FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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「いいか、あれはあくまで”投資”だ。希少なワインってのは、資産価値がある」

 

 黒衣の森とギラバニアの境であるバエサルの長城を越えて、俺たちはエオルゼア同盟軍の拠点に足を踏み入れた。

 元は長くガレマール帝国の拠点だった場所であり、名前を帝国風にカストルム・オリエンスという。

 端すら見えないほどに伸びた長城も、帝国のガイウスとかいう将軍が築いたものらしく、名前もその将軍が由来だそうだ。

 

「持っていく場所やタイミングを選べば、その価値は何倍にもなるぜ」

「じゃあ飲んでんじゃねえよ!!」

 

 トールがそう大声で言うと、すれ違った衛兵が迷惑そうな顔でこちらを見た。

 だがエオルゼア同盟軍によって取り返されたばかりのこの拠点では、そこら中で大声が飛び交っているので、さほど悪目立ちはしていない。

 俺は衛兵に肩をすくめて見せてから、トールに向かって言う。

 

「なに言ってんだ。瓶とラベルさえあれば()()は足りる。安物のワインでも詰めておけば十分だ。どうせ中身の区別なんてつきはしない。そういう人間を選んで売りつければいい」

「この……ッ」

 

 トールは苦々しげな顔で言葉を切った。呆れているようだ。

 悪事と言うほどのことではないだろう。

 それぐらいのこと、ひと昔前は誰だってやってたんだけどな。

 

「とにかく覚えとけよ。いつか必ず、このワインが役に立つ時がくるぜ」

 

 俺はトールが背負っている荷物を叩きながら言った。

 

「てめえが生きてるうちに、その時が来るといいがな」

「ほっときなよ、トール。どうせ上手くいきっこないんだから」

 

 歩く俺たちの背後から、ココルの声がした。

 振り向くとココルはカードを手の中で広げ、もたもたと後ろを歩いていた。

 

「なにしてんだ? ココル」

「うーん……ココたちのこれからを占おうとしてるんだけど、解釈が難しくって」

「へぇ、どんな感じだ?」

「せいぜい景気が良いのを頼むぜ」

 

 俺とトールはカードを覗き込むながら言った。

 カードはアルカナと呼ぶらしい。魔法の媒体としても使うが、その本来の用途は占いだ。もちろんその目的にも使うことができる。

 

「ええと……”均衡”が東だから……東より来る……あれ、東に向かうものかな? 4枚目に逆位置の”塔”、これはもう最悪だね。原因を示す5枚目は運命の女神、ニメーヤちゃん……運命が示すものは、出会いか別れか……」

 

 ココルはもにょもにょと、歯切れ悪くしている。

 俺は首をひねりながら、キーワードをまとめた。

 

「ようは……東で会うヤツには注意しろってことか?」

「ふうん。東ってどっちだ」

 

 トールはあたりを見回しながら言った。

 

「あっち」

 

 ココルはまっすぐに()()()()()()()()()を指さした。

 

 拠点の中央の通り道の端には門があり、その外の鬱蒼(うっそう)とした森が、なにかの暗示のように先行きを暗くしていた。

 

「……ろくなことにならねぇんだろうな」

「……”いつも通り”だろ」

 

 俺とトールは同時にため息をついた。

 

「それにしてもずいぶん人が多いね。みて、ウルダハの不滅隊だ」

 

 ココルは不吉な占いなど、なんでもないような声で言い、あたりをキョロキョロと眺めている。

 

「フン。リムサ・ロミンサの黒渦団に、双蛇党もいるな。厶……おい。顔を隠せ」

「げぇっ、イシュガルドの神殿騎士か」

 

 俺たちは以前、イシュガルドでの裁判をすっぽかして逃げたことがあった。

 ココルの話ではイシュガルドで起こった国教の転覆でうやむやになっているようだが、うらみに思っている者もいるだろう。

 

「この城もずいぶん損壊したみたいだからな。急いで戦線を押し上げて、しっかりとこの拠点を保持したいんだろう」

 

 俺は騎士から顔をそらしながら、背後の長城を指さした。

 よほど激しい戦いがあったのだろう。あちこちが崩れ、まだ火がくすぶってるところもある。

 

 物資はつぎつぎに運び込まれていた。驚くほどの量だ。建物の高さほどに積まれている。

 だが、運び込まれているのは物資だけじゃない。

 兵隊、冒険者、商人、出稼ぎに来たであろう人足(にんそく)たち。多くの人間が出入りしていた。

 使命感を持っている顔、恐怖をあらわにした顔、緊張を欠いた顔。

 職業も意識も、てんでバラバラだ。

 決して安全な場所じゃない。そう認識していようがいまいが、皆が普段よりも死に一歩近づいて立っている。

 

 命の安い時代だ。()()()冒険者なんて商売が成り立つ。

 あんまり高値が付いてちゃ、買うやつもいないからな。

 

「そこのお前たち、止まれ。冒険者か?」

「そらきた」

 

 俺は声をかけてきた革の鎧をまとった衛士に体を向けた。

 

「あぁ、なにか依頼はあるか? ただ東のほうに用事があるんだ」

 

 俺たちの目指すアナンタ族の集落は、どうやらここから南東のほうにあるらしい。

 南にある峡谷にかかる橋は帝国に支配されているため、まず東に向かい、川が浅くなっているところを渡河する必要があった。

 

「いくらでもある。チョコボの脚だって借りたいぐらいだ」

 

 衛士はため息混じりに言った。

 

「グランドカンパニーによって編成された、冒険者部隊では無さそうだな。身元の保証はあるか? 冒険者よ」

「フロストだ。冒険者ギルドに名前を置いてある」俺は双蛇党の制服を一度眺めてから続けた。「カーラインカフェのミューヌさんに訊いてくれ」

 

 衛士は俺たちの顔を順番に眺め、それから口を開いた。

 

「うむ……わかっているとは思うが、身元の詐称はためにならんぞ。では仕事の依頼だ──グリダニアの双蛇党本部に届けたい書面がある」

「おいおい、言ったろ? 東に用があるんだ。そっちの方角に行くか、近場の仕事しか受けられない」

 

 グリダニアはここから西で、俺たちがやって来た方角だ。逆戻りになってしまう。

 

「話は最後まで聞くことだ。その書面を届ける依頼を、先ほど()()()()()の女に申し入れたのだが……」

「なんだ、持ち逃げされたか?」口を濁す衛士に俺は言った。

 

 あり得る話だ。だが依頼する方もバカじゃない。いち冒険者に渡すような書類だ。たいしたものではないだろうし、分割をするか暗号化するなりしているはずだ。

 

「最後まで聞けと言っている。依頼をした冒険者なんだが……届け先を聞かずに飛び出していってしまったのだ」

 

 衛士はそう言って、ぞんざいな所作でグリダニアとは真逆の()に建てられた門を指さした。

 

「……そそっかしいやつもいたもんだ」

「急ぎの書面ではないが、作り直すのもおっくうだ。その書面を持った冒険者はこの道をまっすぐ走っていったから、追いついたらグリダニアに届けるように伝えてくれ」

「それが依頼か? 追いつけるかわからないぞ」

「山岳地帯から、厄介な()()()が降りてきているらしい。おそらく足止めされているだろう」

「ネズミね……ところで、報酬は?」

「どうせ東に行くつもりだったのだろう? せいぜいこんなものだな。またここを通ったときに支払おう」

 

 衛士が指で示したのは、カスみたいな金額だった。

 しかたのない話だ。俺たちに対する信頼もなにもあったものではないし、依頼自体の重要性もたかがしれている。

 

「わかった。その依頼、引き受けた」

 

 俺はうなずいた。

 文字通り、行きがけの駄賃だ。ついで(サブ)の仕事ならこんなものだろう。

 

「うむ、確かに頼んだぞ。さて、その書面を持った冒険者だが、輝くような白銀の鎧を着た騎士の姿だ。変わった武器を手にしていたから、すぐわかるだろう」

「わかった。うまくいったら、次はもう少しまともな依頼をしてくれよ」

「ああ、うまくいったらな」

 

 そう言った衛士の意識は、すでに手元の書類と積み荷の数が合っているかに移っていた。

 俺は仲間たちに向き直った。

 

「話は聞いていたな? 白銀鎧の女騎士。注意しとけ」

「フン、騎士か……ウルダハの銀忠団くずれってとこか? 神殿騎士には、こりごりだぜ」

「”東”だってさ……見かけても近づかないほうがいいんじゃない?」

 

 トールが苦々しげにつぶやき、ココルはカードをいじりながら軽い調子で言った。

 ジンは、大口をあけてあくびをしていた。

 

 

────────────────────

 

 

 赤く染まった落葉樹の葉が地面に積もっている。腐葉土でできた地面が、一歩踏みしめるごとに小さく沈み込んだ。

 このあたりはまだ森が深く、しかし乾燥に耐えるためか木肌がゴツゴツと発達していて、グリダニアがある方とはずいぶん違って見える。

 風通しがよく、どこか香ばしいような土の匂いが空気の流れに乗って鼻腔へと届いた。

 

 ずっと昔、ここを中心にグリダニアとアラミゴのあいだで、紅葉戦争と名付けられた争いがあったらしい。

 ガレマール帝国がいようがいまいが、争いは起こる。

 

 帝国に支配される前は、なんとかっていう王様がひどい暴君を発揮したらしい。

 その暴君が革命によって討たれた混乱に乗じて、あっというまに支配したのがガレマール帝国だ。

 考えてみれば戦乱の続く不運な土地だ。大多数である普通の民草にとっては、たまったものではないだろう。

 

 黙って道を進むうちに、葉をかき分けて地面の影を穿っていた光が、ぽつぽつと増え始めた。

 乾いた砂の匂いがする。

 

「そろそろ森を出るな。視界がひらけるだろうから、気をつけとけよ」

 

 まばらだった地面の光が徐々に繋がりはじめ、いつのまにか光と影の比率は逆転していた。

 

 

 

「フン。これが──()()()()()か!」

「すげー……岩! って感じ!」

 

 トールとココルが声を上げた。

 崖を境目にぷっつりと切れた森から、広大な荒野を見渡すことができた。

 視界を占めるほとんどはむき出しの岩石で、植物はほとんど見当たらない。殺風景といえば、そうだ。だが惑星の本来の姿であるとも思えた。

 

 砂ぼこりが遠い風景を薄くぼかして、その大きさを麻痺させている。打ち捨てられた帝国の魔導兵器がまるでおもちゃのように見えた。

 

「同じ岩だらけでも、ザナラーンとはずいぶん雰囲気が違うな。こう……赤っぽい」

「鉄が多いのかな。それにザナラーンは砂で埋もれてたけど、こっちはすごく古い岩石が出てきてるんだね。あのへんとか、きっと何万年も前の地層だよ」

 

 ココルは縞々になってる岩肌を指さして言った。生地を折り返して作った菓子のような層になっている。途方もない時間が岩の形に圧縮された光景ということか。

 見慣れてくると、悪い風景ではない。

 決して色鮮やかではないが、風雨に彫刻された巨大な岩石が目を楽しませた。

 

 俺は森と荒野の境目に沿って目を動かした。

 

「あれは……」

 

 俺たちがいる岩場との下の方、同じように森との境目になっている場所で、巨岩の影に身を潜めている女の姿を目にした。

 荒野の方をうかがっているようだが、あれで隠れているつもりだろうか。

 白銀の鎧がぴかぴかと光を反射している。たしかに変わった剣を身に着けていた。

 

「ちぇっ、見つけちまったな」

 

 俺は手を動かして仲間の注意を引きながらぼやいた。

 

 

────────────────────

 

 

「何者だ」

 

 女はそう言ってこちらに体を向けた。

 背の高い女だ。

 こちらを警戒はしているが、落ち着いた声色だ。

 武器を手に取ってはいないが、とっさのあらごとにも対処できる自信があるのだろう。また軸にブレのない立ち姿からも、自信を裏付ける強さを持っているとわかった。

 

「おっと、怪しいもんじゃねぇぜ。ひひひ」

 

 俺は両方の手のひらを女に向けながら言った。

 森の方を回って、女のいる岩場まで降りてきた。姿を隠すようなことはせず、むしろ気づかせるように近づいたのだ。

 (いぶか)しむ女に、俺は立て続けに言う。

 

「カストルム・オリエンスで、書面の配達依頼を受けた冒険者はおまえだな?」

「……ふむ、確かにそれは私だ。貴殿らも冒険者か?」

 

 女冒険者はそう答えると、真正面から俺を見つめてきた。

 ヒューラン族だ。俺よりも背が高く、鎧越しにも力強い体格をしていることがわかった。おそらくハイランダーと称される部族だろう。

 

 浅く焼けた肌に、はっきりとした顔立ちの美人だ。

 だが力強く見開かれた目と、堂々とした立ち姿に俺は、見とれるというよりは気圧された。

 

「俺たちも同じやつから依頼を受けたんだ。おまえが持っている書面は……おい、聞いてるのか?」

 

 女はいつのまにか視線を上にあげていて、さらに目を見開いていた。視線は俺の背後に向かっている。

 

「……ああ? なんだ」

 

 視線の先のトールが威圧するように言った。

 女は臆することなく、むしろ嬉しそうな顔で口を開いた。

 

「その風体、その武器……”大金鎚”のトール殿と見受けられるが、如何(いかが)か」

「ぐ……だったら、どうしたってんだ」

 

 複雑な面持ちでトールは答えた。

 トールにとっては不名誉な二つ名だが、そんなバカでかい戦鎚を背負っている手前、怒るのも無理があると思ったのだろう。

 

「そうか! なるほど、異名に違わぬ大戦鎚だ! ご高名はかねがね。貴殿らのうわさは聞いている。お目にかかれて光栄だ!」

 

 女は喜色をあらわにして、感嘆するように両手を打ち鳴らした。

 

「…………フッ。普通の斧じゃあ、俺には軽くていけねえ」

「おお! なんと剛毅な!」

 

 トールは少し逡巡してみせたあと、”高名”を受け入れることにしたようだ。現金なヤツだ。

 それよりも、気にかかることがあった。

 

「なぜトールのことを? いや、俺たちのことも知っているみたいだな」

「なに、手配書を見かけたのだ──ああ、待ってくれ。逃げる必要はない。手配が取り下げられたのも知っている」

 

 バーバラは、手配と聞いて思わず後ろを向きかけた俺たちを引き止めた。

 

「そちらの見慣れぬ種族の御仁が、”異邦人”のジン殿か……ほう、相当できると見える」

 

 いつのまにかジンにも二つ名が付いていたようだ。それにしても、そのまんまの名前だ。

 

「ねぇ! ねぇ! ココは! ココには二つ名ついてないの!?」

 

 ジンの足元でこそこそしていたココルが前に出て、ぴょんぴょんと跳ねて言った。

 

「はっ! これはこれは……貴方の手配は回ってはおりませんでした。良ければ貴方のお名前をお聞かせいただけませんか」

 

 女はココルの前にひざまずくと、顔を覗き込みながらその手を取った。

 ココルはチョコボが豆鉄砲を食らったように目をパチパチさせた。

 

「えっ、あ、ココルです」

「美しい名前だ。わぁ、ちいちゃいお手々……貴方のことを、もっと良く知りたい──」

「おいよせ。俺の仲間から離れろ」

 

 俺は女の鎧の襟首をつかんで引きはがした。

 しまった。ヤバいやつに関わってしまったようだ。

 俺が会うのはこんなのばっかりだ。

 女は名残惜しそうに立ち上がると、俺の顔をまじまじと眺めた。

 

「これは失礼……フム、もちろん貴殿の手配書も拝見した。そうか、貴殿がリーダーの……」

 

 その言葉の途中ですでに、俺は内心でため息をついていた。

 俺にも、ばかばかしい二つ名がある。

 気にするほどではないが、すでにニヤニヤとしている仲間の手前だ。少しは嫌がってみせようか。

 

 いずれにせよ、名が知れてくるのに悪い気はしない。冒険者にとって、悪名でも名誉さ。

 

 俺はバーバラの目を見返しながら、言葉を待った。

 

 

「貴殿がリーダーの、ブロント殿だな」

「誰だそいつ」

 

 かなぐり捨てんぞ、このアマ。

 

 

────────────────────

 

 

「ガハ! ガハハハハハ!! 違え名前で売れてやがるぜコイツ!」

「うひゃひゃひゃひゃ!! よ、良かったじゃん。改名しろよ、どうせ悪評のほうが多かったんだからさ!」

「うるせーーー!! 黙れ!!」

 

 俺はゲラゲラと笑い転げる仲間へ、怒りに任せて声を上げた。

 どうなってんだ! フロストとブロント……全っ然違ぇじゃねぇか!!

 

「ふむ……確かにそう書かれていたのだが。どうやら間違いがあったようだな。まあいい」

 

 女冒険者はしれっとした顔でそう言うと、鎧の胸に手を当てて真っ直ぐに立った。

 

「申し遅れたな。私はバーバラ。バーバラ・ボアブラッドだ。見ての通り、冒険者だ」

 

 バーバラと名乗った女は、うやうやしく頭を下げた。

 

 ぴかぴかの騎士鎧のどこが冒険者だ、とも思うが、奇怪な格好をしているという点では確かに冒険者らしいと言える。

 冒険者には派手好きや、ケレン味を利かせるのを好む者も多い。

 

 俺は物申したい気持ちを抑えて、バーバラを見すえた。

 

「バーバラ、よろしくな。それでカストルム・オリエンスで受けた依頼のことだが──」

「ところで、あれを見てくれないか」

「話聞けよ」

 

 俺は不平を言いながら、バーバラが指さした方を見た。

 バーバラは崖の下の先を指さしている。崖はそう高くなく、飛び降りれる程度だ。

 

「実はな、あのネズミどもを退治しようと思っていたところだったのだ」

「あれは……キキルン族か」

 

 小柄な人影を見て、俺はそう答えた。

 長く伸びた鼻先に、大きく尖った耳。指は節くれだっており、鋭い爪が伸びていた。見まごうことなくキキルン族だ。その姿は確かに”ネズミ”の特徴を備えていた。

 数人のキキルン族が、大きな木箱の顔を突っ込んで騒いでいる。ときおり箱から顔をだすと、鼻をひくつかせながら、キョロキョロとあたりを見回していた。

 

「どうやら同盟軍から物資を強盗したようでな。この時勢に乗じての盗みなどと、仁義にもとる! 貴殿らも名のある冒険者なら、見捨てては置けまい」

 

 どうやらこのバーバラという女は正義感の強いタイプらしい。

 

「物資の奪還ね……まぁ、こういうのも冒険者の仕事か」

 

 冒険者をやっていると、こういう突発的な厄介事に出くわすことはよくある。

 義務ではないが、たいてい報酬はもらえるので解決して損はない。

 

 無理のある仕事でもなさそうだ。俺はキキルン族を観察して、そう思った。一個体ずつではたいした脅威じゃない。

 実力のわからないバーバラを数えなくても、なんとかなるだろう。

 一度、俺は仲間たちの顔を見る。異論はなさそうだ。

 

「いいぜ、バーバラ。俺たちでやろう」

「うむ! そう言ってくれると思っていたぞ!」

 

 そう言うとバーバラは腰のカバンから液体の入った瓶を取り出し、瓶の底を高々とあげて中身を飲み始めた。

 エーテルが込められた、肉体を一時的に強化する薬だろう。

 安くはない消耗品だ。まだ儲かるか分からないのに、ずいぶん思い切りのいいやつだ。

 

 俺は仲間に手招きをした。

 

「今のうちに攻め方を決めるぞ……なんだ? ジン」

 

 ジンが物言いたげに寄ってきた。

 

「ゔぁなゔぁな」

「あ? 便所か? とっとと済ませろよ」

 

 俺が適当にそう言うと、ジンは肩をすくめて木陰のほうに姿を消した。

 どうせ言葉は通じないので、打ち合わせにいようがいまいが問題はない。

 

「なぁフロスト、その前にココのアルカナ返してよ」

 

 ココルが俺の袖を引いて言った。ここまでの道中、カード占いをやめないので取り上げていたのだ。

 

「俺の荷物の中だ。勝手に漁っていいぞ。トール、魔導兵器の残骸が見えるな」

「フン、目障りな玩具だ」

「そうだな、だが都合はいい。あれを影にしてぎりぎりまで近づくぞ。不意打ちだ。いつも通りでいいが、いくつか注意が──」

「プハァッ! 良し、征くぞ!!」

「へ?」

 

 元気よく声を上げたバーバラは、口を拭うと行儀のいいことに空き瓶を腰のカバンにしまい込み、それからいきなり崖を飛び降りた。

 

「やあやあ人の戦争につけこみ、盗みを働く不埒(ふらち)なネズミどもめ!! 天にかわって成敗してくれる!! 我が名に震えて慈悲を請えッ!!」

 

 バーバラは大音声でそう言い、

 

「バゥバァァア・ボゥァブルゥァアッドゥッ!!!!」

 

 自分の名前(多分)を叫びながら、キキルン族たちのいる方へ走っていった。

 

 砂ぼこりを尾に引きながら、その背中はどんどん小さくなっていく。

 

「…………」

「…………」

「…………行っちゃった」

「……ハッ!?」

 

 ココルのつぶやきで、ようやく俺は我に返った。

 

「うわぁぁああ!? なにしてんだアイツ!!」

「お、おい! 追うぞ!!」

「わっ、わっ、待って待ってアルカナどこ!?」

 

 トールが崖下に飛び降りたのをきっかけに、俺たちは一斉にバーバラの背中を追って駆け出した。

 

 俺は走り出してすぐに後悔した。

 なぜ今日初めて会ったやつのために、危険を冒さなきゃいけないんだ! 放っておけば良かった!

 

 しかしもう遅い。今更止めてもコイツラは納得しないだろう。やるしかない。

 俺は覚悟を決めた。

 

「ジン! おまえは左だ!」

 

 俺はいつも通り指で指図をする。言葉は通じなくとも、ジンはこれでいつも俺の意図を汲めていた。

 

 だが、いつになく、手応えがない。

 俺はジンがいつもいる、左後ろあたりを振り返った。

 

「あれぇ!? ジンいない! なんでェ!?」

 

 いるはずのジンは姿かたちもなかった。

 

 ココルが走りながら器用に、荷物を次々に放り出しながら、うわずった声を上げた。

 

「ジ、ジンのやつ! 用を足してるんじゃ……!?」

「なにぃ! ど、どっちだ!?」

「えっ、えっ? どっちって何が!?」

「小か大」

「知るか!!」

 

 俺が思い切り体をねじって振り返ると、遠く、俺たちがもといた崖の下辺りに、ジンがいるのが見えた。

 解けかけている帯をひらひらさせながら、さすがに焦った顔をしているように見える。

 あ、こけた。

 

 クソッたれ! 待っているわけにもいかない!

 

「トール! ジンは便秘だ、すぐには来れない! 3人でかかるぞ!!」俺はトールに並走しながらそう声を上げた。

「フン! ネズミごときにゃ十分だろ!」

「なめてかかるな! ラノシアにいる奴らとは別物だと思え!」

 

 場所が変われば強さも戦い方も変わる。

 キキルン族は寿命が短く、世代が早く変わるせいで、とくに地域差が大きい。

 

 「ここらのキキルン族は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい!」

「なんだと? それはどういう──ぐお!?」

 

 物陰からいきなり飛び出してきたキキルン族が、トールの上半身に取り付いて、首筋に食らいつこうとした。

 

「それともうひとつ! 1匹見たら10匹いると思え!」

「そっちを早く言いやがれ……どけ!! ネズミが!!」

『キィイイ!!』

 

 トールは戦鎚の柄を、自身とキキルンの間に強引に差し込み、思い切り押し離した。

 キキルンは悲鳴を上げて、バーバラの足元に転がっていった。

 ようやく追いついた!

 

「バーバラ!! てめぇ待ちやがれ!!」

「む、遅いではないか。なにを待つのだ?」

 

 そうとぼけた顔で言うバーバラを無視して、周囲に目を配る。

 物陰から次々に、キキルン族が這い出てきていた。

 10、11、12……クソッタレ! 数えるだけ無駄だ!

 俺は両手の銃を構え、こちらに向かってくるキキルン2体同時に狙いをつける。

 

『キィイ!?』『ギィッ!』

 

 俺の放ったエーテルは、片方のキキルンにまとわりつき動きを鈍らせ、もう片方のキキルンは完全にその場に縫い付けた。

 

「”レッググレイズ”、”フットグレイズ”」

 

 良いね、俺向きの技だ。

 小さく頭を振り周囲を確認すると、ココルがまだ荷物を漁っているのが見えた。

 

「ココル、何をしてる! トールを援護しろ!」

「ア、アルカナがない、ないかな? あったぁ!! 運命を示せ! ”ドロー”!」

 

 ココルがカードの束から一枚を引いて掲げた。

 星座を象徴するそのカードは、対象に力を与えるらしい。

 ココルは掲げたカードに書かれた文言を読み上げた。

 

「”あらゆる戦いを超えて、マトーヤが求めた『世界の真理』を……”ってあれ? なんだこれ……トリプルトライアドじゃねーか!! ざっけんな!!」

 

 ココルは手に持ったカードを地面に叩きつけた。

 

「あぁぁッ!? なにすんだァ!! お気に入りのカードだぞ!!」

「まぎらわしいとこに入れんなタコ!!」

「真面目にやれえ!! 馬鹿共!!」 

 

 トールが戦鎚を大きく振り回しながら怒声を上げた。

 5、6体のキキルン族相手によく牽制している。

 

 バーバラも同じような数を相手取っているが、いまいち攻め手に欠けている様子だ。

 あたり前だ! あんな剣、まともに振るえるわけがない!

 

 クソッタレ……グダグダだ! 立て直しようがない!

 

「チッ……もういい! まとめて消し飛ばしてやる!!」

 

 俺は服の中のクリスタルを意識して、ありったけのエーテルを込めた。

 仲間が俺の様子に気づいて声を上げる。

 

「フロスト! ()()を出すんだね!」

「フン……! 目にものを見せてやれよ!!」

「な、なんだ。なにをするつもりなのだ!?」

 

 バーバラがあっけに取られた顔でこちらを振り向いた。

 異常を察したキキルン族もたじろいだように、一歩引いた。

 

 ()()()は俺たちの切り札だ。あくまで仮初めの力で、俺だけの力じゃない。それでも俺たちは、格上にすら届きうる牙を手に入れた!

 

 俺は力強く、そいつの名前を呼んだ。

 

「来い──!! ”()()()()()()()()()()”!!!」

 

 俺を中心に、クリスタルによって雷属性へ変換された俺のエーテルが、起動と転送のシークエンスとなって波紋のように広がった!

 

「ハッ!! やっちまえよ!!」

「いっけぇぇえええ!!」

「な、なんなのだ、このエーテルは一体……!?」

『ギシィイイッ!!』

『キィィッ! …………!』

「………………!!」

「………………」

「………………」

「…………」

『…………』

「…………」

「…………」

「……」

『……』

「……」

「……」

「……」

「…………?」

『……ちゃ?』

『……ちゃっちゃ?』

「フム……その……もう、なにか起こったのだろうか?」

「おい。フ、フロスト……まだか……?」

「ね、ねぇ……まさか……おまえ」

 

 キキルン族は顔を見合わせ、首をかしげ、バーバラはあ然とした顔で俺を見た。

 仲間はギシギシと音を立てるように、俺に向かって首を回した。

 俺は息を吐きながら頭を振って、それから顔を上げた。

 

「すまん。圏外だ」

 

 オートマトン・クイーンは来なかった。

 

「こッ、バッ、ゴァッ……ああッ!?」

「ばか!! いっぺん死ね!!」

 

 トールはもはや言葉になっておらず、顔を真っ赤にして咆哮した。ココルはそろそろ口が悪すぎる。

 

 言い訳をさせてもらうと、オートマトン・クイーンにはちゃんと転送装置が取り付けてある。

 ただオートマトン・クイーンは、シルドラ号とともに、グリダニアに置きっぱなしである。俺のエーテル強度では、その距離だと届かないらしい。

 あまり言い訳になっていないので、口には出さなかった。

 というか、それどころではない。

 

「本格的にまずい……! 退け!! トール! 殿(しんがり)!」

 

 キキルンたちが動揺を見せているこの隙に、少しでも良い態勢で撤退するべきだ。

 

「なあ、ブロント殿」

「誰だそいつ!! フロストだ!!」

 

 バーバラが状況が分かっていないような様子で声をかけてきた。

 

「バーバラ、お前も下がれ! 今は言うことを聞いてもらうぞ!」

「フロント殿。もう、()()()()()()()()()()?」

「前向いてろ!! ──なんだと? おいッ! 前!!」

 

 こちらを振り向いているバーバラの背後から、数体のキキルンが迫ってきた。

 援護……! だめだ、間に合わない!

 

『ギィィ──ギッ!?』

『キキィッ!?』

 

 キキルンたちの爪は、()()にせき止められた。

 気づけばバーバラを中心に、どす黒いエーテルが展開されていた。

 

「”ブラック・ナイト”!!」

 

 そう高らかに叫んだバーバラは、とても守りには向いていないだろう、()()()()()()()を振りかざしている。

 

「魔法障壁!? こいつ──”守り手”か!?」

「あの武器、技、まさか……! こんなところで見るなんて!」

 

 ココルがそう声を上げた。

 

「知っているのか!?」

「騎士の証である盾を捨てて、負の感情をエネルギーにして戦う──()()()()だ!!」

『ギャアアァァアッ!! ギィィイイイッ!!』

 

 ほとんど重なるように群がったキキルンたちが狂ったように攻撃を続けた。

 爪が振り下ろされるたびに、障壁が浮かびあがっては剥がれ散っていった。

 だが、バーバラに焦る様子は見られない。

 

「ほう、我が障壁を突破するか。だが、その暴虐、凶猛──」

 

 一匹のキキルンの強烈な一撃が止めとなって、障壁が砕け散ったと思った瞬間──宙に散ったエーテルが、大剣に収束した。

 

「我が身に帰ると知れ!!」

『ギッ!?』『ギィイッ──!』

 

 大きく振るわれた大剣から放たれた暗黒の波動が、キキルンたちをまとめて吹き飛ばした。

 

「魔法障壁に使ったエーテルを、攻撃に再利用するなんて……!」

「なんて技だ……まさに”攻防一体”だ」

 

 もはや手を出すこともできず、俺たちはあ然としてその戦いを棒立ちで眺めていた。

 

 バーバラの放った波動を受けたキキルンは、そのほとんどがそのまま地に伏せて動かない。何匹かは背を向けて、ひょこひょこと足を引きずって逃げていった。

 まだ物陰にいたキキルンもその様子を見てか、気配を消していた。

 

 どうやら、やり過ごせたらしい。

 バーバラは両手剣を背負い直し、こちらを向き直って微笑んだ。

 

「バーバラ!」

 

 俺は名前を読んで、バーバラに向かって走った。

 

「ふふ、見てくれたかな? 私の勇姿を」

 

 バーバラは照れた様子で鼻の下を指で擦っている。

 俺はバーバラの手前で強く踏み込んで、ひねりを加えて空中に体を投げ出した。

 空中で体を横にたおしつつ、両足を前に揃えてバーバラの膝下あたりに思い切り突っ込んだ。

 

「ふざけんな!! このタコ!!」

「ぐわあああ!?」

 

 俺は鎧の下敷きになりながら、占いの結果とこの出会いに呪いの言葉を呟いた。

 

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