じゃないとお館様と主人公を会わせる意味なくなるんで……
俺は思っていた。
流石にそろそろ“お館様”とやらに会いに行かなければならないのではないかと。
それをしのぶちゃんから聞いたのは、恐らくもう二か月は前のことだった。
しのぶちゃんの所属する鬼殺隊という組織のボスが何故か俺に会いたがってるらしく、俺の好きな時でいいから会いにきてくれないか。そういう感じの話だったと思う。
なんでわざわざ得体の知らない偉い人に会いに行かなきゃならないんだとか思った俺は、その好きな時でいいという言葉にかこつけてずるずると時間を引き延ばしていた。
しかし、それももう限界だろう。
そのお館様がこちらに派遣してきた鎹鴉とかいう人語を喋るカラスが、最近すごい圧でこちらをずっと見ているのだ。
言いつけられているのか急かすようなことは言わないが、「今日もまた町へ出かけられるので?」とか「久遠様はとても時間があるようで羨ましいですね」とかいう嫌味ちっくな言葉を最近では投げつけられる。
いやまあ二か月も放置してた俺が悪いといえばそうなんだけど……。
で、もし行くとしたらしのぶちゃんが任務で家を空けているこの時しかないかなと思う。
しのぶちゃんが帰ってきたらまたずーっと俺と一緒にいたがるのは確定だし、そうなるとそれで手一杯だからだ。
そして、しのぶちゃんが任務から帰ってくるだろうと言っていたその前日くらいにようやく、俺は鎹鴉にお館様のところに連れて行ってくれと頼んだ。
カラスがそのまま案内してくれるのかと思いきや、そいつは凄い速さで飛び去って行き、やがて黒子みたいな恰好をした人たちが二人、俺の目の前に現れた。
聞くと、どうやら隠という鬼殺隊士たちのサポートを行う人たちらしい。
その人に目隠しをされ、えっちらおっちらと運ばれる俺。
お館様の居住地は大分厳重な機密であるようだった。
そうやって1、2時間ほど運ばれて、目隠しを外された俺の目の前にあったのは結構大き目の邸宅だった。
まあ俺から見て大分お金持ちであるしのぶちゃんのボスなわけだから、そりゃあもうさぞ金持ちなのだろう。
お館様というのは一体どんな人なのか、と俺は考える。
そもそも男なのか、女なのかも分からん。多分、男なんじゃないかなとは思っているが、しのぶちゃんにそこら辺は聞かなかったからなあ。
まあ、もうすぐ会うんだし別にいいか。
つーか早く俺を中に入れてくれ。
なんかさっきから俺の前で隠の人たちがヒソヒソと何やら話し合ってて一向にここから先に進めないんですが。
「あの、中に入れてはもらないんですかね? ここに着いてからそこそこ経ってますけど」
「す、すみません……実は現在重大な会議というかそういうものを行っていて、私たちの勝手で入れるわけにもいかないのです……」
「重大な会議、ですか」
「お館様がおっしゃっていた大事な客人をお待たせするのは本当に申し訳ないのですが、ただいま確認をとっていますので、もう少々お待ちください」
隠の人たちが非常に申し訳なさそうな顔をしていたため、俺もこれ以上言及するのはやめた。
が、しかし……なんで客と会う日に会議開いてんだよ、と俺は思う。
最初から会議があるなら今日は無理だと断ってくれればいいだけの話なのに、ここまで来させておいて待たせるって、ちょっとというか大分酷くないですかね……。
とはいえそれから5分ほどで、邸宅からまた別の隠の人がやって来て、入っていいという旨を伝えられた。
え、本当に?
重大な会議、5分で終わったの?
まさか会議中に俺と会おうとしてないよね……?
そんな疑念を抱きながらも隠の人に邸宅内を案内され、辿り着いた広い庭の先。そこには――
「あれ、しのぶ?」
「く、久遠っ……!?」
何故か任務にいると思っていたしのぶちゃん、そしてその横には数人の謎の威圧感がある人たちが勢ぞろい。その正面の縁側部分には顔が痣?のようなもので浸食されている青年が座っていて、その青年としのぶちゃんたちの丁度真ん中あたりに、拘束された傷だらけの少年が倒れていた。
なあに、これえ……?
◇
柱合裁判は紛糾していた。
鬼化した妹・禰豆子を匿っていた隊士、竈門炭治郎とその妹自身の処分を如何にするかという場であったが、炭治郎は妹は人を喰わないと主張。
ほとんどの柱はまともに取り合わなかったが、そこに風柱・不死川実弥が禰豆子の入った箱を持ってやって来たことで一層場に緊迫感が増した。
実弥が刀で禰豆子の入った箱を刺し、それに激怒した炭治郎が拘束されたまま実弥に向かって頭突きをするという展開がありつつ、当主・産屋敷耀哉が場に現れたことで一応の鎮静は見せたものの依然としてその場には様々な感情が錯綜している状態であった。
そんな時、そこに一人の隠が現れた。
そのまま何やら輝哉の方へと近寄る。
「……おい、てめェこの場がなんだかわかってんのか。隠が入ってきていい状況じゃねえんだぞ」
額に青筋を浮かべて怒りを露わにする実弥を耀哉は手で制し、隠と話し始める。
「あの……いいんですか? この状況で呼んでしまって」
「うん、彼がどんな対応をするのかも気になるしね。試すようなことをして申し訳ないとは思うけれど」
「分かりました、それでは」
そして、隠は去っていった。
ごく小さな声で話していたため、側にいる耀哉の子どもたち以外には聞こえていない。
柱達の大部分は一体何を話していたのか気になっていたものの、お館様にわざわざ詮索をするなんてありえないと尋ねることはしなかった。必要ならばご自身の口から語られるだろうと。
しかしそんな中、空気の読めない柱が1人、恐る恐るではあるが耀哉に向かって問いかける。
「えっとー……お館様? 裁判中に隠の人が来たってことは何か重要なことがあったりしたんですか?」
「ん? ふふ……そうだね、重要といえば重要だ。きっと驚く人もいるんじゃないかな」
そう言ってしのぶを横目で見ると、彼女は不思議そうな顔をした。
「……来たみたいだね」
その耀哉の言葉と同時に一人の男が場に現れた。
瞬間、誰もがその男に目を奪われた。
基本的には何事も無関心なような冨岡義勇や、時透無一郎でさえも。
それだけ圧倒的な造形美だったのだ。その男の顔は。
どこか気怠そうな憂いを帯びた表情は、もはや彼にある種の神秘性すら与えているように思われた。
そして、あの無一郎が「綺麗な顔だなー」と目を奪われるほどであるならば当然、あの少女――甘露寺蜜璃の反応は火を見るより明らかである。
蜜璃はといえば、現れたその男のことを熱に浮かされたような目でじーっと見つめていた。
それが気に食わない伊黒小芭内は、男の美貌を目の当たりにした衝撃からいち早く立ち直り、蜜璃の反応を苦々しく思いながらも思案する。
それは同じく早々に冷静さを取り戻した悲鳴嶼行冥や実弥なども同じで、それはつまり「一体この男は何者なのだろうか」ということだった。
それを知っているであろう耀哉に尋ねるより前に、その男が口を開く。
「あれ、しのぶ?」
「く、久遠っ……!?」
蟲柱・胡蝶しのぶの名を呼び、かつしのぶの方もその男のことを知っているらしい。
いや、それよりも……『久遠』。
この男の名前は久遠と言うらしい。
久遠……どこかで聞いたその名に柱達はみな頭を悩ませる。
そんな時、先ほどからずっと驚愕の表情で男――久遠を見ていた音柱・宇髄天元が大声を上げた。
「あー! 久遠ってお前、胡蝶の家で飼われてるっていうあの天川久遠か!」
天元の言葉で、気づかなかった者たちも全員思い出した。
二か月ほど前の柱合会議で、耀哉が会いたいといっていた者の名だった。
ようやく合点がいった柱たちと、未だにぼーっと久遠を見つめている蜜璃をおいて、久遠は天元の方を見る。
「そういうあなたは?」
「俺は音柱、宇髄天元だ。あの胡蝶が男を囲ったっていうから一体どんな奴なんだと思っていたが……くくくっ、これなら納得だぜ。そんな派手派手な面は見たことない」
「派手……俺よりもあなたの顔の方が派手なような気もしますけど、そうか。つまりあなたたちがしのぶと同じ、柱の方々なんですね」
久遠は納得したように頷きながらぐるりと柱たち全員を見渡す。
そこでこちらを見ていた蜜璃と目が合い、笑顔で軽く手を振ると蜜璃は顔を瞬時に真っ赤にしてパッと目線をそらした。
そしてそのまま柱たちの前で倒れ伏している炭治郎に一度目をやり、その後耀哉の方を見た。
「あなたが俺を呼んだ方ですか?」
「そうだよ、わざわざ呼びつける形になってしまってすまない。私は身体が弱いからこちらから訪ねに行くことができなかったんだ」
「いえ、お気になさらず。ですがわざわざ俺を呼んだ理由は気になりますね」
「それはね――」
そう耀哉が語りだそうとしたところで、実弥が食って掛からんばかりの低い声色で久遠に向かって唸る。
「おい、お館様の御前だぞ。何を偉そうに立ったまま喋ってやがんだ、あァ!?」
「……うーん、といっても別に俺にとってのお館様じゃないしね。人として最低限の敬意は払うけど、君のように跪く必要性が俺にあるとは思わないな」
「てめェ……マジで一度教育し直す必要があるみてえだなぁ!」
そう言って飛びかかろうとした実弥をしのぶが止めるより早く――
「実弥」
その一言で、実弥の動きは止まった。
憎々しげな顔で久遠を睨みながらも、また元の場所に戻って膝をつく。
その姿を見とめ、耀哉は久遠に向かって微笑んだ。
「すまないね、私の剣士が迷惑をかけた」
「ええ……まあ、気にしてませんよ」
如何にもサラリと答える久遠だったが、気にしてないというのは真っ赤な嘘だった。
久遠はとにかく……もうとにかく、口より早く手が出るような暴力男が嫌いなのだ。
それは、久遠が16歳の頃。
高校に入りたての久遠はその大人と少年の両面を併せ持つような幼さを残したルックスで、今と同じように無双していた。
しかし、それが1人の上級生の怒りを買ってしまった。
久遠がひっかけた女のうちの一人がその上級生の彼女だったのだ。
あまり偏差値も高くなく、治安もいいとはいえない久遠の高校において、その上級生は端的に言うと暴力で学年を取り仕切る番長のような存在だった。
だから自分の女が奪われたとなればもう、暴力による徹底的な報復である。
久遠はそれを受けた。
そして、その上級生やその多数の舎弟たちにそれはもうボコボコにされ、全治2か月という怪我を負ってからというものの、自分に暴力を向けてくる者への憎悪は凄まじいものになったのである。
加えて今回ダメ押しになったのは……実弥の顔がその時の上級生にそっくりであったということだった。
まあつまりは完全なる私怨なわけだが、久遠の実弥に対する感情は地の底まで下落していた。
「君は私が招いた客人だし、君の言うとおり鬼殺隊に属しているわけじゃないのだから、畏まる必要はないよ」
「じゃあ……とりあえず本題、の前にお名前を聞いても?」
「産屋敷耀哉、だよ。産屋敷家は代々鬼殺隊の当主を務めていて、まあ現在は私が当主というわけだね」
「ふむ、つまりは産屋敷家が鬼殺隊を作ったということですか」
耀哉は首肯する。
久遠はそれに対して少し考えるような素振りを見せた後言った。
「疑問なんですが、産屋敷家が鬼殺隊を作った理由は何なんでしょうか。あなた自身は身体が弱いそうですが、初代の産屋敷家当主はとても強くて、そういう実力者を束ねる主導者だったとか?」
「いや、一族の中にとりたてて剣を持ち鬼と渡り合えるほどの実力者がいたとは聞いていないね」
「なるほど、ではなぜ産屋敷家が鬼殺隊をまとめる立場になったんです?」
その久遠の質問に対して何故か耀哉は答えに窮しているようだった。
「……その理由を話すと、かなり深いところまで入り込むことになってしまうね。それは鬼殺隊ができた理由の根本なんだけど」
「あ、もしかして組織内部でしか知らない重要な機密だったりしますか? ならここら辺で詮索はやめておきますが」
「うん、機密といえば確かに機密だ。だけど君は少なからず鬼殺隊に関わっているし、話しても良いかなとは思っているんだ。ただ……」
そして耀哉はチラリと一度しのぶの方に視線をやる。
「これは少し君をここに呼んだ理由にも関係するんだけど、聞いてくれるかな」
「ええまあ、そもそもその理由を聞きたくて来たところもあるので」
「ありがとう。……君は一年ほど前のしのぶの状態を知っているよね?
姉のカナエが亡くなってからというものの、しのぶはずっとある種の妄執に急きたてられているようだった。死に急いでいると言っても良い。だから、以前の柱合会議でしのぶを見た時は驚いたよ。そして思った。一体誰が彼女をこんなに変えたんだろう、とね」
「あー……つまり、しのぶが変わったであろう原因の俺にただ会ってみたかったという感じですか」
「そうだね、そのためにわざわざ呼びつける形になったのは申し訳ない」
それを聞いた久遠は一気にげんなりした。
そんなことで呼ぶんじゃねえよ、とすら思った。
まあ逆に言えば、柱という鬼殺隊の要にちょっかいかけて養わせてるということに対するお叱りとか制裁でなくて良かったとも考えられる。
しかし久遠はといえば、じゃあもうさっさと帰らせてくれとしか思っていないわけであるが。
「そして君に会って、こうやって話をしてみて、しのぶがああまで変わった理由もわかったよ。うん、ここまで突き抜けたものだと確かに人の根本まで変える力を持っているかもしれない」
ただ、同時に久遠の持つその“美”は毒だとも耀哉は思う。
心の弱い者ではそれにとりかれてしまえば最後、きっと正気に戻ることなく抜け出せない。きっと彼が望むことを全て叶えるためだけの、自分の意思を持たぬ人形に成り果ててしまうだろう。
柱として凄絶な死線を潜り抜けたしのぶだからこそ、いや……もしかしたらしのぶもまともな状況とはいえないのかもしれない。
それこそ、今まで男の影すら見せず鬼狩りだけに注力していたというのにこれだ。
たまたましのぶの場合はそれが良い方向に働いただけともいえる。
幸いなのは久遠という人間が善性の人であること。少なくとも悪人ではないだろう。
彼がその気になれば、間違いなく文字通り“傾国”という事態になりかねない。もはやそういう領域の人物なのだから。
鎹鴉の報告によると、たまに散財する程度で生活自体は荒れてもいないようだし、しのぶの好意を利用して横柄にふるまうということもなく、養ってもらっているという立場なりにしのぶの言うことは聞いているようである。
この際、働かずに女性に養われている、ということはどうでもいいと耀哉は思っていた。
天川久遠という人物にはむしろ、何か高い野心など持たずに平凡に暮らしてもらうことこそが世の為であるからだ。
そこで耀哉は多少脱線した思考を戻し、久遠へと話を続ける。
「恐らくしのぶはそういったことを話していないだろう? 鬼殺隊の成り立ちや、その最終的な目的などは」
「そうですね、最低限の情報くらいしか」
「それはね、多分君をあまりこちらの世界に関わらせたくないからじゃないかと思っているんだ。もしくはあまり鬼殺に関わる自分という面を説明したくなかったから。……そうじゃないかな、しのぶ?」
いきなり自分へ水を向けられたしのぶは、わたわたと慌てながら答える。
「え、えっと……まあ、概ねはそうです。久遠の前ではあまり血なまぐさい話はしたくないのもあるし、あまり深い情報を知ったとしても、久遠の力でどうこうできるものでもありませんから……知らないことは知らないままでいいと思って話しませんでした」
「うん、しのぶの気持ちはよく分かるよ。だけど、彼はもう毎日蝶屋敷で暮らしていて、しのぶのような柱を含む鬼殺の隊士たちと会っているのが日常だ。ここまで鬼殺隊に関わっている以上、彼も知る権利があると思うんだ」
「…………私は、お館様の判断に従います」
「ごめんね、少し無理強いする形になってしまったかな。だけど最終的に決めるのは彼自身だからね」
そして耀哉は久遠の方へと向き直る。
「君はどうだい? もしかしたら余計なことを知ってしまうということで、君が危険にさらされる可能性がないとはいえない。それでも知りたいかい?」
「あ、はい。教えて欲しいです。むしろ今知りたいことを知れない方が気になって精神衛生によくないです」
「そうか、じゃあ――」
それから耀哉は語った。
鬼という存在ができたきっかけ、鬼舞辻無惨という原初の鬼のこと、そしてそこから始まり今でも続く産屋敷家の短命の呪いのことなどを。
「鬼殺隊を発足したうえでの最終的な目的は、鬼舞辻無惨を殺すことだ。そうすれば眷属である他の鬼たちも死ぬはずだからね」
「へえ、そういうものなんですか?」
「鬼舞辻は眷属たちに呪いのようなものを付けることができる。鬼舞辻が決めた呪いに反した行動をしたとき、その鬼は死ぬ。そういう繋がりある以上、鬼舞辻が死ねば他の鬼も一緒に死ぬだろうと私は考えているんだ」
「その、鬼舞辻無惨の繋がり? というか呪縛がない鬼というのはいないんですかね。平安時代からいて、そのボスに反骨心を抱かなかった鬼がいないというのも考えづらいような」
久遠のその質問に、耀哉は逡巡する様子を見せつつも答えた。
「私の知っている限り2人、いる。自分の力で無惨の手から逃れた者たちが」
「へえ……、中々気概のある人たちですね」
「そうだね、少なくともそのもう一人はとても気概のある子だ。何せ鬼になってから、飢餓状態で2年も人を喰わずに生きてきたんだからね。
……そうだろう、炭治郎?」
炭治郎? と久遠が頭に疑問符を浮かべながら耀哉の視線をたどっていくと、先ほどチラリと見た、拘束されて地に伏せっている少年がいた。
久遠はそれを見て思う。
(今更だけどなんでこいつ拘束されてるんだろう。なんか悪いことしたのかな)
本当に今更すぎることである。
その炭治郎なる少年は、耀哉に声をかけられるや否や身体をなんとかおこしながら大声で叫んだ。
「そ、そうなんです! 禰豆子は……俺の妹は人を喰いません! 信じてください!」
「そうだね、私は信じているよ」
「え……」
禰豆子? 人を喰う? とさらに疑問符だらけになった久遠を置いて、耀哉は柱達の方に向き直って言う。
「炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そして、みんなにも認めてもらいたいと思っている」
その言葉で、場は混乱を極めた。
お館様の言葉でも認められない派が声高に自分の意見を主張し、お館様の言葉なら従います派が何人かポツポツと。そして黙ったまま何かを思案している者もいた。
ここに至って久遠も段々と分かってくる。
つまり、この炭治郎という少年が鬼になった妹を匿いながら過ごしていたが、何らかのきっかけでそれがばれた。
で、この場に引っ立てられ、炭治郎自身は鬼を匿った罪で、そして妹――それらしき姿は見えないが――は単純に鬼であるということで、処断を受けようとしているのだと思われる。
しかし、そこで炭治郎少年は「妹は鬼だけど人を喰わない」と主張。
さらにお館様からの容認コメントもあって、こういう状況になっているのだ。
と、久遠はそこまで考えて、「これ俺は帰ってもいいんじゃないの?」と思った。
(組織のごたごたに俺を巻き込まないんで欲しいんですが……早く家に帰って寝たい……)
もう完全に飽きてしまった久遠がぼーっと事の成り行きを見ていると、突然耀哉から声がかかる。
「久遠、君はどう思う?」
「はい? 何がですか?」
「炭治郎の妹、禰豆子は鬼だ。しかし、飢餓状態であっても人は喰わないと炭治郎は主張している。君なら、彼らをどうする? あくまで参考程度に聞かせて欲しい」
なんで自分に聞くんだよとか、鬼殺隊の隊士でもない奴の意見を参考にするなよ、とか色々思ったがとりあえず久遠は考える。
別に妹鬼は殺して炭治郎は鬼殺隊追放とかでもいいんじゃないかと思ったが、それもちょっとあんまりかもしれない。
とりあえず自分は無責任な立場なんだから適当にやろう、最終的に久遠はそう結論付けた。
「まあとりあえずその禰豆子っていう子に会ってみないと分からないですね。えーっと、炭治郎君だっけ」
「は、はい!」
「禰豆子ちゃんって今どこにいるの? できれば実際に会いたいんだけど」
「あ、えっと……禰豆子はその……そこの箱の中にいます。でも、あの……今、禰豆子は怪我を負ってて……もしかしたらいつもより凶暴になってる、かもしれないです……」
炭治郎はシュンと肩を落としながら言う。
妹が人を喰わないと主張しておきながら、こんなことを言ってしまえば心象がよくないことは確実だ。しかし炭治郎自身、信じてはいるが禰豆子の鬼としての情報が完全ではないため、万が一の久遠の安全のことを考えると言わない訳にはいかなかった。
(うーん、正直な子だなあ……大分生きづらそうだ)
久遠はそう思いながら、優しく声をかける。
「ま、大丈夫だよ。何か起こってもここには頼りになる人たちがいるしね。それに……信じてるんだろう? 妹さんのこと。なら、きっとうまくいくさ」
「は、はい……!」
炭治郎は明るい顔になり、箱に近づいて中に声をかける。
すると、箱の中から竹筒を咥えた小さな女の子が出てきたのだった。
そして疲労なのか、それとも別の要因なのか、とにかくその少女は苦しそうに息を乱していた。
「君が禰豆子ちゃん?」
声をかけると、禰豆子は久遠の方をしばらくじっと見つめる。
そして何やら首をかしげていた。
「えっと、もしかしたら混乱してるのかも……禰豆子で間違いないです」
「ありがとう炭治郎君。……じゃあ、禰豆子ちゃん。禰豆子ちゃんは人を食べる?」
その質問に、禰豆子はしばらく久遠の方を見つめてから、やがて首をふるふると横に振った。
「食べないんだね、分かった。じゃあ、食べたいとは思う? お腹が空いた時とか」
そう聞くと、禰豆子は困ったように眉をひそめて黙っていた。
なるほど一応人を食べたいという欲求自体はあるのか、と久遠は思う。
それでも人を食べないというのは、一体何がそうさせているのか。
やはり人であった時の記憶が同族を食べることを忌避させているのだろうか。
久遠はそこまで考えて、とりあえず禰豆子への質問を続ける。
「例えば今、禰豆子ちゃんはとてもお腹が空いているように見える。そして目の前に俺という美味しそうな人間がいるんだけど……それでも食べない?」
「……ムームー!」
何やら竹筒の間から可愛らしい唸り声をあげつつ、禰豆子はぶんぶんと首を縦に振った。
それを見て、久遠は耀哉の方へ向き直る。
「まあ……、俺は禰豆子ちゃんが人を食べないっていうのは信じられると思いました。鬼のボス、鬼舞辻無惨の呪いのかせが外れてる鬼っていう希少性から見ても、処分ではなくうまいこと使うべきでしょう。当然、その手綱を握れそうな炭治郎君も」
久遠の言葉を聞いて嬉しそうに顔を明るくする炭治郎。
耀哉も微笑みながら頷いていた。
しかし、そこへ鋭い声が響く。
「……俺は認められねェ。人間ならいいが鬼は駄目だ、お館様のお言葉といえどこればかりは従えない」
久遠はその言葉を発した実弥の方を見て、またこいつかよ、とげんなりした。
「……何故鬼は駄目だと?」
「当たり前のことだろうが! 鬼はこれまでに散々人を喰い散らかして、たくさんの人から大切な物を奪っていきやがった! 鬼が鬼である以上許すわけにはいかねえだろうが!」
「うーん、君の感情自体は理解できるけど、鬼が鬼である以上――ってところは賛成しかねるな」
「あァ!?」
(マジでただのチンピラじゃんこわ……)
久遠はなんで俺がこんなことをしなければいけないんだろうと思いながらも話を続ける。
「君たち鬼殺隊士たちはなぜ鬼を狩っている? 鬼が人間より遥かに身体能力が高いから? 鬼の寿命が人間のそれよりずっと長いから? そうじゃない、鬼が人を喰うからだろう。つまり言い換えれば、人を喰わない鬼ならば何の問題もないわけだ。
今回の件もそう、禰豆子ちゃんが人を喰わないのであれば君たちが狩る対象であるところの“鬼”ではない。だから禰豆子ちゃんが人を食べるのかどうか以外に、感情的な論点をさしはさむ必要はないと思うけどね」
久遠の言葉を聞いた実弥は、怒りと喜色が入り混じった奇妙な表情を作った。
「なら、丁度いい! 証明してやるよ! こいつが人喰い鬼だってことをなあ!」
そう言って自らの腕を切りつける実弥。
傷口からは血が滴り落ち、地面を赤く汚す。
そしてそのまま禰豆子の方へと近づき、腕を顔の前に差し出した。
「ほら、お前ら鬼の大好きな稀血だぜェ! 飢えてる状態で我慢できんのかあ!?」
久遠はもうあまりの急展開にドン引きである。
稀血とかよく分からんけど少なくともこいつは頭がおかしい、と結論付けた。
そして血の流れる腕を差し出された禰豆子は、明らかに先ほどよりも息を荒げていた。
血走った目で腕を凝視している。先ほどまでは見えなかった角なども現れており、鬼化の兆候も見てとれた。
(うーん、大丈夫かな。一応声かけておくか……)
「禰豆子ちゃん」
「……フー! フー!」
声を荒げて聞こえていないようにも見えたが、久遠は語り掛ける。
「さっき俺を食べないって決めた時、どういう理由で食べないって決めたのか俺には分からない。でも、その理由が君にとって大切なものならここでもそれをちゃんと思い出すんだ。稀血だかなんだか知らないけど、こんな口より先に手が出そうな奴に負けちゃダメだよ」
なんだか最後の部分に個人的な感情が見え隠れしていたようだが、その久遠の言葉を聞いた禰豆子はしばらく実弥の腕を見つめた後……ぷいっと顔ごと視線を外した。
それを見た当の実弥やその他の柱達は驚愕の表情になり、炭治郎や久遠は笑顔を見せる。
「なっ!?」
「これで決まり。……ですよね?」
「そうだね、少なくともこの場においてこれ以上禰豆子を追及できないほどの証明はしたと思うよ。
みんなもまだ納得できたわけではないと思う、しかし禰豆子は普通の鬼ならばありえないことを目の前で見せてくれた。これは、信ずるに値するものではないだろうか」
大部分の柱たちは考え込んだように押し黙る。
唯一未だ納得がいかなさそうな実弥だったが、これ以上の食って掛かるための何かを持っているわけではないのだろう、他の柱たちと同様に黙っていた。
「では最後に……炭治郎」
「は、はいっ!」
予期していなかったのだろう耀哉からの呼びかけに、炭治郎はすぐさま出来る限り背中を伸ばした。
「この場はこういう裁定になったけれど、未だ心から納得できている者が少ないのは炭治郎も気が付いていると思う。禰豆子が本当の意味で認められるためにはこれからが重要なんだ。それは分かるね?」
「……はい」
「だから二人で助け合っていきなさい。鬼になっても失われないその絆は、いつかきっと鬼舞辻にも届きうる力になるかもしれない。私はそう信じているよ」
「はいっ! 頑張りますっ!」
耀哉が良い感じにまとめ、久遠もようやく帰れる……なんて考えるほどに終わりを感じつつある――その時だった。
不意に炭治郎が放った一言が場の全ての人間を凍りつかせた。
「あの……久遠さん、でしたよね。さっきからずっと気になっていたんですが……あなたから鬼舞辻無惨の匂いが微かにするのはどうしてですか?」
少し投稿が遅くなりました。
1万字もあるのに内容がめっちゃ薄いです……なぜ……?
会話が冗長すぎるのかな……