自称『無個性』が圧倒的な猛威を振るうヒーローアカデミア 作:哀しみの向こうにあった謎の隕石
「雄英を、受験するんだな?」
「はい、目標でしたから」
放課後の教室にたった二人、生徒とその教師が向かい合って座るその場所で、教師の教え子たる黒髪の少女が真剣な瞳で教師を見つめた。
「雄英ヒーロー科の倍率はおよそ300倍、無個性のお前では難しいかもしれない。
遠野。お前はそれでもと言うのか?」
「はい、気を変えるつもりはありません」
倍率300倍、そのあまりにも高い壁を前にしても尚、黒髪の少女がその瞳に湛える闘志は尽きることなく、渾々と輝いていた。
「そうか……いや、わかった進路調査票はこのまま受け付けよう。
結果がどうなるかは分からんが、お前がやると決めたのなら先生は応援するつもりだ」
「ありがとうございます!」
そこらの進学校程度なら難なく入って見せるであろう才能を持つ黒髪の少女を前に、それでも雄英に受かるのは難しいだろうと鑑みて手頃な高校を勧めようと考えていた教師は、彼女の闘志に根負けしてついに雄英を受けることを認める。
黒髪の少女、遠野天子は茜色に染まる教室の扉をガラガラと開くと、そのままペコリと一礼して去っていった。
「前々から力を抑えてるような節はあったが……果たして如何なるかな。
悔いのない結果が残せるよう、祈っとくか」
生徒が去って伽藍とした教室から、教師もまた廊下に足音を響かせながら去っていった。
茜色に染まる誰も居ない教室には、ただただ静寂のみが残った。
さて、これは無個性の怪物が英雄になるまでの物語。
怪物が英雄を目指した先に残るのは、果たして希望か絶望か。
それを知るのは未来のみである……。
それから数ヶ月後、雄英高校ヒーロー科の入学試験がついにやってきた。
筆記試験を終えて、天子たち受験生一同はすでに試験会場に移動している。
『はいスタートォ!!』
開かれた会場の門を前にして、唐突に開始の合図がなされた。
あまりの唐突さに、大半の生徒はまだ反応することすらできず呆気にとられている。
『どうしたぁ!?実戦じゃカウントなんてねぇんだよ!!走れ走れぇ!!』
そんな中で動き出していた一人に、天子が居た。
声が響いた途端に足を踏み出して前へ前へと飛び出す。
準備体操を行っていた体勢はあまりにも不安定で、しかしそんなことは気にせずに天子は駆け出していた。
「遠野天子、参ります!」
踏み外した爪先に不味いような形で体重が掛かる。
その少し後ろ、視力を強化する増強系の個性を持つ少年が彼女の姿を捉えていた。
踏み切りに失敗して捻挫してしまうかと思えたその爪先はだが、反対に堅く踏み固められた地面を砕いていた。
不安定な姿勢でのスタートダッシュは大地を砕きつつも莫大な推進力を少女の体へと与える。
「ふっ!」
各々がポイントを示すペイントを着けた仮想敵ロボットを視界へと捉えた途端に、彼女はその拳を振るった。
たったそれだけ、ただの大振りなテレフォンパンチが暴風を纏って複数体の仮想敵ロボットを吹き飛ばす。
後に残るのは再起不可能な程に破壊された仮想敵ロボットの残骸だけだった。
「な、何者なんだ彼女は!?」
別室でモニターを睨んでいた教師の一人が叫ぶ。
そしてまた別の教師が天子についての資料を開き、そこでまた波乱が巻き起こる。
彼女の経歴と共に記された個性の欄にはただ『無個性』とだけ記されていたのだ。
「仮想敵ロボットの強度は、それ程でもないみたいですね」
更に天子の暴挙は続く。
当たり前のように天高く跳躍して広大な会場全体を眺める。
瞬間記憶能力を素で発揮する彼女はその一瞬だけで会場の構造を把握する。
そのまま屋根の上に落下すると共にまた駆け出した。
「ええと、こっちを進む方が早いから……ええと。
まあいいです、走りながら考えましょう」
試験会場として造られた街に点在する仮想敵ロボットの位置、自らの攻撃の射程、地形の踏破難度などを要素として、無意識下で重ねた無数の試行が、直感として天子に最短経路を示す。
速く、正確に、他の受験生の視界に入る前にと、彼女は無人街を駆け抜ける。
「…ふぅ。
現時点で確認できる仮想敵ロボットは、もう殲滅しちゃいましたかね?」
開始から数分、実技試験が終了するよりも遥かに前の段階で、ポイントを持つ仮想敵ロボットは殲滅されてしまっていた。
天子以外の受験生は実技試験開始以降、生きた仮想敵ロボットを目にすることすらできていない。
会場は混乱に陥っていた。
「誰だ、誰がロボットを殲滅して回っている!?」
「これじゃどうしようもねぇじゃねえか!!クソが!!」
モニターを睨む教師の中の一人が、ポツリと呟いた。
「だからこの形式での試験は不合理だと反対しているんだ。
この形式だと、各会場に集まった受験生の偏りによっては、有望な奴同士で潰し合うことになる」
反論の声は無い。
誰一人として、彼の意見に反対できる者は居なかった。
その会場に居る受験生のうち元凶たる一人を除いた誰もが、標的たる仮想敵ロボットに対敵することすらできずに終わってしまっているのだ。
この実技試験に於けるもう一つの採点基準、レスキューポイントさえも機能することなくここまで進んでしまった。
「巨大仮想敵ロボットだ!!あいつを出せ!!」
それを見て、教師の中の誰かが叫んだ。
ビルを越えるほどの巨体を持つ仮想敵ロボット、そのロボットが備える巨体はそれ自体が凶器であり、停滞した現状に新しい風を吹かせてくれるであろうことを予感させてくれた。
満を持して、0P仮想敵ロボットが、逆境の中でこそ見られる英雄の片鱗を見出すため無人街へと放たれた。
「あっ、あれがおじゃま虫ロボットでしょうか!
もうポイントは充分に稼ぎましたし、合格ラインには届いているでしょうけど……。
私の力が何処まで届くのか、やってみましょう!!」
絶望が動き出した。
「経路は、大丈夫ですね。よし」
天子がビルの屋上を駆けながら助走をつける。
巨大仮想敵ロボットと天子、彼我の距離が零に届いた。
「我流拳術、壱式……天子ちゃんパンチ!!」
試験が始まってから初めて天子が行った、ターゲットへの直接攻撃。
文字通りの全力で振るわれた彼女の小さな拳は暴風を纏い、しかしその風が目標へと届くよりも先に、分厚い大気の壁を貫いて巨大仮想敵ロボットへと叩きつけられた。
それなりに頑丈な雄英のロボットを余波だけで破壊する少女による、全力の一撃。
それがまともに命中した巨大仮想敵ロボットの装甲は一瞬の内に破られ、刹那の後にその巨体に小さな風穴を開けていた。
少女が握り締めた拳の形に刳り抜かれた風穴は何処までも伸びて、ロボットの背後にあったビルすらも貫いている。
「あー、やってしまいましたね。
試験だったから良いですけど、これを街中で使うわけには行きません。
今度、衝撃を留める練習でもしましょうか……」
気の抜けた声色で呟かれた反省の言葉が虚空に響いた。
そして大気は動き出し、辺りに鳴り響く乾いた銃声のような爆音。
渦巻く風は大きな流れとなり、猛烈な勢いで周囲のビル群を押しつぶしてゆく。
風が凪いだとき、天子の前に残されていたのはかつての無人街。
今はただの瓦礫の山となった街の痕跡のみであった。
「あっ……」
別室で生徒の行動を評価していた雄英教師陣に、激震が走る。