ワールズエンド・ヌルテカノヴァ〜ナマコブシとゆく終末世界〜   作:ナマコ教徒N771

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 少し、いつもより長くなってしまいました。





2-3「ナマナマしき虚実」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

『ヒメリの実』

 木の実のひとつ。

 ポケモンに持たせるとPPを10だけ回復する。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 翌朝。結局毒など入っていなかったラムの実を朝食にいただいたナマ太たちは、再びヤレユータンの集落に向かって陸を進む。

 

「ねぇナマッキュさん。今から言うこと、きみなら笑わずに聞いてくれると思うんだけど」

「ものによるけど……何ですか?」

「昨日飲んだ水の味、よーく考えたら昔どこかで飲んだような気もするんだよね」

「そいつは笑えないなぁ!」

 

 あんな怪しい水を、どこかで? 元から正体不明のカラフルな泥を食っちまうナマコではあったけど、この方はどこまで変なブツに手を出せば気が済むんだ?

 九割の心配と一割の怒りで震えるナマッキュの感情を知ってか知らずか、ナマ太はマイペースに頭をひねる。

 

「いつだったかなぁ? ずいぶん前ってことは確かなんだけど……似たような味を"大爆発"より前にどこかで……どこだっけ?」

「いやアンタの行動範囲なんて海とビーチの二択しかないでしょうが。早く思い出しなさいよあーもうまったくアンタはどこでそんなモノを飲み食いしてくるんだよまったくもう!」

 

 早口でまくしたてるナマッキュの姿はさながら、隙あらば虫の抜け殻を拾ってくる元気っ子(ジャリボーイ)を叱る母親のようであった。

 

「うーん。思い出せないけど、水を飲んでお腹を壊した記憶はないから、多分無害なんだとは思うよ」

「ほんとにぃ?」

「あっ、観光客にもらったサイコソーダを飲んだときは少しだけクチの中が痛かったかも……」

「マジで人間はロクなことしねぇな」

 

 ナマッキュは、というか大抵のポケモンは経験的に知っている。前触れもなく奇妙奇天烈なことが起こるのは大抵人間か伝説のポケモンの仕業だと。そして後者は希少な上なんだかんだ自然を愛しているから、"大爆発"みたいな性格最悪の災厄は間違いなく人間の犯行だ。パルキアがバカヤローだとしたら、人間は大バカヤローなのである。

 

「……ま、そう考えると、あいつらも人間の被害者なのかもしれませんね」

「ヤレユータンのこと?」

「人間と同じくらい悪知恵の働く連中ではありますが。……人間と同じなら、たまには良いやつもいるはずです」

「うん。それに賭けよう」

 

 ナマ太は歩く。ナマッキュを背に乗せて。いいことも悪いことも二人で分け合う決意とともに。

 ヤレユータンの里はすぐそこだ。

 

 

「よくぞ来てくれた。大いなるナマコブシよ」

 

 里にはどこから出てきたのか、二十匹以上のヤレユータンが待っていた。近すぎず遠すぎず一定の間隔を保って、規則正しく並んでいる。

 

「あれから族長と話し合った結果、我々は森の秘密を打ち明けるという結論に至った」

 

 族長というのがどれなのか、そもそもこの中にいるのか、ナマ太たちには判別できない。ヤレユータン同士は呼び合ったりせず、細かな目配せやテレパシーで会話しているからだ。

 

「ミナモトの森は豊かさを保っているように見えて、実のところ危うい均衡の上に成り立っている。是非ともナマコブシの知恵をお借りしたい」

「昨日もちょっと言ってたけど、それはナマコブシだけにできることなのか?」

「伝説や幻を除いては、最も可能性の高いポケモンだ」

 

 先頭のヤレユータンが葉っぱの軍配を振るった。他のヤレユータンたちは隊列を組み、森のさらに奥へと歩き始める。

 ナマ太たちがついて行こうとすると、ヤレユータンから待ったがかかった。

 

「あなたたちは歩かなくていい。移動用の台車を用意してある」

「余計なお世話だね。僕らだって並以上の速度で歩ける」

「悪いが、ここから先は『トリックルーム』無しで来てもらう。時空の歪みが環境に悪影響を及ぼしかねないのでな」

 

 ナマッキュがそれ以上言い返すより先に、二人を包んでいた『トリックルーム』の効果が切れてしまった。ヤレユータンが放った逆位相の『トリックルーム』が、ナマッキュのそれを打ち消したのだ。ナマッキュは舌打ちと同時に悪態をつく。

 

「まず機動力を奪うなんて、ずいぶん用意周到だな」

「そういう意図はない。ただ、予期せぬ事故を防ぐためのこと」

 

 よく言うよ、と返しつつ、ナマッキュは自分たちにとっての()()()()()()を想定して対策を練る。

 変化技や絡め手ではヤレユータンのほうが一枚上手だ。『トリックルーム』に限らず、小手先の技は向こうの策で簡単に覆されてしまうだろう。

 だが、忘れてはいけない――ナマッキュはミミッキュだ。通常状態ではヤレユータンより俊敏に動ける。

 向こうに『トリックルーム』を再展開されたらナマッキュは遅くなるけれど、今度はナマ太が圧倒的に速くなる。

 常にどちらかは先手を取れるので、向こうが一方的に有利というわけじゃない――そう判断したナマッキュは、ひとまず大人しくヤレユータンに従ってやることにした。

 ヤレユータンたちは念動力でナマ太を浮き上がらせて台車に載せた。謎のカラフル泥で育まれたナマ太の巨体は、数匹がかりでようやく地面を離れるほどの重量を誇る。このときばかりは流石のヤレユータンもくたびれた表情を見せたので、ナマッキュはひとつ溜飲を下げた。

 

 

 台車に揺られること、しばらく。あるときを境に森の雰囲気が少し変わった。それに気付いたのは、珍しく、ナマ太の方が先だった。

 

「なんだか湿気が多いね?」

「目的地が近いのだ」

 

 台車を先導していたヤレユータンが短く答える。

 

「目的地って、湖? 滝?」

「それに近いものだ」

 

 そこでナマッキュが口を挟む。

 

「さっきから、川に沿って進んでるよな。目的地は水源なのか?」

「そうだ。この川は我々が作った水路。水源から居住地の近くまで続いている」

「綺麗な水だ。怪しいぐらいに綺麗な水だ」

「…………。」

 

 ヤレユータンは答えない。かわりにナマ太が会話を続ける。

 

「この水って、昨日くれたのと同じだよね?」

「……そうだが」

「少し飲んでいい?」

「構わない」

 

 ナマ太は大きく長い(なかみ)を伸ばし、台車に乗ったまま水路の水をすくい取って飲んだ。丁寧に口の中で転がし、味をじっくり確かめる。

 

「……うん。やっぱりこれ、飲んだことあるよ。ずっと前に。どこかで……」

「思い出せますか? ナマ太さん」

「うーん、もうちょっと、もうちょっとだけヒントがあれば……!」

 

 ナマッキュはいい加減、辛抱できなくなってヤレユータンに問いかけた。

 

「おい、ここまで来たんだ、いまさら勿体ぶるなよ。さっさと答えを教えろ。この水は何なんだ? 目的地には何があるんだ?」

「いや、その必要はない……もう、()()()

 

 ヤレユータンが葉っぱの軍配で指す先に、その「水源」はあった。

 

 

 

 

 開けた場所に、まるい池がある。広さはミロカロスが悠々と伸びをしても余裕が残るほどだが、深さはヤレユータンの腰ほどしかない。水路から出る以外に水の流れはなく、静かな水面にゆるやかな波紋が漂う。

 池の中心には、ナマ太たちが来る前から、一匹のヤレユータンが腰を下ろしていた。ヤレユータンは、胸のあたりに何かを抱えている。その消炭色(けしずみいろ)の物体に、ナマ太は見覚えがあった。見覚えしかなかった。だって、あれは……。

 

「ナマコブシ……」

 

 ナマ太とナマッキュはそれきり息が詰まって、ことの成り行きを見ていることしかできなくなった。

 

――ああ、どうして気づかなかったんだろう。あの綺麗な水は、この池の水は、全部――

 

「うぅ、ハヅキ、ハヅキ……」

 

 ナマコブシがうごめく。居心地の悪そうに体をくねらせ、言葉を発する。決して大きな声ではないのに、突き刺さるようによく響く。

 

「ハヅキ、どこなの……?」

 

 問いかけに答える者はいない。代わりに、彼女を抱えていたヤレユータンが、うごめく背中を撫でる。ゆっくりと、慣れた手つきで、規則的な動きを反復する。撫でられたナマコブシは安心したように、ため息まじりの言葉を紡ぐ。

 

「ああ、ハヅキ……! 声が出ないの? 具合が悪いの? ほら、お水だよ……」

 

 ナマコブシは水を吐いた。「みずびたし」だ。ナマ太はずいぶん前に使い方を忘れたが、自分で出したこともある技。

 

「飲んで、ハヅキ、お願い……」

 

 その水は誰の口にも届くことなく、ごぼごぼと溢れ落ちて、池の水面と同化していく。

 

「こぼしちゃったの? もう、しょうがないなぁ……」

 

 ナマコブシは再び「みずびたし」を使う。ヤレユータンはそれを受け取らず、ただただ池の一部になる。

 同じことを何度か反復すると、ヤレユータンはおもむろに立ち上がり、ナマコブシを置いて池を離れた。

 

「あれ……? ハヅキ……?」

 

 ただ一匹、水面に浮かび、不安げに声を上げるナマコブシ。

 

「ハヅキ……どこなの……? ねぇ、ハヅキ……うぅ……?」

 

 うわごとのように同じ文言を繰り返す。

 すると、さして間を置かず、陸地で待機していた別のヤレユータンが交代で池に入り、慣れた所作でナマコブシを胸に抱いた。先程の光景をそっくりそのまま再現するように、決まった動きで、規則的なリズムで、ナマコブシの背中を撫でる。

 

「ああ、ハヅキ……!」

 

 そこまで見てようやく、ナマッキュは声を出せるようになった。

 

「なんだよ、これ……何なんだよ!」

 

 その光景はナマッキュの想定していた"最悪"とは異なる角度で"最悪"だった。こうなった経緯は半分も理解できないが、どう見てもマトモな状況ではない。

 

「一体これはどういうことだ? 説明次第で、お前らは全ナマコブシの敵になるぞ!」

 

 恐怖と怒りが混じりあった震え声に、先導役のヤレユータンはごく冷静な説明を返した。

 

「彼女は――おそらくメスのナマコブシなので『彼女』と呼ぶが――彼女は"大爆発"で自らのトレーナーを亡くし孤独となった。『ハヅキ』というのはそのトレーナーの名前だろう。しかし彼女は視力と正常な判断力を失っているため、ハヅキの死に気付いていない。我々は彼女を保護し、トレーナーの代わりを演じることで精神の安定を保っている」

 

――それだけじゃない。

 

 ナマ太が思うと同時に、ナマッキュが叫んだ。

 

「それだけじゃないよな! お前らは彼女がトレーナーに水を飲ませようとするのを都合よく――」

「――利用しているように見えるか? 確かに、水路を設けたのは実利を考えてのことだ。だが、放っておけば彼女は存在しないトレーナーのために、自らが枯れ果てるまで水を出し続けるだろう。これは彼女と我々の両方を救う、必要かつ合理的な措置なのだ」

「――それにしたって!!」

 

 ナマッキュは"なかみクロー"で激しく水面を叩き、小川の流れをかき乱した。

 

「この()はおかしいよな! 明らかにナマコブシ一匹で出せる量じゃない!」

 

 ポケモンには体力や筋力といった能力とは別に、技を出すための力――"PP(パワーポイント)"あるいは"わざポイント"と呼ばれる力が備わっている。この不思議な力のおかげで、みずタイプのポケモンたちは自身の体積すら超越して『ハイドロポンプ』や『なみのり』など破滅的な水量の攻撃を繰り出すことができる。

 しかしPPにも限界はあり、使い果たせば基本的に十分な睡眠をとるか、人間の技術を使うことでしか回復できない。今や後者は失われているので、一匹のポケモンが一日に出せる技の回数はたかが知れている。特に、攻撃技を一切覚えず、みずタイプのくせに同タイプの技を片手で数えるほどしか覚えないナマコブシでは、池を作り、水路に流れを生むほどの水量を供給することは困難。

 

「――だからこそ、これが必要なのだ」

 

 ヤレユータンは見覚えのあるものを取り出した。感覚の鋭くないナマ太でも、それが何なのかすぐに分かった。

 

「それ、ぼくらが渡したヒメリの実……」

「まさか、変異したヒメリを食わせてるのか!?」

「彼女は既に失明している。変異ヒメリを摂取しても、無い視力を失うことはできない。単にPPが回復するだけだ」

「だからって――!」

「――彼女を騙して水を出させ続けるのは倫理に反する。そう言うのだろう?」

 

 ヤレユータンはナマッキュの指摘を先取りして言葉を続けた。

 

「では、黒き中身のナマコブシよ。あなたならどうする? 保護しなければ彼女は死ぬ。水源を確保しなければ我々も滅びる。二つの"最悪"を回避しつつ双方が利益を得る方法が、他にあるならぜひ伺いたい」

 

 歯軋りしながら押し黙るナマッキュをよそに、ヤレユータンはナマ太に向き直る。

 

「大いなるナマコブシよ。我々の目的は、あなたたちの正義や信条を否定することではないのだ。ただ、お知恵を借りたい」

「知恵……?」

「実のところ、この"水源"も完全ではない。背中の撫で方や交代の手際を確立したまでは良かったが、時が経つにつれ、綻びが生じている」

 

 彼女を――あるいは目の前の光景をまとめて形容する表現として"水源"という単語を使うことに、ナマ太は思うところがないわけではなかった。しかし、ここで曖昧な批判をしても状況は良くならないことが分かっていたので、静かにヤレユータンの言葉を待った。

 

「彼女自身が……壊れ始めているのだ。撫でても反応を返さないことが増え、予期せぬタイミングで『みずびたし』を使うことも増えた」

 

 甲高い声が聞こえた。悲鳴にも怒号にも聞こえる、痛々しい叫びだった。言葉にならない雑音とともに、池の中心から異常な勢いで噴水が上がる。見ると、ずぶ濡れのヤレユータンの腕の中で、ナマコブシがビチビチと暴れていた。

 

「……今のところは『さいみんじゅつ』で落ち着かせることができる。だが、あまり催眠深度を深めすぎると食事をとらせることもままならない。そして、彼女の催眠深度は……もう80%を超えている」

「つまり、このままじゃ……」

「彼女は変異ヒメリすら口にすることができず、池の真ん中で干からびて死ぬ」

 

 ナマ太は絶句した。それは状況の悪さに、というより――

 

「ヤレユータンは森のことには詳しいが、海、そしてナマコブシについての知識は専門のポケモンより一段劣る。我々も手を尽くしたが、彼女を救うには……同じ種族、ナマコブシならではの経験と感覚が必要なのかもしれない」

「そんな……でも……ぼく……」

 

――何も思いつかない自分。

 

 このままではいけない、何かしなければならないと分かっているのに、具体的には何も浮かばない。ビーチにいた頃と少しも変わらない自分がそこにいた。

 あの頃は時間以外に失うものは無かったけれど、今回は決定的に、失われゆくものが目の前にいる。自分が動かなければ彼女は死ぬ。そればかりか、水を得られなくなったヤレユータンたちも危機に陥るかもしれない。

 

「……何も、思いつかないと」

「…………うん」

 

 ヤレユータンの声には、わずかに失望が混ざっていた。ナマ太の声はそれ以上だった。

 

「……良案とは、一日や二日で浮かぶものではありませぬ。望まれるだけ時間を用意しましょう。仮に浮かばなかったとしても、我々はあなたを責めたりしない」

 

 そこには、厳しさがない代わりに、慰めもなかった。

 

「今日のところは帰りましょう」

 

 ナマ太とナマッキュは、ヤレユータンに導かれるまま、来た道を戻っていくのだった。

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