ある日『プツン』と音がした。何かが切れたような音だった。その日から何も感じなくなった。何もかもがどうでもよくなった。
お腹がすいた。辛い。
頬をぶたれた。痛い。
首を絞められた。苦しい。
誰も助けてくれない。寂しい。
また一人兄弟が死んだ。悲しい。
人が生きていれば普通に感じることができるはずの感情、その全てを感じられなくなった自分は、果たして『人間』と呼べるのだろうか?
意思が無く、ただ呼吸しているだけの人形ではないだろうか?そもそも人形程の価値があるのだろうか?
薄汚い衣類に垢や蚤だらけの身体と髪。それは最早人間どころか人形ですらない、正しく汚物そのもの。生きている価値も、意味も、ない。
何故、自分は生まれてきたのか?何のために生きているのか?
そんなことを考えることも億劫になり、やがて全てを捨てた。
何もかも感じなくなったら、全てが楽になった。
自分以外の兄弟が全員死んだ。どうでもいい。
ガラの悪い男に売られることになった。どうでもいい。
身体に縄をきつく縛られて引きずられるように歩かされている。どうでもいい。
人の往来が激しい街を躊躇うことなく歩かされる。どうでもいい。
塵芥を見るかのような冷たい視線を向けられる。どうでもいい。
誰も助けようとしてくれない。どうでもいい。
どうでもいい、どうとでもなってしまえ。とっくの昔に感情を捨てた身だ。今更どんな辱めを受けようと、見窄らしい醜態を晒そうと、何も思わないし、何も感じない。
本当にどうでもいい人生だった。
彼らに、出逢うまでは……。
「おい、あんた……どうしてその子は縄で繋がれてるんだ?お前はこんな小さい子に何をしている?何を考えている…………?」
一人は髪先が赫く、額に陽炎のような痣がある男の人だった。表情は変えずに怒りのこもった声で、自分と人買いを睨みながら見つめていた。
もう一人は蝶の羽織を袖に通し、蝶の髪飾りが目立つ黒い長髪を流した端正な顔の女の人だった。その人は、困ったように微笑んでいた。
◇
「こうやって三人で出歩くのも…久しぶりだな」
「うふふ、本当ね。二年くらい前は三人で手を繋いでこの時代になれていない一夏を案内してたわね」
「今となっては、随分と懐かしいわね」
現在一夏と胡蝶姉妹は、町を訪れていた。
都会の街とは比べると、街並みは古く、人も少ないが、それでも活気があった。
初めてくる場所に、俺は辺りを見渡した。ただ、若干ジロジロ見られていた。その大半は若い女性のようだ。
「……それじゃあいきましょ!久しぶりのお出かけを楽しまなきゃ!」
「なんで姉さんはそんなに上機嫌なのよ?」
「だって久しぶりの三人でのお出かけだもの!嬉しくないわけないわ!」
「はは、そうだな。それよりも…周りの視線が気になるんだが」
「視線?」
「ああ、なんとなくだけど…女性からの視線が多い気がする…それも町に出るたびに」
一夏は十三歳だが、額の痣を勘定に入れても、見た目は美形の部類に入る。縁壱の記憶を頼りに我流で鍛えたり、煉獄邸で元炎柱と実戦に近い打ち合いなども行い、背は伸び現在165はある。その為か若い女性からの視線が集まるのだ。
そして、カナエは一夏に聞こえないようしのぶの耳元に囁く。
「しのぶ……このままじゃ一夏が誰かに盗られちゃうのも時間の問題よ。姉さん、応援してるからね」
「な、何言ってるのよ姉さん⁉︎」
「一夏が屋敷の仕事を手伝った時に関わった女性隊士が言っていたのよ、『あの人カッコいい〜』とか『十三歳とは思えないくらいステキ〜』とか。」
一夏は蝶屋敷に滞在するようになってから、簡単な仕事を手伝うことが増え、怪我人や患者と関わることも多くなった。
その際、女性隊士は一夏が少し笑顔を作っただけで顔を赤くした。しのぶもそれは知っており、一夏が他の女性と関わっているのを見てると、胸がズキズキする感覚に襲われたらしい。カナエは、一夏としばし離れる前からしのぶが彼に想いを寄せているのは知っていた。しかも最近では、一夏は縁談の話もされたくらいだ。
ここだけの話、自身は知らないが、隊士でもない一夏は、鬼殺隊の女性隊士からかなりモテている。それを目当てで怪我を手当てをするために訪れる女性もいる。
「(うーん、未だお互い片想いってところね。あの様子だったら一夏もしのぶの事を気にしているし……後は時間の問題かしら)」
再会した際は二人は無意識だろうが接吻をしようとしていた。一夏もしのぶを気にしているのは分かっていた。
しのぶはお母さん達を殺されて、鬼殺隊に関わるようになってから、心の底から笑うことが少なくなった。
鬼の頸を斬る力がなく、絶望すらしかけたこともある。しのぶはしのぶのやり方で頸を断たずに倒せる方法を模索し、鬼が嫌う藤の花に辿り着いた。しのぶは藤の花の研究を始め、鬼が絶命する毒を作り出そうとしていた。しかし周りからの反応は冷たかった。「藤の毒で鬼なんて倒せるわけがない」……そう陰口を叩く者も多くいた。否定されながらもしのぶは研究を続け、独自の呼吸を身につけて、最終選別に挑み、無事に帰ってきた。しかし、反応から見てあまり納得いく様な結果ではなかったのはすぐに分かった。
それからしばらくして一夏と再会して四日目のこと、私が仕事から帰ってきた時には何処か吹っ切れていた様子だった。
その時、二人が談笑しているのを何度かこっそり覗いた際だけど、一夏と話している時のしのぶは素敵な笑顔を彼に向けていた。きっと何かあったのだと安心した。
しのぶは最近、以前のように笑うことが多くなった。固い表情をしていたしのぶも少しずつ、以前のように戻り始めてる。
「(やっぱり一夏は私達にとっても…側に居てほしい存在になっちゃったのね)」
カナエから見る一夏は弟のような存在で、太陽の様な存在だった。
「………」
一夏は無言でスマホを取り出して写真を撮り始める。
「何してるの一夏?」
「写真だよ。この風景も収めておきたいからな」
一夏は、タイムスリップしてから写真を撮り続けている。元の時代に戻っても忘れないように思い出を残している。画面をスライドすると、胡蝶家と撮った家族写真が映し出される。
「上手く撮れてるわね……」
「…ありがとう」
「こうやってみると、懐かしいわね。父さんと母さんの姿を見るの」
「ああ、俺も久しぶりに見たよ。あまり見ないようにしてたんだ。二人は?」
「私達も似たようなものよ、一夏の撮った写真はちゃんと保管してはいるけど……」
喪なった人を見るだけでも辛くなるのは人として当たり前の気持ちだった。俺もそうだ。俺にとって胡蝶夫妻は、本当の親のような存在だったから……。
「暗い話はここまで!二人とも行こっ!」
一夏は胡蝶姉妹と共に町を見て回る。
そして羽織を売っている店へと足を運ぶ
「あら!カナエちゃんにしのぶちゃん、いらっしゃい!今日も綺麗ねぇ〜」
店主のお婆さんはどうやら顔見知りのようだ。
「ありがとうお婆さん、今日はこの子も一緒に連れてきたの」
「見慣れない子だね?もしかしてカナエちゃんの言っていた子かい?それにしても美形な子だねぇ、あんた…この子の『イロ』かい?」
「いや、俺達はそう言う関係じゃありませんよ。俺達は家族です」
「そうかい、置いてるものは少ないけどゆっくり見ていきなさい」
「ありがとうございます」
お婆さんはそう言って店の奥に入っていった。
「一夏…何か必要な物があったら言って。お金に関しては問題ないから安心してね。」
「ああ…わかった」
一夏は店内に入って商品を色々と見ていく。一夏はこれからの成長を考え、サイズの大きめの服などを買い、羽織も買った。ちなみに羽織の色は赫色だ。縁壱が着ていた色と同じですぐに目に入ったのだ。
必要な物を揃え、代金を支払った。その後、普段着や蝶屋敷に必要なものを買い揃え、荷物は俺のスマホの拡張領域に収納する。
「改めて思うけど…それ、本当に便利よね。お陰で私達、手ぶらで歩けるわけだし」
「今の所、まだ余裕はあるけど、初めに言った通り、収容できる量にも限りがあるけどな」
「姉さん…もし一夏のスマホが壊れたら私達じゃどうすることも出来ないんだから……ましてや未来で作られた物なんて今の時代の技術じゃ直せないわよ」
今の時代、一夏の持っているスマホが壊れると直す事は不可能だ。このスマホは束製の特別の逸品である。直すならば、元の時代に戻る方法を探す他ない。
「勿論わかってるわよ♪」
「本当かしら?今の姉さんの発言、どう思う一夏?」
「それを俺に振るか…………?あれは」
一夏が別の方へ視線を向けると、見るに堪えない光景が広がっていた。
「(なんだよ……あれ)」
蚤だらけのボロボロな子どもを小汚い縄で繋ぎ、傷だらけの素足で地面を歩かせていた。男は子どもの方を見遣りもせず、ただ自分の歩幅で歩いて引きずるかのように連れていく。
「………」
「一夏?って!どこいくのよ⁉︎待ちなさい!」
「あっ!待って二人とも!」
一夏がものすごい速さで歩き始めた為、慌てて二人は一夏の後を追う。
「おい、あんた……どうしてその子は縄で繋がれてるんだ?お前はこんな小さい子に何をしている?何を考えている…………?」
一夏は人売りの男に怒りの篭った声を静かにぶつける。
人買いの男と縄をかけられた子どもが舗装された橋の中ほどで立ち止まった。
男は冷やかしだと思ったのだろう。苛立ちを隠すことなく塵芥を見るかのような眼で子供を睨めつけた。次いで、一夏を鋭い眼光で睨みつける。荒事で生計を立てているかのような面をしていたが、一夏が少し剣気を放つと、男は顔を青くした。
「み、見たら分かるだろ。蚤だらけで汚ねえからだよ。それに逃げるかもしれねぇからな!」
「無理だな。手足も細いし、立っているのがやっとの状態だ。極度の飢餓状態ーーー栄養失調、脱水症状の恐れもある。そんな状態じゃ逃げる事は不可能だ。なんとかしないとその子は……」
透き通る世界で確認した少女は、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
「だからどうしたってんだよ。所詮、売り物だろ。親に捨てられたんだよコイツは。名前もねぇし、生きる価値もねぇ!」
「…………」
当の子どもは虚ろげな双眸で遥か遠くをぼんやりと眺めている。
「(なんだか…昔の俺を見てる気分だ)」
一夏は男への怒りを抑え、少女の前で膝をつき、目線を合わせた。
「はじめまして。俺は織斑一夏、よろしく」
織斑一夏─そう名乗った青年は日輪のような優しい笑顔を浮かべ、子どもの汚れた小さな掌を自分の手で包み込んだ。
少女はなんの感情の起伏も無く一夏を瞳に映す。
この世の終わりを見てきたかのような濁りが混ざった光無い瞳で、じっと見つめた。
「おっ、おい、もういいだろ!」
「そうだよな…辛いよな」
「なに一人で喋ってやがる!買わねぇならどっか「汚い手で一夏に触るな」なんだお前、メスガキのくせに偉そうに!!俺はガキに「黙れ」ッ⁉︎」
顳顬に青筋を作って一夏を睨みつけ掴みかかろうとすると、手を払われた。再度一夏を睨みつけるが、男を見る一夏は無表情だった。尋常ではない何かがこもった声、静謐な、余りの無の表情に、寒気が迸った。一歩後ずさる男の一夏の隣にいたしのぶは、懐から持ち合わせの金をその大層ガラの悪い男の面に思いっ切り叩き付けた。
「これで足りるでしょ?とっとと失せろ糞野郎」
「しのぶ……お前」
「面倒なことになる前に行くわよ!ほら、姉さんも!」
「うふふ、しのぶも大胆なことするわねぇ、最後の言葉遣いはちょっと見過ごせないけど?」
咄嗟の出来事に反応できなかった男は、橋に散らばる金を見るや、血相を変えて這いつくばり、周囲の冷ややかな視線など気にも留めず、一心不乱に金を集める。
「悪いしのぶ、退散する前にやることがある」
「…?一夏、いったい何を…」
一夏は、男に駆け寄り……
「おじさん、ある人が言ってた。『子どもは宝物。この世で最も罪深いのは、その宝物を傷つける者だ。』とーーー!」
一夏は男を殴りとばす。あまりの衝撃に吹っ飛んだ男は川に落ちてしまう。何か嘆いていたがそれを無視して少女の手を掴む
「……行こう、これから君は自由だ」
一夏は急いで姉妹のもとへ駆け出し、少女を抱える。一夏は今の状態で走らせるのは危険と判断し、少女を抱えた。
「一夏〜、流石に今のやりすぎなんじゃ…」
「スッキリする一発だったわ、一夏」
「……ありがとうしのぶ」
「………」
抱えられた手の温もりが、少女の全身へと駆け巡る。
「しっかり掴まって。舌を噛まないようにな」
初めての感覚に戸惑う少女に一夏が優しく微笑むと、少女の握る手にほんの少しだけ力が込められた。
プロフィール参
織斑一夏 13歳
使用呼吸 日の呼吸
見た目 額に陽炎の痣があり、髪型は閃の軌跡のリィン・シュバルツァー と同じ
スペック 縁壱同等 透き通る世界の透視、刀も赫刀化可能 現時点での炎(壱から参)と月(壱ノ型のみ)の呼吸が使える
中の人の繋がりで、一夏に使わせるとしたらどっち?
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神気合一
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冥我神気合一