FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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3−1:異心伝心 ザナラーン紀行②

 

 箱は、地面を満たす浅い水の流れに触れないよう、平らな岩に置かれている。今その箱に上側に付けられた蓋が10センチほど持ち上がり、箱の本体との隙間に目が2つ並んでいた。目は大きく開かれていて、こちらをじっと伺っている。

 これは慎重に接する必要がある。こいつを今よりマシな状況にしてやるにも、まずは信用してもらわないと話にならない。俺は戦闘で乱れた呼吸を整えつつ、ゆっくりと箱の前まで進み、隙間の目を覗き込みながら優しく声をかける。

 

「ハァ……ハァ……大丈夫だよ、お嬢ちゃん……ハァ……出ておいで」

「ひぇっ……!」

 

 あれ? 何を間違えたのだろうか。箱から覗いた目が、小さな悲鳴と同時に消え、蓋がパタと閉じる。

 

「何がしてえんだてめえは!?」

「ぐぇ!?」

 

 突然の衝撃に俺の喉から自動的に音が漏れる。トールがいきなり拳骨で俺の頭をゴチンと殴ったのだ。何しやがる!? 子どもが怯えたらどうするってんだ!

 俺がトールに不満を言おうと向き直るその足元を、ココルがパタパタと通る。ココルは箱に駆け寄り、蓋の辺りに顔を寄せて声を上げる。

 

「大丈夫、ココたちは味方だよ! 今の変態は忘れてくれ!」

 

 変態に関して異論を申し立てたいが、今はココルに任せることにする。少なくともトールよりはマシだろ。 

 

「……怖いのは分かるよ。でも時間がないの、お願い、ココたちを信じて!」

「…………」

 

 ココルは、普段は聞かない真剣な声色で話しかける。それに答えてか、箱の蓋がゆっくりと開く。

 

「……あの、ごめんなさい、驚いてしまって。あなたたちの声は信じられます。……た、助けて、くれるんでしょうか?」

 

 箱の蓋が完全に開き、そのヴィエラ族の子どもが姿を現した。箱の中で膝立ちになり、緩くウェーブのかかった髪が肩の辺りまで伸びている。目に少しかかったその前髪の奥には、大きな砂色の瞳が左右に動いていた。頭の上の方の髪を分けて、ヴィエラ族固有の長い耳が伸び、途中で折れて下がっている。耳が小さく揺れ続けているのは、不安を反映しているのだろうか。幼い顔立ちは、ミッドランダーでの10歳ぐらいかな、その割には背が高い。俺とココルの中間ぐらいだろうか。

 ココルが箱に乗り出すように言う。

 

「ありがとう……! ココたちも頑張るからっ」

「ああ。何とかしてやる。小僧、立てるか?」

 

 ココルの言葉に続けて、トールが優しい声のつもりだろうか、中途半端にドスの効いた声を出した。

 何とかしてやるなんて、軽々しく言うなよ。もちろん安心させるためとは分かっているが、先にこいつの状況を確認する必要がある。俺は子どもが答える前に主張する。

 

「ハァ……いや、そのままでいい。先に状況を共有したい。まず名前を……ん? 小僧?」

 

 つい、妙なことを言ったトールの言葉に反応してしまった。

 

「何言ってんだ、トール? どうみても女の子だろ?」

「あ?」

 

 トールはしげしげとヴィエラの子どもを眺めて、

 

「……俺がガキの頃もこんなだったぞ」

 

 などとふざけたことを抜かす。嘘つけ! ……確かにルガディン族の子どもって見かけないが、見たこと無いからって適当なこと言うんじゃねぇ! どうせジャイアン(巨人族)トみたいな雰囲気に決まってる。

 おっと、そんな事話してる場合じゃない。話を変えようとする前に、戸惑うようにヴィエラの子どもが口を開く。

 

「……ボクはアリムって言います。……あの、ヴィエラ族は15歳ぐらいまで男の子か女の子か、どっちか分からないんです、ごめんなさい」

 

 へえ。変わってんな。まあ、ララフェル族とか大人になっても髭無いと間違えるからな、似たようなもんだろ。とにかく今度こそ、状況を教えてもらう。

 

「ありがとう、アリム。それから、短くで頼む、答えてくれ。今ここはエオルゼアのザナラーンって場所だ。何故今お前がここに居るか、自分で答えられるか? ハァ……それと、帰る場所は……あるか?」

 

 言いにくいこともあるかも知れない。だけど状況によって動き方が大きく変わる。聞いとかないと話にならないのだ。アリムは自分の入っている、箱の縁辺りに目を落とす。なるべく感情を押さえようとしているのだろうか、言葉に詰まりながら言う。

 

「……は、はい、ここがエオルゼアのどこかということは分かります。ボクが、奴隷か、見世物か何かとして売られようとしていることも。……か、帰る場所はありません。ボクは、エオルゼアで生まれました。……母は、モ、モンスターに……」

「…分かった。ありがとな。どうするか決めよう、大丈夫だ」

 

 賢くて、強い子どものようだ。だが……チクショウ。良いニュースはひとつも無いな。どこかのお姫様で、お忍びで国に帰る途中とか、都合の良いことを考えてたんだけどな。人身売買確定で、行くあても無しか。

 

「なあ、とにかく逃げようよ! ウルダハから離れれば考える時間ぐらいあるだろ!?」

 

 ココルが急かすように訴える。その通りだ。今が異常事態なのは、ゾラン側にも取引先側にも、伝わっていると見て間違いない。ここに居る理由はひとつもない、……ハァ……早くしないと。

 

「……おいフロスト。お前さっきから息が……!? てめえ、その血は!」

 

 トールが声を上げる。……そうでかい声を出すな、脇腹の傷口に響くだろうが。……ッハァ、クソッ、しくじった。アマルジャ族の槍使いの攻撃を避けた時だ、躱しきれなかった。”影身”による回避は、確実に避けられるものじゃないんだ。

 すぐに止まると思って手で押さえていた傷口からは、暖かい液体がじわじわと滲み出ている。服の内側を通り、腿の上の方を濡らして、ひどく不快だ。

 

「フロスト!? バカ! 何で言わないんだ! 待って、ポ、ポポ、ポーション!」

 

 ココルが、俺の手からはみ出る赤い染みを見て、慌てるように声を響かせる。ココルは箱の近くに、濡れないように岩の上に置いてあった鞄を漁る。ウルダハでの買い物でパンパンのままの鞄の中身を、ポイポイと放り出しながらポーションを探している。……探してもらっといて悪いんだけどさ、ポーションぐらい上の方に入れとけ! 秘密の道具じゃねぇんだぞ!

 俺は次の仲間は癒し手にすると心に誓いながら、目を下にやる。クソッタレ、俺が一番、足手まといだ。ココルが撒き散らす鞄の中身が、でかい箱に軽い音を立てて跳ね返る。それはポチョンと水に落ちた。まずい血を流しすぎた、思考が一定していない、集中力が落ちている。結構傷が深いようだ。

 突如、アリムの耳が跳ねるように動き、耳の下の顔が洞窟の入り口の方へと向く。

 

「……! あの、誰か来ます……!」

 

 少し遅れて、俺の耳にもパシャパシャと水を踏む足音が聞こえる。俺はあまり動けそうにない。ココルとトールは俺を置いて逃げてくれるだろうか。逃げてどうするべきか考える時間もない。

 トールが武器を構える。ココルはちょうどポーションを見つけ、俺に投げるように寄越し、すぐさま杖を構えた。……こいつらはアリムに感情を移入しすぎている。それじゃ結局ジリ貧だ。とにかく時間を稼がないといけない。俺は周囲を見渡し、この場をやり過ごす方法を探す。

 ──俺は、そう答えるとしか無いと分かっていながら、バカでかい箱から半身を出すアリムに問いかける。

 

「アリム、俺のことも信じられるか?」

「……はいっ。あなたは、いい人、だと思います」

 

 箱から体を乗り出し気味に、耳を俺に向けてアリムが言う。……いい人かどうかと、信用できるかどうかは別物だ。悪い奴ほど信用でやり取りしてるもんだぜ。でも、ありがとよ。

 俺はアリムの言葉に頷き、箱の縁に濡れた手をかけて言う。

 

「分かった。トール、ココル、後は頼む。細かいことは隙を見て話す。……アリム、悪いが、もうしばらく窮屈な思いをしてもらうぞ」

 

 

────────────────────

 

 

『死んだだと?』

 

 凄みのある落ち着いた男の声がする。疑問を口にしているが、その声は動揺は感じさせない。キィと椅子を軋ませる音が鳴る。

 

『ああ。取引相手の荷物を狙った、アマルジャ族との戦闘に巻き込まれた』

 

 椅子に座っているだろう落ち着いた男の声に答え、低い野太い声が響く。さらに野太い声と同じような方向から、高い、鈴を鳴らすような声が続いた。

 

『ひどいもんだったぜ〜。槍で背中をぐさーって刺されて、そのまま高々掲げられながら持って行かれちまった。ありゃ地獄行きだなっ』

 

 高い声の主は、ぐえーッと鶏を締めるような声真似をする。ひどい死に様に遭ったあげく、地獄行きにされるという理不尽な話を無視して、凄みのある声の男が言う。

 

『おい、トールとココル、とか言ったな。随分と平然としているな。フロストは仲間じゃなかったのか?』

 

 数瞬の後、野太い声の男がフンと鼻を鳴らす。伝えていないはずの名前を呼ばれたせいか、不機嫌そうな響きで答える。

 

『成り行きで組んでいただけだ。……弱みを握られていてな。名前以外は調べてねえのか? ゾランさんよ』

 

 二人組の反対の方から、ゾランと呼ばれた凄みのある声が、何か含みを持たせるように言う。

 

『ふ、貴様の噂は耳にしている。”大金鎚”のトールよ』

『…………ッ』

 

 ぎしりと歯を軋ませる音がする。 

 

『なぁもふもふのおっさん、ココのことも調べたのか?』

 

 自らをココと称する、高い声が話に割り込んだ。ゾランと呼ばれた方の男が答える。

 

『……さあな。呪術士ギルドの関係者、では無いようだな』

『ちっ。なんだよ、二つ名とかないのかよ』

『……そんなことはどうでも良い』

 

 ゾランと呼ばれた男が、ため息を混ぜ言葉を続ける。

 

『荷を抱えて、すごすご戻ってきたわけか』

『……ああ。何だ? 持って帰っちゃ迷惑だったか? こんな箱、置いてきたって良かったんだぜ』

 

 イライラとした雰囲気の声と同時に、バン、と木の板を叩く音が大きく反響した。

 ピリピリとした沈黙が一瞬流れたが、その空気を壊すように高い声が届く。

 

『なぁ、もう帰っていい? ココ腹減ったし、もう行きたいんだけど』

 

 自らをココを称する声が響いた。ゾランと呼ばれた声が投げやりに答える。

 

『好きにしろ。……手間賃ぐらいは払ってやろう。後で届けさせる』

『……フン、あばよ』

『バイバイ、もふもふのおっさん』

 

 ギイッとドアの開く音が聞こえ、ドスドストコトコと2種類の足音が遠ざかる。

 足音が聞こえなくなり、しばらくたった後まで、ひとりになったであろうゾランと呼ばれた男は沈黙を続けた。

 

『……………』

 

 軋む音を立てて椅子から立ち上がる気配がし、コツコツと硬い靴音が歩きだす。音は段々大きくなる。ふっと足音が止まり、数秒がたっただろうか。ギッと木の板が持ち上がるような音が響く。

 ──フォンフォン、と特徴的な音が響き、少し浮いた木の板が下ろされる音がする。気配が離れていき、うんざりとした様子の声がする。

 

『俺だ。……分かっている。商品には問題は無い。……今夜、ハイブリッジから出る輸送隊に積む。希望の日には届く。いいな、貴様の主人に、そう伝えろ』

 

 長いため息が聞こえ、さらに足音が遠ざかる。再び椅子が軋み、静かな室内で独りごちる声が響いた。

 

『死んだか、逃げたか……。存外、詰まらない男だったな』

 

 

────────────────────

 

 

 カタカタと木質と木質が触れる音と、ザッザッとチョコボが砂を蹴る音が聞こえる。真夜中の東ザナラーンには荒野が広がり、月明かりが岩に影を落としている。遠くには第七霊災で出来た巨大な偏属性クリスタルが橙色に輝く。風が強く吹くと、飛んできた砂が板に当たり小さく音を立てた。

 

『……』

 

 チョコボが曳くキャリッジは、青燐ガスの浮き袋によって地面から浮き上がり滑るように進む。数人の気配があるが、数時間、一言も声を上げていない。時折チョコボを操る御者の手綱の音だけが聞こえる。

 突然、砂を蹴る音が、カカッと平らな石に爪が当たる響きに変わり、チョコボは走るのを止め、ゆっくりと足を進める。ハイブリッジと呼ばれるその巨大な石橋は、東ザナラーンの東端にあり、霊災で生まれた深い谷を渡している。谷の岸壁には遺跡が立ち並び、飛空艇の発着場が併設されている。観光客や輸送船の行き交いで昼間は大いに賑わっているかも知れないが、日付が変わろうとしているこの時間はひどく静かだ。

 その岸壁の発着場に、目立たない色の比較的小さい飛空艇が待機している。ゾランはその飛空艇から積荷を送るつもりのようだ。常駐する何人かの見張りの銅刃団には、既に隊長へ鼻薬を嗅がせてある。邪魔は入らないはずと考えている。

 

『検問だ。止まれ!』

 

 声が聞こえ、チョコボが歩みを止める。低く、ひどく耳障りのする不愉快な声だ。キャリッジや積荷が、慣性でぎしりと軋んだ音を立てる。前方でチョコボを操る御者も、後部に座る人間たちは黙ったままだ。

 不愉快な声が続けて響く。

 

『悪いがね、荷台を検めさせてもらう。……おい、お前、蛮族じゃないだろうな?』

 

 荷台の人間のひとり、ゾランが苛立たしげに答える。

 

『……ロスガル族の男が来るという話は、聞いていないのか。貴様では話にならんな、隊長を呼んで来い』

『……フン、お前がそうか。悪いが見るのは初めてでな。まあいい。おい、降りてこっちへ立て』

『なんだと……』

 

 不服を口にしようとするゾランの声を、男の声が上書きする。

 

『良いから言う通りにしろ。”決まり”でな。蛮神騒ぎだなんだで皆気が立っている。クリスタルの持ち出しが厳しく制限されているところだ。お前の積荷が何かなど知ったことでは無いが、……あっちの橋の向こうの、正義感ぶった新人共に騒がれても詰まらん』

『……』

 

 ゾランは、このまま言い争う方が不利益なると思ったのか、ギシリと座っていた座席から立ち上がり、橋の石畳に硬い靴音を鳴らした。続けて後部にいた手下と御者がキャリッジから降りる。3人は不愉快な声に促され、橋の欄干の方へ足を運ぶ。

 

『良し、そっちに立て。あっちの奴らに見える位置がいい。ああ、その辺だ。──良し。もう良いぞ! 出ろ!』

 

 男の声が最後に高らかに響くと、チョコボキャリッジが前に進み始める。いつの間にか御者台に小柄なララフェル族が座り、手綱を操作している。

 

『──ッ。何のつもりだ!』

 

 ゾランが怒りに毛を逆立たせて前に出ようとする。手下たちも気色ばみ剣を抜く。

 

『待て、良いから、俺の話を聞け。なに、簡単な話だ──』

 

 キャリッジが遠ざかり、耳障りだった不愉快な声が、段々と遠ざかって聞こえる。

 

『──キャリッジは通す、積荷も通す」

 

 ()()目元まで覆っていた銅刃団のターバンを外し、目の前のロスガルに言い放つ。

 

「だけどゾラン、お前は通さない」

 

「……!! フロスト、貴様ッ!」

 

 ゾランは俺に向かって顔を歪め、牙を剥き出しに吼える。へえ? そんな愉快な顔も出来るんだな。お返しに俺も口角を上げ、歯を剥き出しに見せつける。

 

「おっと、あんまり騒ぐなよ。お互い注目は浴びたくないだろ?」

 

 俺が言うのとほとんど同時に、「がっ」「ぐわっ」という小さい悲鳴と共に、ゾランの手下たちが組み伏せられる。手下たちの頭上には大柄なルガディン族の、トールがのしかかっている。欄干の向こう、橋の外側に隠れてもらっていた。

 これで今自由に動けるのは、俺と、ゾラン、お前だけだ。一対一で俺と向き合うゾランが、憎々しげに問う。

 

「──貴様、先回りだと? 何故ここが分かったッ」

「……へっ」

  

 俺はゾランには言葉を返さず、右耳に手をやる。そこに下がったそれを見せつけながら、それにエーテルを込めて、声を上げる。

 

「もしもし……聞こえるか? フロストだ」

 

 虚空に向かって放った言葉に答えて、耳元の宝玉から声が響く。

 

『はい! フロストさん、大丈夫ですか!?』

「ああ、安心しろ、もう大丈夫だ。……アリム、良く頑張ったな」

『……っ! はい!』

 

 ここには居ないアリムの声が、右耳に下がる、白く光を反射している玉から響く。アリムだけじゃない。

 

「ココル、任せたぜ」

『任されたよー』

『フロストさん、みなさん、ありがとう……!』

 

 俺はそこまで聞くと、耳からそれを外す。束縛されている感じがして、苦手なんだよ、これ。今回は特別さ。ウルダハでのココルの無駄遣いにも感謝しないとな。

 それをしまい込む前に、ゾランに見せびらかすように指で高く弾いて、また取ってみせる。

 黙ってこっちを睨みつけていたゾランが、呻くように呟く。

 

「……”リンクパール”か。詰まらん小細工を……」

 

 そう、リンクパール。遠く離れた人と話すことが出来る、不思議アイテムだ。俺は皆と別れてからずっと、アリムの持つリンクパールから様子を聞いていた。

 ……しかし、何で自分の声ってのは、はたから聞くとあんなに低くて不愉快に聞こえるんだろうな? 箱に入ったアリムのリンクパールから届く、自分の声にはぞわぞわとしてしまった。

 

 リンクパール、それはリンクシェルと呼ばれる巻き貝から生成される。生成されたリンクパールは、もとのリンクシェル毎に固有のエーテル波長を持つ。リンクパールにエーテルを込めて励起させた状態にすると、音声がその固有の波長のエーテルへと変換され、リンクパールに接する空間エーテルへと伝える。水面に立つ波のように、空間エーテルはその波長をさらに周囲に伝え、何かに干渉されない限りは、少なくともエオルゼア中に広く拡散する。

 そして発信源と同じ固有の波長をもつリンクパールだけが、その波長に共振することが出来る。共振したリンクパールは受け取ったエーテルを今度は空気の振動、つまり音に変換する。あとは受信側がエーテルを込めることで、その振動を増幅し会話が可能な音量に調整できる。

 ……なんて理屈らしい。昔、俺にこれを説明してくれたやつは、音叉にも例えていた。同じ音階の音叉を近くに並べて、片方を鳴らすともう片方も鳴り始めるんだとよ。分けわかんねぇよな。

 

 エーテルを込めないと働かないからな、普通は盗聴なんかには使えない。だけど今回は積荷自体があれだ、盲点だったか? ゾラン。

 

「あの子はどこへやった」

 

 ゾランは既に落ち着きを取り戻し、いつも通りの調子で聞いてくる。もう少し悔しがってくれ方が面白ぇんだけどな。答えは決まっている。

 

「言うわけねぇだろ。……安全なところさ」

「……」

「ゾラン、あの子は諦めろ」

 

 さあこっからは、ただの後始末だ。ここまでやって、しつこく探されたりしても詰まんねぇ。交渉して、落とし所ってやつを用意してやらないといけない。

 ゾランが俺の言葉をフンと鼻で笑い、嘲るように言う。

 

「貴様には、あのヴィエラの価値が分かっていないだろう。……あの子どもを所望している客は、どんな手を使ってでも手に入れるつもりだ。その失敗は俺や、……俺の手下共の命では贖い切れん」

 

 ……引くに引けないってことか。ゾランの取引先というのは、たいした権力を持つヤツなんだろう。

 何となくだが想像は付いていたさ。クソッタレな話だ。強欲で、他人が物にしか見えないヤツほど偉くなるのが世の常ってか? ひとつも理解したくないね。クソはクソだ。

 だけどそんなクソ野郎だからこそ、隙が出来る。欲を出しすぎたツケを払う時が来る。

 俺は懐から布袋を取り出し、ゾランに投げ付けて、言う。

 

「ゾラン、これが何か分かるか? お前の客が持ってたよ」

「……」

 

 ゾランが受け取った布袋を鼻に寄せ、顔を歪める。

 

「……プルトー香だと? 馬鹿な」

 

 その通りだ。流石は獣人の鼻ってことか。俺の匂いは分からなかったのは、風の吹く橋の上だからだ。そう考えると結構危なかったかもな。

 ……プルトー香ってのは、眠りをもたらすソムヌス香の効果を反転させた、高揚、熱狂をもたらす興奮剤。要は麻薬、禁制、ご法度。取り扱いの許されない類のものだ。俺たちを襲ったあのアマルジャ族は、このご禁制のお薬を狙っていた。……ひどく高揚、熱狂した様子でな。

 

「ゾラン、聞け。お前の客とやらはな。アマルジャ族に、このプルトー香を売ってたんだろう」

「……ッ!! ……そうか。愚かな……」

 

 ……流石に商売に聡いやつだ。すぐ理解したみたいだ。何でわざわざアマルジャ族に売るって? 答えは簡単だ。全員が屈強で勇猛なアイツラ種族から、正々堂々って言葉を除いたら何が残る? お薬を買うために、金を求めて、どんな手でも使う屈強で無謀な強盗団(おとくいさま)の出来上がりだ。

 ゾランは複雑な表情をしている。自分がどんな相手に商売をしているかを、胸の中で改めているのだろう。……そんな詰まらない顔は笑えない。 

 

「……ゾラン、それでお前の商売相手とやらを潰せ。禁制の薬に、蛮族相手の商売だ。不滅隊だって動くさ」

 

 袋にはあの取引先共の身元が分かりそうな、指輪なんかも入れてある。不滅隊ってのは、ウルダハの、ええと、軍隊みたいなもんだ。軍隊が動くレベルのネタだ。俺にはどうすれば良いか分からないが、裏世界に近しいゾランなら上手く焚きつける事もできるだろう。

 

「……何が目的だ」

 

 ゾランが言う。その答えは当然。

 

(ギル)だよ。決まってんだろ? ……そうだな1億ギルでどうだ?」

「……」

 

 ふっははっ、クイックサンドで聞いた、あの嘘臭い金額に、さらにふっかけて言う。いきなり馬鹿馬鹿しい金額を言われる気分を、てめぇも味わえ! 当然、俺はこの値段決まるだなんて思っていない。交渉する時ってのは、ふっかけて言うのが基本だ。ここからはゾランがゴネて、俺が首を振るの繰り返しだろう。まあ俺の借金を帳消しにした上で、100万ギルってとこかな。

 ゾランが数瞬の沈黙の後に、口を開く。はっははは!

 

「……フッ、良いだろう。ちょうどあの、ヴィエラの子どもと同じ価格だ」

「……は?」

 

 ゾランの言葉に間の抜けた声で答えてしまった。……へえ。あの子そんな値段なんだ。……高いんだか安いんだか、良く分かんねぇな。

 俺は、何故ゾランがその価格を口にしたか判断しそこねていた。まさかとは思うが、今のこのやり取りに、アリムを勘定に入れてるんじゃねえだろうな? 俺はそんなつもりは無い。当然別料金だ。

 

「お、おい、待て……」

 

 俺が疑問を口にしようとするのを遮り、ゾランがはっきりとした声で言葉を続ける。

 

「この情報、確かにあの子どもと引き換えに受け取った。……忙しくなりそうだからな、貴様の借金は、まだ待ってやる」

「…………いや、それは」

 

 ゾランは俺を無視して、プルトー香が入った袋を懐に入れると、トールが組み伏せていた手下たちに声をかける。

 

「おい貴様ら、ウルダハへ戻るぞ。朝までには段取りを整える。そこをどけ、小僧」

「あ、ああ? おう……」

 

 あまりに平然と言うゾランの言葉に、トールは素直に手下たちを開放する。交渉は済んだのだろうか。俺自身も混乱している。

 ゾランはそのままハイブリッジを背に、荒野へと歩いていく。開放された手下たちは、俺とトールを憎々しげに睨みつけるが、そのまま黙ってゾランの後に着いていく。

 後に残された、俺とトールが、石造りの橋の上で立ち尽くす。しばしの沈黙の後に、トールがためらいがちに、口を開いた。

 

「……お、おい。……終わったのか?」

「…………」

 

 ……ああ、大勝利だ。そのはずだが、俺はトールの言葉に答える気力が湧かなかった。風が砂を運ぶ音だけが聞こえる。

 

────────────────────

 

 

『ああ、大丈夫。しばらくは僕が後見人をするから、任せてくれ。あまり目立ってもいけないから、裏方を手伝ってもらうよ』

 

 リンクパールから、森の都グリダニアの冒険者ギルドのマスター、ミューヌさんの声がする。モモディさんがリンクパールを手に持ち、俺の耳に差し向けてニコニコと微笑んでいる。

 俺は頭を、モモディさんの小さな手の方に頭を差し出しながら、アリムを受け入れてくれたこと対して、感謝を口にする。

 

「ありがとう、ミューヌさん。ホント、悪いな。任せっきりにしちまうが」

 

 くすくすとリンクパールの向こうで、ミューヌさんが笑っている。アマルジャ族襲撃の後、俺がトールたちと別れて、まず頼ったのがミューヌさんだ。他に子どもを受け入れてくれる場所なんて心当たりねぇよ。ヴィエラは森の民だ、グリダニアも受け入れてくれるんじゃないかって下心もあった。

 アマルジャ族襲撃の後の、あの時、俺はまずひとりで隠れて、洞窟に来た見張り役をやり過ごした。トールたちが去ったら、まず取引先の荷物を漁った。所属でも確かめようとしたんだけど、プルトー香が出てくるとは思っていなかった。そのあとはグリダニアにテレポして、ミューヌさんに事情を話して、ザナラーンの境目まで迎えを手配して、またザナラーンに戻り、何とかして銅刃団の制服を手に入れたりと、結構大忙しだった。アリムの通信から意識を外すわけにもいかなかったからな。

 ……1日に2度もテレポするのは初めてだったよ。ハイブリッジでは結構ぎりぎりだった。ゾランの奴が自棄にならなくて助かったよ。そうならない算段ではあったけどな。

 通信の向こうのミューヌさんは、かなり上機嫌だ。

 

『良いんだよ。フフフ、フロスト君? 何をしてみせたんだい? アリム君、冒険者になりたい、なんて言っているよ。いたっ、アリム君、痛いよ、フフ』

 

 何をした、か。……うぐぐ……流石に、儲け損なった愚痴を子どもに聞かせる気にはならない。しかし冒険者ね、全くおすすめは出来ないけど。

 

「まあ、好きにしたら良いんじゃねぇの? ミューヌさん見てやってくれるだろ?」

『……見てほしいのは僕じゃないと思うけれどね、いたっ』

 

 俺は、背の低いモモディさんに合わせて変な体勢でいるため、首が攣りそうになる。ミューヌさんから訴えるような気配がしたが、これ以上は首が持たない。話を打ち切らせてもらう。

 

「それじゃ、ミューヌさん頼んだぜ。アリム! そこにいるだろ!? そのうちグリダニアで会おうぜ!」

 

 俺はそこまで言うと、モモディさんの手のリンクパールから頭を話し、腰に手をやり、固まった背筋をぐっと伸ばす。

 

「……っと。んじゃ、モモディさん、ありがとう」

「ふふ、もう良いの?」

「あ、あぁ。あの、エール頼んでいいっすか?」

「ええ、持っていくから、座ってなさいな」

 

 モモディさんもやけに機嫌がいい。……怒らせ慣れてる人が機嫌が良いのって、すっげえ不気味だな。俺は頼んだエールのジョッキが、油断した俺の頭に投げつけられることを、少し警戒しながらトールとココルが座る卓に向かう。

 

「おう。大丈夫みたいだな……」

「やあ、良かった。ふあぁぁあ……ココ、もう限界」

 

 トールとココルが、同じようにまぶたを重そうにしながら俺を迎える。ウルダハに着いてすぐゾランから仕事を受け、翌日には荷運びに加えてアマルジャ族との戦闘。そのまま真夜中のハイブリッジの死闘と来たもんだ。その後、エーテル切れで動けなくなった俺をトールが抱えて休み休みウルダハまで戻ってきたら、もう夕方近くだ。

 丸1日と半分近く寝ていない。そりゃあ、冒険者やっていれば、もっとひどい時だってあるが、気が抜けりゃ眠くなるってもんだ。

 

「じゃ、ココ寝るよ。おやすみー」

「俺も寝るぜ。ったく。明日ゆっくりさせてもらうぜ」

 

 ココルとトールが挨拶を告げて、テーブルを立つ。俺は適当に手振りで挨拶を返す。2人はのそのそとこのクイックサンドに併設されてる宿屋の受付に向かっていった。……俺も本当はもう寝てえんだけどな。

 モモディさんが笑顔で持ってきてくれたエールを受け取り、チビチビと飲みながら待つ。

 

 

─────

 

 

 日が沈み、依頼を終えた冒険者たちが戻ってきて、クイックサンドは賑わいを見せている。気を抜くと閉じようとする目をこすりながら、ゆっくりと口を付けていた俺のジョッキが空になろうとしている時に、やっとそいつが来た。

 そいつは俺に断りもせずに、テーブルの向こう側に座り、目も合わせない。

 しばらく黙っていたが、俺の方がしびれを切らして、目の前に座るロスガルの男に声をかける。

 

「よお、ゾラン。金ならまだ用意出来てないぞ?」

「……不滅隊が動く。あの取引の筋は終わりだ。あの子どもを追う理由は、もう無い」

「……はっ、そうかよ。それだけか?」

「……」

 

 ゾランが事務的に口にした言葉を、軽く流して先を促す。ゾランは苛立たしげに卓上を爪でコツコツと叩く。

 何も言わねえのか? じゃあ言いたいこと言わせてもらうぞ。そのために待ってたんだ。

 俺は椅子に預けていた体重を前に移し、テーブルに肘を突いて、言う。

 

「……頼みたいことがあるんならよ、最初からはっきり言いやがれ。黙ってても伝わるだなんて思ってんのか? 経営者失格だぜ」

「…………」

 

 馬鹿馬鹿しい種明かしだ。この野郎、最初から俺に、あの子を逃げさせるつもりだったんだ。最初っからおかしかった。あんな怪しい箱渡されたら、俺は開けるに決まってる。こいつは俺が開けることなんて分かってるし、俺もこいつが俺が開けることを分かってるってことを分かっていて、それもこいつは分かっていて……ええと? 

 ええい面倒くさい、要はこいつは、あえて俺に箱を開けさせたんだ、箱の中身を見た俺が、どうするかまで予想して。その点に関して、俺たちは2人は、分かり合いたくもないのに通じ合っていた。

 

「…………」

 

 ゾランはだんまりを決め込んでる。

 おおかたこいつは、俺があの子をさらって逃げてる間を時間稼ぎに、何とかしようと企んでいたんだろう。あの目の細いミッドランダーは取引先側の見張りだったのかもな。他にどうしようもない状況での、賭けだったんだろう。それもアマルジャ族の襲撃で台無しになった。子ども入りの箱が戻ってきた時はさぞガッカリしただろうな。だが不滅隊を動かすきっかけが出てきたわけだから、結果オーライってやつだ。

 

「…………」

 

 ……なぜこいつがこんなことをしたのか、少し分かる。悪徳商人みたいな面をしている割には、悪人に成りきれていない。以前俺がウルダハに居た頃から、こいつは貧民たちに仕事を回していた。それに、見世物同然でウルダハに連れてこられたこいつは、さぞ差別と貧窮に苦しんだんだろう。ただでさえ珍しい少数民族の、しかも子どものヴィエラ族なんてのが、金持ちに良いように使われるなんて、こいつには耐え難かったのだろう。俺だって吐き気がする。

 正直言って、俺はこの件に関しては、もうどうでも良い。あの子の安全も確保できたしな。俺と、俺の仲間の命を、勝手に賭けに使ったことは腹が立つが、冒険者ってのはそんなもんだ。誰もそんなのは保証してくれないのが当たり前だ。いちいち気にしてられない。

 だから今こうして、男2人だんまり向かい合ってるのは。

 

「……………………」

 

 何なんだろうな……? 俺もう眠いんだけど。言いたいことも言ったし、何か言うか、帰ってくれねえかな。

 ぼおっと眺めていると、ゾランがガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。

 その動きを追いかけて俺が見上げると、ゾランは俺の目を見下ろして、口を開く。

 

「利子は負けておいてやる」

 

 それだけ言うと、ゾランはたてがみを翻し、立ち去っていく。

 ふはっ、素直になれないやつだな。俺はゾランの背中に向かってお別れの言葉を告げる。

 

「おととい来やがれ」

 

 ベロベロと舌を出しながら、お見送り差し上げる。けっ、ごめんねぐらい言えねぇのかよ。でも、ああやって弱みを誰にも見せないようにして、成り上がったんだろうな。でも、くく、あのハイブリッジでの顔はマジだったな、傑作だったぜ。貸しにしといてやる。金は当然、返す気は無い。

 


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