「一夏……」
一夏が藤襲山の最終選別に出てから七日目の夜、姉さんは仕事に出ており、私は今か今かと一夏の帰りを屋敷で待っていました。
「カァー!カァー!伝令!!緊急伝令!」
「き、緊急?何があったの?」
そして、この時に受け取った鎹鴉からの報せは、心臓が止まるかと思いました。
『花柱、胡蝶カナエっ!上弦ノ弐ト交戦!交戦!救援ヲ求ム!救援ヲ求ム!』
「…ッ!?ね、姉さんが、上弦の鬼と!?」
しのぶは日輪刀を手に取り、すぐさま蝶屋敷から出て、姉の元へ駆け出す。しのぶも上弦の鬼がどれ程恐ろしいか嫌と言うほど聞かされた。彼等と対峙して生還した者は少ないと言うほどだった
「(――大丈夫、姉さんは強い花の剣士。上弦なんかに負けない!)」
しのぶは腰に日輪刀を携え、高鳴る胸を押さえながらカナエの元へ急ぐ。
「(確か姉さんが戦ってる場所は、帰りに一夏が通る町!今日で最終選別は終わってるはず……だったら!)鴉!今すぐ一夏のところに行って、このことを伝えて!」
『カァー!了解ー!』
鴉はしのぶの指示に従い一夏の元に飛び立つ。
「(お願い一夏、もし無事だったら……姉さんを助けて!)」
一夏の実力は、胡蝶姉妹が一番理解している。元柱と現柱に勝てる実力の持ち主だ。
しのぶは不安を振り払うように内心で呟くーー無事でいて!ーーと。
しのぶは、この判断が功を奏することになるのをまだ知らなかった。
◇
しのぶは無我夢中で走っていると、頭上で鴉が旋回を始めた。
『カァー!階級“癸”、織斑一夏ッ!上弦ノ弐討伐ゥ!上弦ノ弐ヲ単独討伐ゥゥ!!負傷者一名、胡蝶カナエェ!』
「……一夏!」
しのぶは溢れ出そうな涙を抑える。鴉の報告だと、他の隊士は残念ながら散華したようだが、どうやら姉は負傷で済んでいる。一夏は、無事に最終選別を突破し、カナエを助けることができたのだ。
しのぶが交戦場所に辿り着いた時には、既に日が昇っていた。
「(姉さん、一夏…)」
ほぼ同時刻に隠の人々と合流し共に周囲を探索した所、町の外れの場所で一夏がカナエを抱えている姿が目に映った。
「――姉さんっ!」
しのぶは弾かれたように駆け寄る。
「しのぶか、カナ姉は大丈夫だ。今は眠ってる。カナ姉の手当はあらかた済んでるけど、あくまで応急処置だ。急いで蝶屋敷に戻って治療をしないと」
「わかった!一夏、そのまま蝶屋敷に向かって!私も後を追いかけるから!」
「了解!」
一夏はカナエを抱えたまま蝶屋敷へと駆け出す。
そこからしのぶも全速力で屋敷に帰還して、カナエの治療を行った。
「(一夏のお陰で外傷はすぐに治せる。今度は、私が姉さんを助ける番だ!)」
「しのぶ様、準備が出来ました」
「わかったわ。それじゃあ始めるわよ、アオイ!」
「はい!」
戦闘による外傷は、一夏の応急処置のお陰で、治療に問題はなかった。一夏は相当な疲労があったため待機で、しのぶとアオイ、隠と共に治療を行った。
その後、一夏は姉さんの治療が終わるまでカナヲ達とずっと待っていた。無事に治療を終えたことを告げると、部屋へと戻って行った。
緊張の糸が切れたように、少し足取りがふらついていた為、やることを終わらせた後、気になって様子を見に行くと、一夏は眠ってしまっていた。
「そうよね……最終選別が終わってすぐ姉さんの救援に向かって上弦の鬼と戦った。無理もないか」
しのぶは眠っている一夏に近づき寝顔を見つめる。
「(こうやってみると、年相応な顔をしてるのよね)」
一夏は十四歳ーーー私と同い年ですが、現在身長は169センチもあり、周りからは年上と勘違いされがちです。「慣れた」と口では言ってますが、一夏は密かにそのことを気にしているみたいでした。
「一夏……姉さんを助けてくれてありがとう。大好きだよ」
しのぶは眠っている彼の手を握り、顔を近づけ、頬に口付けをする。
しのぶは両親を喪う以前から一夏の事を好いている。お日様のような匂い、手の温もり、時折り見せる日輪の様な笑顔……全てが愛しくて、しのぶにとって一夏は特別な存在だった。
「おやすみなさい一夏、あんたからの返事……待ってるから」
「……俺は、家族を助けただけだ」
しのぶが手を離そうとした時、手を握り返された。しのぶが視線を一夏に向けると、少し頬を赤くした想い人が彼女を真っ直ぐに見つめていた。
「え?一夏、寝てたんじゃ……」
「寝てたさ。生憎気配には敏感だからな。それより、さっきのは……」
「い、いつから起きてたの?」
「しのぶが俺の手を握った時から」
「最初っからじゃない!!」
まさかその時点で起きていたなんて!もしかして……全部聞かれた?今になって顔が熱くなってくる。そして一夏は起き上がり、向き合うように布団に座った。
「しのぶ……ひとつ聞きたい。なんで俺なんだ?俺なんかよりいい男なんているはずだ。それに、本来俺はこの時代にはいない人間だ。いつ元の時代に戻るかわからないよ。どうして、しのぶは……俺を、好きに、なったんだ?」
「……そうね。第一印象は怪しい人だと思ったわ。けど、過ごしていくうちに、一夏の寂しそうな顔を見て。そばにいたい…支えたいと思った。帰る場所も、居場所がない気持ちも、今の私もわかるから……」
ーー今から伝える気持ちは、偽りのない私の想いーー
「一夏と一緒に過ごしていくうちに、一夏に強く惹かれていった。あんたは私を……胡蝶しのぶを見てくれた」
一夏は待ってくれている。一度、しのぶは息を整えて気持ちを落ち着かせる。そうしてから、一夏の顔をじっと見て、口を開く。
「私は、胡蝶しのぶは……織斑一夏が、好きです!」
◇
しのぶが俺に想いを告げてきた。普段恥ずかしがり屋で意地っ張りで短気なところもあるけど、言葉には嘘偽りもない女性だ。
俺もしのぶの事が好きだ。胡蝶家で過ごしていくうちに、二人で一緒にいると何故か胸がポカポカする感覚がした。
この事をカナ姉に二人っきりで相談した時だった。
『それは恋よ、一夏!』
『恋?この感覚が…』
『そうよ!一夏が気になる娘って誰よ?誰?誰!誰!?』
カナ姉はグイグイ質問してくる。こうなってしまっては簡単には引き下がってくれない。
『しのぶ……だよ。しのぶと二人でいる時によくある』
『あらあら〜、あらあらあら〜〜!やっぱりそうだったのね!一夏はしのぶのどんなとこが好きになったの!?」
『……笑ったところ、かな。他にもあるけど、やっぱりしのぶが笑った顔を見た時になんか一番胸が高鳴る』
『うふふ、そうよね!しのぶの笑顔は可愛いもの〜♪』
俺もそこは否定はしなかった。でも、俺は未来の人間だ。いつかは元の時代に戻るかもしれないし、一生をこの時代で終えるかもしれない。だからこそ不安だった、この気持ちをしのぶに伝えるのが。
『でも、俺は未来人だ。俺にしのぶに想いを告げる権利は『一夏』っ⁈』
カナ姉の声から柔らかさが消えた。俺は驚き、普段見ないカナ姉の表情にたじろいだ。
『未来人とか、そんな事は関係ありません。私は、一夏の本当の気持ちを知りたいの。家族として…弟として』
普段笑顔を絶やさないカナ姉がこんな風に言うのは初めてだった。だったら俺も、心のままに動くだけだ!
『カナ姉……俺は、しのぶの事が好きだ。いつか必ずこの想いは伝えるよ』
『わかりました……頑張ってね一夏。お姉さん、応援してるからね』
カナ姉は笑顔を浮かべる。自分の気持ちに気がつき、覚悟を決めた瞬間だった。
◇
言葉は届いただろう、聞こえただろう。しのぶの本心を、一夏は初めて知ったはずだ。
「・・・しのぶ」
優しい声音に誘われて、引き寄せられるように一夏を見る。一夏は微笑んでいる。しかも頬を赤くしていた。思えば、一夏が頬を真っ赤に染めている顔を見たのは初めてだ。
「ありがとう・・・女の子からそんな気持ちを告げられたのは、生まれて初めてだ」
俺の胸の高鳴りは収まらず、心の芯は温もりに満ちていた。
「・・・しのぶへの答えなんて、決まってる」
一夏はしのぶのことを真っすぐに見つめ、口を開く。
「俺も、しのぶが、胡蝶しのぶのことが好きだ。一人の女の子として」
心が弛緩し、表情が綻ぶ。しのぶもまた、静かに俯いて嬉しさを噛みしめる。
一夏は手を引っ張り、私を優しく抱きしめてくれました。彼の身体はまるでお日様のように温かい……
「ありがとうしのぶ。こんな俺の事を好きになってくれて」
しのぶも俺の背中に手を回してくれた。その小さな体には信じられないくらいの心地よさだ
「一夏」
しのぶは俺の着物をきゅっと優しく握って目を瞑り、少し上を向く。この状況でこんな風にされたらやる事はひとつだけだ。
一夏はその柔らかな唇に口づける。ずっと吸い付いていたくなる幸福感が一夏の心を満たした。しばらくして唇を離すと、お互い照れ臭そうに見つめる
「その、下手だったらごめん」
「ふふっ、私だって初めてよ」
「そ、そう…か。それと…ご、めん。もう…限界」
「え、一夏?」
一夏はそう言うとしのぶを抱きしめたまま布団へ倒れ込んでしまった。
「ちょ⁉︎一夏!」
しのぶは突然の事で動揺し、一夏から離れようとするが思いのほかぎっちり抱きしめており抜け出すことができなかった。
「スゥ、スゥ」
「ね、寝てる?」
しのぶは一夏の寝息を聞き、寝落ちしたことに気づく。一夏の表情はとても穏やかで安堵しているようだった。
「全く、仕方ないわね」
しのぶはそのまま一夏に抱きしめられたまま、彼の胸元に顔を埋める。
「ふふ、相当無茶したみたいね。お疲れ様。それと、おやすみなさい…一夏」
しのぶはそのまま目を瞑り、お日様のように温かい一夏の体温の中で、すぐに眠りについてしまった。
未来の日輪は、蝶と結ばれた
◇
そして、この一件について、鬼殺隊の最高管理者にして産屋敷一族の97代目当主である産屋敷耀哉の元にも報せが届いた。耀哉は縁側に座り、隠から届けられた手紙に目を通す。
「そうか。カナエは無事なんだね」
上弦と戦闘になり、生き残った。上弦は下弦の鬼を凌ぐ力量の持ち主であり、その顔触れは数百年変わらず、遭遇した柱,隊士は殺されていった。そんな中、信じられない報告がきた、上弦の弐を単独で討伐した情報が。
「それに――」
そう言って、耀哉はもう一人の名前を見やる。
――――織斑一夏。彼は、今回の最終選別を合格した一人で、終えた後にかかわらず、無傷で上弦の鬼を単独で討伐した。
「――凄い子だ。彼は」
耀哉が受けた報告には、最終選別の合格者の事だけでなく、最終選別中の状況についても含まれている。
選別の状況を見ていた鎹鴉には、一夏が鬼の頸を斬る時の剣筋が見えず、頸が勝手に落ちているようにしか見えなかったと言う。そして異形の鬼を容易く掻い潜り、連携を取り討伐した。
彼の力量は柱を凌駕するかもしれない。でなければ、上弦と遭遇して、倒す事は不可能のはずだ。
近々、柱合会議が開かれる。そこで、カナエか一夏、もしくは両者を会議に召喚することになるだろう。
「一夏、君との会合、楽しみにしているよ」
未来の日輪と鬼殺隊当主と柱の会合は近い。
中の人の繋がりで、一夏に使わせるとしたらどっち?
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神気合一
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冥我神気合一