世界征服という世紀末な目的のために、せっせと兵器を開発するセーキマツ博士。そんな彼は、今日も新たな兵器を開発したのだった。

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セーキマツ博士の世界征服な日々

「ついに完成したのだ!」

「ニャー」

 東京から程近い片田舎。自然豊かなその場所では、悪の科学者が世界征服をするべく毎日のようにせっせと兵器を開発している。

 彼の名前はセーキマツ博士。二十一世紀のこの時代に、世界征服という野望を企む何とも世紀末な男である。

 そんな彼の棲家は築二十年にもなる木造一軒家。何の変哲もないただの一軒家だが、それは仮の姿である。

 その家の真価は地下にある。家の地下には、東京ドーム約半個分という広大な地下室が広がっており、そこで博士は毎日兵器を開発している。たまに兵器が爆発したりするが、地下室の耐久性は抜群なので安心だ。

「ハカセ。今度はどんな駄目兵器を開発したデスか?」

「駄目兵器とは失礼だな!?」

 そんな彼に話しかける一人の女性。赤いジャージの上にヒマワリ柄のエプロンを付けた彼女。博士の身の回りの世話を受け持ち、かつ博士の唯一のパートナーとなる女性である。

 彼女は人間ではない。彼女こそ、博士が開発したメイド型アンドロイド『トメさん三号改』だ。炊事洗濯掃除に買い物。主人の護衛に仕事の手伝い、夜の性活もアブノーマルな要求まで何でもござれ。まさに究極とも言える性能を持つ、博士の最高傑作の一つと言っても過言ではないアンドロイドだ。

 なお、トメさん三号改(以降トメさんと呼称)的に博士は性の対象としてはNGらしい。彼女曰く、元KGBの大統領がストライクゾーンだそうだ。ストライクゾーンがなかなか狭い。

 また、三号なのだから一号二号はいないのかというと、実は過去に存在していた。では、今はどうしているかというと、夜逃げしたのだ。

 一号および二号は、博士に付き合いきれなくて夜逃げしてしまったのだ。毎週末には博士の家に遊びに来るが、現在進行形で夜逃げしているのである。

 世界征服を企むような世紀末な男だ。夜逃げするのも無理はない。

 好奇心旺盛なトメさんだからこそ、夜逃げすることなく博士に従っているのだ。トメさん以外のアンドロイドならば、作られて三日で夜逃げしているだろう。それは過去のアンドロイドたちが証明している。

「ハカセ。今度はどんな駄目ゲフンゲフン鬼畜兵器を開発したデスか?」

 自らの好奇心に従い、トメさんが博士に質問する。

「君、今駄目って……」

「ハカセ。今度はどんな鬼畜兵器を開発したデスか?」

「いや、だから……」

「ハカセ。今度はどんな鬼畜兵器を開発したデスか?」

「……わかった。説明するのだ」

 弱い男である。

 どこか哀愁を漂わせながら、博士は机の上に乗っていた子猫を抱く。雪のように純白の子猫だ。子猫は嫌がる様子を見せず、それどころか博士に頬を擦り付けるほど懐いている。

 実に可愛い。

「可愛いデスね。拾ってきたんデスか?」

 おいでおいでとトメさんが指を差し出すと、子猫は迷うことなくトメさんの指先をペロリと舐める。猫派ではないトメさんでも、その可愛らしさにノックアウト。人には見せられないデレデレとした笑顔で、子猫の頭を撫でている。

 トメさんの様子に博士は満足そうに頷く。だが、さっさと教えろというトメさんの鋭い眼光に萎縮し、震える声で説明を始めた。

 弱い男である。

「その子猫はな、私が創り出したのだ」

「ニャー」

「寝言は死んでから言えデス」

「酷すぎないかい!?」

 全くである。トメさんは博士に恨みでもあるのだろうか。

「百億歩譲って――」

「百億歩!?」

 譲りすぎである。

「スノーホワイトを博士が創ったと認めるデス」

「スノーホワイト?」

「その子猫デス」

「いつの間に名前を……」

「今デス。異論は認めないデス」

「……まあ、いいがね」

 トメさんの言葉に、博士は深い深いため息をつく。人生の重みをそのまま絞りだすような、とても重いため息だ。それを見るだけで、博士の苦労に満ちた人生が容易に想像できる。

 博士が世界征服という野望を抱くに至るまで、一体どれほどの苦難が待ち構えていたのだろうか。どれほどの苦痛を乗り越えてきたのだろうか。

 学会で認められなかったのかもしれない。発明が認められなかったのかもしれない。おそらく、博士は様々な挫折を乗り越えてきたのだろう。その果てに、世界征服という世紀末な野望を抱くことになったのだろう。

 憐れな男である。誰にも認められなかった男の成れの果てが、悪に魂を捧げた今の博士の姿なのだ。

 今までの人生を博士は何も語ろうとしない。博士の人生を知る者は、博士ただ一人だけである。しかし、博士の小さな背中を見れば、少しは、ほんの少しだけは、彼の苦難に満ちた人生を想像することが出来るだろう。

 だが、そんなのはトメさんの知ったことではない。

「疲れてるなら早めに休めデス」

「誰のせいだと……」

「ワタシのせいデス」

「自覚があるだと!?」

 これである。

 これ以上トメさんに付き合うと余計疲れるだけだと判断した博士は、気を取り直して説明を続けることにした。このまま付き合っていると、また二日ほど寝込む羽目になると考えたのだ。

「この子猫はな、ネコ爆弾なのだ!」

「爆弾デスか?」

「そうなのだ! 可愛らしい外見をしているが、その中身はまさに劇物! 可愛らしさに騙されて近づいてきた愚民どもを爆殺するという、恐怖の代物なのだ!」

「さすが鬼畜博士デス。何の罪もない無垢な子猫を、自分自身の下衆でド畜生な目的のために利用するとは、吐き気どころか存在することすら許しがたいゴキブリにも劣る劣悪な下等生物デスね」

「いや、あの……トメさん?」

「何デスか? 究極鬼畜ド外道博士?」

「いや、何でもないのだ……」

 トメさんのニコニコとした微笑みが、何故か博士には恐ろしすぎた。心の底からジワジワと、絶対零度でゆっくりと冷やされるような、言葉に出来ない恐怖を覚えていた。

 恐怖を振り払うように咳払いを一つ。博士は先程までの恐怖を振り払うと、子猫に鋭い視線を向ける。見られた子猫は、無垢な瞳で博士を見つめる。

 キラキラとした瞳だ。見る者を魅了する。あらゆる人間が、子猫の可愛らしさにノックアウトされることだろう。

 これならばいけると、博士は内心ほくそ笑む。このネコ爆弾を使えば、世界征服にまた一歩近づくことが出来る。

 最初の標的は、忌々しいあの地である。あの場所で博士はこれ以上ないほどの屈辱を受け、危うく禁断の扉を開きかけたのだ。

 私怨なのはわかっているが、あのような場所はあってはならないと博士は思っている。正義は我にありだ。自身のような被害者をこれ以上出さないためにも、あんな場所は殲滅するべきである。

「さあ、ネコ爆弾よ! 体内に秘めし爆弾で、新宿二丁目を全て吹き飛ばしてやるのだ!」

「ニャー」

「何故新宿二丁目なのデスか?」

「それは聞くな!」

「アァン?」

「聞かないで下さい、お願いします」

「わかったデス」

 トメさんの鋭い眼光に、博士は思わず土下座で頼み込んでしまう。

 弱い男である。

「改めて……さあ、ネコ爆弾よ! その身を我が野望に捧げ、新宿二丁目を混乱の渦に叩き落とすのだ!」

「ニャー」

 気を取り直した博士の高々とした宣言に、子猫は凛々しく鳴くことで答える。子猫自身はキリッと決めているつもりなのかもしれないが、その姿も博士やトメさんには愛らしいものにしか見えない。

 実に可愛い。

 子猫の可愛さの魔力で、その場はほんわかとした雰囲気に包まれる。あれほど興奮していた博士も、子猫の前では一人の猫派の男である。

「博士、スノーホワイトは可愛いデスね」

「うむ、そうなのだ」

 子猫を撫でまくりながら博士は答える。子猫も満更でもない様子だ。

「それで、博士はその子猫を爆発させるデスか? 何の罪もない可愛い可愛い子猫を使って、愚かとはいえ何の罪もない人たちを爆殺するデスか?」

 それを聞いた瞬間、博士の動きが止まる。そして、博士は弱々しく子猫の事を見た。

「ニャー」

 博士に見てもらえたのが嬉しいのか、子猫は博士の指をペロリと舐める。子猫が博士に懐き、そして愛している証拠だ。大切な人として、博士のことを思っている証拠だ。

 ガクガクと博士の体が震える。自らが犯そうとしていた罪の重さを今更ながらに自覚し、後悔しているのだ。

 いくら新宿二丁目が憎いと言っても、その憎悪は新宿二丁目の一部の人間に向けるべきものである。それを他の関係のない人間や、この可愛い子猫に向けるのは筋違いにも程がある。

 そう、子猫や他の人間には罪はないのだ。

「駄目だ……出来ない……。猫を愛する者として、それだけは出来ないのだああああぁぁぁぁ!」

 そして、博士は後悔の涙を流す。自らの過ちを悔み、懺悔し、涙よ枯れろとばかりに泣きわめく。

 そんな博士を子猫は心配そうに見つめ、トメさんはゴミを見るような目で見つめていた。

「許してくれスノーホワイト! 私は許されないことをしてしまった! いくらでも断罪してくれて構わない!」

「ニャー」

 土下座し、博士は子猫に涙ながらに謝罪する。子猫は博士にとことこと近づく。愛らしさの裏に秘められた野生で、博士の体を切り刻むのだろうか。

 いや、そんなことはしない。博士の謝罪に対する子猫の返答。それは、博士の頬を舐めるということだった。

「お前……こんな私を許してくれるというのか? 罪深いこの私を、許してくれるというのか?」

「ニャー」

 気にするなと、子猫が言っているようだった。間違えたのならば、これから正していけばいいと道を示しているようだった。

 ならば、博士はそれに応えなければならない。過ちを正してくれた偉大なる子猫に、自らの行動でもって示さなければならない。

 ああ、子猫よありがとう。ならば、私はそれに報いよう。

 もはや博士に迷いはない。先ほどまでの過ちに塗れた博士はもういない。これからは、清く正しい世界征服の道を、博士は歩み続けることだろう。

「すまない、そしてありがとう……。スノーホワイト! お前は……お前は! このセーキマツ博士が! 美しく立派な究極至高の猫として、責任をもって育ててやるのだああああぁぁぁぁ!」

「ニャー」

「やれやれ……世話が焼けるデス……」

 こうして、セーキマツ博士の世界征服はまた失敗に終わった。今日も人々は世界征服が進行しているなど知ることもなく、普段通りの生活を続けている。

 とどのつまり、今日も世界は平和であった。

 しかし、これでセーキマツ博士の野望が潰えたわけではない。セーキマツ博士の世界征服への道は、これからもまだ続いていくのだった。

 なお、子猫は博士の家でペットとして、毎日楽しく暮らしている。子猫の世話をするセーキマツ博士の表情も、心なしか楽しそうなものだったようだ。


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