あの選択を後悔しているだろうか? していないと言ったら嘘になる。
大学卒業前、プロゲーマーとして生きていくことを決め、都会に来た方が仕事がしやすいということから上京を決意した俺は、高3の頃に付き合い始めた彼女と別れることを決意した。
嫌いになったわけじゃない。あんな感じでずっと関係が続いていくのも悪くないと思っていた。
ただ、世間からはほぼスポーツ選手と同義に見られるようにはなったプロゲーマーという職業が果たして彼女の実家と釣り合うかと言われたら間違いなくそんなことは無いと言えるだろう。
由緒正しき武門の家の令嬢と、趣味ぐるいの変人一家のプロゲーマー、あまりにもアンバランスだ。そしてアンバランス過ぎるが故に俺は半ば逃げるように彼女に別れを告げ、東京へ出た。
彼女の実家が認めざるを得ないような成果を出す、なんてことも考えはしたが、そんな成果をすぐに出せると思えるほど俺は楽観的でもなかったし、そんな楽な業界ではない。そして成果が出せなかった時に彼女に自分と付き合わさせてしまい大切な時間を浪費させてしまうということを恐れた。
最後に見た彼女の顔は正直よく覚えていない。連絡先も消してはいないが、彼女はあまり積極的にアプローチをするタイプじゃないし、連絡が来ることは恐らくない。それでも自分が連絡先を消せないのも、別れてから半年経った今でもこう思い出しているのは未練だろうか。多分そうなのだろう。だから後悔している訳だし。
プロゲーマーとしてはFPS、格ゲーを中心にイベントや大会に出たりする傍らで動画サイトに競技用のものと、昔っからの趣味であるクソゲーの動画を上げつつ、活動を本格的に始めたのは半年前からではあるが、着実に俺は知名度を上げていた。高校時代に顔隠しとして全米チャンプと戦ったことは告げてはいない。
シャンフロ時代にそれなりにやらかしてはいるので、そっち方面の人間が多少ブーストになったのは否定しないけど。
「どうすっかなぁ」
大きな大会は1ヶ月後、カッツォ、今はもう慧か、と出るGGCのチームマッチか。いくら顔隠しの頃とゲームのナンバリングが違うとはいえ、そろそろカスプリ使ってると身バレしそうなんだよなぁ。
「あっちもこっちも上手くいかねぇなぁ」
これが社会人か。こういう時は人生の先輩から金言でも貰おうかな。少なくともアイツに恋愛方面は期待できそうにないが。
「だからといってあっちに言うのはなぁ」
相談に乗ってくれるイメージが沸かない。とんでもなく悪どい笑みを浮かべて、俺の悪い点を延々とネチネチ言ってくるのが目に見えている。
慧ならまぁもうそこまで酷いイジりはしてこない……筈だ。同じチームのプロゲーマーとして、メンタルを態々崩壊させては来ないだろう。それで自分が被害を受けることになるのだから。パッと出てくる相談相手がそんな2人しかいない自分にちょっと絶望する。まぁ夏目氏辺りに言ってもしょうがねぇしなぁ。
そこまで考えてから俺は慧に連絡をした。
「……はぁ」
斎賀玲はここ半年以上、明確に気力を失っていた。以前も深窓の令嬢のような雰囲気を持っては居たが、この半年近くの期間はさらに消え入りそうな気配を醸し出していた。
「なんで……」
頭を巡るのはそればかりだ。彼の夢の邪魔になりたくはないという感情と、自分は彼と居たいという感情が綯い交ぜになって玲の胸中を覆っていた。
手元の端末に視線を落とす。そこには半年前に別れた彼との連絡が映し出されていた。最後の日付は約7か月前。玲は文章を打っては消してを繰り返していた。
アドバイザーに意見を求めても、男は馬鹿だから仕方ない。半年くらい待ってから連絡した方がいいよ。すぐに連絡しても意思は頑なだから。としか言われなかった。
もう半年が過ぎた。不幸か幸いか、彼の近況は彼の職業柄か割と簡単に知ることが出来た(勿論、その職業になった結果として玲は振られたので玲にとっては不幸ではあるが)
今のところ噂レベルでも彼に自分の後の色恋沙汰はない。
そして自分も。
職場にしろ、実家にしろ何回かそういう話がなかった訳では無いが、職場に関してはキッパリ断り(というかそもそも最近の若手らしく仕事の時間以外での交流はほぼ持たない様にしていたので、大して親しくない相手に言われただけだったが)
実家からに関しては姉がやけに気を使ってくれたのか全部実際に見合いが発生することも無く立ち消えていった。
まぁそんな半年はさておき、アドバイザーからの言葉に従えば、向こうに気持ちが残ってて別れ話を切り出しているなら何とかなると言われたが、果たして気持ちは残っているのだろうか?
目の前の蜘蛛の糸はここから時間が経つにつれて細くなっていくのは分かっていたが、同時に1度手を触れると、今の現状から引き上げてくれるか、その糸がプッチリと切れるかの2択なことも同時に分かっており、踏み出せないでいた。
「……はぁ」
ため息がまた漏れる。
天音永遠は学生時代の友人である斎賀百と都内のバーで会っていた。
「ふーん。そんなことがねぇ〜」
「あぁ、上手くいくと思ったんだがね」
あぁ見えてアレは、余程上がっている時以外はリアル思考だったしなぁ。
「名家のお嬢様と駆け出しプロゲーマーじゃ釣り合わない、ねぇ」
随分前時代的な思考だ。横の友人は直接聞いた訳ではなく、妹ちゃんから聞いた話でしかないみたいだけど、アレはホントに不器用というか自分から茨に突っ込む所がある。
「で百ちゃんはどうしたいの? それを私に話してさ」
そう尋ねると百ちゃんは自身の考えを整理したのか少し間を置いてから答えた。
「分からん。とりあえず玲への見合いを取り止めさせた。それに」
そこで百ちゃんは1度言葉を切ると
まだ完全に終わってないと私は思う。
と告げた。
「ん〜恋愛下手な百ちゃんが言っても説得力ないなぁ」
私がそう言うと、百ちゃんはアルコールとは別の要因で顔を赤らめる。そのまま彼女が烈火の如く口火を切る前に
「ただサンラク、あぁ楽郎の性格だから完全に終わってるなら多分もっと別の言い回しをすると思うよ。だから話を聞いてる限りだと百ちゃんの言う通りまだ終わってないんじゃない?」
そう言って友人を宥める傍らで天音永遠の思考の一端にもある考えが芽生える。
それは、
傷心に付け込むようで悪いけどまぁ発破をかける意味でもね。話聞いてる限りだとサンラクが悪いみたいだし。
この刹那主義的な思考から伸ばし始めた蜘蛛の巣に絡め取られるのが誰なのか永遠はまだ知らない。
そして悪友としか思っていなかった彼の存在が自身の中でどう変化するのかも。
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