これは二年前の話だ。この日、私は私を拾ってくれた一人の優しい少女を殺す準備を整えていた。私はその家に拾われて時間が経ち、その家の一人娘の世話係を任されるほどになった。そして、一人娘を殺すことで私が跡継ぎになるという計画だった。
私が跡継ぎになれるように外からの私の評価も意図的に高くされていた。準備は万端だった。私はアリバイを用意し、一人娘を屋上に呼び出した。あとは細工を施した手すりまで誘導し、少し後ろから押せばいい。そう思っていた。
一人娘は私の誘い通りに屋上に来た。
「どうしたの?こんな夜中に内緒のお話って」
「…少しご相談がありまして……」
娘は私がいる手すり側になんの疑いもなく近寄ってくる。そして、細工を施した手すりの前まで来た。あとはそっと後ろから押してやるだけ。そうすれば、自由が手に入る。幼くして両親を亡くし、拾われた孤児院では辛い教育とトレーニングをさせられ続けた。
この娘を殺し、私が跡継ぎになればそんな過去等気にならないほどの自由が手に入る。私は適当に考えた悩みを語りながら自然な動きで娘の背後に回る。このまま手を伸ばし、背中を押したその先に自由がある。
なのに、私の手は止まった。
「…」
「僕ちゃん?」
「あぁ………あぁぁぁぁ…………ごめんなさい…ごめんなさい私には…出来ません」
私は泣き崩れた。あと少しのところで彼女の背中を押せなかった。
私にとって、娘…お嬢様の友人でいられることがいつの間にか幸せになっていた。お嬢様は私に優しくしてくれた。誰よりも。お嬢様と共にいられればそれ以上の幸せはほしいとは思わなかった。それに気づいてしまった。それと同時にそんなお嬢様を殺そうとしたことに大きな罪悪感が押し寄せた。
泣き崩れた私を心配したお嬢様に、私は事情を話した。きっと私はお嬢様に嫌われ、この家を追い出されるだろうと思った。だけど、計画を実行しないままでいればきっと私はユグドラシルに殺されるだろう。どっちにせよ私に居場所はなくなるし、これを聞いてお嬢様がユグドラシルに気を付けてくれればきっとお嬢様はこの先も安全に暮らせるだろうと思って話した。
「そっか…」
一通り話したがお嬢様の様子はいつもと変わらなかった。
「じゃあいいよ、千夜ちゃん」
「え?」
「千夜ちゃんにはそれが必要なんでしょう?だったらいいよ。あなたは私に初めてできた大切な友達だもの………私が生きていると千夜ちゃんの命が危険にさらされるなら…」
お嬢様は優しく微笑みながらその身を後ろに倒し、私が細工した柵を倒して屋上から落ちた。
「お嬢…」
助けようとして伸ばした手は空を切る。お嬢様はそのまま地面へ落ちていった。しかし、突如として地面に次元の裂け目「クラック」が生成されお嬢様はその中へ入っていった。
「え…」
突然の出来事に私が驚愕して固まっていると私の背後に再びクラックが生成され、そこからお嬢様を抱えたアーマードライダーが現れた。
「よかった。間に合って」
「あなたは…」
アーマードライダーはお嬢様を下すと変身を解除する。変身者は女性だった。
「私は朱月藤果。あなたと同じ孤児院で育てられた、いわゆるユグドラシルを担う存在として育てられた人間よ」
「!」
私はそれを聞いた瞬間、お嬢様を始末に来た別の刺客と思い込み藤果に襲い掛かった。しかし私の力では遠く及ばずすぐに取り押さえられる。
「落ち着いて、私はあなたを止めに来たの。あなただけじゃない。各国に散らばったほかのメンバーにも同じことを伝えに行く予定。まぁ、あなたがユグドラシルに忠誠を誓っているのであれば無理やり止めるわ。あの男のために流される血はわずかでも少なくしたい」
「…私は」
「まって!私が死なないと千夜ちゃんが!」
「大丈夫。呉島天樹は既に瀕死の状態で病床に伏しているわ。私がそうした」
藤果はユグドラシルに与えられた力でユグドラシルに反旗を翻した最初の一人だった。もうすぐ天樹は死に、任務を無理に達成させる必要はなくなるということを伝えてくれた。
彼女のおかげで、私は今も幸せの中にいる。彼女がその後、ユグドラシルに始末されたことは呉島貴虎から聞いた。しかし、彼女の使っていたロックシードは身体に大きな害を与える試作品だったということ、放っていても彼女は死んでいたという話を聞いた。
先日の宇随佐一郎との戦いであいつが最後の変身に使ったロックシード。それは彼女が使っていたロックシードに酷似していた。
「…」
今私は黒埼家で怪我の治療をしている月寒竜也のベッドの横にいる。こいつは現在眠っている。怪我もかなり良くなっていてもうすぐ復帰ができる状態だった。救急車で運ばれ、病院ではなく黒埼家に移そうという話になった時点であいつの荷物の中にはもう最後の変身に使ったロックシードはなくなっていた。
(なんだか嫌な予感が………胸騒ぎがする。何事もなければいいが)
◆◆◆◆◆◆◆
黒埼家に運ばれてから四日が経って竜也はようやく復帰した。竜也が約一か月ぶりに事務所を訪れ、一回深呼吸をしてから自分の事務所の扉を開ける。
「「「「「「「「退院おめでとう~!!!!!!!!」」」」」」」」
扉を開けると同時に竜也の頭上に用意されていたくす玉が割れ、各アイドルが持っていたクラッカーが鳴った。竜也は突然の事態で呆然としている。そんな竜也に花束を抱えた雪美が近寄ってくる。
「竜也………復帰……おめでとう」
「雪美…………みんな、ありがとう」
「竜也さん!さぁこっちに来てください!みんなでケーキも作ったんですよ!」
部屋の中心には大きいケーキが用意されていた。少し歪ではあるが愛情はこもっているのは目に見えていた。ケーキだけではなくごちそうが用意されている。みんなで頑張って用意してくれたのが竜也は嬉しかった。
「みんな………ありがとう」
仕事を始めるのは少し遅くなってしまうが竜也は担当するアイドルと共にパーティーを楽しんだ。愛してもらっていることを再確認した。
だから竜也も愛したいと、守りたいと願った。
「竜也プロデューサー」
「はい」
パーティーを終え、仕事を始めようとしたとき竜也はちひろに呼ばれた。
「第三会議室に至急向かってください。社長がおよびです」
「社長が?」
何となく予想はしていた。いやむしろ遅すぎだと感じるほどだ。あれほどの事態をずっと隠蔽し続けていたのだ。首が飛んだっておかしくない。
竜也は半ば覚悟を決めて会議室に向かった。
「失礼します」
「入り給え」
会議室に入るとそこには社長と専務、部長、そしてなぜか呉島貴虎がいた。
「まずは退院おめでとうと言っておこう」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
竜也は頭を下げる。
「まぁ、こんなものが流通している世の中だ。むしろアイドルをその身一つで守り通した君には賞賛の言葉を贈ろう」
社長は机の上に置いてあるロックシードを指さす。おそらく今回の話を理解することに当たって貴虎に説明をしてもらったのだろう。
「独断での行動、報告をしなかったことは謝罪いたします」
「事情は聴いた。そこの呉島の御曹司からな。まぁ事情も事情だ。そこに関しては言及するつもりはない」
「………では?」
それ以外の話となると竜也はなぜここに呼ばれたかがわからなかった。
「今回は君の今後の仕事に関しての話だ」
「仕事?」
「これを見たまえ」
社長の合図で部屋の壁に映し出されたのはグラフだった。
「これは?」
「これは君以外のプロデューサーに君の担当アイドルを任せてからの君の担当アイドルがこなし、依頼をうけるようになった仕事の数の推移グラフだ」
グラフは、右肩上がりだった。
「君はプロデューサーを初めてまだ2年だ。君の担当アイドルを任せたのは余裕があるベテランのプロデューサーばかりだから上がるのは必然だが………それでもこの数字は少し考えるべきものがある」
それはすなわち、竜也は彼女たちの魅力を引き出し切れていないということだった。
「まぁまだまだ新人の君に8人も任すのは少々荷が重かった面もあるだろう。そこでどうだ?今回の騒動はまだ完全に収まったわけではない。君には、アイドルを守る傭兵としてユグドラシルに移るというのは」
「え?」
社長の言葉は実質クビ宣言ようなものだった。アイドルプロデュースだけに専念できないのであれば辞めろとまでは言わないが、問題に首を突っ込むなとそういいたいのだろう。守ることは大切だが、竜也が怪我をすればアイドルの仕事も滞る。
確かに彼女たちを守れれば本望だ。だが、雪美との約束もある。こんなところでプロデューサーを辞めるわけにはいかなかった。
「呉島の御曹司も君を受け入れると…」
「…っ!申し訳ございません!会社にご迷惑をおかけし、皆様に苦労を掛けたこと重々承知しています!ですからもう一度!もう一度だけチャンスをください!」
竜也は間髪入れずに頭を下げて頼み込んだ。
「いや、何もクビにしようってわけじゃない。ただ君がそれを望むのであれば一時的にという話だ。犯人に対して思うこともあるだろう」
「思うところはあります。ですが私は、雪美の……346プロのアイドルプロデューサーです」
「……君の気持ちは分かった。であれば彼女たちをアイドルとして一段と輝かせるために精進するように」
「………はい」
竜也は頭を下げて部屋を出た。とりあえずクビは免れたが、今回は警告だったのであろうと竜也は思った。
頭を冷やそうとトイレに入り、顔を洗う。
「…」
「やばいよなぁあんなこと社長直々に言われるなんて」
「…え?」
声がした。辺りを見渡すが声の主はいない。トイレの中に他に人間もいない。
「こっちだ」
鏡の中の竜也が竜也に語りかけていた。
「…どうなってやがる」
「どうもなにも、俺はお前の心の中のお前だ。お前の欲望、そのものだ」
「俺の…欲望?」
「お前は闘争心が足りないんだよ。だから回りに差をつけられる」
「闘争心…」
「大切な大切な雪美を、別のプロデューサーに奪われたくはないだろう?だったら他人を蹴落とし、泥を啜ってでもトッププロデューサーになるしかないだろ?奪い、つかみ取り、頂点に立つ…勝者は常に………戦い、奪い取った一人きりだ」
「…だけど、そんなことは」
「守りたいと思ったんだろ?お前自身を大切に思っている彼女たちを………だったら戦え…」
「俺はただ、雪美との約束を…」
そうは言うがこのままでは雪美との約束も果たせなくなる。それは心のどこかでわかっていた。それを見透かされているようだった。
「戦え…」
「俺は!」
「戦え!!!」
―3週間後―
それから3週間が経った。たったの3週間で竜也の業務成績は上がっていた。様々な仕事を竜也は次々と取り、担当アイドルの知名度をぐんぐんと上げていった。また、竜也の見た目の変化も生じた。以前はごく一般的な成人男性といった感じだったが着るものや髪型等を変えていわゆるホストのようなイメージに近くなった。
そして、この日は雪美がファッション系の雑誌の撮影の日だった。竜也は雑誌の編集者に挨拶する。
「この度は弊社のアイドルを起用していただきありがとうございます」
「あぁ346さん。この度はよろしくお願いいたします」
取引先の編集者は女性だった。
「そういえば…次号は雪美が出るとして、その次のモデル決めあぐねていると聞き齧ったのですが…」
「あら、お耳が早いんですね。そうなんです。なかなかいいイメージ通りの人がいなくて…」
「お聞かせもらってもよろしいですか?何かアドバイスできるかもしれません」
「ああ………次回はグラビアを中心にしようかと思っているんですが…」
編集者は用意していた衣装の写真を竜也に見せる。
「ほぉ………これはなかなか際どいですね……ですがうちにその衣装に似合いそうなアイドルがいるんですが……いかがですか?撮影もまだ時間がかかりそうですし、近くのファミレスで話だけでも聞いていただけませんか?」
「そうですね………まぁ、お話だけなら」
そう言って竜也は編集者を連れてファミレスへ向かってしまった。雪美を置いて。
「竜也…?」
一方の竜也はファミレスで次回のモデルにいいのではないかと美優を提案していた。
「やや内気なところがありますが性格は写真に写りませんから。体系と魅力でいえば十分だと思いませんか?」
「うーん、まぁ悪くはないと思うのだけれど………もう一人いないかしら?モデルは今回2人必要なの」
「そうですか…イメージとしては?」
「イマージとしては妖艶…とでもいえばいいのかしら。この衣装に似合う感じで…」
竜也は見せられた衣装を見て自分の担当アイドルを思い浮かべるがいい感じのアイドルがいないと考えるしかしそれは自分の担当アイドルという枠の中の話だ。
「わかりました。何とかしましょう」
「え?何とかって言われても…」
「大丈夫です。俺を信じてください」
竜也はテーブルから身を乗り出し、編集者の頬に手を添える。そして真正面から編集者を見つめた。
「俺の目を見て」
お互いに目を見つめあう編集者の心はふわふわとした感覚になり、うまく思考がまとまらなくなってくる。
「大丈夫です。要望に合ういいアイドルを選んできますよ……だから、今後も346を……いや、俺のアイドルをごひいきの程…宜しくお願い致します」
竜也の言葉だけが脳に響き、編集者はほとんど何も考えずに頷いた。それからしばらくして撮影が終わるくらいのタイミングで竜也は戻ってきた。
「雪美、撮影はうまくいったか?」
いつもと変わらない笑顔で竜也は仕事を終えた雪美を迎える。
「………うん」
それから雪美を家に送り届けた後事務所に帰った竜也は夜まで仕事をこなした。そこに少し遅めのレッスンを終わらせた三船美優がやってきた。この日は仕事があったが、もうすぐミニライブを控えているのでレッスンをしたいとの本人の要望だった。
「お疲れ様ですプロデューサーさん」
「ああ、美優。ちょうどよかった」
「?」
「仕事やっていただきたいんです。今日雪美が撮影したところの雑誌です。これ、衣装の参考です」
竜也が手渡した衣装を見て美優は顔を赤くする。内気な美優だ、いきなりグラビアというのは難しい相談だった。
「え………あの、私あんまりこういうのは…」
「やっぱり難しい?」
美優は小さくうなずく。しかし、竜也はそんな美優の肩を掴み、そっと耳元でささやく。
「以前にも言ったけれど美優の身体は素晴らしい。その魅力をもっと大々的に見せるべきだと思わないか?それに、新しい一面として見せることは大切だ……チャレンジしてみないか?」
「で、ですけど…」
言っていることは正しいかもしれないがあまりに段階を踏んでいない。竜也は美優の気持ちを汲み取ってささやく。
「ファンの人たちに急に大胆な姿は見せたくない?」
「はい…」
竜也は美優の手を掴みそのまま近くのソファに押し倒す。
「だったら俺だけにもっと大胆な美優さんを見せてくれ」
「え……ええ!?」
「そうすれば………ファンの人たちが知る美優の姿なんてほんの一部分になる………」
竜也はそっと美優に口づけをする。美優は少しは抵抗しようとしていたが、その口づけで完全に骨抜きにされ、なすがままになる。
「プ………竜也さん…」
「さぁ………美優、君のすべてを俺にみせて………」
◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日、竜也が事務所を歩いていると佐久間まゆに声をかけられる。
「あら?プロデューサーさん、シャツのボタン、ほつれてますよ?」
「ん?ああ、本当だ」
「よかったらお直ししましょうかぁ?」
「頼むよ」
まゆは自身の担当プロデューサーに入れ込んでいる。これは竜也に対する下心ではなくただの親切だった。
「細かいところに気配りが行く、きっといいお嫁さんになるよ」
「ありがとうございます♪ウフフ、まゆのプロデューサーさんにも喜ばれますかねぇ?」
「そうだな………ところでまゆちゃん、いま美優がやろうとしているグラビアの仕事に相方が必要でさ………よかったら一緒に出てみないかい?」
「え?まゆがですか?」
竜也はまゆの手を取り、一気に自分の方へ引き寄せた。
「大丈夫。悪いようにはしない………もし引き受けてくれたら君のプロデューサーと君がいい関係になれる手助けをしよう。彼とは俺の先輩伝手に知り合いでね………君が知りたいこと、かなえたい願いを俺にできる範疇でやってみよう」
「でも、まゆ一人の判断じゃ…」
「君がやりたいと頼み込めばきっと彼は聞いてくれる…自分を信じて」
竜也は確かに宇随の伝手でまゆのプロデューサーと知り合ってはいた。しかも、まゆのプロデューサーと宇随は高校時代の知り合いであり、高校時代にまゆのプロデューサーが起こした問題を宇随が解決してやった過去も知っていた。
つまりは弱みを握っていた。竜也はそれをカードにまゆのプロデューサーにも話を通してグラビア出演を半ば強要させ、まゆ個人の願いも聞き入れるように促した。
竜也の行動でファッション雑誌に二号連続346プロのアイドルが起用されることとなった。しかしそのやり方はあまりに力技で、危険なやり方でもあった。普段の竜也であれば消して渡ることがないような橋を渡っていく。
その行動が表面上に出なくてもアイドル達が異変に気付くのは当然だった。
翌日、雪美が事務所に行くとそこではちとせが優雅にティータイムを過ごしていた。
「雪美さん。おはようございます」
当然千夜もいる。
「………千夜……ちとせ」
「?」
雪美の様子が少しおかしいことに気づき二人は顔を見合わせる。
「どうかなさいましたか?」
「とりあえず一緒にお茶でも飲む?ほら、お菓子もあるよ」
今は竜也もいない。何か不安だったりすることがあるのなら解決はできずとも話を聞くことくらいはできると思い、お茶会に誘う。
「千夜…ちとせ……ありがとう…」
雪美にティーカップを渡し、千夜が紅茶を注ぐ。
「………なにか神妙な顔してるけど………悩み事?」
「あいつは仕事の為いませんが………私たちでよければお話しください」
「実は…」
雪美は先日の雑誌の撮影の時の竜也の話をした。いつもの竜也なら仕事の話とはいえ、途中でアイドルを放ってどこかに行ったりはしない。そのことは千夜もちとせも知っていた。輝きから一切目を離さず最後目で近くにいてくれる。
確かにプロデューサーとしての竜也の腕は低いところもあるかもしれないがそういうところだけはしっかりしていて、それが竜也の長所ともいえた。
「そうですか……そんなことが」
「確かに最近魔法使いさん少し様子がおかしいよねぇ~。服装とか髪型とかも……私は前の方が好きだったけど」
雪美の話を聞いて千夜はあの日竜也が使ったロックシードの存在を思い出す。
(……)
「おや?何やらいい匂いがするのでしてー」
そこに芳乃が現れた。
「芳乃さん…」
「?」
千夜は芳乃に最近の竜也についてどう思うかを聞いてみる。確証はないが芳乃の天性の邪気に反応する感性に頼ってみようと思ったのだ。
「そうですねーわたくしには特別な力はないとはおもいますがー…………わたくし個人の感覚としては、今のあのものは何か邪な者の意思で動かされている………そう感じる部分がありましてー」
「邪………」
ふと思い出してみるとあの変身の際、竜也は急に攻撃的になったように感じた。行動ではなく言葉もだ。
(あんたは尊敬に値する人間だったが!もう絶対許さねぇ!!!)
「…」
千夜はその日のレッスンを終えると呉島家まで向かった。
「それで………相談っていうのは?」
呉島家で千夜は相談があると言ってとりあえず通してもらった。
「私もヘルヘイムの特性について一通りは知っているつもりですが、それでも一部です。何か………霊障のような形で生物に憑依したり、取り付いたりする例などはあったりしませんか?」
「……憑依…か」
貴虎はノートPCを取り出し、戦極凌馬が残したヘルヘイムの研究データを調べる。その中からヘルヘイムの研究を始めたばかりの頃のデータとゲネシスドライバー完成前後のデータ、そしてヘルヘイム消滅後のデータをピックアップする。
「霊障かどうかは知らないが、通常とは違う動きをしたヘルヘイムの事例ならいくつかある。一つ目は鎮守の森のご神木。高司神社で神木とされていた木だがこれはクラックから侵入したヘルヘイムの植物が繁殖をせずに単体で樹齢を重ねたものだ。我々はこれを使って人工クラックを作り出した。」
神社にあったご神木という点では確かに近いものはあるがそれではない。
「次が二年前に起きた自爆テロ。これはザクロロックシードを使って人を洗脳することで起こした事件だ。狗道というユグドラシルの研究員が作り出した特殊なロックシードでな。それは狗道がヘルヘイムの力で得た新たな力によるものだ」
ロックシードを使っての洗脳、狗道がヘルヘイムの研究の影響で得た特殊な力も近いものがあるが自爆テロも何のためらいもなく起こすあたり強力な洗脳能力であることは伺える。しかし、竜也を洗脳しているのであればもっと別の行動を起こさせるはずだと千夜は考え、それではないと首を振る。
「最後に、これはヘルヘイムの脅威が去った後の話だ。とある女性にコウガネと呼ばれる謎の存在が憑依し、暴れた事件だ。この存在は以前も事件を起こしているらしいが我々は覚えていなかった。光実によると葛葉紘汰は覚えていたようだったが……」
そういいながら貴虎は事件についての詳細画像を表示していくが、その中の画像を見ていた時千夜は驚くべき画像を発見した。
「これは!」
「どうした?」
この事件での被害者、コウガネに憑依されていた人物の画像を千夜はよく知っていた。見間違えるはずもない。同じ事務所に所属するアイドル、三船美憂だった。
確証はないが、少なくとも関係はないと言い切れない事実に千夜は逆に頭を抱える。
(仮に今回の黒幕がコウガネという存在だったとして………なぜ今なんだ?仮に美優さんから乗り移ったとして、なぜ今それが動き出した…?)
少しの間考えていると、一つ、見逃していた事象に気づく。
「まさか…」
―翌日―
翌日、千夜は楓を呼び出して話を聞いた。宇随プロデューサーが最近おかしかったりしたことはないかを確認をし、時期などを詳しく確認した。そして、美優にも話を聞き、時系列順に並べて確認してみるとすべてではないが大体がつながった。
千夜は竜也を屋上まで呼び出した。
「話ってなんだ?もしかして愛の告白か?」
竜也は軽く笑いながら千夜に聞く。
「ああ。そうだ」
「え?」
千夜はもともとそういう話を持ち出そうと考えていた。
「私は………お前が倒れた時心底悲しくなった。もう何年も流していない涙を見せるほど…きっとお前のことが好きなのだ………この胸の想いを隠しておくことはもうできない…………今夜…お前の部屋に行ってもよろしいですか?」
「…」
急な告白に竜也は面食らっている。次に出てくる言葉でこの先の展開が決まる。
「ああ、いいぜ?お前を受け入れる…鍵を渡しておく。今日は少し遅くなるから…」
千夜はショックを受けた。一番なってほしくない展開になってしまったからだ。きっと普段の竜也なら照れてごまかしたり、冗談を言うなと言ったりしただろう。もしかしたら自分の告白を受け入れることはあっても、何の躊躇もなく肉体関係を認めることなんてないと千夜は信じていた。
悲しみか、怒りか、どの感情からあふれたかわからない涙が千夜の頬を伝う。
「千夜…?」
「…」
歯を食いしばり、千夜はゲネシスドライバーを取り出した。
「……え?」
「変身」
『レモンエナジーアームズ!』
千夜はブラックバロネスレモンエナジーアームズに変身した。
「さぁ、変身しなさい」
ソニックアローを向けて竜也に変身を促す。
「な、なに言ってんだ千夜!」
「変身しろぉ!!!!」
千夜は叫んでエネルギー矢を竜也に放った。間一髪のところで竜也はそれを躱す。
「千夜!?」
「はぁ!」
間髪入れずに竜也に切りかかる。竜也はソニックアローの刃がない部分に手を押し付けて競り合う。
「やめろ千夜!!」
「変身しろ!私と戦え!でなければ………死ぬだけだ!!」
千夜は竜也の腕を弾き、ソニックアローを振った。竜也の肩に切り傷が入り、血がワイシャツに滲む。竜也は切られた衝撃と共に転がって距離を取った。
「………やるしかないのか……」
千夜の本気に対して竜也は戦極ドライバーを取り出し、装着する。
「なんでお前がこんなことをするのか………理由はわからないが…。話す気がないなら少々手荒だが取り押さえて理由を聞かせてもらう!変身!」
『マツボックリアームズ!』
竜也も変身した。
(それじゃない…)
千夜は一度深呼吸をする。そして、過去を思い出す。ユグドラシルの工作員として育てられた過去を。
「あの平穏を取り戻すため、私は今一度冷徹な道具に戻ろう……」
千夜は構えた。そして一気に竜也のところまで飛んだ。接近された竜也は反射的に影松を振ったがそれは当たらない。すでに千夜は竜也の死角に入り込み、ソニックアローで切りつける。
切られたことでバランスを崩した竜也を千夜は容赦なくさらに二撃三撃と切りつけ、蹴り飛ばす。
竜也が地面を転がるとソニックアローを上空に向け、エネルギー矢を放つ。矢は竜也の上空でレモンの形のエネルギー体になり、その下に無数の矢の雨を降らした。
「ぐぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁ!」
倒れかけた竜也のアーマーを掴み、無理やり立ち上がらせてさらに切り付ける。竜也は屋上の手すりまで追いつめられた。
(つ………強い…反撃する暇すら…)
「どうした…?その程度では私に殺されるだけだぞ」
千夜は竜也の首を掴んで手すりに押し付ける。
「くっ…」
千夜を止めるよりも自身の命の危険を感じた竜也はゲネシスコアをベルトにセットし、ドラゴンフルーツエナジーロックシードを取り出す。
『ドラゴンフルーツエナジー!』
ドラゴンフルーツエナジーロックシードを起動させたことでマツボックリアームズが変形して一旦竜也の体を離れる。その変形の衝撃で千夜も少し離す。
『ジンバードラゴンフルーツ!』
(それでもない…)
「本気で来いと言ったはずだ」
「これからだ!」
竜也は影松真を握って千夜に突進したが攻撃がいなされ、そのままソニックアローで足元をすくわれて地面に倒れる。倒れた竜也にソニックアローを振るがギリギリのところで防ぐ。
「ぐっ……」
「私を打ち倒さなければ死ぬだけだぞ」
「なんでこんなこと……」
「敵に何故などと問いかけるやつは、そもそも戦う資格すらない」
千夜はソニックアローを押し付ける手の力を強めた。
「くっそぉ!」
竜也はソニックアローを弾き、千夜を蹴り飛ばす。その勢いでそのまま横に転がって距離を取った。
「お前は敵じゃない!」
「…なら私がお前の敵であると証明してみせよう」
「え…」
千夜は変身を解除した。そしてスマホを取り出して竜也に向ける。そこには竜也と美優がキスをしている写真が写し出されていた。今回の事件が発覚する前にたまたま千夜が現場を見てしまっていた。脅すつもりはなかったがなんとなく写真に収めてしまっていたのだ。
「!」
「これが世に出回れば、お前はただでは済まないだろう」
「なんでこんなこと…」
「なぜ?信頼が裏切られたから…でしょうかね。いつ手を出すともわからない輩とお嬢様を一緒にいさせたくない、従者として至極当然の考えでは?」
「…」
自分が起こしたこととはいえ、やっとプロデューサーとしての成績を上げて雪美との約束を守れると思った矢先のトラブル。
千夜の口封じをしなければ
そんな考えが竜也の脳裏にによぎる。それと同時に竜也の手に黒いロックシードが出現した。
(出てくるか…?)
そのとき、どこからともなく大量のイナゴの軍団が飛んできた。
「なっ!」
イナゴの軍団は千夜を包み込み、持ち上げてそのままどこかへ連れ去っていく。
「千夜!」
千夜が未知の物体に連れ去られたのを見た竜也の手から黒いロックシードは消滅する。そして竜也は慌ててダンデライナーを取り出して解錠した。
起動したダンデライナーに乗り込み、竜也はイナゴの軍団を追いかける。
「くっ……」
イナゴに包まれながらも千夜はレモンエナジーロックシードを解錠し、ベルトに装填した。
「変身!」
『レモンエナジーアームズ!』
変身するとその衝撃でイナゴは散り、千夜はビルの屋上に落ちた。
「あぐっ!」
千夜が落ちたビルの屋上にイナゴは集合し、合体してイナゴ怪人となった。イナゴ怪人は千夜に襲いかかる。
「この!」
千夜もすぐに体勢を立て直し、襲いかかってきたイナゴ怪人の攻撃をソニックアローで押さえる。
「こいつは…なんだっ!?」
イナゴ怪人は千夜を蹴り飛ばして後ろに下がり、そのまま鋭い爪で切り裂く。少し後退した千夜はソニックアローを連続して振るが、それは避けられ、エネルギー矢を放つもそれすら躱す。
(速いっ!しかも体術を心得ている!)
『レモンエナジースカッシュ!』
シーボルコンプレッサーを押し込み、必殺技を放ったがイナゴ怪人は小さいイナゴに分裂して千夜を襲う。
イナゴは千夜を翻弄してからの背後で集合合体し、爪で切り裂く。
「ああ!」
千夜はバランスを崩すも追い討ちにきたイナゴ怪人を蹴り、怯んだところを切りつける。
「はぁぁ!」
さらに追撃しようとしたがイナゴ怪人はソニックアローを千夜の手から叩き落とし、首を掴んで壁際に追い詰めた。
「ぐ…」
そこに竜也が追い付き、ダンデライナーから屋上に降り立つ。そしてイナゴ怪人に影松真を向けて走り出した。
「千夜を離しやがれ!」
しかし走っている途中で竜也の足は止まった。
「…?」
さらにロックシードを閉じて変身解除までした。
「あまり目立たないようにしたが…まさか貴様のような小娘に勘づかれるとは」
竜也が喋りだしたが明らかに様子がおかしい。千夜は首を絞められながらも竜也に訪ねる。
「貴様は…何者だ…」
「私はコウガネ。黄金の果実そのものだ。かつてあの忌々しいアーマードライダーに倒され、そして今また復活を遂げようとしている…………あと少しというところでとんだ邪魔が入ったものだ」
「コウガネ…」
竜也に憑りついたコウガネは千夜が落としたソニックアローを拾い上げ、自身の首にアークリムを向ける。
「これ以上私の邪魔をするのならこの男を殺す。大方私の存在に気づき、追い詰めれば私が出てくるんじゃないかという考えだったんだろう?」
「そいつという依り代を失えば…貴様も………消滅するんじゃないのか…」
「なぁに依り代だったらまだいる。お前というな。私からすればこいつの方が都合がいいから利用してるだけだ。これ以上お前が邪魔をすれば…」
コウガネは自身の首にアークリムを少し押し付ける。宿主である竜也の首から血が滲む。
「よせ!あぐっ!」
千夜が止めようと足掻くが、イナゴ怪人にさらに強い力で締め付けられる。いくら千夜が強いとはいえ、それは技術面の話であって単純な力では千夜は対抗しきれなかった。
「わ………わかった…これ以上の邪魔はしない…」
千夜は邪魔をしないことの証明をするように変身を解除した。
「だから……やめてくれ…そいつを…殺さないでくれ………」
千夜は涙ながらに訴えるそれをみたコウガネはニヤリと笑い、イナゴ怪人に合図をする。イナゴ怪人は千夜を離して分裂してその姿を消した。
「私はこいつの中でお前たちの動きを見ている…馬鹿な真似はしないことだ」
コウガネは竜也に意識を返す。竜也は気を失い、その場に倒れかけたのを千夜が支える。
「お前!」
「う………俺は…あれ……千夜…?」
「よかった……無事で…」
千夜は竜也を抱き締めながら竜也の無事を喜んだ。
「なんの話……首痛っ!」
千夜の態度に疑問を抱いていると、首につけられた傷の痛みに気づく。
「ちょっと待ちなさい。応急処置をします」
「千夜…?」
千夜はハンカチを取り出して竜也の首に巻いてやる。
「なんで首に傷なんか…ていうか俺らなんでこんなところに」
「詳細を聞こうとするのなら今すぐアイドルをやめます」
「え、あ、はい…」
何やら触れてはいけないようだと察して竜也は黙った。しかし、なにかあったことは目に見えていた。
「なにがあったかは知らないか………相談はしてくれよ」
「ええ……近いうちに………話せると信じてます」
二人はビルから降り、事務所に戻った。事務所で竜也は首の傷を清良に見てもらい、病院に行くほどではないと判断されて処置をしてもらった。
竜也が治療されている間に千夜は貴虎に連絡をとった。
「ええ、やはりこの間話していただいた事件と同じです……ええ、はい。必ず取り戻します。私たちのプロデューサーも、私の居場所も」
続く