「頑張れ禰豆子……頑張れ!」
なんで、なんでこんな事に……
俺が町まで炭を売りに行き、その次の日に帰宅すると、何者かの手によって家族は皆殺されてしまっていた。血の海の中で唯一息があった妹を医者に診せるべく山を下りている最中……
妹、禰豆子は人喰いの鬼になってしまった。そして今まさに俺は鬼と化した禰豆子に喰われようとしている。
「頼む禰豆子……正気に戻ってくれ……鬼になんかになるな!」
俺は斧の柄で迫り来る牙を押さえつけながらも、必死に禰豆子に語りかける。
家族を護れず、たった一人生き残った妹は鬼になった。ならば鬼になった妹を救う。それこそが今自分に出来る唯一のこと。
「……っ!」
「……ウッ、ウウッ……」
すると禰豆子の瞳から雫が流れ落ちる。禰豆子は泣いている。まだ心まで鬼に染まりきっていないんだ!
そう分かると、俺は更に語りかけようとした……が、その時、誰かが禰豆子に向かって刀を振り降ろそうとしているのが見えた。俺は必死になって禰豆子を抱え込む。
そして雪の上を転がり、その刃から何とか禰豆子を護った俺は、妹を襲った何者かを見やる。
刀を持っていたのは、黒い詰襟に、右は無地、左は亀甲柄といった今時珍しい羽織を羽織っていた男だった。
「なぜ庇う??」
男は冷たい目線を送りながら、呟く。どうして庇うのか??そんなの決まってるだろう。
「妹だ!!俺の妹なんだ!!」
俺がそう言葉に出すと
「ガァァァァァ!!!」
「こら、禰豆子!!やめるんだ!!」
その様子を見た男はまたしても一言だけ呟く。
「それが妹か??」
「…………は??」
俺の背後にいつの間にか移動していた男は、咆哮をあげる禰豆子を抱えていた。
「禰豆子!!」
男から禰豆子を取り戻そうとするが、静止させられてしまう。
「俺の仕事は鬼を斬ることだ。勿論、お前の妹の首も刎ねる」
平然と禰豆子を殺すと発言したその男。それに対し、炭治郎は慌てながら声を上げる。
「待ってくれ!!禰豆子は誰も殺していない!!」
「……………」
男は、俺の言葉を聞いても、無言のままだ。
「俺の家にはもう一つ、嗅いだことの無い誰かの匂いがした!!みんなを殺したのは多分そいつだ!!」
「……………」
「禰豆子は違うんだ!!どうして、今そうなったのかは分からないけど。でもーーー」
「簡単な話だ。傷口に鬼の血を浴びたから鬼になった」
「ーーーッッ!?」
「人喰い鬼はそうやって増える」
「禰豆子は人を喰ったりしない!!」
「良くもまぁ、今しがた己が喰われそうになっておいて」
「違う!!俺のことはちゃんと分かっているはずだ!!」
さっきの出来事があったからか、妹を必死に庇おうと弁護する。
「俺が誰も傷つけさせない。きっと禰豆子を人に戻す!!絶対に治します!!」
しかし、男の言葉で俺は絶望に打ちのめされそうになる。
「治らない。鬼になったら人間に戻ることは無い」
「探す!!必ず方法を見つけるから殺さないでくれ!」
必死の嘆願も聞いていないように、禰豆子へ刃先が突き出された。
「やめてくれぇぇ!!!」
この人は絶対に鬼になった禰豆子を殺そうとする。なら、どうすればいい?戦う?不可能だ。
さっきどうやったか分からないが、俺の視界から一瞬で消えて禰豆子を奪った事を考えると、この人は鬼を殺すための特別な力がある。ただの炭売りの俺がどうこうできる人じゃない。
「お、お願いします・・・禰豆子を、妹を殺さないで下さい・・・俺がきっと妹をもとに戻して、家族を殺した犯人も見つけてみせます・・・だから、どうかっ・・!」
だから俺に出来ることは惨めったらしく頭を垂れながら懇願することのみだった。
それでも俺は、もうこれ以上喪う訳にはいかない。
だって禰豆子は、今の俺に残された、たった一人の家族なんだから……
しかしそんな少年の姿を見て男は………
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
無表情だった顔が一気に険しくなり、大声を上げる。突然の事だった。
「惨めったらしくうずくまるのはやめろ!!そんなことが通用するならお前の家族は殺されてない!!奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が…妹を治す??仇を見つける??笑止千万!!弱者には何の権利も選択肢もない!悉く力で強者にねじ伏せられるのみ!!妹を治す方法は鬼なら知っているかもしれない!!だが、鬼共がお前の意思や願いを尊重してくれると思うなよ!!当然、俺もお前を尊重しない!!それが現実だ!!なぜ、さっきお前は妹に覆い被さった!!あんなことで守ったつもりか!?なぜ、斧を振るわなかった!?なぜ、俺に背中を見せた!!そのしくじりで妹を取られている!!お前ごと、妹を串刺しにして良かったんだぞ!!」
男は大声で少年に向けて次々と厳しい言葉を投げかける。それによって、少年の精神はドン底まで突き落とされたように絶望に地した表情へと変わっていった。
それほど、剣士の言葉が少年の心に突き刺さったのだろう。
そして男は刀で禰豆子を刺した。刺された箇所からは血が飛び散る。
「や、やめろぉぉぉぉぉっ!!」
それを見た少年は手元にあった石を男に目掛けて放り投げる。男がそれを刀の柄で弾く。
そして、少年は男に目掛けて立ち向かうが………無謀すぎる。力の差は歴然だ。
だけど、こんな考え無しの突撃がこの人に通用するわけがない。どうするればいい……どうすれば………!?
『呼吸だ炭治郎。息を整えて、ヒノカミサマになりきるんだ』
「(と、父さん……)」
それは嘗ての父の言葉が聞こえた気がした。
「うっ、うぁぁぁぁあ!!」
「愚か!!!」
男は持っていた刀の柄頭を少年の背中に思いっ切り打ち込もうとすると、信じられない事が起きた。
柄頭が少年に当たる瞬間、少年が残像と化した。
◇
「……」
一夏は今、目の前の遺体の開いた目をそっと閉じさせる。
一夏が来たのは義勇に少し遅れてのこと。義勇の命によってこの山近辺の調査を行っている最中に鬼に惨殺された一家を発見した。
一夏はただ、冷たくなった手を握り何度も「ごめんなさい」と謝る。一夏は鬼殺隊になり人の屍を何度も見てきた。一夏は遺体を仰向けに倒した後、外に出て辺りを見渡す。
「この足跡、まだ新しい。生存者がいるのか…」
おそらく生存者を運んだのだろう。その証拠に血痕の跡があった。
急いで駆け出し、足跡を追う。そして見つけたのが鬼の少女に刀を突き付けている冨岡さんと、その冨岡さんに向かって土下座しながら少女の助命を乞う少年の姿だった。
「(大体状況はわかった)」
鬼の少女は少年の家族であり人をまだ殺してないこと、そして少年は先程の少女以外の家族を殺されてしまったこと…
気配を消した一夏は身を隠し、その場に出ていくことなく様子を窺う。
この時代に来て六年、俺が鬼殺隊を務めてニ年、今まで鬼によって家族や恋人などの大切な人を失ってきた多くの人たちを見てきたが、家族を鬼にされた人を見たのは初めてだった。本当なら少年をすぐに気絶させ、鬼になってしまった少女を退治するべきなのに……俺は、何故かこの場から動く事ができなかった。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」
「と……冨岡さん」
俺は驚きを隠せなかった。初めて見た、冨岡さんが怒声をあげるのは……
冨岡さんはそんな少年に向けて容赦の無い言葉を発する。普段の冨岡さんからは考えられない怒声の叱責で少年を追い詰め、鬼の少女に向けて刀を振り上げた。
その時、少年は斧を持ち、妹を護るべく冨岡さんに向かって駆け出した。
「(無謀だ。ただの子どもが冨岡さんに勝てるはずがない)」
そう断ずるしか他にない彼の行動だが、責めることは出来ない。少年には何が何でも妹を護ろうとする覚悟があった
傍目から見て間違いなく戦いを知らない素人である少年に冨岡さんが万に一つも後れを取るわけがない。適当にあしらわれて気絶させられる結末が目に見えていた。
そう考えていた次の瞬間、驚きの出来事が映った。冨岡さんが少年の背に柄頭を当てようとした時だった。
「(なっ⁉︎今のは!)」
陰で様子を窺っていた一夏も当の義勇と同じく動揺を隠せなかった。少年が突如と残像と化し、義勇の攻撃をすり抜けた。少年がやり遂げた動きを一夏は誰よりも知っていた。
「(今の動き…全集中の呼吸!しかもあの技は、幻日虹⁉︎何故あの少年が日の呼吸を…)」
「あぁァァァあっ!!」
そんな事に構うことなく斧を振り上げ大上段からの一撃を放とうとする。
今の少年の瞳には覚悟が宿っていた。例え人殺しになろうとも家族を助ける。そんな瞳をしていた
「(まずい!冨岡さん、反応が遅れてる!)」
飛び出した一夏は一気に加速し、少年へ接近し、斧を蹴り上げ首筋に強烈な手刀を喰らわした。一夏は意識を失った少年を抱えて着地する。
「冨岡さん……無事ですか?」
「……すまない、助かった」
「動揺する気持ちもわかりますが、俺がいなかったら確実に斬られてましたよ」
安否を確認した一夏は空中に舞っていた斧をキャッチし少年を下ろす。
「ガァァァァァッ!!」
動揺していた二人は、突如暴れ出した少女の鬼の動きに対応できず、蹴り飛ばされた。
「ッ!しまっ!」
「(まずい……喰われる!)」
間に合わない、そう思っていた。
「………え」
「………」
少女はまるで少年を……兄を守るような動作を見せ、二人を威嚇していた。
俺は抜いていた日輪刀を下ろしてしまった。鬼が人を守る……そんな事、見た事がなかった。
鬼の少女は駆け出し、俺達に攻撃を仕掛けた。鬼は人間を主食とし、人肉や血に対して激しい飢餓を覚える。しかしこの少女は兄を食わず守ろうとしていた。
二人は難なく攻撃を避け、義勇が手刀で気絶させた。
「冨岡さん……どうするつもりですか?」
「………」
冨岡さんは考えている。状況を整理しているのだろう。
「……この二人は何か…違うのかもしれない」
「……そうですね。でも、『鬼を見逃す』ということは……」
「ああ。責任はすべて俺が取る」
「冨岡さん一人で背負う必要はないですよ。俺も冨岡さんと同じ考えです。『共犯』ってことで一つ……」
「(お前を巻き込んで)すまない」
「そこは“ありがとう”じゃないですか?俺達、友じゃないですか」
「……感謝する…織斑」
「腹を切る覚悟は決まっています。それで、この二人はどうしますか?」
「(この二人が起きたら)伝えてくれないか?俺はこの事をお館様に報告する」
「わかりました。二人には何を伝えればいいですか?」
その後、一夏に言伝を頼んだ義勇はこの場から去っていった。
「………」
一夏は鬼の少女に大きめの羽織かけた後、木に背を預けながら雪の降る中、目を覚めるのを待っていた。
「(なんでこの子は日の呼吸を使えたんだ?俺が来るまで日の呼吸の使い手は長年継承者がいなかったと御館様は仰っていた。これは縁壱さんの記憶とも繋がっている)」
縁壱の記憶では戦国時代の鬼殺隊に呼吸を教えた際、日の呼吸を会得できた者は一人もいなかった。
「(それに…この子が身に付けている耳飾り、縁壱さんと同じ耳飾り……っ、なんだ?)」
一夏は少年の耳飾りを見つめていると、突然の痛みに目を抑え、何かが流れ込んで来る。
『これを飲んだら出ていく、ただ飯を食い続けるのも忍びない』
その言葉に、赤ん坊を受け取った男の人は、悲しげに顔をしかめる。
『そんな!あなたは命の恩人だ、あなたがいなければ俺たちどころか、この子も生まれていなかった』
縁壱は無言でお茶をすする。
そんな侍に『それならば、この事を後世に伝える』と言いはる男の人の言葉に、縁壱は『必要ない』と一蹴する。
『“炭吉”、道を極めた者が辿り着く場所は“いつも同じ”だ。時代が変わろうとも、そこに至るまでの道のりが違おうとも“必ず同じ場所に行きつく”お前には私が、何か特別な人間のように見えているらしいが、そんなことはない。私は大切なものを何一つ守れず、人生において成すべきことを成せなかった何の価値もない男なのだ…』
「(これは…縁壱さんの記憶、それにこの人、目の前の子にそっくりだ)」
縁壱の記憶を思い出し、一夏は少年を見つめる。
「そうか、この時代まで繋げてくれたんだな………炭吉」
その言葉は、一夏自身か、縁壱か、本人にはわからなかった。
一夏は二人が目覚めるのをただ待っていた。
中の人の繋がりで、一夏に使わせるとしたらどっち?
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神気合一
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冥我神気合一