FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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3−1:異心伝心 ザナラーン紀行①

「おーい、フロストォ……まだぁ? まだ着かないのかよ。ココ喉カラカラだよ」

「もう少しだって……何べん言わせんだ! トール、もうそいつ放り捨てろ!」

「……おいココル。そろそろ自分で歩け。何で俺がお前を担いで登ってんだ……」

 

 真っ青な晴天の下、俺たち3人は延々と続く石造りの階段を登っている。少し傾いたとは言え、まだまだ日差しは強烈だ。俺たちの背中を、後ろからジリジリと焼いている。悪意すら感じる太陽とは対照的に、乾いた大気はそこまで熱くはない。砂混じりだが、風が吹けば涼しさを感じるぐらいだ。だがその涼しさと引き換えに、容赦なく体の水分を奪っていく。

 ここは西ザナラーン名物の、ササモの八十階段。ザナラーンはエオルゼアの南部にあたる温暖で乾燥した土地だ。俺が後ろを歩く仲間の方へと振り返ると、階段から見下ろした風景には荒涼とした砂漠が広がっている。

 

 まだかまだかと俺に文句を垂れているのは、仲間のひとり、ココル・コル。白いハットに白いローブを身に着けた、ララフェル族の呪術士だ。一見小さな子どもみたいな姿だが、これで立派な成人らしい。……中身の人格までは責任取れないが、そんなもんは他の種族でも変わりはしない。

 ナリや性格はともかく、こいつはエーテル操作に長け、強力な呪術を使う。環境エーテルを利用するこいつの”呪術”は、人ひとりが出せるとは思えないような威力を持つ。そんな訳でこいつは俺たちパーティの攻め手の主力だ。

 そのココルは、この階段を歩いちゃいない。図々しくも乗り物に物申している。

 

「そんな事言わずにさ、頼むよトール! だって見ろよ、この階段。ココの腰ぐらいの高さじゃんか。な?」

「……な。じゃねえんだよ。大体てめえ。重いんだよ。砂でも詰まってんのか……痛ってえ! 噛むんじゃねえ、本当に放り捨てんぞ!」

 

 暴れるココルを小脇に抱えて、大男がえっちら階段を登っている。ココルとは正反対に、エオルゼアに住む種族の中でも一際でかい、ルガディン族だ。その鉄さびのように赤茶けた肌は、山の部族ローエンガルデの特徴だ。傭兵で有名なこの部族は、山を降りる際に自分で名前を新たに付けるらしい。その名前は、トール・クラウド。どんな経緯で付けたかは知らないが、由来は雷雲だろうな。

 使い倒してボロボロの鎖帷子を身にまとい、背負った大斧は斧術士の証だ。リムサ・ロミンサの斧術士ギルドの技を活かし、敵のど真ん中に立つ、パーティの壁役兼攻め手だ。

 

「ったく、遊んでんじゃねぇっての……。おい、早くこっち来いよ。お目当てのもんが見えるぜ」

 

 俺は一足先に進み、開けた場所に立つ。俺の名前は、フロスト・カーウェイ。別に珍しくもないミッドランダーの男だ。得物は腰に差した二本の短剣。双剣士ギルドで学んだその技で、偵察、兼攻め手を担っている。要は敵を見つけたり、敵から隠れたり、後ろから止めを刺したりするカッコいい役割だ。

 ここザナラーンは俺の古巣で、道案内をさせられている。つい昨日森の都グリダニアから、転送魔法テレポを使って西ザナラーンのホライズンまでやって来た。転送によるエーテル酔いでゲロゲロしてたこいつらも、1日休んでようやく歩けるようになった。俺はテレポには慣れてるから、そこまでじゃないが、そう何度も使いたいとは思わない。

 ドスドスと足を早めたトールと、荷物のように抱えられてるココルが、俺のそばまで登ってきた。そして眼前に広がる目的地に感嘆の声を上げる。

 

「おおおお! すっげえええ! でっっけええええ!」

「おお。ありゃすげえな。……本当に人の手で作ったのか?」

 

 はっ。こんな風に素直に感動しているところ見せられると、案内人冥利に尽きるってもんだな。

 ここからは巨大な建造物が一望できる。それは見るからに堅牢で、背の高い城壁に囲まれている。削られ、磨かれた石材が無数に積まれ、ところどころに刻まれた意匠や、構造の複雑さが高い技術を感じさせる。城壁の向こうには、それをさらに超えるような高さの丸屋根が、これまた無数に頭を覗かせている。

 俺が言うのもおこがましいが、言わせてもらうか。いつも街の入り口に突っ立ている、暇人の言葉を横取りして言う。

 

「ようこそ! ”砂の都”、”黄金都市ウルダハ”へ!」

 

 盛んな交易に豊富な遺跡、冒険が待っている。冒険の前に、片付けなきゃいけないことがあった気がするが、まあ良いか。

 

 

────────────────────

 

 

「ようやく着いた……、ここがウルダハの冒険者ギルド、”クイックサンド”だ。場所忘れんなよ? 迷子になっても知らねぇからな」

 

 俺は黒字に金色で刺繍された豪華な垂れ幕が下がる、でかい丸屋根の建物の下で言う。

 もうすっかり日が暮れている。街中に入るやいなや、ココルとトールは好き勝手歩き始めて、なかなかここにたどり着けなかった。ウルダハには外壁に沿うように回廊が続き、そこに露店が所狭しと立ち並ぶ、サファイアアベニュー国際市場がある。そこに捕まってしまった。

 ココルはわけの分からないものを買い漁って荷物をパンパンにしている。「なあコレ皆で着けようぜ!」なんて言って、宝石を見せてくる。やだよ、お揃いなんてカッコ悪ぃ。俺束縛とかされたくないタイプなんだよ。

 トールは荷物を増やしていないが、防具屋の前から引き剥がすのに苦労した。トールは「サイズは良いんだが。……色が気に食わねえ」とブツブツ言いながら、買うか買わないかひどく悩んでいた。色とか気にすんのかよ。染めろ染めろ。……ただ、ああいうところの防具ってなんで奇抜な色に染めてんだろうな? たまに試着したのとは全然違う色の装備を渡されることがあるが、あれ怒っていいだろ。

 

「いや〜お腹減った! 何食べよう!」

「その前に、ギルドのマスターに紹介状を渡すんだろ。ココル。紹介状お前が持ってたか?」

 

 ココルとトールが喋っているのを背に、俺がクイックサンドの扉を開ける。店の中に入ると、依頼を終えて帰ってきた冒険者たちで賑わっている。この辺りは昼は灼熱の暑さだが、夜になるとかなり冷える。水分が少ない大気や砂が、熱を留めておけないからだ。

 しかし店の中はじんわりと暖かい。分厚い石造りの建物が、昼間の熱を放出しているんだ。逆に昼間は熱が石を通りきらず、ひんやりとしている。

 俺は人をかき分け、入り口とは反対側にあるカウンターへと向かう。ここに来るのは、2年ぶりか。モモディさん俺のこと覚えてるかな? 結構迷惑を掛けていたから、忘れられてた方が都合はいいけど。モモディさんというのが冒険者ギルド兼酒場のマスターだ。

 カウンターに立つモモディさんが見える。ちょうど他の冒険者の相手が終わったところのようだ。俺たち3人がカウンターのそばに並んで立つと、モモディさんはこちらに笑顔を向ける。

 

「ようこそいらっしゃい、”クイックサンド”へ! ……フロストくん?」

「へへ、どうも」

 

 見慣れない冒険者が来たと思ったのだろう。モモディさんは歓迎の言葉を口にしかけるが、俺と目が合うと、驚いた表情で俺の名前を呼んだ。覚えていてくれたみたいだ。

 

「わあ! 良かった、心配してたのよ? 死んじゃったなんて噂もあったし」

 

 お、意外と歓迎されてる。それに死んだと思われているのは都合がいいな。モモディさんはにこやかに言葉を続ける。

 

「どうして戻ってきたの? ここには来ない方が良いんじゃない?」

 

 ……歓迎されてはいないのかな。いや、俺の心配をしてくれているだけで、変な含みは無い、はず。俺はちらと左右に目をやり、モモディさんの言葉に答える。

 

「えっと、いや、これ今の仲間なんだけど。ウルダハを見てみたいって言うからさ。ほら観光ついでに冒険をね」

「そ、そうなの。観光で……」

 

 モモディさんは少し引きつったような顔をしていたが、気を取り直したのか、俺の横に立つココルとトールに声をかける。

 

「挨拶が遅れちゃったわね。わたしの名前はモモディ。ここクイックサンドの女将よ。2人の名前を聞かせてくれる?」

「ココルだよ! よろしく!」

「トールだ。よろしく頼む。これが紹介状だ」

 

 ココルとトールが自分の名前を告げる。紹介状はグリダニアの冒険者ギルドのマスター、ミューヌさんに書いてもらったものだ。モモディさんはトールの手から紹介状を受け取りながら、頷いて言う。

 

「うんうん、ありがとう。ミューヌからは連絡を貰っていたわ。面白い冒険者を送るって。ふふふ、あなたたちのことだったのね」

 

 モモディさんは紹介状の封を開け、中の書状を広げ目を通す。紹介状には俺たちの細かいプロフィールが書いてあるはずだ。持っている技能や強さ、それに経験した依頼とかかな。

 

「……はい、確かに受け取ったわ。えっと、”大金鎚”のトールくんに、ココルちゃん。よろしくね」

「……っ」

 

 二つ名を呼ばれたトールが、顔を強張らせる。こいつにとっては不名誉な字だが、モモディさんは特に悪気はないようだ。由来までは書いていないのだろう。俺は吹き出しそうになるのを堪えた。

 しかしそれを聞いたココルが、トールを見上げて声を上げる。

 

「なんだよトール、二つ名なんてあるのか。いいなー! でもなんで金鎚なんだ? 斧じゃん」

「…………さあな」

 

 俺が耐え切れずニヤけていると、トールが鬼の形相でこちらを睨みつける。ふひっ。今度こっそりココルに由来を教えてやろう。

 モモディさんは俺たちの表情を見て、色々と察したのだろう。俺に向かい、少しいたずらっぽい顔を見せて口を開く。

 

「それに、あなたもね。おかえりなさい、”昼行灯”のフロストくん」

「……よろしくっす」

 

 うぐっ……、それは、2年前に俺がウルダハに居たころに付いた名前だ。

 

「ぎゃはははは、ぴったりじゃん! 昼行灯!」

「フッ何だ。リムサじゃ聞かなかったが。二つ名があったんだな。ぶははっ似合ってるぜ」

「……」

 

 ココルが指を指して俺を笑い、トールがニヤニヤと腕を組みながら見下ろしてくる。覚えてろよ、貴様ら。

 モモディさんが注意を引くようにパン、と手を叩く。

 

「はい、お喋りはまた今度ね。明日の依頼は受けておくの?」

「いいや、明日はどうせ観光で終わるしな。酒飲んで寝るよ」

 

 モモディさんの言葉に俺が答える。

 明日どころか、有り金が底をつくまで働く気はない。

 

「依頼はいつでも受けに来てね。それじゃ、注文は給仕の人にお願いしてちょうだい。またね」

 

 モモディさんは俺たちに手を振ると、いつの間にか俺たちの後ろに居たパーティに向かって呼びかける。俺たちはモモディさんに手を振り返し、適当な空いているテーブルに向かって、歩み出す。

 俺は少し後ろを付いてくる仲間に問いかける。

 

「何飲む?」

「蒸留酒だ。銘柄は分からんから、任せる」

「ココも同じの」

「あいよ、飯は?」

「「とにかく、たくさん」」

 

 食い物の種類を聞いたはずなのに、量だけを声を揃えて伝えてきやがる。

 ……金は、思ったよりも早く無くなりそうだ。

 

 

────────────────────

 

 

 俺たちは適当に注文を済ませて、飯が来るまでにと蒸留酒を飲んでいる。蒸留酒ってのはその名の通り、蒸留した酒だ。錬金術師ギルドの研究で生まれた。酒を熱して酒精を取り出し、それを繰り返すことでうんと濃い酒精の酒を作ることが出来る。そうして出来た酒は、驚くほど保存が効く。

 トールとココルはこれが随分気に入ったようだ。あれこれ感想を言いながら、飲み比べをしている。俺はどっちかって言うとエールのゴクゴク飲む感じの方が好きだ。

 俺はこいつらの話は半分に、周囲の会話にも意識を払っていた。こういう場所じゃみんな口が軽くなる。金になる話が出たりするもんだ。……耳を澄ますが、最近は情勢ってのが不安みたいだな。

 召喚された蛮神、クリスタルを狙うアマルジャ族、お、蛮神は退治されたみたいだな。眠りをもたらす禁制の薬に、その効果を逆転させた粗悪品の横行。帝国との小競り合い、砂漠に出現する強力なモンスター。ろくな話が無いな。

 ……音に集中していると、2人、クイックサンドに足を踏み入れたのが分かる。俺が背を向けた方にある入り口で、姿は見えない。革の靴が石床をカツカツと踏む音が聞こえる。妙なことにその足音は、ゆっくりとだが、真っ直ぐにこちらに向かっている。

 足音はとうとう俺たちのテーブルのすぐそこまで来てしまう。何か声をかけてくるだろうと思っていた。しかし2人のうちのひとりが、黙って空いている椅子を手に取り、俺たちのテーブルへと割り込んできやがった。

 樽に詰めて色と香りを移した蒸留酒か、蒸留する時に薬草を加えて香り付けした蒸留酒、どちらが良いか言い合っていたトールとココルも会話を止め、闖入者を驚いた顔で見つめる。

 参ったな、こいつは俺の客だ。まさかウルダハに着いたその日に嗅ぎつけてくるとは。恐れ入った。椅子に座ったまま、目も合わせないトンチキに声をかける。

 

「……困るぜ、勝手に座られちゃ。ゾラン、久しぶりだな」

 

 俺にゾランと呼ばれたその男は、ひと目で上等と分かる生地に、体にピッタリ合った仕立ての良いジャケットを身にまとっている。卓上に置いた片手にはごつい、高そうな金属の指輪が光を反射していた。身ぐるみ剥いだら高く売れそうなこの男は、金色に光る目を俺に移し、睨みつけながら口を開いた。

 

「貴様、良くウルダハに顔を出せたな」

 

 ボソリと、しかし凄みを利かせるような声だ。ゾランと一緒に入ってきたもうひとりの男は、ゾランの数メートル後ろに突っ立っている。目の細い、ニンマリと笑みを浮かべているミッドランダーだ。

 俺はゾランに視線を戻し、言い訳をする。

 

「……仲間がどうしても来たいって言うんでね。信じちゃくれないかも知れないが、お前にも挨拶に行くつもりだったぜ。明日にでもな」

「フン、たわごとを抜かすな。……貴様に仲間など、ありえん」

 

 俺の言葉に、ゾランは無碍もなく返す。……いや、たわごとって、挨拶じゃなくて仲間のほうかよ。

 黙って俺とゾランのやり取りを見ていた仲間たちだが、口に含んだ酒をコクリと飲み込んだココルが、ポツと言葉を発っする。

 

「もふもふ」

 

……いや、もふもふて。ココルがもふもふと称したのは、招かれざる客のゾランのことだ。ココルが驚くのも無理はない。ここエオルゼア周辺では滅多に見かけないからな。獅子のような顔、全身を覆う厚い群青色の被毛、しなやかな筋肉に鋭い牙と爪、ロスガル族だ。

 

「俺が珍しいか。女」

「うん、初めて会う。……暑くない?」

 

 エオルゼアのあるアルデナード小大陸の北東には、地続きで繋がるイルサバードと呼ばれる大陸がある。帝国”ガレマール”があるのも、その大陸だ。聞いた話だが、こいつはその辺りの生まれで、若い頃にここウルダハに剣闘士としてやって来た。気分の悪い話だが、奴隷として、見世物として売られてきたんだろうな。

 だがこいつは、その剣闘試合で活躍し、とうとう自分の身分を買い戻したらしい。以後は故郷に帰りもせず、ここウルダハの闇商人の真似事をして生きている。こいつの裏の上の方には、この国を牛耳る”砂蠍衆”がいるって噂だ。

 ゾランはココルの言葉を無視して、話を続ける。

 

「……さあ、俺がここに来た理由は分かっているな」

 

 分かってるさ、トールとココルには以前話したが、金を借りて放ったらかしていたのだ。俺がウルダハに来たくなかった理由のひとつだ。

 俺は反省して見えるように、肩をすくめる。

 

「悪かったと思ってるよ。金は返す、これぐらいだったよな?」

「……逃げておいて、元金だけ返す気の貴様はどうかしている」

 

 両手で数を表す俺の言葉に対して、もっともな返事をするゾラン。くそ、やっぱり利子が付いているのか。俺は手を戻し、蒸留酒の入ったグラスを持ち上げながら言う。

 

「……分かってるさ。返すよ、いくらだ?」

「9,956,274ギルだ」

 

「…………ブフぅッ?!」

 

 吹き出た息でグラスの中身が飛び散る。ゾランはもう一度、馬鹿らしい金額をゆっくりと口にする。

 

「九百九十五万六千二百七十四ギル、だ」

「──っふざけんな! 何でそうなるんだよ!?」

 

 そんなふざけた金額を借りた覚えはない。そんな金が借りられるのであれば、とっくに東方にでも移住している。二度とエオルゼアには戻ってこない。

 

「10日で7分の利子で付けておいた。……あの”ライブラ銀行”は10日で2割だ。それに比べたら随分と良心的だ」

「なっ……!?」

 

 どんな計算してんだ! 何で10日で7分増えたら、2年で100倍近くになるんだよ!? ……え、なるの?

 

「どうせまともに返せるとは思っていない。ひとまず仕事をしてもらう」

 

 絶句する俺をよそに、ゾランは懐から文字の書かれた紙を取り出し、俺の目の前に放ってよこす。 

 

「明日の朝だ。そこに書いてある通りにしろ」

 

 ……なんでみんなして、俺を働かせようとするんだ。俺はただ平和に生きたいだけなのに。俺の有り金は地を遥かに通り越し、底なし沼へと沈んでいった。

 

 

────────────────────

 

 

「何で俺達まで付き合わされてるんだ。フロスト」

「ココ今日、呪術士ギルド見に行くはずだったのに……」

 

 この期に及んで、薄情なことを抜かす仲間たちだ。俺たち仲間じゃねぇか! 人を助けるのに理由が必要か? 理屈が必要か? だいたいテメエらには報酬が出るだろうが! こっちはタダ働きだぞ!?

 俺たちは今、人気の無い洞窟でたたずんでいる。ここはウルダハのナル大門から北に向かう街道を途中で逸れ、しばらく進んだところにある。モンスターもうろつくこの辺りには、まず一般人は近寄らないだろう。地面は水で浅く満たされ、ゆっくりと流れている。どこか大きな川の支流だろうか。靴の中が濡れて気持ち悪い。

 洞窟は奥深く続いているが、その先にも出口があるのが分かる。風が奥に向かって、吸い込まれていくのを感じるからだ。横幅はそこそこ広く、トールが斧を振り回しても問題無さそうだ。そんなことにはならないが。

 俺たちは水に濡れないよう、その辺の岩に荷物を置いた。あとは壁を背に寄りかかったて腕を組んだり、石に座って足をぶらぶらさせたりしている。薄暗いが、洞窟の入り口から届く光が反射して、周囲は十分に確認できる。俺は今朝聞かされた言葉を思い返す。

 

『丁重に扱ってください。ぶつけたりせずに。何かあれば、命は無いものと』

 

 早朝のナル大門前で、俺たちは”荷”を受け取った。どうやら運び屋の仕事らしい。でかい。大人ひとりは入れそうな、でかい箱だ。木で出来た頑丈そうな、無骨な箱だ。上側が蓋になって、錠が掛かっている。かなり重そうだ。俺がひとりで運んだら、間違いなく落とす。こいつを運ぶにはルガディン族が最適だ。ゾランのヤツが、なぜトールとココルには報酬を払うと言い出したのか、その荷を見て理解した。

 箱を渡してきたやつは、昨日ゾランの後ろに立っていた、ニヤけ面の細目男だ。笑顔の割には辛辣な声色だ。そんなに大事なら自分で運べと言ってみたが、『私は、ゾラン氏の近くにいるのが任務ですので』と取り付く島もなかった。

 トールが律儀にゆっくり揺らさないように歩くもんだから、ここに来るまでに随分と時間が掛かった。それでもまだ正午前だろう、約束の時間にはしばらく間があるはずだ。

 魔法談義をして時間を潰しているココルとトールを尻目に、俺は、平らな岩の上に置かれた”箱”をぼんやり眺めていた。…………洞窟の入り口、気配なし。洞窟の奥側、気配なし。良し。

 

「──でだなっ。複雑な条件が揃った時、環境エーテルそのものが、魔法を行使するための過程を満たしている瞬間があって……。フロスト、何してんのさ?」

 

 呪術講座に熱中していたココルが、依頼の箱に近づいて、蓋をいじる俺に声をかける。

 

「ん? いや、ちょっと中身を見せてもらおうと思ってな」

 

 その箱は横にした長方形のチェストのような形状をしている。箱の上部が蓋になっていて、ごつい錠が下がっている。俺はその錠に、持ち歩いているキーピックを差し込み、錠の中のピンを上げたり下げたりしているところだ。

 

「おいおい。そりゃまずいだろ。何が出てくるか分かんねえぞ」

 

 ココルの話をふむふむと真剣に聞いていたトールが、俺に軽い調子で言ってくる。まずいなんて言いながらも、中身が気になるんだろうな。こっちを興味深げに眺めている。

 俺はピックでシリンダーの内部のピンを調整しながら、返事をする。

 

「……なに、大したものは入ってねぇよ。賭けても良いぜ」

 

 こんなこそこそした場所で受け渡すってことは、武器かな。悪くてソムヌス香だろうな。ソムヌス香ってのは深い眠りを誘う、ご禁制の薬だが、本当に必要にしている人間もいる。

 カチッと気持ちの良い音がして、滑るようにシリンダーが回る。弾かれるように錠が外れ、蓋が緩んだ。箱の中から、ふわっと甘い匂いが俺の鼻腔に届く。

 

「なになに、早く開けろよっ」

 

 いつの間にか近くに寄ってきたココルが急かす。俺は蓋に手をかけ、持ち上げながら、ココルを落ち着かせるように言う。

 

「そう焦んなよ、ほらご開帳だ──」

 

 中身が露になったところで、蓋を持ちあげた俺の手が固まった。箱の外側の無骨な見た目と反して、中は柔らかそうな厚い布が詰まっている。満たされた布を沈めるように、人の形をしたものが、横たわっていた。……ていうか、人間そのものだ。子どもだ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 絶句する俺たち3人をよそに、箱の中のその子どもは目をつむり、ゆっくりと胸を上下させている。寝ているようだ。女の子だろうか。褐色の肌に、柔らかそうに巻いた乳白色の髪が、呼吸に合わせて動く。清潔そうな白い服を身に着けている。

 

「……」

「……」

「…………もふもふだね、耳」

 

 呼吸を忘れて、静止していた俺に、ココルの呟きが届く。

 そう、耳。ゾランの野郎、俺に何をさせるつもりだ。その少女の耳は、頭の高い位置から長く大きく伸び、途中で折れ曲がって寝ている。耳には髪の毛を同じ色の被毛が覆っている。時々ピクピクと動いている、飾り物じゃない。間違いない。こいつは、()()()()族だ。

 

「……か、可愛いね!? お人形さんみたいだな!」

 

 現実逃避だろうか、のん気なことを抜かすココル。はは、人形っぽさならお前も負けてないぜ、ココル。おいちょっと並んで寝てみろよ。良い絵面になりそうだ。

 

「そんな事言っている場合か。どうするんだ。これ……」

「……」

 

 急に現実的な話をするトール。もう少し俺にも、現実逃避させておいて欲しい。今すぐ蓋を開けた過去を無かったことにして、もうひとつの未来を探しに行きたい。

 ……ヴィエラ族は、ここエオルゼアがあるアルデナード小大陸の遥か東、”東方”と呼ばれる辺り、オサード小大陸の少数民族だ。俺も初めてお目にかかる。その民族はかなり閉鎖的で、限られた地域で生きている。時折、自立心旺盛なヴィエラが冒険者として名を馳せることがあるらしい。

 だけど、()()()のヴィエラが、ここに居るのはあり得ない。希少民族の、綺麗に整えて梱包された少女だ。どういう運命を辿るか考えると、吐きそうだ。

 トールとココルが俺を見つめてくる。今考えてるから待ってくれ。確か忘れ草っていうアイテムが存在したはずだから、それで俺たちの記憶を消せば解決だ。問題はその草が手元には無いってことだが。

 頭を抱える俺を無視して、2人は相談を始める。

 

「どうしよっか、持って帰る? ほらモモディさんに聞いてみようよ」

「見つかったら終わりだぞ。それよりテレポでどっかやっちまおう」

 

 ……どっちも駄目だ。あまり知られてないが、クイックサンドは砂蠍衆の傘下だ。モモディさんは大丈夫だけど、その周辺は息の掛かったやつが多すぎる。テレポは論外だ。この子がどこで交感してるか分かんねぇし、子どもにテレポは危険すぎる。永遠に地脈を彷徨うことを安全と呼ぶなら、それで良い。

 俺がそのことを話すと、トールは苛立たしげに声を上げる。

 

「じゃあどうしろってんだ!」

 

 知るか。俺に言うんじゃねぇ。なんて言ってる場合でもない。

 

「とにかく、ここから離れるぞ……、いや、そっち(入り口)は駄目だ。見張り役が別で雇われててもおかしくない。奥から抜けて──」

「……フロスト?」

 

 言葉を途中で止めた俺を、ココルが見上げて呼びかける。……クソッ。人の気配だ。洞窟の奥、水を踏む音が反射して人数がわかりにくいが、5、6人だ。約束の時間には、まだ早いだろうが!

 

「コ、ココル! 箱を閉めろ!」

「……で、でも」

「今はしょうがねぇだろ! 早く!」

 

 ココルが急いで、しかしそっと蓋を閉める。足音は、もうすぐそこだ。

 洞窟の奥から姿を現したのは6人。見るからに怪しい、ならず者な風体だ。皆顔を隠している。剣剣槍闘弓呪か。武器や防具を見る限りは、ザナラーン周辺の輩だ。装備の質や雰囲気には、統一性が見られる。冒険者ではなく、取引先に直接雇われているのだろう。

 ……取引先は、ザナラーンの豪商あたりかな。

 

「……お前らか、”箱”は俺達が預かる。行っていいぞ。……? 何をしている。とっとと行け」

 

 ならず者のリーダーだろうか。先頭に立つ男が、俺たちの背に置かれた箱に目をやり、話しかけてきた。そして棒立ちしている俺たちに、苛立ちを隠さず言い放つ。

 俺はならず者たちに、手を向けて言う。

 

「早かったじゃねぇか。ところで、”黒衣の森も変わったな”」

「……何だと?」

 

 なんの策もない。時間稼ぎに、でまかせを言う。

 

「合言葉だよ、ほら、どうした?」

 

 適当なことを言いながら、あれこれ考える。3対6、か。奥にいる呪術士が厄介だな。

 ならず者共は互いに顔を見合わせ、それぞれが首を横にふる。こちらに向き直ったリーダーが声を上げる。

 

「そんなものは聞いていない。……冒険者風情が。黙ってお使いもこなせないのか」

「そんなこと言われてもな。こっちも仕事だ。合言葉がないことには、渡せないぜ」

 

  こいつら倒して逃げたって、その後どうするかな。あの子を故郷まで連れて帰るか。海路ダメ、空路ダメ、あっと言う間に手配が回るだろうな。陸路か。北の、ガレマール帝国がある方から、東方に抜けられるはずだ。……命がいくつあっても足りないな。

 ならず者リーダーがいきり立って凄んでくる。うるせぇな、今考え事してるんだよ。

 

「……次がつかえてるんだ。もういい、死にたくなければ、消えろ!」

「……おい。相手を見て喧嘩を売れよ」

 

 トールがドスを効かせて、のっそりと前に出る。ならず者たちに緊張が走り、武器を構え始めた。まずいな、せめて不意打ちの形で攻めたい。俺はトールを押さえ、ならず者に声をかける。

 

「ま、まあ待てって、こりゃ仕切り直しだろ。いったん持ち帰ろうぜ、お互いにな」

「黙れ、薄汚い冒険者め。おい、テメエら!」

 

 不意打ちの機会はもう無さそうだ。ならず者たちは、それぞれが悪態を付きながら、詰め寄ってくる。トールが斧を手に取る。俺も腰の短剣に触れながら、それでも悪あがきを試みる。少しでも有利に戦闘を始めたい。

 

「まあ、落ち着……」

 

『ウヲオオォォォオオオオオ!!!!』

「ぎゃあああ!!」

 

 洞窟に咆哮が響き渡り、悲鳴が聞こえる。咆哮はならず者のものじゃない。

 一番後ろにいたならず者が、槍に貫かれて、高く持ち上げられているのが見える。槍の持ち主は、持ち上げた男を軽く放り捨てた。なんて膂力だ。

 クソッ、目の前の集団に気を取られて、気配を探るのを怠っていた。状況が驚くほど悪化していく。

 ならず者のリーダーがうろたえた声を上げる。

 

「なっこいつら、何故ここが……!?」

 

 てめえらの客か! なんてもん連れてきやがった!

 

「ガアアアッ! 見つけたぞ! 卑しい商人共!」

「殺せ! 殺セェッッ!」

 

 招かれざる客は、黒い丈夫そうな皮膚を露出している。顔は犬のように突き出していて、牙が剥き出しだ。頭や首、所々に金属の飾りを身に着けている。そして何より、でかい。強靭な体躯の持ち主だ。ルガディン族のトールを軽く凌駕している。

 ザナラーン周辺に住む蛮族、アマルジャ族だ。

 

「アレはどこだッ! 貴様らが持ってるのは知っているゾ!」

 

 数は5つ。槍が3つに格闘武器2つ。……違和感を感じる。妙に余裕のない奴らだ。

 とにかく非常事態だ。ならず者とも共闘したいところだが、……ダメそうだ。後ろから襲撃されて、隊列も何もあったもんじゃない。弓を持った男が、壁に叩きつけられて崩れ落ちる。盾を持ったならず者たちは洞窟の壁を背に、身を守っている。あそこまで押し込まれたら、もう時間の問題だろう。

 アマルジャ族の方もそう考えたのか、2人、こちらに向かって走ってくる。まず棘の付いた格闘武器を両手にしたアマルジャと、その数メートル後ろ、槍を持ったアマルジャだ。

 トールが前に出て、通路の真ん中に陣取り、声を上げる。

 

「かかって来やがれッ! このトカゲ野郎があ!!」

 

 トールは斧を大きく回しながら、アマルジャ族を挑発してみせる。

 存在感を膨れ上がらせるトールを影に、俺はエーテルを沈静化させ気配を消す。昼行灯でも何でも構わない。これが俺の役割だ。

 トールが格闘アマルジャに肉薄する。距離が縮まる瞬間に合わせて、トールは右肩に斧を担ぐように構え、振り下ろす。格闘アマルジャは体ごとぶつかるように、トールの斧を受け、膂力に任せて詰め寄ろうとする。

 俺はそのタイミングで反対側へ踏み出し、背後に回る。俺のことはまるで見えちゃいない。背後から短剣を食らわせる。

 

「ガッアア!?」

 

 仕留めることは出来なかったが、意表は十分突けたようだ。体勢を崩し、拳を振り回すが、もう俺はそこには居ない。もうひとりアマルジャ族がこっちに向かってくる。狙いは俺か、少し目立ち過ぎたみたいだ。もう隠れることは出来そうにない。槍アマルジャは俺の胴体のど真ん中を狙って、気合と共に槍を突き抜く。

 

「ゴアァァアッ!! ……なッ!?」

 

 槍は俺の横腹すれすれを逸れ、突いたアマルジャは驚きの声を上げる。どうした? 槍がすり抜けたように見えたか? 双剣士にだってタイマン用の技ぐらいあるんだよ! 自身のエーテルの大きく明滅させ、相手に位置を錯覚させる”残影”だ。

 

「そらよ!」

 

 俺は槍の間合いに一気に踏み込み、思いっ切り力を込め、目の前のアマルジャの足を払う。アマルジャは「ガッ!?」と短く声を上げ、地面に体を落とし、水しぶきを上げる。横倒しになったそいつの頭に、轟音を立てて飛んできた火球が直撃する。ココルが放ったファイアは、そいつが付けていた頭飾りの破片等もろもろを、辺りに撒き散らした。

 動かなくなったそいつから目を離し、トールの方へ振り返る。トールと相対していたアマルジャの背中が、こちらに向かって飛んできた。ちょっとぎょっとしたが、なんとか避けられる。飛んできたアマルジャ族は地面に落ちると、ゴロリと半回転して動かなくなった。

 俺は腰を落とし、短剣を体に寄せる。残り3つ。素早く目を動かし、状況を観察する。取引先のならず者たちは、全滅だ。ちょうど最後のひとりの首と胴体が、二手に分かれてこの世から去っていった。

 

「──グルルル!」

 

 トールが俺の前に立ち、斧を構え直す。

 残りのアマルジャ族たちは2人減らされたことにようやく気付いたのか、一箇所にかたまり、こちらを慎重に伺っている。落ち着きなく首をキョロキョロと動かし、しきりに顔を擦る。

 アマルジャ族のかたまりとトールがじわじわと距離を詰める。体のでかい、大ぶりな斧を持つトールを警戒しているのだろう。だがな、そいつは悪手だ、トカゲ野郎。本当に警戒するべきなのは、破壊に振り切った純粋( ピュア)な攻め手のほうだ。

 

「『暗雲に迷える光よ──』」

 

 高く響く声の詠唱と共に、周囲のエーテルが、振動に跳ねる砂のように波打つ。俺は飛び下がって、近くの岩場に着地する。……! トール、何ボサッとしてやがる!

 

「トール! 下がれ!」

「構うな! このままやれ! うぉぉぉおおおッ!!」

 

 トール大きく咆哮すると同時に、体内エーテルの循環を大幅に活性化させる。”スリル・オブ・バトル”、斧術士たちの驚異的な耐久力を体現する、斧術士ギルドの大技だ。勢いよく体表に溢れ出たエーテルが傷を塞ぎ、そのまま衝撃や魔力から身を守る鎧となる。

 動いて敵の陣形が崩れるのを嫌ったのだろう……体張りすぎだ、馬鹿野郎!

 だが、もう引き戻す時間は無い。ココルの詠唱が終わる。

 

「『──我に集い、その力解き放て』! くたばれぇえ! サンダラ!!」

 

 洞窟の壁を明るく照らし、雷撃の束が奥に居たアマルジャを襲う。雷撃は水面を奔り、周囲のアマルジャたちをまとめて巻き込んだ。雷属性のエーテルがアマルジャたちの体表を覆い、その体を焼き続ける。トールにも余波が届いたのが見えるが、大丈夫だろうか。

 アマルジャ族たちは怯んだようだが、まだ立っている。頑丈な奴らだ。短剣を構え直して、飛び出す準備をすると、妙な気配に気付く。周囲のエーテルが波打ったままだ。エーテルの束が吸い込まれるように、アマルジャたちに集中する。合図ぐらいしろ!

 

「悪いな! もうっいっぱつだっ!! サンッッダラアアア!!」

 

 再び雷鳴が轟き、アマルジャの体表を焼く雷撃に雷撃が重なる。膨れ上がったエーテルが、激しく光を放ち炸裂した。……3人のアマルジャ族たちは、全身から焦げ臭い煙を上げながら倒れていった。水に触れた時にじゅっと音を立てる。立ち上がる気配はない。

 俺は体の力を抜き、脇腹手で押さえて息をついた。

 トールは直撃はしていないが、やはり余波を食らったのだろう。鎧のあちこちから薄く煙が上がっている。だがそんなのは気にする様子もなく、こちらに歩きながら声を上げる。

 

「ココル。なんださっきのは? 詠唱を飛ばしただろ」

「狙ってやれるもんじゃないよ。さっき話してたろ。環境エーテルの条件が整うことで……今この話詳しくする?」

「トール、ココル、後で頼むぜ……」

 

 時間が惜しい。騒ぎが大きすぎた。本当の問題は、何も解決していないんだ。そ、それにさっきから、”箱”の蓋がカタカタと揺れているのが、目に入っている。……いやほんと、勘弁してくれ。

 


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