FF14 異聞冒険録   作:こにふぁ

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4−1:あの鐘を鳴らすのはあなた①

 

 およそ、生物らしからぬ形状だ。それは紫色に光る核を中心に、幾何学的な形の外殻で覆われている。時折、表面に小さく稲妻が走る。大きさは、長い辺を取って、1m少しだ。それが地面から1m程の高さで、音もなくふよふよと浮いている。

 ライトニングスプライトだ。モンスターと言うよりは、自然現象に近い。環境エーテルが偏ることで、出現する。ここの環境は、雷属性に傾いているのだろう。

 今、そのライトニングスプライトが、うじゃうじゃと群れをなしていた。

 

 ここはモードゥナ地方の、迷霧湿原と呼ばれる場所だ。その名のとおり、水気が多く、あちこちに水溜りがある。もう少し進むと、水浸しの湿林になっている。

 水に富んでいると言うよりも、水はけがひどく悪いのだろう。地面の大半は、土ではなく、岩肌がむき出しになっている。

 地面の窪んでいるところに、濡らした絨毯の様な、緑色の地衣類が密集している。足を踏んだ跡には、水が滲み出していた。

 

 モードゥナは、第七霊災の影響を、強く受けた場所の1つだ。そのため、岩場のあちこちから、偏属性クリスタルが吹き出している。

 大気にも影響を与えており、今も、”妖霧”と呼ばれる現象も起こっている。空が紫色に染まり、奇妙な膜に覆われているように見える。シャボン玉の表面のように、光が揺らめいて色を変えた。そう言うと聞こえは良いが、頭上にのしかかるそれは、かなり不気味だ。

 

「…………」

 

 俺は湿原のところどころに突き出す、岩陰の1つから様子を伺っていた。

 湿原の、少し開けた場所だ。木はまばらで、背の低い草が点々と生えている。この触れる岩も、環境エーテルの影響を受けているのだろうか。岩肌の部分部分が、青く析出している。

 ライトニングスプライトたちが、こちらを気にする様子は無い。

 スプライトの様なモンスターは、基本的に、他の存在には無関心だ。ちょっかいを出さない限りは、攻撃してこない。

 

 俺はスプライトよりも、むしろ、他のモンスターの気配を探っていた。

 この近くには、巨大な植物型モンスターのモルボルや、ララフェル族を丸呑み出来そうな、カエル型のモンスターがいる。後ろから襲われたら、たまったもんじゃない。

 

「……モルボル無し、カエル無し。スプライトが、ええと……たくさん。良し」

 

 俺は、何度か立ち位置を変えながら、邪魔者が居ないことを確認した。

 スプライトはふよふよと動いていて、何匹いるか分からん。目に映る範囲に10から20。豊作だ。

 俺は岩陰から下がり、早足でその場を離れた。

 

 今さっき使っていた岩よりも、2回りほど大きな岩の背後に入り込む。俺は、そこにいる3つの影に声をかけた。

 

「いけるぞ。スプライト狩り放題だ。今日の飯は豪勢にできそうだ」

 

 スプライトは、言わば濃縮されたエーテルそのものだ。あいつらの核からは、純度の高いクリスタルが得られる。

 一般人が手を出すと危険だが、冒険者にとっては良いカモだ。

 

 影の中のひとつ、岩と間違えそうな大きな影が立ち上がる。着込んでいる鎖帷子が、ちゃらちゃらと鳴った。

 2mはゆうに超える。灼けたような赤い肌をした、ルガディン族の男だ。髪も、輪郭を顎まで覆う髭も、錆びた鉄の様に赤い。そいつが鼻を鳴らし、口を開く。

 

「フン。おい、ジン。どっちが多く倒せるか。競争だ」

「ぜぅ、がぁいるくぅざぁ、とーる」

 

 ジンと呼ばれた、腕を組んで立つ、灰色がかった肌の男が答えた。

 何と答えたかは、分からない。ただルガディン族の男を、トールと呼んだことだけが確かだ。それと多分だけど、肯定しているように見えた。

 こいつも、でかい。2m程だ。ただ先の男とは違い、細く華奢な印象だ。ゆとりの有るローブの様な東方の衣服、”着物”を身に着けている。

 灰色の肌の男の、耳があるはずの位置には、象牙の様に白い角が生えている。東方に住むアウラ族の特徴だ。

 ……もぎ取ったら、高く売れるんじゃないか? 取ってもまた生えてくるのか、聞きたいところだ。ただ残念なことにコイツは、言語という重要なコミュニケーション能力を持たない。

 

「ホンット、ガキだな。怪我しても、ココは知らねーからな」

 

 高く、コロコロと響く声が、背の高い男2人をたしなめるように言った。

 自らをココと称したそのララフェル族は、先程の男たちとは対象的に、驚くほど小さい。

 トールと呼ばれた男の半分も無い。下手すれば3分の1ぐらいに見える。

 白く透き通るような肌だ。熱がある訳でもないのに、頬がほんのりと赤い。

 形の良い大きい目が、今は、半分閉じて視線を投げていた。真っ白なハットから、秋の小麦の穂を編んだような金色の髪が覗く。

 ……こいつは丸ごとのほうが、高く売れそうだ。ただ非常に残念なことに、コイツは俺たちの仲間だ。いざという時までは、売るわけにいかない。

 

 さて、コイツの言う通りだ。俺は子どもみたいなこと言う、でかいの2人をたしなめる。

 

「そうだぞ、てめぇら。やるならしっかり賭けないとな! ビリが一番に、奢り──あっ、ココルてめぇ!」

「うひゃひゃ、悪いな、フロスト! 早いもの勝ちだぁ!」

 

 言うないなや、ココルが、俺の名前を呼びながら、岩陰から飛び出した。宝石の埋め込まれた、短い杖。呪具を振りかざしている。

 俺が罰ゲームを持ち出すのを、見計らっていたようなスタートダッシュだ。

 釣られて俺も、走り出した。

 俺のすぐ後ろを、でかいのがふたり追いかけてきている。

 

「……ッ……ッ」

「あの馬鹿。俺より前に、出るなってのに」

 

 ジンは器用に、音を出さずに、顔だけでからからと笑う。腰に差した刀が跳ねない様に、手を添えている。

 斧を肩にかついだトールが、ぶつぶつと言いながら、ドスドスと足音を鳴らす。

 

 ここモードゥナに来る前は、ここの南にある砂都ウルダハにいた。そこで仲間に加わったジンとも、良い感じに連携が取れるようになってきた。

 そろそろ、大きな冒険がしたい頃だ。モードゥナには色々な冒険の種がある。

 ”あて”はあるんだ。今日の夜にでも、あいつらに話そうと思う。

 大はしゃぎする様子が、目に浮かぶようだ。俺はそんなことを考えながら、走る速度を上げた。

 

 

────────────────────

 

 

「お、そろそろ村に着くぞ」

 

 俺は、下り坂を着いてくる、仲間たちへ振り返って言った。背の高い2人は、歩きにくそうだ。歩み進める毎に、枝がバサバサと跳ねて鳴る。

 スプライト祭りは終わり、その帰り道だ。

 獣道の曲がりに生えていた、すべすべとした木に触れる。

 木に体重をかけ腰を落とし、林冠の隙間から、山の下の方を見渡そうとした。

 この辺りは環境エーテルのせいか、鬱蒼とした森にはならない。それでも、遠くが見通せるほどではない。葉は控えめだが、木だけはたくさん生えている。

 

 俺は目と耳に意識を込める。屋根なんかは見えないが、煙が薄く上がっているのが見えた。薪を割る音が、一定の間隔で聞こえた。

 

「すーなの うーつわに ごーはんーが かーわくー。フンフ フンフ フーン」

「ココル。腹減ってるのか知らねえが。その歌は止めてくれ。……飢え死にする夢見そうだ」

 

 ぼそぼそと、歌を歌うココルに、トールがうんざりした様子で注文を入れている。ちなみに賭けには、ココルが勝った。俺とジンが同数で、トールがビリだ。

 のん気なもんだ。ジンを見習え。ぼーっとしてるように見えて、ちゃんと後ろを警戒してるんだぞ。多分。

 ただ、木が密集していてるおかげで、危険なモンスターもいない。虫がたかってくるのには、閉口するけどな。

 念のため、俺が先頭を歩き気配を探っているが、特におかしな様子もない。

 

「ココル、もう少しだから我慢しろ。霧も晴れてるみたいだしな、一気に下りちまおう」

 

 目指しているのは、最近出入りしている村だ。地図に乗るような村じゃない。

ウルダハからここモードゥナへやってくる時、北へ北へと進んだ。だけど、途中にガレマール帝国の支配がおよんでいる領域があった。

 俺たちがそれを避けて、山道を進んでいたら、この村に行き着いた。

 以来、俺たちはこの村と、ここから北にしばらく進んだところにある、レヴナンツトールという拠点を行き来していた。

 

 

 村は山に囲まれた、盆地にある。足を早めた俺たちは、ようやく平らな場所へ出た。

 何人か村人が、木でできた家のそばで作業していた。こちらを認めて、手を振っている。

 愛想の良い村人たちに、俺たちは手を振り返す。

 すると正面から、まだ幼いヒューラン族の少女が、ぱたぱたと駆けてきた。

 

「おかえりなさーい!」

 

 少女が満面の笑みで声を上げる。

 俺たちは軽く手を上げて、歩み寄る。ココルが少女に駆け寄って迎えた。

 

「たっだいまーっ、アンナちゃん! いえー!」

「ココルちゃーん! いえーっ!」

 

 2人は手を取り合って、ぴょんぴょんと跳ねている。

 微笑ましい、小さな姉妹のようだ。背はココルよりも少女の方が高く、どっちが姉かは分からないけどな。

 

「やあ、冒険者さんたち。怪我はないかい?」

「おかえりなさい、みなさん。ちょうど、食事の支度ができたところですよ」

 

 村の中心辺りまで来ると、男女に声をかけられる。少女の両親だ。

 若いけれど、この村のまとめ役らしい。彼らが、俺たちと村を仲立ちしている。

 俺たちは、村の全員から歓迎されている訳では無い。よそ者を疎ましく思う人たちも居るみたいだけど、彼らのおかげで受け入れられていた。

 

「ただいま。問題なく大漁だったぜ! 飯、助かるよ。ココル、飯だぞ!」

「きゃーー! きゃははは!」

「うひゃひゃーー!」

 

 ココルは空腹も忘れたのか、少女と戯れている。今は少女の手を持って、ぐるぐると宙に振り回していた。こう見えて成人しているココルは、見た目以上には力がある。

 

「あら。ジンさん、お顔が汚れてますよ? 動かないで……」

 

 母親は泥の付いたジン顔を拭おうと、布を手に取りジンに近づいた。

 ジンはその手を握り、顔を小さく横に振り、微笑む。

 

「ぃな。ざぁたなぃる、がっだるとぅ」

「……ジンさん。いけません、私には夫が……」

 

 異国語に、ぽっと顔を赤らめる母親。よせ、ジン。父親の方がすごい顔をしている。この村に来れなくなるだろうが。

 アウラ族のジンは、東方出身らしい。共通語が使えないので、細かいことは知らない。嫁でも探しに来たんじゃないかってのが、俺とトールの見解だ。年はどうだろうな。俺と同じか、上ぐらいのように感じる。20歳前後ってとこだろう。

 

「……早く。食おうぜ。……飯が乾いちまう」

 

 育ち盛りなのか、食事を急かすトール。俺らの中では最年少、16歳だから仕方がない。全然そうは見えないけど。ていうかまさか、まだデカくなるのか?

 

「あら、ごめんなさい。今、用意してきますね」

 

 村の真ん中は建屋が無く、広場になっている。集会にでも使うのだろう。俺たちは、広場の横の辺りに置かれていた、木材に腰を下ろす。

 俺たち皆で、入りきれるような家は無い。外で食う飯も、悪くはないさ。

 

 小さな村の、素朴な料理だ。野菜と麦を煮た粥に、わずかに干し肉が入っている。干し肉から滲み出た塩気が、唯一の味付けだ。これでも、この規模の村には珍しいくらい上等だ。

 冒険者向けの、洗練された飯に慣れた俺たちには、少し物足りない。だけど、たまにはこういうのも良いもんだ。だれも不満の言葉は出さない。

 

 家族は食事を済ませたのだろう。母親がてきぱきと食事の支度や、飲み物を用意してくれる。少女はココルとじゃれ合っていた。

 父親は俺と話している。俺は飯をかき込みながら、報酬や段取りの話を進めていた。

 

「じゃあ、クリスタルは、村で全部もらってくれるんだな」

「ああ。いつも通り、ギルで構わないよな」

 

 この村は、田畑よりも生産職によって生計を立てているようだ。それで通貨はそこそこ豊富なんだろう。物々交換では、俺たちが困る。

 

「もちろん。集めすぎたと思ったけどな。こんなに要るのか?」

「ただの蓄えさ。この辺りは、そんなに実りの良い土地じゃない。布の生産ぐらいだから、雷属性のクリスタルは、いくらあっても困らないさ」

「ふうん。まあ、何だって構わないさ。足りなくは無いんだろ?」

 

 それぞれ異なる性質を持つクリスタルは、生産に良く用いられる。火属性なら熱源。風属性なら、乾燥の促進や微細な加工って具合だ。

 裁縫師が、雷属性をどう使うかは知らない。錬金術では、素材同士を反応させるのに使っていた。

 全部もらってくれるなら助かる。余ったら、レヴナンツトールで売ろうと思っていたが、荷物が増えるだけだ。

 父親は帳簿を閉じて、答える。

 

「ああ、十分だ。おたくら、この後はどうするんだい」

「予定通りだ。レヴナンツトールに行くさ。何か必要なモンはあるか?」

「いや、大丈夫だ。……次、いつ来るか聞いてもいいかい?」

 

 父親は、少し気後れした様子で聞いてくる。迷惑そうには見えないから、単に遠慮をしているのだろうか。

 俺は、頭の中で日程を計算して、答えた。

 

「3日後だな。また世話になるぜ」

「助かるよ。君等のような、腕利きの冒険者。こんな小さな村には、来ないからな」

「なに、気にしないでくれ。持ちつ持たれつ、だ」

 

 俺の言葉に、トールが胡散臭いものを見る目で、睨めつけてくる。確かに、持ちつ持たれつとは言った。だが、実際は、村側の方が大助かりだろう。

 だ・が、しかし。ふはは。俺は当然、慈善事業のような真似はしない。

こっちにも事情ってもんがあるのさ。そろそろ好感度も貯まってきたようだし、次来るときが話し時だろう。

 

 

 俺たちは飯の礼を言うと、村を出た。地図にも載らないような村は、珍しくもない。地図に載るのはある程度でかい町や、往来の要所になるところだけだ。

 こういう村はごろごろある。大抵が貧乏で、モンスターの被害に苦しんでいる。ちゃんとした名前なんて無い。大体は、その土地に生える作物の名前とか、東の村、とか適当に付けられる。

 山に囲まれた盆地にあり、朝夕に深い霧に覆われるこの村は、霧の村って呼ばれている。

 

 山の尾根に出ると、遠くに銀泪湖が見えた。いい天気だ。

 巨大な湖だ。だが、20年前は、もっと大きかったらしい。

 何でも、ガレマール帝国が、巨大な飛空戦艦で攻めてきたんだそうだ。その時、突如として湖から巨大な龍が現れた。

 そして、飛空戦艦に絡みついて、銀泪湖に叩き落としたとかなんとかって、話だ。その時の影響で、湖水の大半が蒸発したらしい。

 話がデカすぎて、意味が分からない。まるでお伽噺だ。

 だけど、銀泪湖の中心に刺さる朽ちた戦艦と、それに巻き付く巨大な龍の屍が、ただの事実だとを示していた。それは黙約の塔と名付けられた。

 

 俺たちは、ほんの暫くだけど、その景色を黙って眺めた。

 黙約の塔の、さらに向こう。対岸は霞んで見えるほど、遠い。だけど、圧倒的な存在で立つ、もうひとつの()があった。

 それは、第七霊災の際に現れたらしい。山よりも大きい。天を衝くような高さだ。

 見たまんまの、何のひねりのない名前だ。だけどひねる必要も感じさせない。

 人は、それをただ、”クリスタルタワー”、と。

 

 

────────────────────

 

 

 

 レヴナンツトールは、そもそもが冒険者が作った集落がもとになっている。自然、冒険者が多い。

 日は沈みかけている。俺はひとり、仲間と待ち合わせた場所へ向かっていた。

 俺たちは、レヴナンツトールに着き、集合場所だけ決めて解散した。それぞれ好きなことをしているだろう。俺はと言うと、いつものことだ。情報収集をしていた。

 

『霊災前にも一度、帝国の飛空戦艦が墜落して、この近隣にあった集落が壊滅するって事件があってね』

 

 冒険者ギルドから派遣されたという人が、こんなことを言っていた。

 

『ここが亡者(レヴナンツ)晩鐘(トール)なんて呼ばれているのも、その悲惨な事件に由来するのよ。死者が死者を弔うしかなかった地ってことね』

 

 来るまでは知らなかったが、色々と曰く付きの場所みたいだ。ちなみに、情報収集ついでに、その鐘ってのを探してみたが、とうとう見つからなかった。あったら鳴らしてたけど。

 

 観光ばかりじゃないぜ。流石、冒険者のメッカだ。情報がじゃんじゃん集まっていた。

 話題の中心はいつも決まっていた。()()冒険者だ。

 三度、蛮神を退けた。もはや、ただの噂話じゃなくなっている。みんな、英雄だ、光の戦士の再来だ、と囁いていた。

 帝国も、胡散臭い動きを見せていた。あちこちで火種を起こしている。なんでも、ネロウィアッティンとかいう隊長が、部隊を動かしているようだ。

 それに、帝国の飛行型の魔導兵器が、巨大な物体を吊るして運んでいた噂が流れている。巨大爆弾だとか、新型兵器だとか、きな臭い話だ。

 

 どっちも俺には関係のない話だ。

 そんなことよりも、俺にとって重要な、ある組織についての情報を集めていた。

 

 その組織の名は、”聖コイナク財団”という。

 

 

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 ここは俺たちの待ち合わせた酒場、”セブンスヘブン”。女店主のアリスさんが、店を切り盛りしている。俺が着いた時には、トールがひとり、エールを飲んでいた。

 

 今は、俺とトールで、杯を重ねていた。周囲は冒険帰りの荒くれ者たちが、ぎゃあぎゃあと飲み騒いでいる。

 ココルは買い物だ。ジンは知らん、そのうち来るだろう。

 俺たちは野郎2人になって、自然と下世話な話題になっていた。

 トールが同意できないって顔で、口を開く。

 

「どうにも、小せえ種族ってのはな。せめてエレゼン族ぐらい。タッパがありゃあな」

 

俺は、なんとも見解の狭いことを抜かすトールに、諭すように言う。

 

「なんでだよ。ミコッテ族、可愛いだろうが。揺れる耳、揺れる尻尾。──色々揺れてて、良いじゃないか」

 

 ミコッテ族は、頭部の毛で覆われた耳と、しなやかな尾が特徴的の種族だ。エオルゼアには、サンシーカー族とムーンキーパー族と呼ばれる、2つの部族が住む。生活様式は異なるが、どちらの部族にも共通するのは、狩猟生活を営むということだ。

  そのためか、彼女らは縄張り意識が強い。多種族が寄り集まって生活する都市では、あまり見かけない。いたとしても、大抵は何かしらの、事情を抱えていたりする。

 ただ冒険者には、比較的多い印象だ。先天的に身体能力が高く、優れた視力を持つ彼女らは、冒険者に向いた資質を備えている。

 ちなみにミコッテ族の男女比は、女性に大きく偏っている。男のミコッテは、街中にはまず居ない。

 

 トールは、鼻からフンと息をつく。

 

「色々ってところに、含みを感じるな……。まあ、好みは人それぞれだ」

 

 エールの入ったジョッキを口に寄せながら、トールが呆れた顔で言う。冒険者好みの、でかい、樽状のジョッキだ。

 トールは、そのままジョッキをぐいぐいと上げて、中身を一気に飲み干した。美味そうに飲むやつだ。

 

「ぷはあっ。……ふっ、そういやリムサ・ロミンサで、こんな話があったな」

「へぇ、どんなだ?」

 

 リムサ・ロミンサってのは、海都なんて言われている、ラノシア地方の大都市だ。以前、俺とトールはそこに居た。

 俺は返事をしながら、厨房の方へジョッキを上げ、手振りでエールを2つ注文する。忙しそうに鉄鍋を振るう男が、頷いたのを確認し、目を戻した。

 トールがニヤニヤとしながら、口を開く。

 

「俺と同じ、ルガディン族の男がな。リムサに来る行商人に、恋をしたんだ。種族の違いを嘆く、歌なんかも歌ってな」

「ああ、俺も聞いたな。短い手足、小さな頭、つぶらな瞳~♪ってやつだろ。ララフェル族かぁ。まぁ、確かに可愛らしいけどな……」

 

 揺れるところがない。すとーんって感じ。

 異種族間の恋ってのは、ちょくちょく話題になる。それこそ下世話な話だが、そういうのは話には、皆興味があるんだ。

 エールが運ばれてきて、俺たちはそれに口を付ける。

 トールは、吹き出すのを堪えるような顔で、テーブルに肘を乗せる。

 

「ふっ。ラ、ララフェル族だと思うだろ? それがな。ソイツが恋した奴ってのがな、ゴ、ゴブリン族、だったんだとよっ」

「ぶふっ」

 

 ゴブリン族は、エオルゼアに広く住む、獣人や蛮族なんて呼ばれている種族だ。人間種を敵視している奴も多いが、商売や工作が得意で、都市によっては受け入れられている。リムサ・ロミンサもそういう所だった。

 ゴブリン族は、確かに小柄な種族だ。耳も大きい。ただ、ゴブリン族は常にマスクを被っている。そのマスクの下を見たやつってのは、聞いたことがない。

 俺は顔に跳ねたエールを拭い、言葉を返す。

 

「しょ、しょうがねぇよ、トール。ア、アイツら、そっくりだからなっ!」

「ぶはっ。がははははっ!」

「ぎゃーははははっ!」

 

 俺とトールが、げらげらと笑っていると、周りの冒険者たちが、ガタガタと椅子を引いて離れていく。酒に鈍った俺の頭は、そこまで違和感を感じなかった。

 ただ、その冒険者たちが視線を向ける、俺らのテーブルを挟んだ反対側へと、俺は顔を動かした。

 

「『岩砕き骸崩す地に潜む者たち集いて赤き炎となれ』ファイアァァアア!!」

「ぐわああああ────ッ!?」

「ト、ト──ルゥゥウッ!!」

 

 ごうっと音を立てて飛んできた、赤く燃える塊がトールに直撃した。その巨体が、椅子から吹き飛ばされる。

 俺は、火だるまになりながら、ごろごろと転がっていくトールから目を離す。詠唱の、声の方へ向き直った。白く染められたハットとローブが目に入る。

 俺は椅子から立ち上がり、殺気を振りまくソイツに声を上げた。

 

「まっ待て、コ、ココル……おち、落ち着けって!」

 

 買い物を終えたのだろう。膨らんだ袋を足元に、ココルが杖をかざしている。

 ココルは、俺の声など耳にも入れない様子で、口を開く。

 

「この……???の????野郎ども。……??ッ!!」

 

 コイツ、な、なんて汚い言葉を……! いったいどこで、そんな下品な言葉を覚えてきたんだ!?

 周りの連中はげらげら笑いながら、俺らを酒の肴にしていやがる。クソッ。ホント冒険者ってのは、粗野で下品な野郎ばっかりだ。

 俺が盾に出来そうな、手頃なやつを探していると、救いの声がする。 

 

「困りますよ。お客様。店の中で、ファイアなんて唱えられては」

「マスター!」

 

 少し離れたカウンターから聞こえた、丁寧だがよく通る声だ。

 セブンスヘブンの店主、アリスさんだ! 助かった!

 ココルは俺から視線を外して、地団駄を踏みながらアリスさんに訴える。

 

「アリスさんっ。だって、こいつら!!」

 

 マスターはグラスを拭きながら、ぴしゃりと言う。

 

「ファイアは駄目です。床に、焦げ跡が着いてしまいます。サンダーにしていただけますか」

「マスター!?」

 

 救いは無かった。ココルはすでに杖をこちらに向けている。

 

「『まばゆき光彩を刃となして──』」

「待て! お、俺が、悪かっぎゃああああ!?」

 

 

────────────────────

 

 

「それでな、アリムを、あの村にやったらどうかなって」

「悪かないけどな、まだ早いだろ。この辺りのモンスター、結構強いぞ」

 

 山盛りの高級食材に舌鼓を打ちながら、ココルが言った。答えたのは俺だ。

 アリムってのは、ウルダハで起きたごたごたに巻き込まれた、ヴィエラ族の子どもの名前だ。ココルはリンクパールを使って、ときどき連絡を取っているらしい。

 天涯孤独となってしまっているソイツは、今は、森都グリダニアの冒険者ギルドに預けられている。

 すぐに出ていかなきゃってことは無い。だけど、いずれはちゃんとした身元も見つけないといけない。

 

「クソ。舌が焼けて、味がしねえ……ん? あの野郎。やっと来たか。ジン! こっちだ!」

 

 セブンスヘブンの扉が開き、長身のジンが、のそっと店に入ってくるのが見えた。

 トールが声をかけると、ニコニコとこっちに近寄ってくる。椅子を寄せて、腰掛ける。

 俺は、厨房に手を振り、エールをひとつ追加した。

 

「遅ぇぞ。店のモン、全部食われちまうとこだ」 

「ジン! ほら、これ食べな! 今日はコイツラの奢りだからなッ」

 

 ココルはそう言いながら、最後に俺たちをキッと睨む。そして、そのまま「あ、そうだ」と言いながら、自分のカバンを漁る。取り出したものを、ジンの手に乗せた。

 

「これ、リンクパール。ジンにも渡しとくね。こいつらまるで使わないから、渡すの忘れてた」

「……?」

 

 白い光沢のある2cm程の球だ。まだイヤリングや指輪として使うための、装飾が付いていない。リンクパール同士は、離れたところにあっても音声が繋がる。だけど俺もトールも、カバンの奥底に入れっぱなしだ。

 ジンは初めて見たのか、興味深そうにつまんで眺めている。

 

「通信だよ、これに向かって喋ると……あっ、食べちゃダメ! 出しなさいっ、べっ!」

「べぇッぞほっぞほっ」

「馬鹿野郎! シチューに入ったじゃねえか! ああ。駄目だ……豆と区別がつかねえ……」

 

「……アホなことやってんなよ。全員揃ったんだ、そろそろ冒険の話といこう」

 

 俺は、いつまでも遊んでいそうな3人に、声をかける。

 

 冒険と聞いて、3人は動きを止めた。目の色が変わっている。

 トールは匙を置いて、鼻を鳴らした。

 

「待ってたぜ。何やら、こそこそ嗅ぎ回ってただろう。期待して良いんだろうな」

 

 そう急かすな。色々渡りを付けるのに、手間取ってたんだ。

 俺はテーブルに肘を突き、前のめりになる。3人が、同じ様に身を乗り出した。

 さほど聞かれて困るわけでもないが、勿体ぶって声を落として言う。前振りは十分だろう。

 

「良し、いいか? ──”クリスタルタワー”に挑戦するぞ」

 

 5000年以上前に栄えた、超高度技術の文明。古代アラグ帝国の、生きた遺産。

 中に何が待っているか、誰も知らない。第七霊災を機に出現して以来、前人未到のフロンティアだ。

 仲間たちは数瞬沈黙して、すぐに、わあっと喋りだした。

 

「……ハッ。ガハハッ! フロスト。てめえ!」

「まじかよおい! ひゃーーっそういうの待ってたよ! ジンッあれだよ、外のびょーんて高いやつ!」

「がぁぃるざあ? ……ふぁふぁふぁっ!」

 

 机をバンバンと叩き、猿のようにはしゃいでいる。ジンが、珍しく声に出して笑っている。

 良いリアクションだ。俺は、椅子にふんぞり返って、エールを喉に流し込む。

 トールがニヤニヤとしながら、声を低くして言う。

 

「そうか。それで、あの村に顔を売ってやがったな。てめえ……お宝、ちょろまかす気だろう」

 

 お、気付いたか。俺も声を落として、答えた。

 

「現場を取り仕切ってる、学者連中がいるんだがな。出てきたもの全部、回収するつもりだ。そんなのは、ごめんだろ」

 

 聖コイナク財団とは、学術都市「シャーレアン」で設立された研究機関だ。クリスタルタワーの近くでキャンプを置いて、調査と研究に明け暮れている。

 科学者ってのは知識に対しては、非常に強欲だ。出てきた遺物は、トークン1枚だって、ひとつひとつラベルを付けて保管するだろう。

 高尚なのは結構だけどな。ちっとは下々の者にも、学術に触れる機会を、俺は作りたい。あと、間違いなく高く売れる。

 俺は、仲間たちに一応、確認の言葉を投げる。

 

「なにか、問題はあるか?」

「ねえな」

「ココ、自分用に欲しい」

「……ッ……ッ」

 

 返事は短い。こういう奴らだ。

 俺は話を進める。村の話だったな。

 

「って訳でな。レヴナンツトールを根城にしているのは、ちょっとまずい。バレたらあっと言う間に囲まれて、袋叩きだ」

 

 俺たちは荷物を全部、常に持ち歩いてはいない。大抵は宿に預けっぱなしだ。

 そこで俺は、あの村を拠点にするつもりだ。クリスタルタワーまでの距離は、レヴナンツトールからとは大差ない。

 匿ってくれとは言わない。荷物を置かせてくれれば良い。いざとなったら、霧に巻いて逃げられる。あの辺りの地理に詳しいやつは、そう居ない。

 

 俺がその内容を話すと、ココルは目を半分閉じながら、「アリムが住むことになるかも知れないんだから、あんまムチャクチャするなよ?」と言った。

 

 さあ方針は決まった。仲間たちは高揚した様子で、飲み騒いでいる。

 俺はその様子に、おおいに満足した。顔が緩むのが、抑えられないぜ。

 俺はシチューを、自分の器に取り分け、顔を隠すように直接口を付ける。やけに硬い豆が、俺の奥歯を砕いた。

  

 

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 足元で、枝が乾いた音を立てて折れる。今、俺たちは霧の村に向かう山道を歩いている。

 クリスタルタワーの話を持ち出した、次の日だ。

 本当は色々準備を整えてから、村に行くつもりだった。だが、早く早くと仲間たちが急くもんだから、予定を前倒しすることにした。

 

「そもそも。アラグ文明ってのは、どんなんだ」

 

 トールが、顔に当たる枝を手で払いながら言う。もっともな疑問だ。俺も、超古代文明がオーバーテクノロジーしてる、ってことぐらいしか知らない。

 

「なんだトール。物を知らないなっ、て言いたいところだけど……正直ココもよく知らない」

 

 ココルがそれに答えた。ココルはうーんと唸りながら、言葉を続ける。

 

「なんたって、5000年以上の文明だからなぁ。トール、アラガントームストーン(アラグの碑石)って知ってる?」

「……冒険者が触ってるは、見たことがあるな。光る、小せえ板だろ。通貨みてえなモンだと、思ってたがな」

「そうそれ。ま、色んな形状があるんだけど。あれは、いわゆる……ええと……”情報媒体”、なんだよ」

 

 聞き慣れない言葉だ。俺は草を払いのけながら、背後の会話を聞いていた。

 同じ様に思ったのだろう、トールが疑問を口にする。

 

「……じょうほう、何だって?」

 

「情報媒体。情報を記録したり、渡したり、閲覧したり……そんな感じの道具だよ」

「よく分からねえな。本みてえなモンか?」

「そう、そんな感じ! ただ、記録できる情報は、文字だけじゃないよ。音楽とか、動く絵とか、とにかく何でも」

 

「へえ。便利そうじゃねえか」

「とんでもない技術力だよ! そんなものが5000年も残ってるなんてっ!」

 

 ココルが興奮気味に言う。

 トームストーンは、どれも手のひらに納まるぐらい小さい。そんなに、多くの字や絵が書きこめるとは思えない。不思議なもんだ。

 エロ本みたいのもあるのかね。前に”魔典”ってトームストーンが流行ったけど、それっぽくないか? そう考えると”奇譚”も怪しいな。

 ……どうにかして、読めないだろうか。

 

「だけど、簡単に読み込んだりは出来ないんだ。再生機なんて流通してないしね。結局、好事家たちの贅沢品って感じ。ココん家には、音楽の入った”詩学”、の再生機があったけど」

 

 ……クソッ、なんて世界だ。

 

「ま、結局冒険者にとっては、通貨って感じだな。きっと、クリスタルタワーには、そんなのがうじゃうじゃあるぜ!」

「ハッ。楽しみじゃねえか。おい。オーケストリオンってのも、その類いか?」

「あれは違うかな。紙媒体だし。あれは──」

 

 よく喋るやつらだ。ジンは相変わらず、背後に注意を払ってるように、見えないこともない。基本、無口なヤツだ。

 トールとココルの会話以外は、特に気になる音も無い。

 

 あれ、もうここか。そろそろ村だな。

 目の前に、見覚えのある木が立っていた。判別しにくい獣道だが、何度も歩いていれば、見当ぐらいは付けられる。

 特徴的な表皮を持つ、その木をぺしっと叩く。なかなか肌触りが良い。

 お喋りに気を取られていたのか、思いの外、村の近くまで来ていた。

 

 

 思わず、足を止めていた。

 何か、違和感が。

 耳を澄ます。特に物音はない。

 

 「おい。フロスト?」

 

 違和感は、消えない。

 俺は、注意深く、周囲の気配を探る。

 何の気配も感じない。

 

 息が止まる。

 俺は、全身の毛が逆立つのを感じていた。

 

 何の気配も、()()感じない。何の()も。()すら、その存在を感じない。

 

「フロスト……? ねぇってば」

 

 いつの間にか、ココルがそばに居る。俺の服の裾を引いて、こちらを見上げていた。

 頭を動かすと、トールも怪訝な顔で、じっと俺を見ている。

 

 嫌だ、行きたくない。コイツラを連れて行きたくない。

 俺は言葉を出せずにいる。

 汗がやけに、ゆっくりと頬伝うのを感じた。

 

「…………っ!? ココル、待て!」

 

 俺の目を見ていたココルが、はっと顔色を変えて、駆け出した。

 すぐに後を追いかける。枝が頬を掠る。霧の村はすぐそこだ。

 

 

────────────────────

 

 

「なんだよ……なんだよ、これ……ッ!」

 

 ココルが、呆然と声を漏らす。

 村に入る所まで来ても、気配は一向に感じなかった。

 そこかしこに、人の形をしたものが倒れている。ぴくりとも動かない。

 トールがそれに触れ、すぐに立ち上がる。

 

「……こっちも。……駄目だ。クソッ! 何なんだこりゃあッ!」

 

 俺は悪態をつくトールを無視して、村の中心を目指した。

 倒れ伏す村人は、中心に行くほど増えていた。

 ここまで来てしまったら、もう逃げるわけにはいかない。何が起こったかを、見定める。

 

 広場に着く。集会をしていたのだろうか。村人は、広場の片側に集中している。

 動く影はひとつもない。

 

「あ……あ……そんな、うあぁぁああッ!」

 

 ココルが、悲痛な声とともに、飛び出した。

 オブジェの様に横たわる村人の中の、見覚えのある少女の姿に、すがるように身を寄せた。

 少女の体を抱き、嗚咽を漏らす。その音だけが、聞こえている。

 ジンが、そのそばに膝を突き、目を瞑り歯を食いしばっている。

 

 俺はできるだけ呼吸を落ち着かせて、周囲を観察する。

 血の流れた様子や、争った形跡は無い。

 

 

「────ぐ、あッ」

 

 突然、ひどい頭痛と耳鳴りに襲われる。

 これは──過去視の、力だ。俺の抱える、現象。症状と言える力。過去に触れて、その様子を知ることが出来る。狙って、発動させることはできない。今も突然だった。

 

 意識に割り込むように、映像と音声が、重なる。

 ひどく、乱れている。 エーテルが、乱れているのか。 村の中心に、村人が集まる。 黒い服を着た集団。 白い外套の男。 村人のざわめき。 困惑の表情。 威圧的な声。 広場の中心に置かれた、ひと抱えの箱型の。 煙。 気体。 霞む視界。 ガスだ。 糸の切れた人形のように、人が倒れる。 次々と。 悲鳴が。 感情が直接伝わってくる。

 

「がはッ──はっ。……クソッ」

 

 始まりと同じ様に、その現象は唐突に終わった。

 だが、クソ……クソがッ! 何なんだ、この力は!

 恐怖と絶望の感情が、リピートして、脳をかき回す。

 

「──フロストッ! ……しっかりしろ。俺は無事な奴を探す、お前は……」

「ト、トール……駄目だ。……無駄なんだ」

 

 クソの役にも立たない力だが、それでも分かることもある。

 村人は、手遅れってことだ。全員、死んでいる。

 それに、もうひとつ。

 

「……トール。悪いが、説明している暇は無い」

 

 俺は、続けて声を張るように言う。砂を蹴るような音が、近づいていた。

 

「お前ら……武器を取れ! ──ココルッ、()()()だ!」

 

 建物の影から、整列した集団が現れる。

 集団は、俺たちを警戒するように、距離を取り並んだ。

 黒い、揃いの装いだ。兜のために表情は読めない。

 

 ガレマール帝国──。てめぇらの仕業か。

 今、落とし前をつけさせてやる。

 

 

────────────────────

 

 

「嫌だ嫌だ……。辺境の、薄汚い蛮族が、まだ生き残っているとは」

 

 黒い服の集団に、ひとり白い影が口を開いた。

 その影が、こちらを意識する様子もなく、前へ出る。

 科学者が着るような、白い外套を着た男だ。

 男はざらざらとした不愉快な声で、発表会のような話し方で続ける。

 

「まあ、断片的な資料から作ったにしては、まあまあ使えそうですね。……そこの蛮族。どうやって生き残ったか、答えろ」

 

 白外套の男は、俺に向かって顎を動かして言った。

 俺は帝国兵を数える。同じ様な格好で数えにくいが、12か。

 帝国兵ひとりひとりは、強くは無い。帝国の主要民族であるガレアン族は、先天的にエーテル操作を苦手とする、なんて話もある。だがそれより、戦闘を生業としない、一般人を徴兵しているからだ。

 それでも、12は厄介だ。銃を持っている奴も居る。

 ひとりぐらいは、取り逃がしてしまう可能性がある。

 俺はひとまず、言葉を返すことに決めた。タイミングを計りたい。男との距離は、10mはない。

 

「……さあな。鼻がムズムズするぐらい、だったぜ。……ひどいこと、するじゃねぇか。何のつもりだよ、これは」

 

 できるだけ感情を殺して言う。冷静にならないといけない。

 白外套のゴミクズが、鼻で笑うようにしながら、口を開いた。

 

「愚問愚問。貴様等のような、朽木の隙間に巣食う害虫の分際で。苦しまずに死ねるだけ、有り難く思いなさい」

「…………」

 

 俺が沈黙していると、男は調子に乗ったように、言葉を続ける。

 

「この地のクリスタルは、興味深い性質を持つのでね。それと引き換えに、物資を与えていたのです。そして、クリスタルが十分に溜まったので、物資を返して戴きに来たのですよ。……実験も、兼ねてね」

 

 男はそう言いながら、足元の村人の体を蹴った。

 俺は、自分の脳の真ん中辺りが、じわっと冷たくなるのを感じた。

 声が勝手に出ていた。

 

「もういい。黙れ」

「クク、貴様らのよう──なッ!? がッ!」

 

 俺は一気に距離を詰め、その男に、体ごとぶつけながら組み付いた。

 目の前のこいつからは、地面自体が縮んだようにすら見えただろう。

 以前ジンが見せた、距離感を誤らせる、東方の歩法。それに双剣士の、エーテル操作法を組み合わせた、オリジナルの移動法だ。

 俺は足を外掛けに、そいつを地面に引きずり落とす。覆いかぶさった状態で、短剣を喉元に押し付ける。腕が邪魔だ。

 後方にいる帝国兵が、動揺するのが見えた。だが、ここまで近づけば、迂闊には撃てないだろう。

 そいつは喚きながら、右手を、短い筒をこちらに向ける。銃か。

 

「汚いッ汚い、手で、私に触るなッ!」

 

 この距離でそんなモノ出しても、無駄だ。

 俺は、膝を使い、銃口をそっと逸らす。乾いた破裂音が、癇に障る。耳のすぐそばを、空気が裂けるような音が通り過ぎた。

 そのまま膝で、そいつの右手を地面に押し付ける。左手は短剣に体重をかけて、潰す。押し付けているだけだ、斬り裂くようなことは出来ない。そいつの腕から血が滲んでいる。

 十分だ。首はがら空きだ。

 人質に使ったほうが、良いのかもな。

 どうでもいい。とりあえず。

 

「てめぇは死ね」

 

 俺は左手の短剣を、そいつの喉に向けて振り下ろした。

 

 

「──ぐっあぁッ!?」

 

 その悲鳴は、俺の口から(こぼ)れていた。

 

 そいつの喉に短剣が届く寸前、強い衝撃が俺の全身を襲った。

 何が起こったのか、分からない。後ろに体が飛んでいる。俺は地面を転がりながら、なんとか受け身を取り、起き上がる。顔を上げる。

 トールたちが、すぐそばにいた。随分と飛ばされたようだ。腕が、ビリビリとしびれている。

 さっきまで俺がいた場所。まだ、白外套(ゴミクズ)が転がっている、すぐそばに、人影があった。

 

 クソッたれが。どこから湧いて出てきやがった。

 でかい鎧だ。鎧が、でかいってだけじゃない。中身も相当にでかい。ルガディン族か。

 兜には、甲虫の顎を思わせる、大きく曲がった角が付いている。

 両腕に、何だあれは。巨大な盾に、筒のような物体が取り付けられている。もしあれが銃だって言うなら、一発だって喰らいたくない。

 

「……これはこれは。どうしてこんな所に?」

 

 ようやく立ち上がった、白外套の男が口を開いた。苦々しく顔を歪め、血の滲んだ腕を押さえている。

 白外套の男が、言葉を続ける。

 

 

「……カストルム・オクシデンスに、異動されたと伺っていましたが? ”リットアティン”殿」

 

 ……リットアティンだと?

 俺は、レヴナンツトールで、その名前を聞いていた。武勇と忠誠で、陣営隊長になった男だという、噂が流れていた。

 リットアティンと呼ばれた、鎧の男が、白外套の男へ顔を向けた。くぐもった声が、低く響く。

 

「ルギウス……貴様、血迷うたか。閣下は、鏖殺のために力を振るわれているのでは無い。弱き為政者に代わり、統治するために、この地におられるのだ」

「……私は、ガイウス閣下の直属ではありませんのでね。あくまで研究のために、こんな僻地まで来ているんですよ」

 

 ルギウスと呼ばれた白外套は、うんざりとした様子で答える。

 この鎧の男、リットアティンは、今なんて言った?

 俺は鎧の男に、言葉を投げる。

 

「と、統治だと。ふざけるんじゃねぇ……この村の人間が、何をしたって言うんだッ!!」

 

 鎧をがしゃりと鳴らし、男がこちらを顔を向ける。頭部を全て覆う兜だ。その表情を知ることはできない。

 鎧から、低く声が響く。

 

「貴様、この地の”冒険者”か。……力無き民に対する所業。このルギウスが勝手にやったことは言え、その非道は詫びよう。だが……」

 

 リットアティンは一度言葉を切り、嘆息するように言う。

 

「去れ。そして、広く伝えよ。閣下の統治を受け入れぬのであれば、ただ犠牲が増えるのみ、と」

 

 へぇ。見逃してくれるのか。そりゃ重畳ってもんだ。

 この数に加えて、実力が未知数の幹部を相手にするのは、リスクが大きすぎる。

 正直、得るものもない。

 賭けられるチップは、命ひとつだ。

 逃げない理由がない。

 

 俺は右足を、一歩引いた。

 

「答えは、”舐めるな”だ。……それにな──」

 

 そのまま腰を深く落とし、短剣を構える。

 トールが斧を手に、一歩前に出た。

 ジンはすでに刀を抜き、真っ直ぐに敵を睨んでいる。

 ココルが、少女の亡骸から、そっと離れた。杖を構える。

 

「──詫びる相手が違ぇんだよ。直接謝ってこい、そこの下衆野郎と一緒にな」

 

 俺がそう言うと、リットアティンは、ゆっくりと頭を横に振る。

 低く、唸るような声を響かせる。

 

「愚かな……。ならば、試してくれよう。この地の(つわもの)を。”冒険者”とやらの力を」

 

 リットアティンが、一歩前に進む。鎧が音を立てる。

 

「我が名は、リットアティン・サス・アルヴィナ。この地の救済者と成る、ガイウス閣下の盾にして矛。──さあ、全力でかかってくるが良い」

 

 追悼の鐘は、まだ鳴らすことはできない。

 今頭に響くのは、ただ戦いの始まりを示す、銅鐘(ゴング)の音だ。

 




  ┌────────────────┐
   LV??  リットアティン強襲戦
  ├────────────────┤
    突入準備が整いました
    CURRENTCLASS
    ROGUE      00:05    
  ├────────────────┤
      突入      辞退
  └────────────────┘

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