魔剣鍛冶師の冒険譚は間違っているだろうか 作:さうか
俺の名前はカルド・ミレイク。
この間まで普通の村人だったが、唐突に前世の記憶を思い出して自分が転生者であると判明してしまい絶賛人生の迷子中なただの10歳のガキだ。
正直前世の記憶と言っても、思い出せるのは何故かサブカルチャーだとか知識だとかそう言った事だけだ。あのアニメがいいだとかあの小説漫画が面白いだとかということと、一般的な高校に出るまでの知識。
故に人格は前の俺のまま…だと思う。多分。無意識下で変わっている可能性もまだ微レ存残ってはいるものの、気にしていても自覚できないんだから仕方がない。よって無視だ。
それに、今は別の事で悩んでいるのである。
「悪いな、カルド…」
幸薄そうな俺の父親が、暗い表情でそう言う。
俺と父親は村の入口にいた。そして俺は旅支度を済ませている。とはいえ、貧乏な村の貧乏な家の次男な俺にできる旅支度なんて高が知れているのだが。
口減らしという言葉をご存じだろうか。存じ上げないというのであればググればいいし、存じているという方は同情でもしておいてくれ。まさに今の俺の状態を差す言葉なのだから。
今年の夏は冷夏で、実りが少なく。
獣たちもどこぞへと消えてしまい食料がとんとない。
そこで、村唯一の鍛冶師である俺の父親は、長男を残して次男を旅立たせる…まあつまり、食料の消費先をなくすことを決断した訳だ。
「せめて、オラリオまで行くんだ。そこまで行けばきっと食い扶持先が見つかるはずだ。すまない、すまない…」
記憶を思い出した直後にこれとは中々にハードだが…これ以上ここにいても親父を傷つけるだけだ。まあ勿論追い出される側なのだから思うことがないでもない訳だし、ここにとどまる理由はない。
「じゃあ…達者でな、親父」
そういう訳で、転生者人生一日目で俺は独り立ちすることになったのだった。
―――――――
「…ちっ」
弓を引き絞り、矢を放つ。するとそれは凄まじい速度で近づいてきていたオオカミの魔物の首に当たり、その場に引き止める。
最後の矢だ。そして敵は二体いた。
相方が倒れたというのにそれを意にも介さず迫り来ている二体目をどう対処するか。とはいえ俺にできることなどあまりない。逃げては追いつかれて背中に食いつかれるのだ。
懐から鉈を取り出して、最後に跳躍して大口を開けて迫るオオカミに間を縮めて振り絞る。
「っ…オラァ!」
「ギャンッ!?」
火花が散る。
一撃目は爪で弾かれ、しかしそれを予期していた俺はすぐに振り返って着地したばかりのオオカミの後ろ脚に鉈を振り下ろしてけがを負わせた。血が噴き出し、山道を汚す。
後ろ脚を引きずるオオカミだが、普通に三足で立ってこちらに恨みがましい目を向けている。
「どうした?次は前足でも差し出してみるか、犬っころ」
笑い顔を何とか作り、こっちにこいよと手で招く。煽られたことに気が付いたのか、それともモンスターとしての獰猛さ故か、すぐに攻撃行動に移ったオオカミだが、さっきとは比べ物にならないほど動きが遅い。
鍛冶師(家業)と兼業だが、自警団として一応働いていた俺にとっては、そこまで脅威ではない。手負いのモンスター程度、冷静にやればちゃんと殺せる。
まあ、油断すれば即死するけど…ね!
「ガッ…ァ…」
「っラアアア!」
「ギャッ!」
飛びかかってきたオオカミの動きに合わせ、バックステップしながら鉈を振りぬく。目のあたりに刃が食い込み動きがひるむオオカミに、さらに追撃。鉈を引き抜いて、次は頭蓋骨を砕いてやった。
「ふー…あー、しんどい…!」
秋から冬にかけて、人が村の外に出なくなるこの時期は、モンスターが腹を空かせて狂暴になる。口減らしするならもっと時期を考えてほしかった。まあ、今言っても後の祭りだが。
オオカミが消えていって、魔石を残す。それを拾い上げて、革袋に入れた。次の村で矢の用意もしなければならないし、少しは足しになる。
「はー…ん?」
歩き始めた俺は、向かう先を見て少し目を見開いた。
天を衝く塔の影。空色に染まるそれを見て、やっと目的地が近づいてきたのだということを知った。
村で食料と矢を調達し、ついでに保存食でも買おうかとしていたその時だった。
「そろそろ出るぞー」
馬車の一群が出発しようとしているのを見て、足を止める。
金があれば俺も乗れるんだけどなぁ…まあ、無いものねだりしても仕方がない。ただ、出発の時間は少しずらした方がいいか。おこぼれを狙う不埒ものと思われたくはない。
「きゃっ」
「うわっ」
よそ見をしていた所為か、歩き出した丁度その時前に出てきた人影にぶつかって、俺は咄嗟に「わ、悪い」と口に出そうとして…そして、すぐに口をつぐんだ。
細長い華奢な体に色白の肌。端正な顔立ち。色素の薄い金色の髪。そして何よりも細長い耳。初めて見たが、恐らくエルフだ。
エルフは人に触られることをよしとしない。…特に女性のエルフは、男を憎んでいるのかってくらい肌を見せない、触れさせない事で有名だ。なんでも握手を求めただけで股間を潰そうとしただとか、不埒な男が肩を抱こうとしただけで男が老いて死ぬまで延々と恨み言を言って嫌い続けただとか、そんな噂を聞いたことがある。
顔が青くなるとはこのことか。
「あー、悪い。わざとじゃないんだ。その、エルフの嬢ちゃん。ぶつかって悪かったな…」
「い、いえ…こちらこそ、なんかすみません」
想像していた以上に穏やか声色を聞いて、心底ほっとしつつ、「それじゃ」と歩き出す。
「あ、待ってください!これ、落としてますよ」
「へ?」
見てみると、財布を持っていた。確かに俺の財布だ。そういえば手に持ってたままだったっけ。なんとも不用心な事である。過去の自分を責めつつ反省しつつ、それを受け取る。
「わ、悪い。ありがとうな」
「いえ。それでは」
そういうと、エルフは馬車の方へと向かっていった。そして少女が乗った丁度その時、馬車が動き出す。
あのエルフはオラリオに用事があるらしい。つまりオラリオに着けばまた会うこともあるかもしれないということか。
まあ、会ったとしてもどうもしないけど。そう思いつつ、馬車が離れて少し経ったので俺もそろそろ行こうとして…そして、足もとに落ちているハンカチを見つけて足を止めた。
薄緑の生地に美しい刺繍が施されたものだ。拾い上げてみると、滑らかな手触りに少し驚く。絹だろう。それもかなり上等な。
「…これ…」
もしかしなくても、さっきのエルフのだよなぁ…。
あーあ、見つけちまったよ。なんて言葉が頭の中をよぎる。
とはいえ、確かに面倒だが自分の分を拾ってもらって相手の分を拾わないってのは少し…というか大分かっこ悪すぎる。
しゃあなしか。オラリオに着いたときに探してみることにしよう。もちろん、余裕があれば、だが。
オラリオに着いた。騒がしい街だな、というのがまず第一の感想。閑散としていた故郷とは天と地の差だ。それに他種族も多い。様々な種族が、酒を酌み交わしていたり喧嘩していたりしている。少し前まで同族しかいなかった村に住んでいたので、正直物珍しいものばかりだ。
さて、しかしこうなると困った。いや、就職先だとかそういうのもあるが、エルフ一人追うのにこれでは難しい。正直エルフで女、年は同じくらい、しか覚えていないのだ。場所が他の場所ならエルフは嫌でも目立つだろうが、事オラリオでは珍しくもなんともないのである。
まあ、運が良ければ会うこともあるだろう。それよりもまずは自分の事である。
方向は決まっている。ファミリアに入るつもりだ。鍛冶師としての経験と自警団としての経験をフルに生かすにはそれしかない。そして俺の持っている技術と言えばそれくらいだ。後は…まあ、へんてこな知識くらいだが、これを生かす生き方なんてとんと見当がつかない。
まずは…こういう場合はギルドに行けば何か分かるかもしれない。前世の知識ではこういうファンタジー系の世界で冒険者が出てきたら、まず十中八九冒険者ギルドが存在するものである。
そういう訳で、俺はギルドに向かって歩き出すのだった。
それから数日、俺はファミリア探しに奔走した。
しかし俺は10歳児だ。どこも鼻で笑うレベル。加えてギルドの職員にもやんわりと諦めるように言われる始末。それでも生きていくために手に職は必要なのだ。後は意地もあった。負けず嫌いなのだ、俺は。
そういう訳で、三日目の朝。俺はまたギルドにやってきていた。昨日は一日紹介されたファミリアに突撃したが全て黒星となった。なので今日もファミリア探しにギルドに来た。
ドアを開けて中に入り、そしてカウンターの方へ行こうとした途中、猛烈な視線を感じて俺はそちらへと目を向けた。
そこには、どこぞで見かけたエルフがいた。
「あんた―――」
「み、見つけたあああああ!」
絶叫が響いたかと思うと、一瞬でその少女の姿が消え、そしてがっという衝撃と共に俺は吹っ飛んで地面に倒れ込んでいた。
何が起こったのか。それは視界いっぱいに広がる少女の端正な顔立ちを見て明らかだ。どうやら押し倒されたらしい。少女が乗っかる腹に柔らかな感触が広がるし、ふわりといい香りが鼻孔をくすぐるが、その感想を言う暇なんてある訳がない。
「私、わた、わたひ、私のハンカチ、お母様の形見の、私の!」
必死の形相で俺にマウント取って肩を揺さぶる少女。そこに、物語に出てくるようなエルフの清楚なイメージはかけらもなく。
ただ俺は肩を揺さぶられているので言葉を発することなどできず、ギルドの職員に助け出されるまで、この暴力にさらされ続けたのだった。
――――
「ごめんなさい…」
「いや、その…まあ気にすんなって」
それしか言葉が出てこない。気まずい空気が蔓延していた。
ギルドのフロントの一部、待合の為に作られたのかソファが並ぶ場所で、俺は例の暴走エルフと対面していた。
周囲からはまだ好奇が混ざった目が向けられてはいるものの、最初に比べたら大分減ったし、放っておけばすぐになくなる事だろう。
それよりも問題は目の前の茹でエルフの事である。
今回の事で言えば俺が被害者でエルフが加害者ではあるのだろうが、しかし理由は明確だ。さっきも超支離滅裂ではあったが思い当たる単語が出てきていた。
「本当にごめんなさい。あの、け、怪我は…?」
「いや、大丈夫だ。これでも結構鍛えてるからな。ほら、こんなに元気だ」
そういって俺はぐっと二の腕にこぶを作って見せてみる。同年代の女子とか村にいなかったから接し方が分からないが、いつまでも申し訳なさそうにされるとこちらまで申し訳なくなってきてしまう。
「そ、そう…よかったぁ」
そういってほほ笑む少女に、思わずどきりとする。エルフって顔いいんだな、マジで。
「それよりも、何か用事があったんじゃないのか?」
「っ!そう、そうなの!あの、私のハンカチ見なかった!?」
すぐに取り乱して顔をずいっと寄せてくる。鼻息が顔に当たって思わずのけぞった。
「その、緑色で、こう刺繍がされてて…!お願い、心当たりがあるなら教えて!なんでもするから!」
「なんでもとか、女の子が軽々しく言うことじゃ…」
「覚悟の上ぇー!」
泣きながら迫られる。
重たい。主にがっしりと掴まれた肩と心が。というか、エルフって触られるの苦手なんじゃないのか。今日一日で、多分平均的な男が人生で経験するエルフ接触分を上回っている気がするが気の所為であってくれ。
「ま、まあ落ち着け、エルフ。件のハンカチならここにある」
「えっ」
目を丸くするエルフに、取り出して見せる。それを見た少女は、笑顔を咲かせたかと思うと、すぐに真剣な表情を浮かべた。剣呑な気が目に宿る。
「い、いくらで譲っていただけますか!?」
「いや、返すよ普通に。お前の中の俺のイメージどうなってんだ」
ほぼ初対面とはいえ、拾ったものを返すだけで金を要求するがめつい奴だとでも思われていたのだろうか。もしそうなら日頃の態度を改めなければならないところだ。
「い、いいんですか…?」
「いいよ。それとも嬢ちゃんに財布拾ってもらった癖に、嬢ちゃんのハンカチは返さない最低な男だって、忘恩の誹りを擦り付けたいなら話は別だが」
「そ、そんなことないです!ありがとうございます、受け取ります!」
そういうので、肩の力を抜いてハンカチを渡す。それを受け取ったエルフは、泣きそうな顔で笑みを浮かべてハンカチをぎゅっと握りしめた。
「よかった…」
「それ、大切なもんなんだろ?もうなくすんじゃないぞ」
これでやるべきことを一つ終えた。後は自分の事をどうにかするだけだ。そう思って立ち上がると、「待ってください…」とエルフに引き止められた。
「あの…本当にありがとうございます。これは私の母の形見でして、無くしてたらきっと、ずっと後悔するところでした」
少しだけ頬が熱くなるのを感じた。なんというか、女の子に喜んでもらうのっていいな。
「き、気にするなよ。俺は持ち主のところに持ってきただけだ」
「それでもです。あの、少しお話しませんか?実は私、冒険者になりに来たんですけど…」
「お、おお…俺と同じ、だな」
少し逡巡して、座り直す。同じ立場の相手だ。話を聞く気にもなる。
「実は私、リヴェリア様に憧れてこの街に来たんです…」
「リヴェ…誰だ、それ?」
「し、知らないんですか!?ロキ・ファミリアのリヴェリア・リヨス・アールヴ様を!?」
「悪い、知らない」
そういうと信じられない者を見るような目で見られる。「信じられない…」って実際に口に出されて言われもした。
しかし、ロキ・ファミリアなら聞いたことがあった。
「だ、だけどロキ・ファミリアなら名前を聞いたことはあるな。確か俺と同族で名を上げてる人がいたはずだ。ええっと…」
「フィン・ディムナ様の事ですか?」
「そう、それ」
まあ、知っているのは名前くらいなんだが。
「ふ、ふーん…まあでも、リヴェリア様の方がきっとすごいんですけどね。だって、私たちの憧れ、ハイエルフ様なんですもの!」
「へえ…」
ハイエルフ、ねえ。確かエルフの中のエルフだとか、王族なんだとか、そういう感じだった気がする。
「それで、私はリヴェリア様に憧れてここにやってきて、昨日ロキファミリアの入団試験があったんですが…」
「へえ。行ってきたのか?どうだった?」
「落ちたんですぅぅぅ…!」
涙を流すエルフ。
「お母様の形見は無くすし憧れのロキファミリアの入団試験には落ちるしで、私はもう色々と参ってまして…この先ちゃんと生きていけるのかなって…」
「お、おいおい。そう思い詰めるなって…」
「ファミリアは何とか見つけたんですけど、頑張っていける気がしません…」と続けて言われて俺は慰めようとしていた口を閉ざした。
普通に先越されてた。まあ、エルフと小人族とでは待遇も全然違うんだろうけど。
「あの、貴方はファミリア見つけられたんですか…?」
「いや、俺は…まだ…」
何というか、事実を言うだけなのに言いにくい。これが見栄を張りたいお年頃ってやつなのだろうか。前世の記憶がある分まだマシだけど。耳年増なのも少しは利点がある。
「だったら、私のいるファミリアに来ませんか?実は、私が一番最初の団員なんです。つまり私しかいないんですよ…」
「はあ?」
それはつまり、超新興ファミリアってことだ。
正直言って新興ファミリアに行く利点は少ない。何せ経験のあるファミリアならある程度装備が整った状態で始めることができるし、色々といろはを教えてくれる土台もある。新興ファミリアはそれらが一切ない状態で始めなければならないのだ。苦労も倍あるだろう。
「お願いします、私、一人だけで生きていける自信がありません!つい先月まで森から出たこともないんですぅ!」
「いや、とはいっても…俺も同じ感じだから、気持ちは分かるけどさ…」
俺は少し考えるも、結局言った。
「…正直に言うけど、不用心すぎないか?俺がどんな奴かもわからないのに」
不用心というより、無防備すぎる。エルフの癖にわきが甘いのだ、この少女は。
そう告げると、エルフは即答した。
「貴方はいい人です!」
ん”っ――――…いや、待て落ち着け。そういう意味じゃないだろ普通。全く思春期ってやつは。
それよりもだ。
「何故そんな風に断言できるんだ?」
「だって、ほら、ハンカチ!」
これが証拠だと言わんばかりにずずいっとハンカチを見せてくる。
いや、確かに、それを渡したのは俺だけどさあ。
「でも、最初は正直面倒に思ったし、財布を拾ってもらわなかったら持ってきてたかも分からないぞ…」
「あ、耳赤いですよ?」
「マイペースかよ!」
指摘して微笑ましそうに笑みを浮かべる少女に思わず叫ぶ。するとエルフは小首をかしげた。
「まい…なんですか?」
「いや、いい。それよりも…ファミリアの話なんだけど…」
「あ、はい!その、どう、ですか…?」
ここで数秒、目をつぶって思案する。そして答えを出した。
「…入るよ。正直、ここ数日何の手ごたえもなくて焦ってたところだ」
「ほ、本当ですか!?やったー」
笑顔で喜びを表現する少女に、俺は何とも言えない笑みでため息を吐き出した。いいように乗せられてる気がしないでもないからだ。
「ただ、最終的に決めるのは主神に会ってからだ。あちらも急に見知らぬ男に来られても驚くだろうしな」
「そうですね。でも心配しなくていいと思います。あの…結構、変わったお方だけど、優しい方だと思う…ので…」
「?」
煮え切らない態度に首を傾げつつ、とにもかくにも神に会う事で話は決まった。
「あ、そういえば、まだ名前も聞いてませんでしたよね!私はロア・フィロイルです」
「俺はカルド・ミレイクだ。よろしくな、ロア」
「はい!」
そういうことで、俺はロアと一緒に席を立って歩き出したのだった。