ワールズエンド・ヌルテカノヴァ〜ナマコブシとゆく終末世界〜 作:ナマコ教徒N771
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『ラムの実』
木の実のひとつ。
ポケモンに持たせるとすべての状態異常を回復する。
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ヤレユータンに案内された先に罠など一切なく、ごく普通の集落があった。
「ここにはヤレユータン以外にも、生き残ったポケモンたちが暮らしている」
ヤレユータンに招かれた先の小屋には、確かにポケモンがいた。ビードル、イシズマイ、ナゾノクサ……数こそ多くないものの、みな痩せ細ってはおらず、健康そうだった。
戸口から巨大なナマコブシがぬうっと顔をのぞかせたのを見て、小さなポケモンたちはバチュルの子を散らすように物陰へと逃げ去っていく。その様子にヤレユータンはそっと微笑む。
「順風満帆、というわけにはいかないが……種を超えて協力することで、どうにか暮らしている」
ヤレユータンは小屋の奥から、備蓄と思われる木の実を持ってきてナマッキュに渡した。
「ラムの実だ。変異のない品種の栽培に成功している。それ自体に解毒作用があるから安心して食べられるだろう?」
「でも解毒作用も絶対じゃないよね」
「ナマッキュさんてば!」
渡された木の実を疑わしげに観察するナマッキュは、ナマ太に言われても軟化するそぶりがまるでなかった。
「――よし、これはまず僕が半分食べる。無事に明日を迎えられたらナマ太さんがもう半分を食べる。いいですか?」
「毒を疑うのもアレだけど、ナマッキュさんに確かめさせるのも嫌だなぁ」
「僕に何かあったら『じょうか』を掛けてください。それで僕は十分です」
ナマッキュはラムの実を少しかじった。味は至って普通。即座に異常が現れるようすもない。
「オーケー。変異ヒメリはそちらさんにプレゼントするよ。僕には使い時とやらが分からないしね」
「なんなら教えてやろうか? 薬学の秘奥をたっぷり半年かけて」
「遠慮しとくよ……」
ナマッキュはため息をついた。自ら交渉役を買って出たはいいが、正直ヤレユータンと知力で張り合えるとは思っていない。ボロが出る前にさっさと退散したかった。
「薬学は冗談としても、望むなら泊まっていってもいいぞ。森のために働いてくれるなら定住も歓迎する。これは本気だ」
「よしておくよ。僕らは森より海のほうが落ち着いて寝られるんだ」
「また明日、遊びに来るね!」
ナマッキュが精神的に疲れているのを察して、ナマ太も一旦海に帰ることを選んだ。
「わかった。では、友好の印としてこれを持っていってくれ」
ヤレユータンは袋状の植物に入った液体を差し出した。
「清潔な水だ。その巨体には少ないかもしれないが、みずポケモンにはあって困らないものだろう?」
「もらっておくよ。ただし、僕が安全を確かめてから――」
「――いや、ぼくが先に飲む。水のことならみずタイプに任せて」
「あっ、ちょっ」
ナマッキュが止める前に、ナマ太はたくましい"なかみ"で水袋をひったくり、ひと息で半分飲み干してしまった。これで
「ん? この水――あぁいや、毒じゃなくて」
最初の「ん」を言った時点でナマッキュがものすごい殺気を放ち始めたのでナマ太は慌てて否定した。ナマ太が気になったのは命に関わることではない。
「この水、何も入ってない」
「当然だ。毒も混ぜ物も一切入れていないからな」
「そういうレベルじゃなくて……なんていうか……
「ふむ……」
ヤレユータンは頭に手を添え、しばらく沈黙した。ナマ太と、その
たっぷり時間をとったあと、ヤレユータンは低く、ゆっくり、
「……やはりナマコブシには分かってしまうものなのだな」
と呟いた。それはナマッキュからすると心中穏やかでいられない台詞だった。
「
「そんな都合の良い薬はない。これは、もっと繊細で……学問的に推し量ることのできない領域の話かもしれない」
ナマッキュの追及もよそに、ヤレユータンはナマ太を見上げて早口に言った。
「大いなるナマコブシよ。あなたを歓迎するという点において、私の意思に変わりはない。だが、事の次第によっては、ミナモトの森の抱える事情に、より深く関わってもらうことになるかもしれない」
「深くって、どういう……?」
「それは族長と相談してみなければ分からない」
「おい、説明になってないぞ」
要領を得ない説明に、ナマッキュの機嫌がいよいよ悪くなってきた。ナマ太は必死でなだめつつ、必要な情報を得ようと頑張る。
「あー、とりあえず、ぼくはどうしたらいいのかな?」
「我々を信じてくれるなら、予定通り、明日またここに来てほしい。そこで改めて説明する。どのような結論になっても、あなたにとって不利益にはならないことを約束しよう」
「説明を後回しにするなんて、自分で怪しいですと言ってるようなものじゃないか」
「疑ってもらって構わない。二度目の来訪がなかったとしても、我々はあなたたちを追わない。だが……できることならば、話だけでも聞いてほしいと私は思っている」
「本当に話だけで――」
「わかった! また明日ね!」
これ以上ナマッキュをいらいらさせる訳にはいかない。ナマ太は短く話を切り上げ、ナマッキュをすばやく引っ掴み、そそくさと集落をあとにした。森に入って集落が見えなくなったくらいで、辛抱ならんという風にナマッキュが言葉を放つ。
「ナマ太さん、いくらなんでも怪しすぎますよ。何に巻き込まれるか分かったものじゃない。やめておいたほうがいい」
「うん、ぼくも馬鹿なりにそう思う。でも……聞きたいんだ」
「聞きたいって……」
「森の事情ってやつだよ」
ナマ太は足りない頭(と本人は思っている平均的な思考力)で、自分なりに言葉を紡ぐ。
「いい話でも、悪い話でも、聞かないまま終わるのは嫌なんだ。相手がどんなポケモンか、わかる前に別れるのは悲しい」
あのとき食べたものの産地。きのう飲んだ水の出所。そんなものを知っても、毒にも薬にもならないことのほうが多い。
でも、もしかしたら、良い思い出になる可能性もある。悪いことでも、話のタネぐらいにはなるだろう。
不幸な世界で寂しさを慰めるひとつの方法を、ナマ太は軽々しく手放すことができない。
「それで騙されるかもしれませんよ」
「騙されたとしても、そいつが悪いポケモンだってわかるまでは別れたくない」
――だって次は、悪いポケモンにすら会えないかもしれないから。
続けて発された一言に、ナマッキュは何も言い返すことができなかった。
ポケモンも、ポケモンが暮らせる環境も減った世界。この森のように、(一応は)豊かな自然と(過剰に)綺麗な水が揃っている場所が他にあるという保証はない。
ナマ太といっしょに「新しい世界」を見るという目的において、今回の件はチャンスともいえるのだ。
「……わかりました。たとえどんな結果になっても、トコトンついていきますよ」
「うん。ありがとう」
渋々といった様子で頷くナマッキュの背中を、ナマ太の大きな
「それにさ、ぼくらの場合はあんまり関係なかったけど、"なかみ"を知ることでもっと仲良くなれるかもしれないよ」
「うーん、そうでしょうか……」
ポケモンの中には
まだ口に残っているラムの実の味を不安に変えつつ、ナマッキュはちょっとだけ弱音を吐く。
「……毒を食らわば鋼までってやつですかね」
「それってフェアリー界隈のことわざ?」
他愛もない雑談とともに、夜は明けてゆく。