「それについて説明します」
美穂の目が見えている今も相変わらず声以外の情報がない男の声へと体を向けた、それでも見えているのは姿勢を変えた美穂自身の姿だった。
「いま、蒼井さんは自分の姿が見えていると思いますがあってますよね?」
美穂が頷いたのを確認して男は続けた。
「それが俺の能力なんです、今蒼井さんは俺と視界を『共有』しています。つまり今蒼井さんが見ているのは俺が見てる光景というわけです」
そう言って男は掌を自分の顔の前で振って見せた。美穂の視界にもいきなり自分より一回りも大きい手が現れて左右に振られる。
「え、これ本当に?」
「本当です。信じがたいかもしれませんが俺には超能力があります」
淡々と告げられる言葉に美穂は驚きながらも興奮していた、超能力者と言う存在にもだが再び目が見えるという事に。
しかし、すぐに違和感を覚えた。
「この、あなたの…」
「あー、名乗ってませんでしたね。俺の名前は山本波瑠(やまもとはる)です」
「山本さん、あなたの能力で共有してもらっているこの眼ってあなたの見た物が映っているんですよね?」
「その通りです」
「じゃあ、それって私の目が見えるようになったとは違いませんか?」
美穂の言っていることは当然のことだ。テレビに映っているモナリザを見たのと実物のモナリザを見たというのは違う。山本の見た物を映すというならそれはやはり山本の目で美穂の物とは違う、美穂がそう思っていると。
「ここからは私が話そう」
「パパ?」
「美穂の言う通り、美穂の目は見えるようになったとは言えない。だがこの山本くんの視界を共有すれば学校にいったりは出来ないが外に出たり、そう変わらなく生活できるようになる」
「それって」
美穂の言葉の続きは父親が続けた。
「ああ、山本くんには美穂の生活の手助けを頼もうと思っている」
生活の手助け、それは美穂の頭に重くのしかかった。
「なに、別に介護をしてもらおうというわけじゃない、山本君には文字通り美穂の目となって貰うというだけの話だ」
私の目、美穂は男がいるであろう方に首を向けたがやはり視界は変わらなかった。声以外の姿かたちが分からない男に手助けとはいえ四六時中そばにいられるのは女子高生として当然忌諱するものがある。
そんな美穂の考えを感じ取ってか山本が口を開いた。
「ちょっと賢い盲導犬とでも考えてもらえば結構です」
盲導犬って言われてもな、と美穂は思ったが実際この人の超能力は便利だ。あの真っ暗で寂しくて全部が敵に思える世界に戻ることなど美穂は考えられなかった、つまり結論なんてすでに出ていたのだ。
その日のうちに美穂は退院した。
退院後、父の車の助手席で揺られながら美穂は今更ながら事の突飛さに思い至る。それほど強烈な一日だった。
超能力について受け入れるのが早すぎないかと自分でも呆れてしまう、本当に超能力者っていたんだなと美穂は今はいない山本のことを考えた。彼はこの後、用事があるらしく今日のところは顔合わせ(美穂は山本の顔は分からずじまいだったが)だけして帰ってしまった。
「パパ」
「なんだ?」
「山本さんてどんな人なの?」
声だけで分かることは漫画や映画のヒーローのような我が強いタイプではなく、どちらかと言うと物腰の柔らかそうな、それこそコンビニのアルバイトでもしていそうな感じの人間ということだ。
「実はな、お父さんもよく知らないんだ」
「え、大丈夫なの?それ」
よくそんな人間を信用したものだ、自分だったら超能力者と名乗る人間を信用するどころか関わろうとさえしないだろう。
「彼は知り合いから紹介されたんだよ」
その人は信頼できる人だから多分大丈夫だ、と美穂の父親は続けた。
超能力者を紹介できる知り合いが父にいるというのは意外だが、人のつながりというのは案外広いといいうし、そういうもんなのかなと美穂は自らの友人たちのことを思い浮かべたのだった。
一方、山本は独りコンビニで買い物を済ませていた。コンビニ弁当の品質は時代とともに上がっていて、料理の出来ない山本には心強い味方であった。コンビニ弁当を栄養価や食事のバランスのことで悪く言う風潮もあるがそんなのは敵だ、生存権は日本国憲法でも保障されている立派な権利だと、食生活をお惣菜コーナーとコンビニに握られている山本はどこか言い訳じみた思想で会計を済ませると、外に見知った顔を見つけた。
「鬼神(おにがみ)さん」
「よっ」
鬼神と呼ばれた男は軽く左手を上げて挨拶をした。右手にはタバコが挟まれている。
「どうしたんですか、こんなところで」
鬼塚はタバコをくわえて、んー?と唸って、
「蒼井さん家のお嬢さんの顔でも見ようと思ってな」
「……今日は顔合わせだったらしいですよ」
「そっか」
鬼神はそう言って吸い殻を灰皿にすりつぶした。
「紹介した手前、初日くらいは様子を見ようと思ったんだがな」
「ちゃんとやりますよ」
当たり前だ馬鹿、と鬼神は笑った。
「それにしてもスーツなかなか似合ってんじゃねぇの?」
「そうですか?」
「うっそー、まったく似合ってねぇ。まず丈があってねぇわ」
「鬼神さんガタイいいですからね」
そう言って山本はスーツの前裾を仰いだ。
今山本が借りているスーツは鬼神が山本に貸したもので、相手はいいとこのお嬢さんだから身なりには気を使えと無理やりに鬼神が押し付けた物だ。山本は鬼神がどんな格好で行こうとしていたのか聞けばパーカーで行こうとしていたと正直に答え、鬼神はそのことに怒りを通り越して呆れていた。
「ちゃんと自分のスーツを作れよ、麻生太郎ほどキッチリしたのじゃなくてもそこそこの人間に見えるぜ」
「あー、機会があったら」
「はぁ」
ため息をついて鬼神は超能力者ってやつはどうしこう社会性がないんだと、うなだれる。山本も能力を使って犯罪を起こしたりしないのはいいんだが、それだって別段普通の人間が出来る普通のことだ、鬼神は山本の顔を見る。
山本の若さを残した顔には何かを苦労したという後も積み上げた何かがあるという自信もない、文字通り生きた証というものが鬼神には感じられない。
「……ったく、どうして超能力者はどいつもこいつもツルツルした顔してやがんだ」
「?特に美容液とか使ってるわけじゃないですよ?」
「そうじゃねえよ馬鹿」
自らの顔に手を当てて自慢げにこちらを見る山本にまたため息が出た鬼神だった。
「ところで」
「あん?」
そんな山本が突然真剣な顔をしたことに山本は怪訝な表情をする。
「今回のはどれくらいですかね?」
「あ、ああー。一週間、長くて一ヶ月ってとこかね」
鬼神の返事を聞いて驚いたのは山本だった。
「鬼神さんにしては結構かかりますね」
「今回のは俺が忙しいのと相手が初めてってのと、あとはお前の為かな」
「俺ですか?」
不思議そうな顔を浮かべる山本に鬼神はニッと笑っていった。
「しっかり稼げよ」
「!はいっ!」
また山本も笑うのだった。