざわめきに混じって、引きずるような、音が、小枝を踏み鳴らす音も聞こえた。歩いていた道、左側、倒木の向こう側あたりか。

 クソッ、思ったより近い。潜んでいたのだろう、気配はいきなり現れた。向こうには完全に気付かれているようだ。こっちに向かってくる……!

 

「来るぞ、倒木の向こう側、数は1つ、すぐだ!」

「……」

 

 トールが斧を構え前に出る。ココルも状況を飲み込んだようだ。杖を構えて、後ろに下がる。俺も短剣を両手に持ち、腰を落として戦いに備える。

 倒木から、突然いくつもの枝が生え始めた。枝はうねうねと動き、触手と言った方が良さそうだ。倒木から生えたんじゃない、後ろに触手の持ち主がいる。太い、俺の胴体ぐらいはありそうな触手が伸びてきて、倒木の上に乗っかる。極太触手が倒木にめり込むように音を立てると、倒木の背後から本体が現れた。

 見上げるように巨大な木のコブのような姿で、全身から生える無数の触手、限界まで腐らせた野菜みたいな体表、こ、コイツは……。

 

「ス、ストローパーだ! 絶対にコイツの息を吸うな!」

 

 ストローパーは頭部と呼べる位置にある、裂け目を大きく開く。現れた巨大な口には植物のような外観とは不釣り合いな、肉食動物のような歯が乱杭に並んでいる。シワだらけの体表とは逆に、ヌメヌメとしたピンク色の中身が、糸を引いて不快感を煽る。……おええ!っ臭い!もう臭い!

 

「ゴホッ……トール、根本の触手だ、息は回り込んで避けろ! ココル、直線上に立つなよ!」

「うっ臭っぐお、おおおらああ!」

 

 トールが前に踏み出して、ストローパーの真正面で斧を振るう。あれはキツイ。ストローパーがムチのように触手をぶつけてくるのを、斧で上手くしのいでいる。

 俺はストローパーの意識がトールに集中するのを見てから、自身のエーテルを極限まで抑えて”かくれる”。

 ストローパーの後ろに回り込み、……ここだ。柔らかそうな雰囲気のところに短剣を突き立てる。……良し、上手くツボを突けたみたいだ、コイツの全身がさっきより少し弛緩しているのが分かる。双剣士の技、だまし討ちだ。

 

「今だ!トール畳み掛け……う、わ」

 

 ストローパーの体が震えて、えづくように、口の奥を鳴らしている。ゴッゴポッと液体が沸いているような音を立てる。うわ来るぞ、”臭い息”だ!

 

「避けろおおお!」

「うおおおお!」

 

 ゴパァとストローパーの大きく開いた口全体から、黄色い、霧というか煙が溢れ出す。息はストローパー前方に大きく広がり、視界を狭める。俺はすでにストローパーからは離れ、トールも何とか息の手前の方に転がり込んだ。ココルは!? ……大丈夫みたいだ。息の範囲を避け、大きく回り込んでいる。良し、避けられてる、問題ない。

 仕切り直しだ! 俺とトールは再び構えを取り、前を向く。

 ゴポッ、ゴポッ……と不吉な音がする。まさか、二度目だって?

 まずい、避ける場所が無くなっている……!

 

「……! おいフロスト。この場合はどうするんだ?」

「下がっ、と、遠くへ!」

 

 コポポッと音が高くなって、液体が口のすぐそこまで溜まってきているのが分かる。これは間に合わないかも……!

 突然背後の方に、周囲のエーテルが吸い込まれるように集まり始めた。振り向くとココルが杖を構え、魔力を集中している。そうか! 風の魔法で吹き飛ばしてくれるのか!

 

「トール下がれ! ココル! 頼む!」

「任せろ!」

 

 俺はトールを引っ張り、可能な限りストローパーから距離を取る。ココルが俺の言葉に答え、詠唱を始める。

 

「『岩砕き、骸崩す、地に潜む物たち、集いて赤き炎となれ』! ファイア!」

 

 人の顔ほどはある赤く燃える火球が出現し、ゴウッと音を立てて放たれた。火球は不自然な軌道を取りながらも、真っ直ぐにストローパーに奔り直撃する。そして、ドゴォッ、と思ったよりも重い衝撃音と共に炎を撒き散らして爆発した。

 ストローパーは大きく体勢を崩す。な、なんて威力だ。

 

 

「まだまだああ! もう一発! ファイアアアッ!」

 

 

 ココルは攻撃を止めない。ココルのエーテルが、熱を持つように偏っている。放たれた火球はさっきよりも威力を増して、ストローパーの頭部を追撃する。再び衝撃と爆発音が響いた。

 ストローパーは……音を立ててその場に崩れ落ちた。……終わりだ。俺はストローパーから生命の気配が無くなるのを確かめてから、構えを解いた。

 トールも俺が短剣を納めるのを見てから、斧を下ろした。

 ココルがスタスタとこちらに歩いてきた。俺とトールは、功労者をじっと見つめる。ココルは見られているのに気づくと、得意げな顔で言う。

 

「どうした? ココ様の呪文の強さに驚いたか?」

 

 俺とトールは、同時に口を開く。

 

「「呪術士かよ!!」」

 

 

────────────────────

 

 

 俺とトールの叫びを聞いて、ココルはビクッとした後、ちょっと怯えながら答える。

 

「え、そ、そうだけど。何で今更……?」

 

 俺はココルがびくびくしているのにも構わず、詰め寄ってしまう。

 

「幻術士だって言ったじゃねえか! 詐欺だろ! ああん? 出るとこ出れるぞおい!」

「え、い、言ってない……」

 

 ココルは杖を抱いて、おどおどと体を傾けながらそんなことを言う。そんな訳あるか! 俺はカーラインカフェの会話をよく思い出す。

 

「言っ………………言ってない! ごめん!!」

 

 うわ、言ってない! 勝手に俺が勘違いしたのか……? いやだってグリダニアで白いローブ着た術士がいたら幻術士だって思うよ! ねえ!?

 

「フロストてめえ……。危ねえな、回復薬が居るからって油断してたぞ」

 

 トールが呆れ返るように言ってくる。悪かった! ……マジで危なかった。なんなら、ちょっとぐらい怪我した方が得かな、ってぐらいに思っていた。

 

「ね、ねぇ。ココ悪くないんだよね?」

「ああ。悪いのは全部コイツだ。……ん?」

「だよな!? ほらココ悪くね―じゃん! もっとちゃんと謝りやがれ!」

 

 うるせえ、人を指差すな。こっちだってガッカリなんだよ。今日のポーション代全部てめえ持ちにするぞ。

 ……ん? 飛び跳ねるココルの横で、トールが藪をかき分けて、道から外れた方に入っていく。

 足元でぎゃあぎゃあ喚くココルを無視して待っていると、トールはすぐに藪を広げながら戻ってきた。右手に何かを持っている。

 

「あったぞ。待ってろ、もう少し採ってくる」

「おお、頼むぜ」

 

 トールは、紫の花を2種類、数本俺に押し付けて、再び藪の中に入っていった。ふわりと香りが鼻に届く。そういやこんな香りだったな。今回の目的はこの花の採集任務だ。

 

「花? お供え物か?」

 

 ココルが俺の持つ花を眺めて言う。俺は花の香り深く吸い込みながら答える。

 

「いや、薬の材料に使うんだろうな。この2つは……え? お供え物?」

「ああ」

「えっ何で? だ、誰か亡くなったのか?」

 

 またこいつ変なこと言いやがる。……すごく嫌な予感がする。ココルは驚きと、悲しみと、アホを見るような表情をいっぺんに混ぜて、俺を見て、言う。

 

「ハウケタ邸はちょっと前に、壊滅したよ。……みんな死んだ」

「…………はあ!? 何で!?」

 

 なんだそれ!? でかいお屋敷だろ、は、流行り病か何かか?

 

「あそこの女主人が、異界ヴォイドの魔物を呼んじまってな」

「……」

 

 異界ヴォイドは”妖異”と呼ばれる化け物たちの住処だ。住処と言っても具体的に場所があるわけじゃなく、言わばこの世界の裏側にあるらしい。たまに裂け目が出来ると、そこから妖異達が現れるという。

 ……稀にだけど、妖異をこっちの世界に呼び寄せる人間も居る。妖異の持つ不思議な術に、変な期待を抱いてしまうらしい。

 

 話によると、もう原因の女主人は倒されている。倒したのは流れ者の冒険者達だそうだ。屋敷の住民はことごとく妖異と化していたらしい。

 

「……なんだって、お前はそこに行くんだ?」

「友達が……あそこで働いてたんだ」

 

 ……働いてた、か。ココルは杖を強く握りしめて言う。

 

「ウルサンデルが……。ウルサンデルってのはそこで働いていた、生き残りの執事だ。知り合いなんだ。……そいつが屋敷を飛び出したときには、もう、女中は皆、だめだったらしい」

 

 一気にそう言うと、目の輪郭をにじませて続ける。

 

「せめて、あいつが生きてた証拠を見つけたい。今のココをあいつに教えたいんだ」

「…………」

「……手伝ってくれないか?」

 

 どうするかな。別に、俺はどっちでも良いんだけど。

 

「連れてってやれよ。花集めより、妖異退治の方が面白そうだ」

 

 トールが半ば道になった藪から戻ってきて言う、聞いてたのかよ。薬が売るほど作れそうな量の花を両手に持っている。花似合わねえなコイツ。自分でも似合わないと分かっているのか、歩いてきたトールは俺に花を押し付ける。

 俺は鞄に花を押し込みながら、返事をする。

 

「妖異はもう、倒されたって話だぞ」

「取りこぼしぐらい居るだろ。居たらタダ働きにならなくて済むぜ」

「……それもそうだな。良し、ちょっと覗いて行くか!」

「ああ。……何だニヤニヤしやがって。……元はと言えば、てめえのポカだぞ」

 

 別に? 俺はどっちでも良かったんだけどな。お前がそう言うんじゃ仕方が無い。

 

「着いてきてくれるのか……?」

 

 ココルが不安げな声で言う。

 怒ったり落ち込んだり、忙しいやつだが、悪いやつじゃない。

 

「ああ、ミューヌさんにも頼まれちまったからな。もうちょっとよろしくな」

「!! わあ! 意外といいヤツだなお前ら! ありがとな!」

 

 そう言って、少し先に走っていってぴょんぴょんと跳ねながら。

 

「そうと決まれば早く! 早く行こう!」

 

 落ち着きのないやつだ。……よし、グリダニアに戻ったら、飯でも奢らせよう。

 

 

────────────────────

 

 

 ……でかい屋敷だ。豪華な門をくぐると、ハウケタ御用邸がその姿を見せる。庭には、枯れかけた噴水に、人の形に刈り込まれた植木がある。植木はしばらく手入れされてないからか、ボサボサと枝が伸びてきていて、とても不気味だ。太陽は高く、晴れ晴れとして明るいのに、それがかえって不気味さを際立たせている。

 屋敷は、建築のことは良く分からないが、すごく大変な代物ということは分かる。左右対称の真ん中に入り口が見え、その上にどデカいステンドグラスが建屋の顔のように設置されている。カーラインカフェにあるものより数段でかいな。

 

「これが、個人の持ち物だってのか……。すげえな」

 

 トールがひとりごちる。確かにな、金持ちの考えることはよく分からん。俺達は入り口まで歩を進めて、派手ではないが、高級なものと分かるドアに手をかける。……鍵は掛かってないようだ。俺はトールとココルに目をやり頷く。2人が頷き返すのを確認してから、そっと扉を開く。……ひとまず、近くに妖異の気配はない。扉を大きく開いて中に入る。

 

 中も、凄まじく豪奢だ。ステンドグラスの明かりに、ポツポツとランプで照らされていて周囲が確認出来る。……ランプ? クソッ、エーテルが異常に溜まっているってことか、ダンジョンと化してやがる。

 外から見るよりもずっと広く。一つ一つのものがすごく上等であることが分かる。……何か持ち出せないかね、勿体ない。

 

「……今の所、気配はないな。ココル、女中さんの居た場所とか分かるか?」

 

 ココルは落ち着きなく周囲を見渡している。あまり冒険慣れはしてなさそうだ、ダンジョンなんてくるのは初めてなんだろうな。ココルは少し震えた声で返事をする。

 

「ち、地下だ。ウルサンデルの話じゃ、最後は女中がそこに集められていたらしい」

 

 ココルは杖を握りしめ、キッと前を見て続ける。

 

「そこに、エレノアの……遺品か何かあるはずだ」

「……ああ、慎重に行くぞ。トール、前頼むぜ」

「ああ」

 

 トールが斧を両手に持ち、ココルが指し示すふかふかした絨毯の廊下を歩く。

 

 

────────────────────

 

 

 少し拍子抜けだが、妖異らしいものとは全く出くわさないで地下までやってきた。ここを攻略した冒険者がせん滅して行ったのだろう。所々で戦闘の跡が見て取れた。

 ……なんだか、この徹底したお掃除っぷりは見覚えがある気がするな。石造りの吹き抜けになっている階段を下り、そっと扉を開けると、また廊下だ。

 

「……ん?」

 

 廊下に足を踏み入れると同時に、エーテル酔いに似た、かるいめまいを覚えた。この感覚は、過去視が起こるときと似ている。

 

「フロスト?」

「いや、何でもない」

 

 特に何か起こる気配はない。エーテルが濃いからな、そのせいだろう。気を取り直して周囲を伺う。……何か聞こえる……歌? かすかに歌声が聞こえる、女性の声だ。……俺だけに聞こえてるってことはないよな? 怖すぎる。

 俺は2人に身振りで、耳を澄ませるように伝える。2人の顔を見る限り、きちんと歌声は聞こえているようだ。

 しばらく耳を澄ませていたココルが、ハッと顔色変える。

 

「この歌……そんな!?」

 

 なっ!? ココルが、いきなり走り出した。クソッ! 馬鹿たれめ!

 

「トール!!」

「ああ! なんだってんだアイツ!?」

 

 2人で急いで後を追う。クソッなんて足の早いやつだ、追い越せない!

 …………!? 走るうちに、歌声はだんだんと大きくなり、そして、だんだん悲鳴のようなものに変わっていく。

 ココルは廊下に沿うように並ぶ、牢屋の一つの前で立ち止まった。

 歌声は、すでにただの悲鳴として聞こえている。

 

「そんな……エレノア……!!」

『イヤアアアアアアアアああアァァァァァアァアアアアアアアアああ!!!!』

「ココル! 待ち……ッ!」

 

 悲鳴は凄まじい音量で、この場を悲痛に満ちた響きで満たしている。

 牢屋の真ん中には女中姿の人間が座り込んでいる。両手で頭を抱え込むようにしているせいで、顔の全ては見えていないが、人間じゃないのは明らかだ。人の姿はしているが、構成し、放出するエーテルが、完全に人のそれではない。異形のものになっている。

 おまけに、あの姿には……見覚えがある。……ッ! なんだんだ、クソッたれ!

 その姿は、カーラインカフェでリーヴプレートに触れた時に見えた、過去の映像。そこで朗らかに笑っていた女性の姿だ。

 なんだってこんな、クソみたいな気分を味わわないといけないんだ!

 

「……! ぼけっとしてんじゃねえぞ!! ……ぐおッ!」

「なっ!? トール!」

 

 トールが怒号を上げて、庇うように俺たちの前に出る。トールの影に隠れてよく見えなかったが、何かが雨のように飛んできて、それをトールが体で受け止めたようだ。

 いくつかが逸れて床に刺さる。おい、石の床だぞ!? トールがよろめき、下がる。

 

「トール! ……なっ何だこれ、魔法? 釘か!?」

 

 床に刺さったそれは、確かに釘の形をしている。何に使うんだってぐらい長い、そんなものがトールに……!

 

「構うんじゃねえ!! それより良いんだな!?」

「……ッ! ああ、すまん。やるぞ!」

「……待っ!」

 

 迷ってる場合じゃねえ、今のこいつは妖異で、人を傷付けるバケモンだ。トールを前衛に2人で前に進む。ココルが何か叫びかけたが、無視だ。

 再び、釘が大量に飛んでくる。さっきと同じような角度で、何もない虚空から出現してきやがった。

 

「うおおぉぉお!!」

 

 トールが斧を振るい、飛んでくる釘を打ち払う。だが斧を逸れたいくつかが、トールの体に吸い込まれる。こいつの鎧は鎖を編んだ、鎖帷子だ。釘の全てを防ぐことは出来ないだろう。

 それでもトールは足を止めない。俺も釘を任せて、相手を観察し、隙を伺う。

 ……!! こ、これはまずい! 天井に鎖で吊り下がった、巨大な鉄の刃が現れた。

 

「上! トール!」

「……! ぐ、おお!」

 

 二度、三度と鉄の刃が落ちてきて、床に食い込む。なんとかギリギリで躱すことが出来た。……あと一歩だ!

 

『イタイ! イタイ! ヤメテエエェェェェェエエええ!!』

 

 女中姿のそいつが、裂くような悲鳴を上げながら、両手で頭を抱えたまま大きくかぶりを振った。躊躇う余裕なんてない。人の形をしてるんだ、首、腹、狙いを定める。……く、そ、またか!

 女中の背後、頭の上あたりに、巨大な柱が横倒しに出現する。柱は、鉄のような素材で、棘が無数に飛び出している。う、わ嘘だろ!

 棘付きの柱が、ローラーのように回転しながらこっちに飛んできた。

 

「が、わ、これは無理っ!!」

「があああああ!?」

 

 俺とトールは、体のあちこちを引き裂かれながら、後ろに大きく吹き飛ばされた。痛ってえええ!

 俺は、痛みを無視しきれないが、それでもすぐに立ち上がり追撃に備える。横でトールも同じように起き上がり斧を構える。

 ココルがいつまにかすぐ後ろに居て、声を上げた。

 

「フロスト! トール! だ、大丈夫か!?」

 

 ……ッ! ……? なぜか分からないが、追撃は無かった。

 

「……何だあ?」

 

 トールも訝しげに声を上げる。周囲を確認する。牢屋の入り口辺りまで吹き飛ばされたみたいだ……。いつの間にか、棘付き柱も消えている。悲鳴だけが、ずっと聞こえてくる。

 何なんだこれは……妙な感じだ。ちらっと自分の体を確かめる。ひでえ、腕がずたずただ。

 

「ポーションだ! かけるぞ! 動くなよ」

 

 ココルが駆け寄って、剥き出しの傷口にドボドボとポーションをかける。痛ってえ! もっとそっと頼む! 俺にかけ終わると、すぐにトールの方に向かった。トールは鎧のおかげで、そこまでのダメージは無さそうだ。

 腕の傷はすぐには塞がらないが、痛みはマシになった。多少クリアになった頭で、違和感の正体について考える。そもそもこの地下に入った時から変な感じがする。

 

「……! トール、釘は刺さってるか?」

「ああ? ん、いやねえな? あ?」

 

 トールは自分の体に触りながら、頭を動かしている。

 そうか、読めたぞ。俺は女中の方に一歩進む。

 

「フロスト!? 何やってんだよ!?」

 

 ココルが驚いた声を上げる、まあ見てろって。

 もう一歩前に進んだところで、また同じところから、釘が中空にざあっと出現して飛んでくる。見るのは三度目だ、難なく躱し、後ろに下がる。攻撃はまた止んだ。釘は、見ているそばから消えていった。

 それは、エーテルが霧散する様子と酷似している。

 ……大体分かったけど、気分は相変わらず最悪だ。ため息をつくと、ココルが泣き出しそうな声で言う。

 

「フロスト! 説明してくれ! エ、エレノアはどうしちゃったっていうんだ……」

 

 まるで救いのない話だ、説明するのは気が滅入るな。だけど話さないわけにはいかないだろう。俺は息を少し多めに吸い込んでから、言った。

 

「こいつは、エレノアじゃない。……これはエレノアの記憶、最期の記憶だ」

 

 この地下全体が、エレノアの記憶、記憶エーテルとも言える存在で満ちている。過去視と間違えるわけだ。普段は人や、物に閉じ込められている情報が、剥き出しに空間に撒き散らされていたってことだからな。

 俺は、ココルとトールに過去視のことは避けてこのことを説明した。そしてもっとうんざりする情報がある。

 

「重要なのが、エレノアに近づくほど、”死の瞬間”に近づいてるってことだ」

 

 平和な日常を思わせる歌声から、悲鳴。徐々に大きく、物騒になる拷問器具のようなエーテル体。……壊れたレコーダーみたいなもんだ。

 近寄ることでその現象が起こるというより、起こり続けている現象に飛び込んで行っていたってことだ。

 

「そ、そんなのって、あるかよ……! エレノアはずっと……!?」

 

 ココルが悲痛に満ちた声を上げる。

 ……別にこのままにしたって構わない。あとから人数を増やして、安全に戦うことだって出来るだろう。言ってしまえば、苦痛が、後少しだけ伸びるってだけだ。別に本人じゃない、エーテルの残響に過ぎないんだこれは。別に俺たちが。別に。

 

「……トール、最後の棘の柱、任せられるか?」

「……ああ。止めてやる」

 

 俺の別にやる必要もない提案、トールが乗っかってくれる。

 

「な、何をするつもり……?」

 

 ココルが震える声で言う。確信はない、だけど。

 

「試したいことがある。……上手くいってもいかなくても、エレノアの影には消えてもらうことになる。良いな?」

「……!」

 

 ココルは頭振って、はっきりした声で言う。

 

「頼む、……エレノアを開放してやってくれ!」

 

 ああ、ちょっと待ってろよ。ココル、エレノア!

 

「トール、恐らくさっきと全く同じ攻撃が来る、さっきと同じように避けるぞ」 

「ああ。……最後までは見てねえぞ。大丈夫か?」

 

 そうだ。さっきはあと一歩のところまで来てたが、多分もう一段階ある。何があるかは分からないが、死の瞬間のイメージが襲ってくるだろう。

 

「……ま、なんとかなるさ」

 

  棘付き柱は避けられない、受ける必要がある。トールが一度は受けてくれるが、チャンスはそれきりだろう。出たとこ勝負でなんとかするしかない。

 

「行くぞ!」

「フン……!」

 

 2人で前に出る。すぐに釘が無数に現れて飛んできた。それは、もう何回も見てるんだよ! 俺もトールも釘を躱し、最低限の避けられない分はトールが斧で叩き落とす。次は天井から、鎖付き鉄の刃だ。……ん?

 

「……げえっ?」

「おい話が違えぞ!?」

 

 さっきとは違う位置に刃が出現する。ここはランダムかよ!? ……まずい避けられない!

 

「『虚空の風よ、非情の手をもって、人の業を裁かん』! ──ブリザラ!」

 

 背後から俺たちを覆うように出現した氷の塊が、天井から落ちる刃を弾き飛ばした。

 ……ココルッ! やるじゃねえか!

 

『アアアああアぁァ! イタイ! イタいィイ!!』

 

 棘付きの鉄の柱が現れ、回転しながら向かってくる。トールが一歩前に出て、咆哮する。

 

「来いっやあああああ! ランッパアァァトォ!!」

 

 トールがエーテルを剥き出しに開放して、防御力を大幅に向上させる。

 そのまま体ごと斧をぶつけるように棘付き柱を受け止めた。回転する棘が当たり、鎧が火花を散らし、欠片が撒き散らされる。

 柱は勢いを止めずに回転し続ける。それでも……お前は止めるって思ってたぜ!

 俺は、トールが受け止めた、少し持ち上がった柱の下を足から滑って潜り抜ける。

 頭のすぐ上を回転する棘が通るのが分かって、ちょっとひぇってなる。滑った勢いをそのまま使い、体を起こす。エレノアはもう目の前だ。

 

「こんにちは、お嬢さん! お休みの時間だ!」

『ア、あアア、コナイデええぇええエエぇぇぇえエ!!』

 

 軽口を叩く俺を無視して、エレノアは、これまでで一番の悲鳴を俺にぶつける。

 構うもんか、俺は腰の鞄に手をやる。

 ……!

 エレノアは、顔を覆っていた手をいつの間にか離し、その素顔を俺に向けている。

 エレノアの顔は、過去視で見たものと違い、苦痛に歪んでいる。

 そして、目が真っ黒だ、いや、目が無い……!

 空っぽの眼窩を俺に向けている。

 一瞬怯んだ俺の、目の前に、真っ白な、不気味なほど綺麗な手が現れた。手は女のもので、爪が赤く塗られている。

 ひ、一つじゃない、何本も同じような手が現れ伸びて、俺の首や、肩に触れる。

 こ、これが、お前の死の記憶か……!

 

「が、あ!?」

 

 まるで温度を感じない手が俺に触れると、生命を吸われる感触が、ド、ドレイン……か!?

 クソッ後には引けないんだよ! 俺は左手の短剣で女の手を切り払い、前に出る。

 もう片方の短剣は、とっくに放り捨てた。俺は右手を鞄の中に手を突っ込み、中身全てを引っ掴み取り出し、エレノアの胸の当たりに押し付け、手のひらから全力でエーテルを込める。

 俺の手に握られているのは、もともと鞄に入っていたピックやシャード、リーヴプレート、それに、今日採った花の束だ。

 

「う、お、おぉぉぉおおお!」

 

 この花の名前は、”ラベンダー”と”マージョラム”。

 これらから作られるのは、やまびこ薬──その効能は、失った言葉を思い起こさせる、記憶の想起!

 思い出せ! 痛みなんて、人生のほんの一欠片でしかない。そんなものに、思い出全部が、支配されるなんて、あっちゃいけないんだ!

 俺は手のひらの中でシャードを反応させ、花から抽出されるエーテルを、深くエレノアの体に押し込む。

……ッ! だめか……!? 白い女の手は、ますます増えて、俺を締め上げようとする。

 俺は左手の短剣を意識する。これで最後だ! 短剣を振り下ろす場所を探しながらも、右手に強く力を込める。

 指先が暖かな何かに触れた。

 花の香りが辺りに広がり、水面に広がる波紋みたいに、風に触れた草原のみたいに、色がさあっと変わるような感覚がする。

 ……辺りを支配していた記憶エーテルが、色を変えて拡散していく。

 

 波紋の中心にあるエーテルの塊は、もう異形のそれではなく、人の心の形をしていた。

 

「エレノア!!」

 

 ココルが声を上げて、エレノアに駆け寄る。

 ココルはエレノアに触れ、声をかける。

 

「エレノア……私よ、分かる?」

 

 エレノアはその言葉に顔を、その瞳をココルに向けて言った。

 

「……ココロお嬢様……お久しぶりですね……大きくなられまして……」

「エレノア! ごめんなさい、わ、私、もっと早く来ていれば……!」

 

 エレノアは過去視で見た時よりも、優しく微笑み、ココルに触れて言う。

 

「冒険者になられたのですね……うれしい……たくさんお話しましたよね……」

「……! ……そうだよ」

 

 ココルは目にいっぱいに涙を浮かべながら、言葉を絞り出す。

 

「ひ、ひとりでグリダニアまで来たの。モンスターとだって戦ったんだから」

「……すごい……とても……うれしい……でも……怪我は……しないでください」

「うん……うん……」

 

 2人は穏やかに、言葉を交わしている。……確かに届けたぞ。

 ……まずい、体が、重い。立ってらんねえ……。

 後ろにグラリと傾いてしまう。とん、と何かが体を支える。

 

「おい。無茶しやがるな」

「ああ。なに、大丈夫さ。今は……」

「……フン。そうか」

 

 ……俺がボロボロなのが、そんなに嬉しいか? ……ニヤつくんじゃねぇ。

 ココルとエレノアは最後の瞬間を共有している。エレノアの体は、徐々に輪郭を失い、霧散していく。何を話しているかはもう聞こえない。僅かな時間の後にエレノアは最後に大きく揺らめいて、そのエーテルが辺りに散った。

 

「うわあああああああ、ああああ!!!」

 

 ココルが大きく声を上げて泣いている。もう出来ることは何もない。ただ待つだけだ。

 

 

────────────────────

 

 

 しばらくして、今、俺達は屋敷から出たところに居る。

 

「本当に、ありがとうございました。最後に会えるなんて思ってなかったから……。この恩は必ず返します」

 

 ココルは深く頭を下げて、上げようとしない。ったく調子狂うな。

 

「要らねえよ。俺らは、ミューヌさんに恩が売れればそれでいい」

 

 ああ、あとゴントランさんには借りを返してもらおう。期限切れのリーヴなんて寄越しやがって。

 

「そんなわけには……!」

 

 ココルはようやく顔を上げたと思ったら、まだ食い下がってくる。良いってんだけどな、帰れやしないぞ。何とかこの場をやり過ごし言葉を探す。

 

「何もしてないさ。俺たちは”ココロお嬢様”、なんて知らねぇよ。な、トール」

「ああ。知らねえな」

 

「……! ……ありがとう」

 

 ココルは胸に手を置いて、嬉しそうに言った。

 パッと顔を上げた時は、もう見慣れた方の表情をして、とんでもないことを言う。

 

「な、なあ! ココを仲間に入れてくれよ! 役に立つからさ!」

「はあ!?」

 

 いや実家、帰れよ!? あんなこと言っちゃったから、もう言えないけど、結構上等な家あるんだろ!? 家出か修行か知らんけど、面倒見れるか!

 

「だめだ、2人も世話しきれねぇよ」

トールが「世話してもらった覚えはねえ」とかぼやきながら、もう帰りの方に歩き始めている。

 

「そんな事言わずにさ、入れてくれよ! な! な!」

「だめだ、だめだ」

「そんな事言わずにさ、入れてくれよ! な! な!」

「めげねえな!?」

 

 あとそれ、ちょっと違う世界線だから止めてくれ。

 ぎゃあぎゃあ言い合いながら、帰路に着くことになった。日は少し傾き始めているが、沈むまでにはグリダニアに戻れるだろう。

 

 

────────────────────

 

 見込み通り、夕方にグリダニアに着いた。今はカーラインカフェで卓を囲んでいる。……三人で。運ばれてきたジョッキを打ち合わせると、ココルが声高に言う。

 

「ここに、ココルと愉快な仲間たちの結成を宣言する!」

 

「解散」

「ココル様の今後のご健闘をお祈り致します」

「なんでだよ!」

 

  何だよ、そのチーム名、ヤダよ。その宣言も何か腹立つ。ジョッキの中身は蜂蜜酒だ。こうやって飲むもんじゃないかもしれないが、今日ぐらいはミューヌさんも多めに見てくれるだろう。

 

「さあココのおごりだ! じゃんじゃん食え!」

 

 流石に何のお礼もナシは、絶対に嫌だとココルは食い下がった。仕方がないので今日の飯をこいつに奢らせることにした。

 トールがどんだけ食うか、知ったらそんなこと言えなかっただろう。せいぜい財布を軽くしてもらうか。

 卓に突いた自分の腕に目をやると、もうほとんど傷跡は残っていなかった。

 

「何か、やけに効きの良いポーションだったな。ありゃ何だ? ココル」

 

 早くも蜂蜜酒を飲み干したココルが、ジョッキをコツと置いて答える。

 

「ぷはあっ! あ、ポーション? 何だっけ、確か、何とかエリクサーとか言ったかな?」

 

 そう言い捨てて、大声で店員さんにおかわりを注文するココル。

 へえ、エリクサーね。……エリクサー!? しかも、何とかって!? エリクサーの上に、言葉着くのか!!?

 

「おい! コ、コ、ココル!? な、何エリクサーだって!?」

 

 ココルは詰め寄る俺から、嫌そうに身を引き、答える。

 

「ええ……忘れちゃったよ。えっくすだか、はいじゃーだかそんな感じ」

 

 うおおお、超高級ポーションじゃねえか……! 売ったらいくらになるんだ。うっげ、今日2つも使ったじゃねえか! 勿体ねえ! トールなんて塩で良いんだよ塩で!

 

「い、あと、いくつあるだ、おい!」

「ポーション? 売ったよ。てか飯代それ」

 

「……はぁ!? なんで?!! 何してんだ!!」

 

 売った?! いや、それは良いけど、何で飯!?

 

「えぇ……だって、お金あんま無かったし、奢るなら腹いっぱい食わせたいし」

「どんだけ食わせる気だ!」

 

そんなに食えるか!! どんな金銭感覚してんだ!! 

 

「注文取り消せ、節約すれば一月は食って寝て出来るぞ」

「何わけ解んないことって言ってんだよ。……あ、ミューヌさん!」

 

 ミューヌさんが、こちらに手を上げながら近づいてくる。

 

「ココル君、パーティ組んだんだって? 僕も嬉しいよ」

「ありがとう!」

 

 ミューヌさんはこちらに向いて、微笑み話しかける。

 

「君たちのこと、誤解していたよ。僕からも礼を言わせてくれ」

 

 そう言って頭を下げると、続けて言う。

 

「食事代、奮発して貰っちゃたからね。裏方総出で、腕によりをかけて作っているよ。楽しみに待ってていたまえ」

 

 嬉しそうに言うミューズさんには悪いけど、そんな勿体ないこと出来ない。

 

「あ、ミューズさん、悪いんだけど注文とりけっぐむ!?」

「気にするな。ミューズさん。じゃんじゃん持っきてくれ」

 

 トールが俺の顔面を塞いで勝手なことを言う。ミューヌさんは「任せてくれ」なんて言いながら行ってしまった。

 

「トール、なんなんだてめえは!」

「お前の方がなんなんだ……。最後までカッコつけらんねえのか?」

 

 んなもん知るか! ああ……食い物が運ばれ始めちまった。仕方ない、食い溜めの限界に挑戦してみるか。トールもココルも上機嫌に笑ってやがる。そんな顔を見てたら少し気が晴れた。

 

 

─────

 

 

 トールもココルも椅子にふんぞり返って、寝てやがる。腹が膨れて体が前に倒れらんねえんだ。そういう俺も、ちょっと前かがみにはなれそうにない。食ったなあ。

 …………。俺は、今日の出来事を思い返す。

 ……実は、ラベンダーやマージョラムが記憶に作用するなんて、眉唾な話だ。沈黙と呼ばれる症状で、声が出なくなる作用機序だって分かってないんだ。そういう効果が働いているかもしれない、くらいの話だった。

 ……花の効果がどんな風に作用したのか、そもそも作用したのかは、分からない。

 だけど、あのとき俺は、「記憶」そのものに触れたような気がする。

 過去視の力の延長線上なんだろうか。何なんだろうなこの力は。起こるときは選べないし、知りたくもないことを伝えようとしてくる。

 俺は俺のために、この力を使うと決めている。……だけど、誰か教えて欲しい。自分のために生きることが、真に自分のためなのか。

 どうせ答えは出ない。俺もこのまま寝ちまおう。三人で怒られるなら、まあいいか。

 




20/11/23 体裁等修正
20/11/23 訂正:グリダニアの特産はワインじゃなくて蜂蜜酒でした
21/1/21 誤字とか修正

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