それに伴い不穏なタグがいくつか追加されていますがまああまり気にしないでください。
今日も今日とてニート生活である。
好きなだけ惰眠をむさぼり、適当に読書したり、適当に散歩したりする。
アオイちゃんの圧に負けて、お洗濯の手伝いはしたものの、おおむね理想の不労生活を送っているといえるだろう。
そして時刻は現在午前10時半くらい。
小腹がすいたので炊事場に侵入し、余った米でおにぎりをこしらえてそれを食べながら蝶屋敷の廊下を歩く。
庭でも見ながら食うかーなんて思っていたら、ちょうど縁側にカナヲちゃんが座っているのを見つけた。
何をするわけでもなくボーっと庭を眺めているので、後ろから近付いて抱き上げ、俺の膝の上に乗せる。
するとカナヲちゃんはゆっくりと顔を上げ俺の顔を見て、それからまたゆっくりと庭に視線を戻した。
「あれ、あんまりびっくりしてないね。やっぱり俺がいるの気づいてた?」
俺がそう聞くと、小さく頷くカナヲちゃん。
うーむ、可愛い。
俺の身体にすっぽり収まるほど小柄なのもまたよし。
あっちの世界では例え顔が良かったとしても15歳の女の子を抱き上げたりしたらまあヤバいわけだが、こっちでは無問題である。いや、関係性は重要だけどね。
それはさておき、この栗花落カナヲという女の子を俺は気に入っている。
何故かというとほとんど喋らないからだ。
ヒモ生活も大分長いので、今更女の子とのコミュニケーションに疲れただのなんだのとは思わないが、やっぱり常にしのぶちゃんのような子の相手をしていると、たまには何も気遣わずに可愛い子を愛でたいという気持ちになるものなのである。
それに関してカナヲちゃんは非常にうってつけの人材だった。
最初の方は無口に加え警戒バリバリで全く姿すら見せてくれなかったが、外に出るたびお菓子を買ってきたり、何かとコミュニケーションを図った結果、今ではこうやって触れ合うことができるようになった。
無口なのは変わらずなので、俺がただ一方的にカナヲちゃんを愛でるだけというなんとも素晴らしい関係を構築することができたのだ。
「ここでのんびりしてたってことは、カナヲは今日はお休みかな?」
俺がそう尋ねるとカナヲは一瞬手の中の銅貨に目をやったが、やがてそれをしまい、小さく一つ頷いた。
「そっか、じゃあ一緒にここでのんびり庭でも眺めよっか。……おにぎり作って来たんだけど、食べる?」
おにぎりを差し出すとじっとそれを見つめた後手に取り、小さなお口で食べ始めるカナヲちゃん。
小動物のようで非常に愛らしい。
ところで、カナヲちゃんは銅貨を投げてその裏表で自分の意思を決めている。
元々孤児であった彼女は自分の気持ちを表に出すことがとても苦手らしく、そんな時にしのぶちゃんの姉であるカナエさんが、それを使って自分の意思を決めるようにと渡したらしいのだ。
だから、出会った当初は話しかけるたびにコインを投げ、裏が出ればその後は何を話しかけてもずっとダンマリということが何度もあった。
正直こういうタイプの女の子に出会ったことは今までになかったので、俺もなんだか面白くなってしまい、結構頻繁にカナヲちゃんに絡んでいたと思う。
そうやって根気強くコミュニケーションをとっていった結果として、今では軽い質問くらいならカナヲちゃん自身の意思で答えてくれるようになったのである。
そんで、20分ほどだろうか。カナヲちゃんを膝に乗せたままのんびり過ごしていた俺だったが、ちょっと町に散歩へ行きたくなってきたので、カナヲちゃんを降ろして腰を上げる。
……いや、賭場じゃないよ。
この前行ってお金を溶かしてきたばっかなので、流石にしのぶちゃんに怒られてしまう。アオイちゃんはさらに烈火のごとく怒るだろう。
純粋に散策するだけです、本当に。
「俺、ちょっと町に行ってくるよ。カナヲは久々のお休みなんだろうから、ゆっくりしてね。確か最終選抜も近いんだったよね、カナヲなら大丈夫だと思うけど頑張って」
そう言ってカナヲちゃんの頭を一撫でしてその場を去ろうとしたら、軽く後ろから引っ張られるような力を感じた。
後ろを振り向くと……、なんとカナヲちゃんが俺の服の裾を指でつまんでいるではないか。
「どうしたの、カナヲ?」
俺がそう声をかけると、カナヲちゃんはハッとした顔になって慌てて手を離した。
少し恥ずかしそうに頬を赤く染めている。可愛い。
カナヲちゃんの懐き度が順調に上がっているようでとても嬉しい俺である。
なんだか育成ゲームをしている気分だった。
「あんまり遅くならないように帰って来るよ。カナヲにもお土産買ってくるからね」
俺がそう言うと、カナヲちゃんは頬を染めたままコクンと小さく頷き、その可愛らしい姿に俺は頭をもう一撫でしてから、出発したのであった。
◇
藤の花咲き乱れる産屋敷邸。
鬼殺隊の現当主である産屋敷耀哉が住むこの屋敷に、鬼殺隊最高戦力である柱が全員集結していた。
半年に一度行われる『柱合会議』のためである。
膝をついて一列に並ぶ柱達の前で、当主・産屋敷耀哉はにこやかに言う。
「一人も欠けることなくこの日を迎えられて嬉しく思うよ。何か変わりはあったかい? 堅苦しい話を始める前にみなのことを聞かせておくれ」
本来鬼の情報についての共有や隊のもめごとの採決が主な目的であるこの柱合裁判。
しかし、今日の御当主はどうやら軽い雑談のようなものを所望しているようだった。
それを受けた一同は、少しの間顔を見合わせ何を話そうものかという雰囲気であったが、やがて音柱・宇髄天元が何か思いついたような顔で話し始める。
「そういえば、蟲柱のとこで男を一人囲ってるとか聞いたような。しかも大分前からじゃあなかったか」
その言葉に、ほぼ全員の顔が蟲柱・胡蝶しのぶへと向けられた。
当のしのぶはというとキョトンとした顔である。
耀哉はしのぶに向かって優しく微笑んだ。
「しのぶ、どうやら最近は特に頑張ってるみたいだね。単純な討伐数もそうだし、この半年で下弦を三体も倒しているとか」
「はい、ここのところずっと調子が良いんです。今なら上弦がでてきてもよほど上位じゃなければ倒せる気がします」
「ふふふ……それは頼もしいね。それも、今の話に出た『彼』のおかげかな?」
しのぶはそれにとても幸せそうな笑顔で大きく頷く。
「はいっ! 彼がいれば何も怖くないし、何でもできそうな気がするんです。どんなに苦しいときでも彼の顔を思い浮かべると頑張れます」
そんなしのぶの言葉に、柱達は各々違った反応をした。
炎柱・煉獄杏寿郎は「それはとても良いことだ」とうんうんと頷く。
音柱・宇髄天元は「あの堅物女がマジか……」と驚いた顔。
岩柱・悲鳴嶼行冥は「……信じる力というものは人を強くするもの」と手を合わせながら。
蛇柱・伊黒小芭内「その男もとんだ腹黒女に捕まったものだ」とその『彼』を憐み。
恋柱・甘露寺蜜璃「しのぶちゃん、すっごく可愛くなってる……やっぱり恋は人を綺麗にするのねぇ」と恋愛脳全開。
風柱・不死川実弥は不快そうに顔をゆがめる一方でどこか眩しそうにしのぶを見つめ。
水柱・冨岡義勇だけは興味がなさそうで、ずっと耀哉の方を見ていた。
そして耀哉も微笑みをたたえたまま満足そうに頷いた。
「しのぶが鬼狩り以外で生きる意味を見つけたのはとてもいいことだね。カナエがいなくなってからは何かにずっと急きたてられているようだったから」
「はい……あの人に会うまではそうでした。でも分かったんです、私が今なりふり構わず鬼に挑み、死んでしまっては、私の記憶の中で確かに生きている姉、そして両親たちをもう一度殺すことになってしまう。
だから、私は生きます。そしてただ自分の命を犠牲にするとかじゃなく、あらゆる手段をもってあの上弦の鬼を殺して見せます」
耀哉は驚きに少し目を開く。
しのぶは強くなった――本当に。
命をかけて戦うという本当の意味を知ったのだ。
以前花柱であった姉の胡蝶カナエが鬼に殺されてから、しのぶは「自分の命をかけてでもその上弦を殺して見せる」と何度も何度も言っていた。
しかし、その「命をかけて」という言葉ほど軽いものはない。
なぜならそれは最初から自分が死んでしまうことが前提だからだ。
「自分を犠牲にして」「相討ち覚悟」、どれも聞こえはいいが、しのぶのそれはただ復讐の念だけに駆りたてられた激情そのものでしかない。
心の奥に憎しみがあっても良い、だが原動力がずっとそれではだめなのだ。
私たちは確かに今を生きる人間なのだから。
今のしのぶは「命のかけどころ」をちゃんと知っている。
それは憎しみにかられて命を無駄に投げ捨てるようなものでなく、そういった感情を冷静に処理し、必要な場面で最大の力をふるうためのものだ。
(これは……予想以上にすごい人だね、その『彼』は)
カナエを失くしてからずっと続いていたあの状態のしのぶを、一体どうやって変えたのだろうと耀哉は思う。
あの時のしのぶは、こういったことを教え説いたとしてもそれを飲み下せるだけの心の余裕を持っていなかった。
だから、ただ口が上手かったりするだけではだめなのだ。
その彼にはきっと何かがある。
「しのぶ、その彼の名前はなんて言うんだい」
「久遠です。天川久遠」
「天川久遠……か。しのぶ、今度久遠君をここに招きたいと考えているんだけど、どうかな?」
「……え? 御館様が、久遠にお会いになるんですか?」
耀哉の言葉に、しのぶだけでなく柱達はみな驚いた顔をした。
先ほどまで興味のなさそうだった義勇もである。
「そう、彼は鬼殺隊に所属はしてないけれど、しのぶも蝶屋敷に置いている以上ある程度の説明はしているんだろう?」
「は、はい。一応鬼殺隊についてと、私が柱であるということなどは」
「それなら全くの無関係という訳じゃない。もしかしたら鬼狩りの事情を知っているが故に、これからよからぬことに巻き込まれないともいえないからね。鬼殺隊の長としては一応話をしておきたいんだ」
「ええまあ、そういうことでしたら……」
しのぶに語ったのは建前で、実際にはしのぶをここまで変えた人物を一目見てみたいという気持ちだった。
あえてそれに理由づけるとするなら、鬼殺隊最高戦力の柱の精神安定にここまで関わっているとなればそれはもう鬼殺隊の戦力の一部ともいえる……とかだろうか。
そんな風に話がまとまりかけていたところで、甘露寺蜜璃がパッと手を挙げた。
「はいはーい! 私もその久遠さんに会ってみたいです! 御館様、私もその時にご同席してもいいですか?」
「……おい、ふざけたこと抜かすな色ボケ。御館様がお会いになるのはそいつを見極めるためなんだよ。そんなお茶らけた場じゃねェんだ」
「えー? でも結構前からその久遠さんがいたって割には、私なんど蝶屋敷に行っても会えなかったし、こういう機会でもないとどんな人か見れないしー」
しのぶの口角がぴくっと動く。
まずい、と思ったからだ。
蜜璃が久遠に会えなかったのは、しのぶが彼女の訪問時、久遠を必死に隠していたためである。
数は少ないものの女性隊士が治療のために来たときも久遠は部屋の奥にねじこんでいるが、蜜璃の場合はさらにもう徹底してた。
そこまでするに至った理由である蜜璃の女性らしさの象徴を、しのぶは横目でじっと睨みつける。
そして願った。お館様お願いします断ってください、風柱もああ言っておりますので、と。
しかし無情にも耀哉は蜜璃の言葉に微笑んで返す。
「いいよ、それじゃあその時は蜜璃もおいで。まず万が危険はないだろうと思うけれど、一応護衛という名目でね」
「やったー! ありがとうございますお館様!」
飛び跳ねんばかりに喜んでいる蜜璃とは対照的に、しのぶはずーんと沈んでいた。
(終わった……これまでの私の努力は一体……。好色な久遠のことだから、絶対蜜璃さんにも粉をかけるに決まってるし、惚れっぽい蜜璃さんのことだから……ああもう!)
そんな風にテンションガタ落ちのしのぶに、逆にテンションの高い蜜璃、そして蜜璃が他の男に興味を示していることに嫉妬する小芭内、それらを面白そうに眺める天元、と柱合会議の始まりは、なんともカオスなものであった。