FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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長くなってしまったので、2つに分けて、投稿しています。1話目です。ほぼ酒場で話しが終わります。




3−2:パールレーンでつかまえて①

 

 クイックサンドの重い扉が、音を立てて開く。押し開いたのは俺だ。扉の内側からは外の熱気と反して、心地よい冷たい空気が漏れてくる。日は沈みかけているが、まだまだ外は暑い。

 クイックサンドの中央には、地下水を組み上げて溜めてあり、それを循環させている。冷たい地下水が、建物を冷やすのに一役買っているってわけだ。

 

「へぇー、お前、剣術士なんてやってたんだ。意外だな」

「意外たぁ失礼なやつだ。言わなかったか? 剣闘士やってたって。それに双剣士ギルドと言やぁ、リムサ・ロミンサだしな」

「……どうやったら剣術士で。”昼行灯”なんてあだ名が付くんだ」

「うるせぇ。ほっとけ、トール」

 

 ここ砂都ウルダハの、冒険者ギルド兼酒場であるクイックサンドの内装は円形で、入り口辺りが一段高くなっていて、奥が低い。奥の方に行くと、宿屋やギルドマスターのカウンターが並ぶ。中央には、飲み食いできるテーブルが点々と置かれている。

 ギルドリーヴで受けた、素材集めの依頼を終えた俺達は、外周のスロープを下りながら話していた。

 

「……お」

 

 俺は酒場に併設された、宿屋のカウンターの前に立っていた人間に、気を取られた。

 術士だろうか。見かけない、柔らかそうな素材のローブを、細い体躯にまとっている。そして、これまた見かけない、湾曲した、変わった杖を身に着けていた。

 見かけないのも当然だろう。それらを身に着けた、そいつの耳の位置には、暖かく柔らかな白色の、()が生えていた。

 

 アウラ族か。流石、商売で栄えているウルダハだな。普段見かけない人種がうじゃうじゃいやがる。

 ちょっと前に会った、ロスガル族やヴィエラ族よりは、少し多く見かける程度かな。

 この辺りの土地、エオルゼアの生まれじゃないだろう。海を超えた東の果、オサード小大陸とかひんがしの国あたりによくいる種族だったはずだ。

 

 俺がぼうっとそいつを眺めていると、そいつがこちらを見上げた。目が合う。上目遣いにこちらを見上げるそいつが、柔らかく微笑んだ。

 じろじろ見てしまったのが、バレたんだろう。何となく気まずくなって目を逸らした。

 俺が空を見つめていると、歩く俺たちの足を、小柄のララフェルの女性が止める。

 

「いらっしゃい〜、今日のお仕事はお終い? お疲れ様〜」

「やあパパスさん、こんちわ」

 

 パパスさんはここの給仕さんだ。自分のことをおばちゃんと言っているが、正直年が分からん。パパスさんは頬に手を当てながら、言葉を続ける。

 

「あのね、フロストくんたちのこと、モモディさんが探してたわよぉ〜。頼みごとがあるんですって」

 

 ……俺達のことを、名指しで探しているなんて、なんか悪いことでもバレたのだろうか。いや、しばらくは問題は起こしていないはずだ。

 だが、依頼じゃなくて、頼み事ってのが余計に不安を感じさせる。

 先に聞けて良かった。俺はそのことを教えてくれた、パパスさんに礼を言う。

 

「ありがとう、パパスさん。見かけたら、逃げるよ。あっ、エール頼んで良い?」

「そ、そう。……はいはい、エールね〜」

 

 三十六計逃げるに如かず。問題は、時間が解決することもあると思う。

 パパスさんは呆れたように首を振って、俺の後ろにいた仲間にも尋ねる。

 

「お2人はどうするの〜? トールくんに、ココルちゃん」

「蒸留酒をくれ。樽に詰めた奴が良い」

「ココも蒸留酒、薬草に漬けたやつ!」

 

 今、最近お気に入りの酒を注文したトールとココルってのが、俺の仲間だ。

 ルガディン族のトールは斧を、ララフェル族のココルは呪具を、それぞれ身に着けている。

 俺達がここウルダハに滞在して、どれくらい経っているだろう。冒険者ギルドの依頼や、稀に悪徳商人のゾランから受ける、ちょっと怪しい仕事をこなして、日銭を稼いでいる。

 パパスさんはうんうんと頷き、手元の紙に注文をメモしている。

 

「はい〜。ご飯はどうする? 舶来の、珍しい料理があるわよぉ〜」

 

 注文を書き終えたパパスさんが、顔を上げて聞いてくる。ウルダハに集まるのは人だけじゃない。食い物も含めて、色んな品々がよく出回る。

 俺は、食ったこと無いものを食うのが好きだ。そして俺の仲間も、同じように物好きなのを知っている。

 

「いいね。パパスさん、それ3人前で頼むよ。なぁ、良いだろ?」

「ああ。楽しみだ」

「もちろん! ……この間の、カエルの丸焼きみたいのじゃないよね?」

「うふふ、大丈夫よ〜。出来上がるまで、お酒飲んで待っててねぇ〜」

 

 クイックサンドは冒険帰りの奴らで賑わっている。

 実に平和だ。

 近頃は蛮神問題に加えて、ガレマール帝国が不穏な動きをみせているらしいが、俺達のような一冒険者には関係ないね。

 俺たちは、ちょっとしたスリルとチャンスに、酒があればそれで良いんだ。

 

 

────────────────────

 

 

 俺はいつものように、騒がしい冒険者共の噂話に耳を傾ける。

 ベスパーベイでとんでもないことがあったらしい。帝国兵が町中に、虚空から現れたとか何とかって。何だそりゃ、胡散臭ぇ。

 でも何かあったことは確かだろう。不滅隊が忙しなくしている様子があった。かなりの人員をそっちに送っているようだ。

 

「こちらが、本日のおすすめのエマダツィですよぉ〜」

 

 パパスさんがテーブルに、3つの皿を並べながら言う。一人前が一皿なのだろう、湯気の立つその料理を眺めて、俺達は思い思いの感想を述べる。

 

「へぇ、美味そうじゃねぇか!」

「……ゴクッ……」

「いい匂いだな! どんなスパイスだろ?」

 

 トロリとした黄色がかった白色のスープから、赤い細長い野菜が顔を出している。

 チーズと、胡椒か? 湯気に乗って届く、強い匂いで唾液が止まらない。

 

「東方のアジムステップって呼ばれる地域の料理なんですって〜。とっても、辛いのよ。同じく東方の、このスティッキーライスと一緒にどうぞぉ〜。あ、それと……」

 

 料理の説明をしてくれているパパスさんが、小さなガラスでできた瓶をテーブルに置いた。

 

「辛さを加えたい方はこちらの、錬金術師ギルド特製、ドラゴンペッパーソースをお使いくださいねぇ〜。と〜っても辛いから、一滴ずつ、試しながら入れてちょうだいね」

 

 置かれた瓶は、何故かドクロの形をしていた。ドクロの天辺からは細い口が伸びている。瓶に入った液体は、イメージに反して透明だ。辛いモノって言ったら大体赤いんだけどな。

 好奇心にかられて、ちょっと試してみたくなったが、先にどれぐらいの辛さか確かめないといけないな。

 瓶を眺めながら思案していると、トールがパパスさんを呼び止めた。

 

「なあパパスさん。舶来のもんってのに酒はないのか」

「ああ〜、そうでしたね。馬の乳を発酵させた、酸味と甘みのある馬乳酒っていうのがありますよ〜。こちらもアジムステップで作られているお酒なんですよ」

「へえ。良いじゃねえか。その土地の食い物に、その土地の酒。なんか種類はあるのか?」

 

 トールが椅子ごとパパスさんの方へ振り借り、こちらに背を向ける。酒の製法についても話し込んでいるようだ。

 俺はそっとペッパーソースの瓶の蓋を開けて、トールのエマダツィの皿に数滴垂らした。3滴入ったと思う。うーん、イマイチ入っている気がしないな。もう2滴ぐらい入れるか。

 俺が一服盛っているのを黙って見ていたココルが、音を出さずにぷふぅっと吹き出している。

 俺が瓶の蓋を閉めて、元の位置に戻すと、ちょうどトールがこちらに向き直った。危ない危ない。

 一応、俺もエールを追加でもらっておこう。注文を書き終えて、俺の後ろを通り過ぎるパパスさんを呼び止めた。

 

「あ、俺も、エールを追加しといて貰っていい?」

「はい〜」

 

 ごそごそメモを取り出すパパスさんの後ろで、冒険者の噂話が耳に届く。

 ラノシアで蛮神が退治された? またか、どうなってんだ。どうやらとんでもない冒険者いるらしい。ついこの間同じようなことがあったな。まさか、同じ冒険者か?

 蛮神を征伐する冒険者ってのは、ちょっと想像出来ない。俺が見たことある蛮神は、ただひとつだ。

 5年前、はるか遠くに、それでも巨大な黒い龍。空から降り注ぐ火の玉を思い出して、頭を振る。

 あまり、気持ちの良い記憶じゃない。

 気を取り直して正面に向き直ると、トールが上機嫌にしている。

 俺を待っていたようだ。俺は手を鳴らして、言う。

 

「ああ、すまん。よし! 食うか!」

「ああ。待ってたぜ」

「いただきまーす!」

 

 別にせーので食う必要もないんだけどな。

 おいおいココル、あんまニヤニヤすんなよ、バレちまうだろ。

 食ったときのリアクションが楽しみだ。なるべく表情に出さないよう匙をつける。怪しまれないように相手の挙動に合わせて、スープを口にした。

 おお、美味い! よく分からんが、色んなスパイスと、チーズの香りが鼻腔へと届い痛あ辛ッああ辛ッッああぁぁああ!?

 

「ガッあ、辛!! ぎゃああぁぁああ!!」

「ぐわああああ───ッッ! 辛!? なんだぁあああ!?」

「──ブフウッ! ぶひゃひゃひゃっひ、んなアホなっひゃひゃ!!」

 

 味から一瞬遅れて、とんでもない辛さに襲われた。驚くほどに唾液が出る。顔から、続けて全身から汗が吹き出る。

 何で? 入れ替えか!? いや、トールは同じように悶絶してやがる。ゲラゲラ笑っているココルは、ずっと視界に入っていた。つまり。

 

「トール! お、お前も盛りやがったな!? か、辛ァッ、何滴入れやがった!」

「グア、イッ1滴だ! ──なッ、て、てめえ、まさか……この野郎! 何滴入れやがったッ!!」

 

 どうやら互いにソースを入れてしまったらしい。クソッ、1滴でこの辛さか、なんてもん作ってんだ錬金術師どもめ。

 

「バ、バカだ、こいつら、ひゃひゃ──ひぃっひっ死ぬ、うひゃひゃっ」

 

 ココルは、涙を流しながらバカ笑いしている。そのまま息をするのを止めてしまえ。ガっやばい、構ってる場合じゃない。

 とにかく口の中を洗い流そうと、残ったエールを飲み下す。

 トールも同じようにしているが、不運にも小さいグラスの蒸留酒だ。トールはあっという間に空になったグラスを打ち捨て、「グオオオッ」と叫びながら、椅子を蹴るように立ち上がる。

 そのままクイックサンドの真ん中にある、冷たい水溜めへと走り、頭を突っ込んだ。バカッ、また怒られるぞ!

 だが、そんなこと気にしている場合じゃない。俺も水が要る。水溜めはトールのでかい図体が邪魔だ。厨房。カウンターの裏!

 俺は椅子から転げそうになりながら、立ち上がり、カウンターの方へと走った。

 そんな道も半ばに、小さな影が立ちはだかった。俺はその影に、懇願するように声をかける。

 

「──モ、モモディさん、み、水を」

 

 ギルドマスター兼店長の、モモディさんだ。モモディさんは柔らかく微笑み、

 

「ごめんね。厨房は関係者以外、立ち入り禁止なの。お水は後で持っていくから、席で待っててね」

「そ、そんな……」

 

 死の宣告を伝えてきた。

 俺は、こっちを見てニヤニヤしている、他の客が飲み物を強奪することを、本気で考え出す。

 モモディさんはニコニコと、苦しむ俺の顔を見上げながら、言った。

 

「ところで、パパスさんからは聞いたかしら? お願いしたいことがあるんだけれど……」

「──き、聞く! 聞くからっ水っお願いします!!」

「うふふ、ありがとう。すぐお水を持ってくるわね」

 

 そう言って優雅に振り返って、パタパタと歩いていった。

 してやられた。あの人には敵わん。俺はその場に膝を突いて、二度と食べ物で遊ばないことを誓った。

 

────────────────────

 

「うわぁ、美味しかった! ピリピリした!」

 

 結局、エダマツィの皿は、ココルが全部食った。

 俺は、モモディさんがすぐに持ってきくれてた、大きな水差しの水をジョッキで飲み続けている。ようやく口の中が落ち着いたが、まだ喉がヒリヒリしている。

 

「ゴホッ、よく普通に食えんな……あんな辛いの」

「うん、ココ辛いの好きだ」

 

 ココルが言うには、デューンフォーク族ってのは毒に強いらしい。子供の頃から毒草の紅茶を飲むんだってよ、まじかよ。今度から腐りかけの食料は、全部こいつに食わそう。

 

「ゴッギギッ……」

「悪かったって、トール。3滴は入れ過ぎだったな」

 

 トールは改造人間みたいな喋り方になっている。相当喉が焼かれたのだろう、グビグビとポーションを飲んでいる。……飲んで良いんだっけ? それ。

 

「ギッ、キリ、ギザムゾ、フロズドォ……」

 

 ……心まで失ってしまったトールから、目を逸らした。

 

「なあ、モモディちゃん、なんだって?」

 

 不意に、ココルが問いかけてきた。ちゃん付けしてんじゃねぇ、恐れ多い。

 俺は、両手を適当に上げながら、応える。

 

「さあな。厄介事なのは、間違いねぇよ」

「ふうん。……ココは、そのお水。飲んでないことは忘れないよーに」

「てめぇ、逃げようったって、そうは……お?」

 

 いざとなったら、知らぬ顔をするつもりのココルに、釘を刺す。それと同時に、モモディさんが手招きしているのが見えた。

 数秒、逃げるかどうか迷ったけど、観念することにした。立ち上がる。

 

「お呼びだ。行くぞ」

「あいよー」

「ゴッ、ア゛、あ゛あ。……やれやれだ」

 

 俺に続いて、仲間たちが椅子を鳴らして立ち上がる。俺たちは重い足並みを揃え、モモディさんがいるカウンターへと向かう。

 

「……ん?」

 

 天井を支える、柱の影になって見えなかったが、カウンターのすぐそばには人影があった。

 クイックサンドに入る時に見かけた、アウラが立っていた。

 そいつは俺と目が合うと、クスッという感じで笑った。俺は適当に愛想笑いを返す。

 俺たちがカウンターの前に立つと、モモディさんが澄んだ、通る声を出す。

 

「ごめんなさいね、急にお願い事して」

「いや、気にしないでくれよ。モモディさんには、世話になってるからさ」

 

 俺が代表して返事をする。

 だが、俺の頭は不安でいっぱいだ。少々の厄介事なら、モモディさんがこんなに優しいはずがない。俺は心の底で構えを取る。

 モモディさんは俺の言葉に微笑みと共に、口を開く。

 

「お願いっていうのはね、この子と組んでみて欲しいの」 

 

 そう言って、俺たちの横の方に立っているアウラに手を向けた。……まあ、コイツ関係だよな。意味ありげな感じで、近くに突っ立てるし。

 手を向けられたアウラが、両手を腿に置いて腰を曲げた。東方の礼だろうか。俺たちが釣られて、中途半端に頭を下げていると、モモディさんが言葉を続ける。 

 

「エオルゼアには、来たばかりみたいでね。慣れていないみたいなの。色々と教えてあげて欲しいのだけど、どうかしら?」

「……はっ、そんなことか。ああ、良いよ。俺がコイツの、冒険者の()ってヤツを量ってやるさ」

 

 何かと思ったら、新人の面倒か。確かにやりたがる奴は少ないな。

 なあに、俺たちに任せておけ。適当にこき使って、使えそうなら仲間に入れてやろう。

 使えなくても、生き残れるぐらいの小技は教えといてやるさ。

 俺はアウラの方に向き直り、そいつを()()()()

 

 デカイな。さっきは、スロープの下にいたから気付かなかったが、結構な上背だ。俺とトールの間ぐらいだろうか。

 ほっそりとして見えたが、ふわりとしたローブに隠れているだけで、意外と筋肉質みたいだ。術士にしちゃあ逞しい体つきをしている。

 黒い、湾曲した杖を、今は左手に持って下げている。

 鋭い目つきをしているようだが、穏やかにニコニコとしているせいで、人当たりが良さそうに見える。

 回復魔法が使えると、助かるんだけどな。幻術士では無さそうだが、東方の術士ってのはどんなのが居るのだろう。

 

 まあ、悪いヤツには見えない。コイツの穏やかな気配に当てられて、俺も気持ち親切になったようだ。

 俺はこのアウラの男に右手を差し出し、挨拶をする。

 

「よろしくな、フロストだ。こっちのデカイのがトール。ちっこいのがココルだ」

 

 握手を知らないのだろうか。男は俺の右手をしげしげと眺め、右手を前に出しながら口を開いた。

 

「る……ぱ……がみど?」

「……んん?」

 

 よく聞き取れなかったな。なんて言ったんだ、コイツ。あとやっぱり、握手を知らないようだ。

 手を握るわけでもなく、俺たちの手のひらは、半端に中空に浮いて、無意味に空気を温めている。

 アウラの男は小首を傾け、続けて言葉を発した。

 

「ゔぉすのせら。のぅめにへすと、じん、とぅじょぅ。ぃのうこむにさもぅね。ぱえにてっと」

 

「…………はあッ!?」

「ああ!?」

「ぶふぅっ、な、何言ってるか全然わかんないっ」

 

 明らかに聞き慣れない言葉だ。トールやココルの反応を見ても分かる、方言なんてもんじゃないぞ。そんな、バカな。

 

 俺はカウンターに向かってかぶりを振る。カウンターに立つモモディさんが、顔を、小さくだが、確かに逸らした。

 

「ちょ、ちょっと、待っててくれ、な。ほら、すぐ戻るからさ」

 

 俺は手振りを交えて、待つように言うが、男は目をパチパチと瞬かせている。伝わった気がしない。

 俺は男は放って置いて、カウンターにかぶり付くように駆け寄った。モモディさんは、明らかに目を合わせようとしない。このやろう。

 

「モ、モ、モモディさん!? なに、あれ? どういうこと!?」

「何って……言ったじゃない? この辺りに詳しくないって」

 

 モモディさんは、何でも無いことのように言う。俺はカウンターに乗り出して、無理やり視線を追いかけ、問い詰める。

 

「詳しくないとか、そういう問題じゃないでしょ!? 共通語喋れないヤツとか、始めて見たぞ!」

「と、とにかく! 悪い人じゃないと思うから。どうしたいとか、技量とか……確かめておいてね! お願いね!」

「いや、聞くったって──あっ、ちょっと! 嘘だろ……」

 

 クソッ、行っちまった。マジかよ。俺は頭痛を覚えて、こめかみに手をやる。

 ここエオルゼアで、共通語が使われるようになって、どれぐらい経つのか俺は知らない。そう何歴も前、ってわけじゃ無いはずだが。

 エオルゼアだけじゃないぞ、あの帝国も含め、どの大陸だって共通語は使っている。

 それ以外なんて、部族が、名前や固有名詞に使っているぐらいだろう。どんな僻地から来たんだ、コイツは。

 おまけに東方出身じゃ、この辺りに通訳できるヤツが居るわけもない。

 俺は、カウンターに両肘を突いて、顔を覆った。勝手に口から息が漏れるのを感じつつ、厄介ごとの方を盗み見る。

 突っ立つ厄介に向かって、ココルが能天気に話しかけている。

 

「でかいねー。アウラ族? ってみんなそうなの?」

「るだむ、ていきぃ、どぅぶろどるぇむ?」

「ふひひ、全然わっかんない! 面白いなコイツ!」

 

 会話の遠投距離を競っている珍獣どもの横で、押し黙っていたトールがこちらを睨む。

 人見知りをしているわけじゃないだろう。想定外の事があると、判断を人に丸投げするのは、コイツの悪い癖だ。実年齢を考えれば、それも仕方がないかもしれないが。

 一息を長めについて、俺はカウンターに預けていた体重を、無理やり引き戻し、野郎どもの方へ胸を張る。

 方針は今決めた。3人が、向き直った俺に意識を向ける。

 俺は宇宙人にだって意図が伝わるよう、大げさな身振りで、少し前まで俺たちが座っていたテーブルを指差す。

 

「とりあえず。飲もう」

 

 もう、やけだ。時間が問題を解決することもある。

 そして酒は、時間を加速させる。

 

────────────────────

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 酒による時間の加速も、いきなりトップギアにはならない。走り始めは、なんだってゆっくりだ。今は、亀よりもスロウだ。アキレスにだって追い抜かれる。

 4人で席に着いてからずっと、沈黙が続いてる。最初に言葉を発したヤツが死ぬゲームかってぐらい、誰も口を開こうとしない。

 原因であるアウラの男は、本当にゲームをしていると思っているのかも知れない。楽しそうな面で、俺たちの顔を順番に眺めていた。

 トールとココルはひたすらグラスを傾ける。俺も仕方なく、もうほとんど残っていないエールを口に寄せ、舐める。

 そのアウラも、俺の動きに釣られたのだろうか。ずっと飲んでいなかったエールのジョッキを持ち上げ、口を付け、

 

「ざぁ、じずたぅさてう」

 

 また訳の分からない言葉を発する。目を大きく開き、泡の付いた口を拭いもしない。エールのジョッキを片手に持ったまま、それをしげしげと眺めている。

 良し、喋らないゲームはお前の負けだな。ようやく喋れるぜ。

 

「ああ、それは”エール”だ。酒だ」

「ええるださっけ?」

「いや……、エ ー ル、だ」

「ええる」

「良し」

 

 俺が密かに、初めての異文化コミュニケーションに感動していると、そいつは今度はトールのグラスを指差して言う。

 

「ええるだ?」

 

 突然矛先を向けられたトールは、ちょっと動揺しているようだ。ぎこちなく、片手に持ったグラスを動かしながら、詰まりながら答える。

 

「あ? いや、ち、違う。これは蒸留酒だ。じょうりゅ、りゅうしゅ。……クソ。やり辛えな」

「じょりゅりゅしゅっくそ?」

 

 ココルが吹き出して、口を挟む。

 

「ばかトール、何照れてんだよ。ちょっとココ様に任せてみな。じょーりゅーしゅ! せい!」

「じょうりゅうしゅう」

「良くできました! うわ。ココ、教師の才能あるな、これ」

 

 ココルの間抜けな自画自賛はさておき、悪くない流れだ。

 

「おい、こっち見ろ。そう、こっち」

 

 俺はニコニコ頷いているそいつに、軽く手を降って注意を向けさせる。俺はテーブルに置かれている酒を指差して言う。

 

「エール、蒸留酒」

 

 そして、自分と、仲間たちを次々に指差しながら、

 

「フロスト。トール。ココル」

 

 とイントネーションを強めに言う。そして、手のひらを微笑み男に向けた。

 流石に、分かるだろう? どうだ?

 ニコニコ面は、目を見開いて、俺の言葉を聞いていた。そしてその笑顔に、より楽しげな雰囲気を重ね、自身の胸に手を当てながら口を開いた。

 

「じん。……ふろすと、とおる、ここる!」

 

 ジン。そう言うと、そいつは俺たちを手のひらで指しながら、順番に名前を呼んだ。

 そうか、ちゃんと伝わったみたいだな。……名前聞くだけで、ここまで面倒くせぇのには目を瞑ろう。

 俺は、思いの外、大きい充足感を覚えていた。俺は自分のジョッキを少し高めに持ち上げて、言った。

 

「ジン、か。よろしく、ジン!」

「おう、宜しくな。ジン」

「ジン! いえー!」

「……ッぜぅ! にけとぅめえず。……ッ……ッ」

 

 俺の声に答えて、それぞれがグラスを上げて言う。ジンと名乗ったその男は、癖だろうか、音に出さずに笑っている。

 火を入れたように、雰囲気が明るくなった。

 何だろうな、この一体感。適当に組んだパーティがちょっとギスギスしていた時、一山超えて意気投合した瞬間、みたいな。

 言葉を教えるのがツボにハマったのか、ココルがテーブルに置かれていた皿を持ち上げて言う。

 

「これは”ナッツ”だ、なっつ! 木の実だよ」

「なっつ。きのみぃ?」

「……そういや。腹が減ったな。おい。適当に頼むぞ」

 

 それも見ていたトールが、パパスさんに向かって手を振る。トールの言うことはもっともだ。飯を食いそこねていたのを思い出す。

 俺はトールに提案する。

 

「せっかくだし、色々頼むか。コイツ、ジンも色々知っといた方が良いだろう」

「ああ。そりゃあ良い」

 

 それからは、届いた食い物をジンに教えるってだけで、それなりに盛り上がった。

 

「これがハム! 肉!」

「こりゃあサーモンだ。魚だ」

「コイツはブランデー、って言うんだ。ワインの蒸留したもんさ」

 

「これはエダマツィー!」

「てめえ。また頼んだのかよ。それ……」

「……! えだまつぃ! っらぁえいぅと」

「へぇ、知ってんだ。そういや、東方の食い物って言ってたな」

「ふははっ。じゃあこれも知ってるんじゃねえか? これが馬乳酒だ」

「がぁ! がぁるぐいっと。……ッ」

 

「バカ、トール。せっかく異国に来てるんだぜぇ。コイツはなぁ! ペールエールって言って、長距離に航海に耐えられるようホップが……」

「ぶひゃひゃ! うんちくは要らないっての! これ、これがぁ……グナース酒だァ!」

「ぎゃはは! なんてモン飲ませてんだよ! ひっく。おい、ジン。これ、これだ。これが”赤”でぇ、これが”白”ぉぉお!」

「ぜっ……ッ……ッッ」

 

「がははははは! おい。これが。──うわ。やべえ」

「バカっ、こぼしてんじゃねぇよ! もったいねぇ、ひっく……あっ」

「ぶはははっ、てめえもこぼしてんじゃねえか! ばーかぁ!」

 

「ぎゃははははは!!」

「がっははははは!!」

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「……ッ! ……ッッ!」

 

「いやぁモモディさん! コイツ、案外、ひっく、良いやつだぜ、ぎゃははは! モモディさん? モーモディさーん!?」

 

 俺は体を捻じ曲げて、カウンターの方に声を上げる。だが、モモディさんは返事をくれない。

 カウンターで、頭を抱えるように両手を突いて、俯いている。

 頭痛か、忙しいのかな? 大変だな、ギルドマスターってのは。

 俺がテーブルに目を戻すと、ジンたちは、楽しそうにゲラゲラ笑っている。コイツがどんな事情で、エオルゼアくんだりまで来たか、知る由もない。知ったこっちゃないしな。

 時間は十分に、加速し始めたみたいだ。俺たちは、この勢いがスピードを落とさないように、燃料を次々と投下していった。

 

 

────────────────────

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ぅぷ」

 

 指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ。

 熱いというか、ゴリゴリと痛む。これは……二日酔いだ。

 ジンというアウラ族と、邂逅した次の日の朝だ。俺たち4人は、自然と昨日座っていたテーブルに着き、うなだれている。昨晩とは、違う沈黙が漂う。

 俺は顔を上げる。それだけで頭に鈍痛が走るのをやり過ごし、いつもより青白い顔をした連中に目をやる。

 全員死んだような顔をして、時折ギクシャクと体を動かす。俺と同じように動くと頭痛がするのだろう。誰の呼吸か分からないが、酒の臭いが漂い、気分が悪くなり、俺は口元を手で覆う。離す。自分の息も、酒臭い。

 俺は、椅子の上でぴくぴくとしている、ゾンビー共に話しかける。

 

「……分かってると思うが、寝てられねぇぞ。問題発生だ。……おい、ジン、起きろ」

「んがっ、ぜぁ……む」

 

 俺は、白目を剥いているジンの椅子を軽く蹴る。ジンは体をビクリとさせて起きるが、目の焦点が合っていない。昨日の爽やかな笑顔は見る影もない。

 俺だって本当は、ずっとベッドに入っていたいさ。だが、今のままだとそれが不可能だ。

 俺は今日の方針を伝える。

 

「金がない。全員、今日の宿代すらないだろ。……働くぞ、クソッ」

 

 昨日、調子に乗って色々と頼みすぎたんだ。舶来の品ってのは、何だってあんなに高いんだ。

 トールがげんなりと、テーブルの中央辺りに目を向けたまま答える。

 

「……ああ。分かってる。……ココル。頼む、絶対吐くなよ」

「ぅぷ。うっ大丈夫……たぶん。でも、なあ、ジンって何が出来るんだっけ?」

「…………あ」

 

 俺は肝心なことを忘れていた。コイツが回復魔法を使えるかどうかで、やれることは結構変わる。

 いきなり、無理をするつもりはないが。そもそもコイツの技能を知らないといけない。

 俺はジンが、再び白目を見せているのを起こすついでに、問いかける。

 

「おい。おい、ジンッ。……そう、お前、何が出来るんだ? 攻撃か回復か、それとも支援か?」

「…………がぁ?」

 

 ジンは首をかしげている。いまいち伝わっていないようだ。俺はテーブルに立て掛けている、ジンの杖を指差す。

 

「魔法だよ。それ、杖で、何が出来るんだって」

「まほ……? ぃな」

 

 ジンは合点がいったような顔をして、杖を、俺たちが見やすい位置に持ち上げる。

 細長い形状、1メートルと少しほどの長さだ。軽く弓なりに反っている。杖の、ほとんどの部分は黒く塗られ、つるりとした表面だ。

 杖を持つジンの、左手のすぐ上にある円盤のような装飾を挟んで、上部はさらに細くなっている。細い皮か何かだろうか。それがきつく巻かれていた。

 ……ていうか、この形状。いや、まさか。細すぎる。

 

 ジンは、左手の上の円盤に、親指で触れて力をかけ、右手で上側の細い部分を握る。

 音も無く、ジンの右手と左手が離れる。杖が伸びた。

 伸びた箇所には、金属が覗いている。その金属は曇りなく、冷たく濡れるように光を反射する。波の様な模様がうっすらと浮かんでいた。

 ぞっとするほど綺麗な、凄みのあるその光に目を奪われていると、ぽつりと高い声が聞こえる。

 

「──これ、”(かたな)”だ。思い出した」

「知っているのか? ココル」

 

 俺は、声の主のココルに問いかけた。ココルは、”刀”と呼んだそれを、見つめながら言葉を続ける。

 

「ずっと前に、(うち)に飾ってあったんだよ。そうだ。東方の、”(さむらい)”っていう剣士が使う武器だ」

 

 飾ってあった? そういえば、コイツお嬢様だったっけ。さむらい? それにしては、

 

「……細すぎないか? 刀身、折れちゃうだろ。それに、これは……(さや)、か。珍しいな」

 

 俺がこれを、刀剣の一種だと気付かなかった理由が、細さ以外にもある。鞘だ。ここ、エオルゼアの辺りでは、刀剣を鞘に収めているヤツなんて滅多にいない。

 大して研がれてもいないから刃を覆う必要ないしな。お偉いさんたちが、装飾として使っているぐらいだ。

 

 ちなみに冒険者たちが使う武具は、市民たちが使うような刃物とは事情が異なる。

 エーテルによる強化こそが技の要であって、刃の切れ味そのものは、そこまで重視されない。

 それよりも、よりエーテルを伝達する素材を使うことが重要になる。

 質の悪い武器を使えば、十分にエーテルを走らせられずに、足かせとなる。

 逆に、身の丈に合っていない、良い武器を手にしたところで無駄だ。太いホースに、少量の水を流すようなものだ。結局エーテルが伝わりきらず、技が発動しない危険さえある。

 これは防具に関しても同じことが言える。

 自分に合ったレベルの装備が必要っていうのは、そういうわけだ。

 

 チン、と音が鳴り、刀身が鞘に消えた。ジンは微笑んで、刀を元あった位置に立て掛ける。

 そうか、刀、か。剣士ね。

 ……いや、回復役は、どこ?

 思い出したように、頭痛がひどくなるのを感じた。

 俺は密かに、適当に面倒を見たあと、コイツを放り出す心づもりをする。

 気を取り直して、言う。

 

「とりあえず、仕事だ」

 

 

────────────────────

 

 

 いつも通り、俺が代表してギルドリーヴへ向かった。だが結局、丁度いい仕事は見つからなかった。即日払いで、金額も良い、危なすぎず、フロスト一味お断りじゃない依頼は無かったのだ。

 俺がテーブルの方に戻ると、気だるげに座る仲間たちが俺を見上げる。俺が首を横に振ると、ため息が聞こえて、淀んだ空気が流れた。

 俺は席には着かず、手振りで、仲間たちに立ち上がるように示す。 

 

「……ゾランの所に行ってみる。お前ら、市場に行って、ポーションとか買っておいてくれ。無駄遣いするなよ、残り少ねぇんだ」

 

 悪徳商人のゾランは、商人と言うと語弊がある。実際は何でも屋に近い。暴力も扱うヤクザな商売だ。ときどき、表沙汰にはできないような依頼。ちょっと後ろ暗い依頼が、ゾランから回ってくることがある。

 仲が良いわけじゃ決して無い、持ちつ持たれつってやつだ。

 トールが、少し遅れてジンが、ゾンビーみたいな動きで立ち上がる。斧を、いつもよりも重そうに持ち上げて、背中に取り付けながら答える。

 

「分かった。二日酔いに効くポーションだな。どこで待ってりゃいい」

「そんなポーションがあれば頼むぜ。市場にいてくれりゃ良い。適当に見つけるさ」

 

 トールはフンと鼻を鳴らし、机に突っ伏しているココルを片手で持ち上げる。そのままぶら下げて、表通りへと出る扉へと向かった。俺の目的は、裏通りへと続く扉の先だ。

 ふと気づくと、ジンが俺の隣でぼうっと突っ立っている。

 俺はちょうど扉を押し開いたトールたちの方を、指しながら言う。

 

「どうした? お前もあっちで良いぜ。……こっちは面白くねぇぞ」

「ぜぅ、いむぃんたらう」

 

 何言ってるか全く分からんが、……ま、良いか。ここエオルゼアで冒険者をやるってなら、陽の当たらない場所ってのも、見ておいた方が良いかも知れない。

 

「余計なことするなよ。迷子になったら、置いていくぞ」

 

 俺がそう言うと、ジンはニコニコとして頷いた。……分かってないだろうな。

 俺は、杖、じゃなかった、刀を腰に差したジンを連れ、扉を押し開けて外へ出た。

 

 

────────────────────

 

 

 このパールレーンと呼ばれる界隈は、表通りであるサファイアアベニュー国際市場の、裏路地にあたる。華やかな、商人や観光客が行き交う表通りと違って、この裏通りには暗い雰囲気が漂っている。実際、日当たりが悪い。

 じめじめとして、ゴミゴミとしている。廃棄された箱や樽の破片が散らばっている。子どもがくず鉄を集めていた。冒険者が珍しいのか、アウラ族が珍しいのか、ジロジロとこちらを見ている。

 ところどころに吐瀉物が落ちていて、それを汚れた服を着た使用人が、急ぎ足にまたぐ。気を付けないと、割れた酒瓶を踏むことにもなりそうだ。人相の悪い男が、品定めをするようにこちらを伺っている。

 端的に言って、治安が悪い。以前より、物乞いの数も増えた気がする。

 

 俺はジンを横目で伺った。ジンは特に気を害する様子もなく、ぼんやりと前を向いている。世間知らずとか、そういう訳でも無さそうだな。

 素人は警戒心を丸出しにしたり、きょろきょろしたりで、危なっかしくて連れて来られない。コイツは及第点だ。

 俺が密かに感心しながら、道を進んでいると旧知の顔を見つけた。黒髪に、浅黒い肌。上半身裸の、いかつい顔した男だ。二人連れで、片方は知らない。髪が金色の他は、同じ様な格好をしている。

 厳密には裸ではない。……”紐”としか言いようがない物を身に着けている。寒さや怪我から、身を守るためのものじゃない。恐らく部族や所属、立場なんかを表すための意匠が組まれているのだろう。

 懐かしい顔に、俺は思わず声をかけた。

 

「ランデベルト! 久しぶりだなっ」

「……フロスト? ハッ、てめェ、生きてたのか」

 

 随分な物言いだ。この屈強なハイランダー族の男、ランデベルトは若くしてパールレーンの顔役だ。孤児や難民、貧民たちをまとめている。第七霊災に遭ったころから、リーダーシップを取っていた。

 道端の木材に、腰掛けているランデベルトは俺を見上げて言葉を続ける。

 

「いつ戻って来やがった。金なら貸さねェぞ」

「へっ、そうかよ。あてが外れちまったな。……なんだ、随分と景気の悪い面してんな」

 

 俺は軽口を返すが、ランデベルトの顔がやけに陰気なのが気になった。もう少しさっぱりしたヤツだったと思ったが。

 ランデベルトは、舌打ちをして答える。

 

「チッ……。ひでェもんだ。近頃は蛮神だの帝国だので、すっかり荒れちまった」

 

 そうとう鬱憤が溜まっているようだ。イライラと口調で続ける。

 

「俺らみたいな貧民を食い物にするカス共が、虫みたいに沸いてきやがる。モンスター共もだ。不滅隊も銅刃団もあてになりゃしねェ」

「……」

 

 俺も噂だけは聞いていた。貧民を狙った、誘拐騒ぎだってあったらしい。だが、噂なんて氷山の一角だろう。それぐらい、貧民のことなんて、気にするヤツは居ないんだ。

 ランデベルトは俺の後ろで、ぼやっとしているジンに目をやった。

 

「何だ、そいつは。観光のつもりか?」

「そんなとこさ。……コイツにゃ構わないでくれ」

 

 俺はランデベルトに軽く釘を刺す。……異国の、言葉も知らない人間なんて良いカモだ。箱詰めにして売られたって、誰も気付きやしない。

 だがランデベルトは、俺の真意なんて知りっこない。俺の言葉に顔をしかめて、吐き捨てるように言う。

 

「フン。いいよな、てめェら冒険者は。生まれ持ったエーテルのおかげで、ゆうゆうと暮らしてやがる」

「……突っかかってくるんじゃねぇよ」

 

 人が持つことができるエーテルの量は、ほぼ先天的に決まる。大抵、成長するにつれて、どこかで頭打ちになるんだ。

 生命の危機に瀕した時や、強い感情を抱いた時に、大きくエーテルを向上させるなんて話もある。だが当然、殆どの場合はそのまま死ぬ。

 言ってしまえば、冒険者なんて、なろうと思えば誰でもなれる。命をチップにして、賭けに勝ち続けたヤツが生き残るだけだ。そして覚悟あろうが無かろうが、死ぬ時は死ぬ。

 それをこいつは。

 

「そんなに冒険者うらやましいならよ、ここで何してんだ? モンスターの一匹でも倒しにいけよ。運が良ければ、1段階成長(レベルアップ)するのも夢じゃないぜ」

 

 俺は、我慢が出来ず、つい挑発的なことを言ってしまう。ランデベルトの横で、黙って立っていた金髪の男が、俺を強く睨む。当然、そいつは無視する。俺は口角を上げて、ランデベルトの目を見続ける。

 ランデベルトは、俺の目を見返しながら、軽く息を突いて、口を開く。

 

「そう言って、昨日も2人死んだ。まだ10かそこらのガキたちだ。冒険者になりたいって言っていた」

「…………」

 

 冒険者に憧れる子どもは、多い。

 冒険に財宝、モンスター討伐。果ては英雄譚だ。憧れるのも無理はない。誰にでもチャンスがある。賭けるものは命ひとつだ。何の元手もない貧民なら、なおさらだ。

 俺は言葉を見つけられず、黙っていた。

 ランデベルトが、俺から目を逸らして言う。

 

「行けよ。絡んで悪かったな」

「ああ、またな。……ジン、行くぞ」

 

 俺はランデベルトに言葉を返し、俺たちの会話を眺めていたジンに声をかける。

 ランデベルトが片手を上げるのを横目に、俺たちは路地の先へと踏み出した。

 

 ジンが俺をジロジロと見てくる。笑みはずっと浮かべている。ただ眉を少しひそめて、困っているような、心配しているような面で見てくる。

 俺はジンの方に顔を向ける。

 

「何だよ、その顔は。さっきのことなら気にするな……ただの愚痴り合い、うっぷん晴らしさ。それに、お前には関係のない話だ」

「ぃな。……ぜぅ」

 

 納得したのかしてないのか、曖昧な顔で、俺の後ろをスタスタと歩き続ける。

 そりゃ、アイツも大変だろう。国が不安定になれば、一番割を食うのは下層の人間だ。

 だけど俺たち冒険者は、所詮、流れ者だ。なにかしてやる義理もないし、得もない。

 国ごと変えるような、影響力は当然無い。おとぎ話の英雄譚だ、それは。

 ……噂の大物冒険者なら、ひょっとするかもな。いや、無理だろ。そんな幻想に期待するようじゃ、終わりだな。

 

 俺は後味の悪さを噛み締めて、路地裏へと足を進める。

 


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