時を遡ること数分前、炭治郎と伊之助は鬼の弱点らしき気配をそれぞれが持つ五感で感じ取り、列車の本体の中で激しい戦いを繰り広げていた。
そして、それも今終わろうとしている。
「獣の呼吸 肆ノ牙・切細裂き!」
伊之助の攻撃で現れた鬼の頸へ、炭治郎が渾身の一撃を与えるため、日輪刀を構える。
「(父さん、守ってくれ……この一撃で、骨を断つ!!)」
炭治郎の日輪刀は紅蓮の炎を纏い、そのまま勢いよく急降下していく。
「ヒノカミ神楽・碧羅の天!!」
炭治郎の一撃は、見事鬼の骨を断った。その勢いで、先頭車両が崩れる。
ギャアアアアアアアアアア!!!
夢鬼の凄まじい断末魔に、炭治郎と伊之助は、思わず耳を塞ぐ。
「……!! 凄まじい断末魔と、揺れが……」
「頸を斬られてのたうち回ってやがる、やべぇぞ!!」
列車が、まるで生き物の様にうねる。
「横転する、伊之助は…ぐッ!」
軋む列車の轟音が響く中、炭治郎は、刺された傷が痛み、腹を押さえる。
「お、お前、腹 大丈夫か⁉︎」
「あ、ああ!、伊之助、乗客を……」
炭治郎が言い切る前に、列車は大きく傾いた。炭治郎はそのまま、衝撃で外へ放り出された。
「(死ねない、俺が死んだら あの人が人殺しになってしまう・・・死ねない、誰も死なせたくない……)」
そして伊之助や運転手も同じように列車から投げ出され宙を舞う。
炭治郎は手を伸ばすも、身体が地面へと叩きつけられ、地面を転がる。意識こそ失わなかったが、すぐには起き上がれなかった。
「おい!大丈夫か!三太郎!!」
伊之助の声が聞こえる。伊之助は炭治郎の傍まで来ると、体を起こして揺らし始めた。
「しっかりしろ、鬼の肉でばいんばいんして助かったぜ、逆にな! 腹は大丈夫か、刺された腹は!?」
「大……丈夫だ。伊之助は……?」
「元気いっぱいだ!風邪もひいてねぇ!」
伊之助の無事を確認した炭治郎は、動ける伊之助へお願いする。
「すぐ動けそうにない…他の人を助けてくれ。怪我人はいないか…頸の近くにいた運転手は…」
「………」
炭治郎の言葉に、伊之助が揺する手を止めた。
「アイツ、死んでいいと思う!!」
「よくないよ…」
「お前の腹刺した奴だろうが!アイツ足が挟まって動けなくなってるぜ。足が潰れてもう歩けねぇ、放っとけば死ぬ!!」
そんな伊之助をなだめる。
「だったらもう十分罰は受けてる、助けてやってくれ」
「……」
それでも動かない伊之助に、頭を下げる。
「頼む」
そんな炭治郎の言葉に、納得がいかないものの、伊之助は立ち上がった。
「……ふん、行ってやるよ親分だからな、子分の頼みだからな!!」
そうは言っても割りきれない伊之助は、炭治郎の方を振り返る。
「助けたあと、アイツの髪の毛、全部毟っといてやる!!」
「そんなことしなくていいよ……」
炭治郎はそれだけ言うと、伊之助の足音を聞きながら、呼吸を整える。
(夜明けが近づいてる。呼吸を整えろ…早く…怪我人を助けないと…。禰豆子……善逸…一夏さん…煉獄さん。きっと無事だ、信じろ……!)」
「フーーー、フーーー」
呼吸を整える炭治郎を、杏寿郎が突然覗き込んできた。
「全集中の常中が出来るようだな、感心感心!」
「煉獄さん……!」
「常中は柱への第一歩だからな!柱までは一万歩あるかもしれないがな!」
「頑張ります……」
杏寿郎は炭治郎の腹部へと目を向けた。傷口を診ると、鋭利な物で刺され、血管が損傷している。
「腹部から出血している。もっと集中して呼吸の精度をあげるんだ…体の隅々まで神経を行き渡らせろ」
「ハァ、ハァ、ハァ」
「血管がある、破れた血管だ」
「ハァ、ハァ・・・」
「もっと集中しろ」
「……ハァ、ハァ」
──ドクン
「……!」
「そこだ、止血…出血を止めろ」
炭治郎は出血を止めようと力んでしまい表情が歪む。すると、杏寿郎は炭治郎の額に、人差し指を宛てがった。
「集中!」
炭治郎はなんとか冷静になり出血箇所を意識し止血を行う。
「ぶはっ!はっ、はぁっ……」
「うむ、止血出来たな。呼吸を極めれば、様々なことができるようになる。何でも出来るわけではないが、昨日の自分より、確実に強い自分になれる」
「…はい」
炭治郎の返事に、杏寿郎は笑顔を向けた。
「あっ、煉獄さん。一夏さん達は?」
「君の妹も、みんな無事だ!怪我人は大勢だが、一夏が重傷者を処置しているから命に別状はない!一夏は医学の知識もあるから安心するといい!胡蝶までとはいかんが、腕は確かだからな!」
一夏は蝶屋敷で仕事を手伝っていた経験から、ある程度医学の心得がある。透き通る世界で正確な治療も出来るため、しのぶやカナエ達の補助をする事もよくあるのだ。
「竈門少年、君は無理はせず……」
杏寿郎の言葉を遮るように、ドオオォォオン!と地面を抉る凄まじい衝撃音が響く。
杏寿郎から少し離れた場所に着地して二人の前に現れたのは、非情にも鬼だった。
びりびりとした、重く冷たい空気……心臓が、嫌なくらい、跳ねあがる。
しかも、鬼の眼には 右目に“上弦 ”左目に“弐”と刻まれていた。
「(上弦の……弐?)」
息を飲む間も無く、ドンッ!と一瞬にして、炭治郎目掛けて一直線に向かってくる。
「炎の呼吸 弐ノ型・昇り炎天!!」
鬼が炭治郎へ攻撃するより先に、杏寿郎が技を放ち、鬼の腕を斬り裂いた。杏寿郎は円を描くように炎の斬撃を放ち、炭治郎に迫っていた上弦の弐の両腕を切断して吹き飛ばしたのだ。
鬼はすかさず間合いを取る。
杏寿郎に斬られたにも関わらず、物凄い速さで腕の傷を再生した鬼は、傷跡に残る自身の血をペロッと舐めた。
「いい刀だ。今の一瞬で連撃を喰らう事になるとはな」
この圧迫感に、炭治郎もごくりと唾を飲む。
「(再生が速い……カナエ殿と一夏から話は聞いていたが、この圧迫感と凄まじい鬼気……これが、上弦)」
炭治郎を庇うように、杏寿郎は鬼の前に立つ。
「なぜ手負いの者から狙うのか、理解できない」
「俺とお前の話の邪魔になると思った。なぜ当たり前のことを聞いた?」
鬼は疑問符を浮かべる。杏寿郎は刀を構え、口を開く。鬼の言葉に、杏寿郎は眉をひそめる。
「君と俺が何の話をする?初対面だが、俺はすでに君のことが嫌いだ」
拒絶の言葉──それに対し、鬼は淡々と話を続ける。
「そうか、俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見てると虫酸が走る」
「俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」
杏寿郎はそう呟くと、上弦の弐はある提案をする。
「そうか。では、素晴らしい提案をしよう──お前、鬼にならないか?」
「ならない。俺は炎柱・煉獄杏寿郎だ」
上弦の弐の提案を、杏寿郎は間髪入れず拒否した。鬼になってしまっては、帰る場所に帰れなくなってしまう。
「俺は
猗窩座は、右人差し指で杏寿郎を差す。
「人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ──だが鬼になれば、百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれる」
杏寿郎はその言葉を受け、猗窩座に鋭い視線を送る。
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない……この少年は弱くない、侮辱するな。お前も人間だったころは、人の心を持ち、誰かを愛したはずだ。猗窩座、君のその心はどこに置いてきた?」
杏寿郎がそう問うと、猗窩座の額に青筋が浮かぶ。
「結論は見えている。やはり、君と俺の価値基準は違う。如何なる場合も、俺は鬼にはならない」
「…………そうか」
猗窩座は落胆したように眉を下げるが、次第に不敵な笑みを浮かべる。猗窩座は型のような姿勢を作った途端に、空気の重圧が増した。
――術式展開 破壊殺・羅針
「鬼にならないなら殺す」
猗窩座は足元に雪結晶の陣を出現させると、凄まじい速度で杏寿郎に迫る。
猗窩座が空気を揺らした。まばたきする間も無く、杏寿郎も応戦する。
「炎の呼吸 壱ノ型・不知火」
炎の剣と拳の音が響き渡る──その攻防はもはや次元が違った。
目の前で繰り広げられる戦いから目が離せない炭治郎は、冷や汗が頬を伝う。
「(目で、追えない!!)」
「炎の呼吸 陸ノ型・双炎!」
焔の如き闘気を纏わせた横薙ぎ2連の斬撃…一撃目で鬼の防御を崩し、二撃目で頸を斬る技だ。型を繰り出し、杏寿郎は猗窩座の頸を狙ったのだ。
猗窩座は、技を拳で往なす。その圧倒的な実力は、下弦の力量を遥かに上回る。
「(一夏より動きは遅い!冷静であれば、ついていけない動きではない!)」
杏寿郎は一夏と長い付き合いの中、鍛錬の末、腕を上げている。そして彼の指導の下、本来壱から玖までしかなかった炎の呼吸の新たな型を編み出すこともできた。
そして、猗窩座は、興奮で頬を緩めながら地を踏み跳んだ。
「今まで殺してきた柱たちの中に、炎はいなかったな。そして、俺の誘いに頷く者もいなかった。なぜだろうな?同じく武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに──素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく。それが俺はつらい、耐えられない。死んでくれ杏寿郎、若く強いまま」
――破壊殺・空式
「肆ノ型・盛炎のうねり!」
猗窩座が拳を虚空に打つと、打撃は直線的に杏寿郎を襲う。弾の打撃は杏寿郎が空気の流れで察知し、炎の斬撃で全て相殺する。
襲い来る猗窩座の攻撃を一寸の狂いもなく受け止める。
これだけ猗窩座の飛ばす拳の猛攻を受け止めながらも、杏寿郎は冷静に打開策を練っていた。
「空式を初見で相殺するか!」
「(虚空を拳で打つと攻撃がこちらまで来る。一瞬にも満たない速度……このまま距離を取って戦われると、頸を斬るのは厄介だ。ならば、近づくまで!)」
──炎の呼吸 拾壱ノ型 ・加具土命・噴焔
昇り炎天に近いがより高威力で広範囲に攻撃可能な斬撃だ。その斬撃はまるで火山の噴火の如し。
杏寿郎は、神速の域で猗窩座の間合いに詰め寄り、斬撃を与える。対し、猗窩座は傷を再生させ口角をあげる。
──加具土命・龍焔
煉獄はそのまま技を繰り出す。この加具土命・龍焔は煉獄が日の呼吸の日暈の龍・頭舞いを元に編み出した技である。
動きを止めない分、より精密な動きと呼吸が要求されるが、使いこなせば動きながら高い威力を発揮させることが出来る。杏寿郎は相手の急所を狙い放ったが、猗窩座は空中で身を捻り体勢を整え、斬撃を拳で弾き落とし着地する──柔軟さ、強さ、反射速度、どれを取ってもやはり通常の鬼の比ではない。
「こんなにも力強く、ここまで凄まじい炎の斬撃は初めてだぞ、杏寿郎!――やはり、お前は鬼になるべきだ!」
ーー破壊殺脚式・飛遊星千輪
猗窩座は楽しそうに、嬉しそうに声を上げる、自身の好敵手を見つけたかのように。杏寿郎は、その言葉を聞き、額に青筋を浮かべる。
「――言ったはずだ、鬼にはならんと!」
ーー炎の呼吸 拾ノ型・豪炎
杏寿郎は声を荒げ、猗窩座の技に対応し、上半身の筋肉と腰を使って3連撃の技を放つ。
「煉獄さん…!」
炭治郎はなんとか立ち上がり援護しようと動こうとするが
「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」
あまりの剣幕に、炭治郎は肩をすくめた。その間も、猗窩座の攻撃は止まない。
「弱者に構うな杏寿郎!!全力を出せ、俺に集中しろ!!」
ーー破壊殺・鬼芯八重芯
「炎の呼吸 拾壱ノ型・加具土命・焔星!」
加具土命・焔星は「肆ノ型・盛炎のうねり」の範囲を絞り、威力を集中させたものだ。扱いは難しいが、直撃させればその威力は「盛炎のうねり」の数倍にも匹敵する。
刀を振るうと、炎の斬撃と拳が互いにぶつかり合う。猗窩座は一瞬の動きに目を斬られ、腕を斬り落とされるも再生し、杏寿郎は直接創り出される虚空の拳に切り傷を負い血が流れ出る。
「やるな杏寿郎!だが鬼にとっては掠り傷みたいなものだ!その証拠に、ほらな!」
瞬く間に傷が治る部位を指差す。煉獄の斬撃で傷付いた部位が、鬼の回復力で塞がっていたのだ。
「ならば、再生が出来なくなる程斬るまでだ!」
ーー炎の呼吸 㭭ノ型・火華
杏寿郎は猗窩座に向けて炎の七連撃を放つが、猗窩座は喜々とした表情でそれを拳で捌いていく。
「炎の呼吸 伍ノ型・炎虎!!!」
「破壊殺砕式・万葉閃柳!!」
猗窩座との一進一退の攻防は、少しでも反応が遅れれば致命傷になる。
「アハハハ!素晴らしい剣技だ!だが、鬼にならなければこの剣技も失われていくぞ!お前はそれが悲しくないのか!?」
「悲しみなどない!俺の心の炎と意思は、きっと誰かが受け継いでくれる!」
「それは戯言でしかない!鬼だからこそ強くあれるのだ!!」
――破壊殺・乱式
「(ここだ!) 炎の呼吸 漆ノ型・焔返し!」
相手の力を利用した反撃の型…それは遠距離攻撃にもある程度対応出来る技だが、殴打などの格闘戦を得意とする鬼に対して一番効果を発揮する。猗窩座の放った拳を刀に当ててその勢いを利用して斬るのだ。
そして杏寿郎のカウンターにより腕を斬り落とされた猗窩座へ、更に刃が頸に迫る。しかし、猗窩座は拳を杏寿郎の胸元にぶつけ、杏寿郎は吐血させる。その瞬間を逃さず、猗窩座ら即座に後方へ回避した。
「(……すげぇ!!!)」
そして炭治郎達と合流し、避難誘導を終えた伊之助は、上弦の鬼と対峙する杏寿郎の闘いに、釘付けだった。
爆風で砂埃が舞う中、杏寿郎と猗窩座の声が聞こえてくる。
「まさか乱式を利用するとはな!やはり貴様は死ぬには惜しい!」
「炎の呼吸 参ノ型・気炎万象!」
炎の弧を描くように刀を振るい、猗窩座は腕を斬られるも、すぐに再生し、炎と虚空の拳の攻防が再度繰り広げられる。
「(隙がねぇ、入れねぇ、動きの速さについていけねぇ・・・ありゃあ異次元だ……)」
「生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった。だが、お前はどうだ…もはや倒れるのも時間の問題だ」
そう言った杏寿郎の体は、猗窩座との攻防で、額,頬に赤い鮮血を流している。杏寿郎自身、骨にヒビが入ってしまい長くは戦えない。人は鬼の様に再生はできないのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
「鬼であれば、瞬く間に治る。そう、どう足掻いても人間では鬼に勝てない」
鬼と人との圧倒的優劣の差を説かれる。
「(このままじゃ煉獄さんが…今すぐ助けに入りたい・・・なのに……!)」
炭治郎は拳を強く握り、固唾を呑んで見守る。
「(……まるで神の戦いだ…!)」
伊之助の肌に、ビリビリとした空気が焼き付く。
「(間合いに入れば死しかない……助太刀に入ったところで足手まといでしかないって俺でもわかる。情けねぇけど、動けねぇ……!)」
炭治郎達もただ見守るしかないそんな中、猗窩座は尚も喋り続ける。
「……さっきも言ったように、その傷は鬼ならばかすり傷になる……脆い存在のままでいいのか?もっと高みへ登りたいとは思わないのか?鬼になると言え杏寿郎、お前は選ばれた存在なんだぞ?」
杏寿郎を煽り、鬼へ誘おうとしているのだ。
そんな中、炭治郎は必死に体を動かそうと足掻く。けれど、ぶるぶると震え、力が入らない。
「(手足に力が入らない・・・傷だけじゃない、ヒノカミ神楽を使ったからか!助けに入りたいのに……!)」
「……」
そして杏寿郎は猗窩座の「選ばれた存在」の言葉に、脳裏に、母の瑠火の言葉が浮かび上がっていた。
◇
病で床に伏せてしまった杏寿郎の母親、煉獄瑠火。その傍に、幼き日の杏寿郎と弟の千寿郎、一夏の姿もあった。
『大分食欲が戻ってきましたね、瑠火さん』
『うふふ、一夏の作る料理はとても美味しいわ。私も、こんな順調に回復するとは思わなかったわね』
『一夏の作る料理はうまいからな!むしろその年でそこまでできるのが正直羨しいくらいだぞ!』
『未来じゃほぼ一人でいる事が多かったからな』
瑠火の顔色は徐々に良くなり、食欲も戻り、一夏の作る料理を平らげていた。
『今日まで様子を見て、問題がなければ明日からみんなと同じ普通の食事を出します。経過を見てから歩いても大丈夫の筈です』
『本当なのか一夏!母上も、俺達と同じ普通の食事が出来るのか!』
『ああ、ここまで顔色と食欲が戻れば問題はない。問題がなければ、明日からは瑠火さんと一緒にご飯を食べる事ができる』
『そうか!』
『今はまだ盛大な料理は出せないけど、それは瑠火さんが完全に治ってからだ。瑠火さん、俺はこれで失礼します』
『今日もありがとう一夏、明日の食事、楽しみにしています』
一夏は瑠火の部屋から食器を持ち退室する。
杏寿郎は母親の傍に座り、千寿郎は母親の布団の隅で、寝息をたてている。
『杏寿郎』
『はい、母上』
静かになった部屋に、瑠火の凛とした声が響く。
『母が今から聞くことをよく考えるのです。なぜ自分が人より強く生まれたのか、分かりますか?』
母親の問いかけに、杏寿郎は必死に考える。
『………うっ!』
けれども、幼い杏寿郎には、その答えが見つからない。
『………分かりません!』
『弱き人を助けるためです。生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません』
杏寿郎は、背筋を伸ばして母親の言葉を聞く。
『天から賜りし力で、人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように』
母親からの大切な言葉に、杏寿郎は力強く返事をした。
『はい!!』
そんな杏寿郎を、母親が抱き寄せる。
『私は、強く優しい子の母になれてとても幸せです。杏寿郎もいずれは、父の様に立派な剣士になるでしょう。ですが、約束してください……』
必ず、無事に帰ってくると
◇
「ハァ…………ハァ………」
母の言葉を胸に灯し、杏寿郎は日輪刀を握り直し、呼吸をゆっくり整える。自身の内にある全ての闘気を燃やすためだ。
「…!杏寿郎、お前……」
これだけ差を見せつけられても、杏寿郎は猗窩座を見据える。
「俺は…俺の責務を全うする!!ここにいる者は、誰も死なせない!!今の俺に出来るのは、もてる全ての力を……この一撃に込めること!!」
杏寿郎は刀を頭の右脇に構え、この一撃で仕留めるべく、刀に己の全てを乗せ、構える。そして……
「(っ!なんだ、猗窩座の身体が…透けて…、いや、今は考えるな!一瞬で多くの面積を根こそぎ抉り斬り、猗窩座を倒す!)」
今の杏寿郎の目は、猗窩座の身体が透けて見え、そして杏寿郎の赤い日輪刀がほんの僅か、赫く染まっていた。
杏寿郎は考えるのを放棄し、呼吸を整える。
「炎の呼吸 奥義 ─」
「素晴らしい…それ程の傷を負いながら、その気迫!その精神力!一分の隙もない構え!そして更に練り上げられたその至高の闘気!“ 武の理”へ踏み入れようとしているのか!あはは!絶対にお前は強い鬼になれるぞ杏寿郎!いや、どんな手段を使ってでも鬼にする!俺と永遠に戦い続けよう!」
──ドンッ
「破壊殺・滅式!!」
「玖ノ型・煉獄!!」
土埃が舞い、勝敗の行方を遮る。
「(……止まった?土埃で見えない…煉獄さん、煉獄さん……!!)」
祈るように土埃が収まるのを待つ。少しずつ、土埃が薄れてゆき……
視界が晴れ、そこに映ったのは、杏寿郎、そして、頸は斬れていないものの、右腕と体の左半分が削がれた猗窩座の姿だった。距離を取った猗窩座はすぐさま体を再生させようとするが、再生速度が落ちている様子だった。
杏寿郎は技の反動で動くことが出来ない様子であった。そして、猗窩座が体の再生を完了させたら最後、動けない杏寿郎は殺されるか捕まるかの二つであろう。右腕だけを再生し終えた猗窩座は、片足だけで踏み込み、杏寿郎の腹目掛けて拳を振るった。
「煉獄さんーーーー!」
動けない炭治郎はただ叫ぶことしかできなかった。
しかし、
「日の呼吸黒式 壱ノ型・零日白夜」
突如頭上から一太刀の衝撃波が辺りを覆う。
その場にいた全員、何が起こったかわからず、目を覆う。そしてその衝撃が去ってすぐに炭治郎が目を向けると……杏寿郎の前には“彼”が立っていた。
赤羽織、右手に握りしめた炎の鍔が特徴な紅蓮の赫き炎刀、紫の蝶と桃色の花柄の耳飾り──
「はは、ようやく来たか……一夏!」
「遅くなってすまない、杏寿郎」
始まりの日が、舞い降りた。
産屋敷夫妻とにちかとひなき、珠世を含め生存させるかさせないか
-
させる
-
原作通り
-
作者に任せる