ワールズエンド・ヌルテカノヴァ〜ナマコブシとゆく終末世界〜   作:ナマコ教徒N771

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プロローグ「世界の終わりと最後のナマコ」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

【ナマコブシ】なまこポケモン みずタイプ

 ビーチなど浅い海に棲む。身体から体内器官を出して餌を獲ったり敵と戦う。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 最後に投げられたのがいつだったか、ナマ太はもう覚えていない。あの頃に比べて彼の身体は大きく重く育ちすぎたし、何より、投げてくれる人間自体もう居ないのだ。

 人間は賢い生き物だった。ナマ太が想像できる「かしこさ」の尺度はヤレユータンくらいが上限だが、人間はそれ以上に賢かった。またヤレユータンと同じように、いいやつと悪いやつがいた。悪いやつが悪知恵を働かせ、いいやつが知恵を絞って悪者を倒す。いつの時代、どこの島に行ってもそんなことは日常茶飯事だった。ナマ太は誰のポケモンでもなかったので、どちら側にも付くことなく、彼らが賑やかにバトルしたりしなかったりするのを、いつものビーチでぼーっと見ていた。

 散発的に繰り広げられるポケモンバトルを眺めていると、いつかどこからかアブリボンが飛んできて、ナマ太の背中で一緒に観戦するようになった。彼いわく、「防御力が高いポケモン(ナマコブシ)の後ろにいると流れ弾が飛んできたとき安心」なのだという。なんだそれ、と思いつつ、特に移動する予定もなかったのでナマ太は受け入れた。ときどき分けてくれる「かふんだんご」は、どこか知らない森の風味がした。

 やがてバトルがひと段落した頃、ナマコブシ投げのバイトが走ってきて、自慢の腕力でナマ太を海へと投げ返す。ナマ太はその日見た景色を記憶の片隅にしまいつつ、海底で食事をとって眠りにつく。次の朝日が昇ったら、またお気に入りの場所を目指して、ゆっくりゆっくり歩いていく。毎日、そんなことの繰り返し。

 平和とも言えないが、破滅的でもない日常。そんな時間がいつまでも続き、誰も終わりを見ることなく、みんないつかは自然に還る。自分もその一部に過ぎない。ナマ太はそう思っていた。

 

 

 彼の誤解は鮮烈な爆発音とともに打ち砕かれた。ある日突然、ナマ太のいたビーチに何十発、何百発もの爆弾が降り注いだ。ポケモンの技の「だいばくはつ」なんて比較にもならない、粘液も一瞬で枯れ果てる熱と光の連続。ナマ太はたまらず海へ逃げ込んだ。水中でも相変わらず彼のすばやさは最底辺で、このときばかりは自分の生まれた種族を呪った。

 いっそ開き直り、ナマ太は移動を波任せにし、ひたすら身を固くして爆発が収まるのを待った。そうしていると痛みが和らぎ、少しずつ沖のほうへ遠ざかることができた。

 途中、同じように波に揺られているポケモンを見かけ、ナマ太は声をかけようとして……やめた。相手はナマ太ほど防御力が高くなかったのだろう、すでに話ができる状態ではなかった。ナマ太はなるべく周りを見ないように努めた。

 

 

 やがて、音がしなくなった。爆発どころか、ポケモンの発する音さえも。みんな逃げたか、怯えて声を出せずにいるのだろう。ナマ太はそう自分に言い聞かせた。ぼくは……決して……ひとりぼっちなんかじゃ……ない。

 適当な海底に着地すると、ナマ太は「じこさいせい」を始めた。避けきれなかった熱が、身体のあちこちに火傷を作っていたのだ。他者の状態異常を治す「じょうか」を自分自身にかけようとも試みたが、普通とは違う使い方なのでなかなか上手くいかなかった。傷が完全に癒えるまでに、いくつもの太陽と月が出ては沈んだ。

 しばらくすると、ナマ太の内側で、何かがウズウズしだした。ナマコブシとしての本能が、「いつものビーチ」に帰りたいと訴えていた。一方で、理性は必死で「行くな」と叫んでいた。あそこは危険だ。また爆発があるかもしれない。いくらお気に入りの場所でも駄目だ。別の場所を探そう。

 

 でも……

 

 でも………………

 

 ナマ太は気付けば歩いていた。いつもの場所へ向かって。誰よりも遅い歩みで、静寂の海底を進んだ。

 治った火傷がまた痛む気がする。

 海の水がいつもより濁っている。

 視界に入れたくもない、焼け焦げた「何か」の残骸がいくつも向こうから流れてくる。

 立ち止まる言い訳はいくらでもあった。けれど、ナマ太はそれより、帰るための言い訳を考えていた。

 

 あそこはお気に入りの場所だから。

 

 アブリボンが心配だから。

 

 

 結局、ナマ太は再びいつものビーチの砂を踏んだ。確かにいつもの砂浜のはずだが、爆発の影響か、海岸線の形が変わっていた。それどころか、見渡す限り黒焦げで、当時を思い起こさせるものといえば、そこら中に撒き散らされた大量の砂ぐらいしかなかった。えぐれた砂地と、飛び散った何かの破片に紛れて、不快な臭いとともに、バラバラと黒い「モノ」が転がっている……。

 

「……。」

 

 そして、ナマ太は見つけた。見つけてしまった。砂以外に見覚えのあるものを。見覚えのある小さな身体を。風に流されてしまうほど小さくて脆い身体で、しかし、咄嗟に物陰に隠れたおかげだろうか、辛うじて元の姿を留めている、見知った友達(アブリボン)

 

「…………。」

 

 人間なら、こんなときどうするだろうか。涙を流すだろうか。ストレスのあまり吐いてしまうだろうか。しかし、考えたところで、ナマコブシには粘液ぐらいしか流せるものがないし、吐くとしたら内蔵ごとだ。人間の真似はできない。だから……

 

【ナマ太の じょうか!】

 

【しかし うまく きまらなかった!】

 

 友達は少しだけ綺麗になった。砂や泥まみれだったのが、見知った顔に近づいた。それだけだ。相手の状態異常を癒す効果も、使用者を回復させる効果も発揮しない。ひとかけらの慰めにもならない。なるとすれば、それはナマ太の知らない、高度に複雑な文明的心理活動によるものだろう。

 

「……………………。」

 

 ナマ太は黙って「片付け」を始めた。ここを離れるにしても、留まるにしても、このままではいけないと思ったのだ。最低のすばやさで、地道に歩いて往復する。動かすべきものをこちらからあちらへ、よく分からないモノはとりあえずそちらへ。ポケモンも人もいなくなったビーチで、ただひとり、黙々と作業した。

 

 

 そうして長い年月が経った。ナマ太の超がつくほど遅い足で、ビーチをほとんど元の形にできるほどの時間が過ぎても、人間はひとりも戻らないままだ。どうやら、ビーチに限らず、世界中の至るところが破壊し尽くされたらしい。誰も海水浴に興じる余裕など無くなったのだ。

 ポケモンはちらほらと現れたが、どくタイプとか、ゴーストタイプとか、そういう顔ぶればかりでなんだか前とは違う。環境がまるっきり変わってしまったようだ。

 ナマ太もいい加減気付いていた。どう頑張ったところで、完全に元通りにはならない。自分自身も、前とは違う餌を食べているせいか、変な成長を遂げている気がする。そろそろ、改めて身の振り方を考えるべきか。と思いつつも、種族としての(さが)が変化を拒んでいる。

 どうするべきか、どうしたいか、ナマ太自身も分からないまま、雨風のごとく時は流れて。

 

 そして、物語が始まる。

 

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