日輪を宿す暁   作:狼ルプス

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かまぼこ隊の潜入調査

◇吉原 遊郭

 

男と女の見栄と欲…愛憎渦巻く夜の街。遊郭・花街は、その名の通り、一つの区画で街を形成している地。ここに暮らす遊女達は貧しさや借金などで売られてきた者が殆どで、たくさんの苦労を背負っているが、その代わり衣食住は保証され、遊女として出世できれば、裕福な家に身請けされることもあった。

 

 遊女の中でも最高位である花魁は別格であり、美貌・教養・芸事、全てを身につけている特別な女性の称号とも言える。位の高い花魁には、簡単に会うことすらできないので、逢瀬を果たすために、男たちは競うように足繁く花街に通うのである。

 

最初は初めて見る風景に辺りを見渡していた一夏だが、通るたんびに女性からの視線が強くなる為、無闇に辺りを見渡すことができなくなった。話しかけられたり、店の中に連れて行かれそうになったりしたため尚更だ。

 

「(……帰りたい、俺も女装して潜入側にしておけばよかった)」

 

「うはははっ!まさかこんなに話しかけられるとはなぁ、お前もしかして街に出た時はいつもこんな感じかァ?」

 

「……他人事みたいに、少しは助けてくれても……」

 

「そりぁ他人事だからなぁ」

 

「…………」

 

 

「(チクショー!織斑さん…羨ましぃぃぃっ!)」

 

「(一夏さん、大丈夫かな。相当疲れてる匂いがする)」

 

「(なんで赤羽織は雌に群がられてんだ?)」

 

一夏は既に精神的に疲れていた。この時ばかりは、流石の一夏もこの任務を引き受けたことを少し後悔していた。

 

一夏の場合、町に買い出しへ出る際は蝶屋敷の少女達、又はしのぶが信用している真菰と出るのが決まりとなっている。柱に就任したしのぶが多忙となり、同行の機会が少なくなったが故の対処であった。

 

 

カナ姉と行くと話しかけられることもないと思うが、気になる人がいるカナ姉は誤解されたくないとのことで、アオイ達と買い出しに行っている。因みに、カナ姉に想い人がいることやその詳細を知っているのは俺だけだ。

 

 

「(はぁ、今回の任務……なかなか厄介だな、これは)」

 

 

一夏の狼狽を唯一心配していたのは、炭治郎だけだった。他は、ニヤニヤして見守っていたり、嫉妬の眼差しを向けていたり、そもそもよくわかっていなかったりと反応は様々である。

何度も語ってきた通り、一夏の容姿は天元と同じく美形の部類に入る。しかも、一夏と天元を見た目で選ぶとなると、多数決で、一夏に軍配があがるであろう。

 

 

 

 

場所は変わって蝶屋敷。そこにはニコニコとドス黒い笑みを浮かべたしのぶとカナエがいた。

微笑むカナエの目は笑っておらず、しのぶは笑顔のまま顔に青筋を浮かべ、シュッシュッと拳を前に振るっている。その傍では、カナヲとアオイは顔を青くしており、三人娘達が涙目になって怯えていた。

 

 

一夏達が遊郭に向かって数十分後に蝶屋敷へ戻ってきたカナエとしのぶに、アオイが二人の留守時に起こった出来事を報告したのがはじまりであった。

 

一夏や炭治郎達のお陰で事なきを得たとは言え、ぶつけようのない冷めやらぬ怒りからか胡蝶姉妹は、触れられた逆鱗の感触を抑えつけようとしていた。

 

「全く、あの派手柱は……わかっててやったのかしら?あぁ、そんな派手になる空っぽの頭じゃわかってないか」

 

「うふふ、しのぶ、あの派手柱さんは、今後一切、蝶屋敷の出入りは禁止にしましょうか」

 

「賛成よ。でも、帰ってきた時だけは、とびっきりニッガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イお薬でもてなしましょうか」

どうやら、天元は二人からの歓迎(制裁)を受けるのは確定事項となったようである。

 

 

 

天元の今後を考えた後、しのぶはカナエと分かれ、作業場にて藤の花の毒を調合をしながら試験管を動かす。アオイ達と共に居たカナヲが、部屋の主人であり自身の姉であり師範でもあるしのぶの元へ不安そうにしながらも声を掛ける。それに気づいたしのぶは手を止め振り返る。

 

「どうしたのカナヲ?」

 

「あの、しのぶ姉さん、一つ聞きたいことが……さっき、一夏兄さん達が出立する際、音柱様から聞き慣れない単語を耳にしたのですが聞いてもいいでしょうか?」

 カナヲは天元の言っていた単語が気になりしのぶに質問しにきたのだ。

 

「あのバ…宇髄さんが? 」

 

「はっ、はい。確か……ゆうかく?と言っていました」

 

「はぁ゛?」

 

パキーン!という音と共にしのぶの持っていた試験管は握力で砕けた。そして、ドス黒いオーラが更にドス黒さを増した…この圧を間近で受けたカナヲは呼吸が出来なくなり、気絶した。部屋の出入り口で見ていたアオイや三人娘達は………………漏らした。

 

 

「な、何、この殺気は⁉︎」

 

「い、一体何があったのかしら?」

 

丁度蝶屋敷の前にいた恋柱の甘露寺蜜璃と、甲の鱗滝真菰が異様な殺気を捉え身構えるが、それの正体に気づくのは数分後のこと

 

 

 

 

 

 

 

「…っ⁉︎な、何だ…今の邪気は!?」

 

「どうした、織斑?」

 

「…いえ、なんでもないです」

一夏は先ほどの感覚になんとなく覚えはあったが、すぐに切り替えて目的地に向かう。

 

すると、一夏達の目に、ときと屋が見えてきた。

 

「宇髄さん、あそこですか?」

 

「おうよ」

 

そう言うと、天元達はときと屋の敷居を跨いだ。

 

 

「いやぁ、こりゃまた…不細工な子たちだねぇ」

 

 

「(見えてる世界が全てじゃないですよ?)

 

 黙って佇んでいる三人は、男だと分からないよう、顔中を化粧で塗りたくられているため、お世辞にも可愛いとは言えない状態になっていた。一夏が化粧した時は美少女と呼ぶにふさわしい姿をしていたが、天元の親心(?)により手心を加えられ、ヘンテコな見た目になってしまっている。

 

 

「ちょっとうちでは…先月も新しい子、入ったばかりだし、悪いけど…」

 

 

ご主人の方が断りを入れようと言葉を濁す。けれど、隣の女将が『一人くらいなら…』と顔を赤らめた。

 

 

「じゃあ、一人頼むわ、悪ィな奥さん」

 

そう言う天元の容姿は、誰が見ても男前であり、炭治郎達と並ぶと、尚更引き立って見える。そんな天元の美貌に当てられた女将は「素直そうな子」を選んだ。

 

 

「一生懸命働きます!」

 

 

「(炭治郎は真面目だから問題はなさそうだ。俺の時代でも、社会に出たら、即戦力になるのは間違いないしな)」

現代にいた頃、訳ありでバイトをしていた一夏だからこそ思った事だ。こうして、炭治郎…もとい炭子は就職が決定した。

 

 

ときと屋に連れて行かれた炭子を見送った後、天元は他の二人の方を見た。

 

 

「ほんとにダメだなお前らは。二束三文でしか売れねぇじゃねぇか」

 

 

 そんな天元に対して、善逸は鬼の形相でため息を吐いた。

 

 

「俺、アナタとは口利かないんで……」

 

 

 そんな善逸にイラつきながらも、天元は問いかける。

 

 

「女装させたから切れてんのか?それとも俺が化粧したからか?なんでも言うこと聞くって言っただろうが」

 

「(我妻、今回は妙に荒れてるな)」

 

 

一夏は化粧等に対して天元に根を持っているのかと思っていたが、実は善逸の天元に対する怒りの根源は別なところにあった。

 

 

「(女装や化粧なんかどうでもいいんじゃボケが…オメーの面だよ!普通に男前じゃねぇか、ふざけんなよぉぉぉ!)」

 

 

そんな険悪な雰囲気を、伊之助がぶち壊す。

 

 

 

「オイ!なんかあの辺、人間がウジャコラ集まってんぞ!」

 

「確かに、あそこだけ人が多いな」

 

 

 ざわつく人混みを掻き分けると、開けた道に、綺麗な女の人が傘を差してもらい、大勢の人と歩いていた。

 

 

「宇髄さん、あれはなんですか?」

 

「あー、ありゃ花魁道中だな」

 

「おいらんどうちゅう?」

 

「ときと屋の鯉夏花魁だ。一番位の高い遊女が、客を迎えに行ってんだよ…それにしても派手だぜ、いくらかかってんだ」

 

「(イマイチよくわからない。俺が知らないことはまだまだいっぱいあるんだな……)」

 

そんな天元に、善逸がかみつく。

 

 

「嫁!? もしや嫁ですか!?あの美女が嫁なの!? あんまりだよ、三人もいるの皆あんな美女すか!!」

 

「我妻、あの人じゃな…」

 

一夏が善逸を落ち着かせながら、説明しようとするや否や、天元の鉄拳が善逸へ飛んできた。

 

「嫁じゃねぇよ!テメェちゃんと聞いてたのか!!こういう番付に載るからわかるんだよ!」

 

そんな中、伊之助は耳をほじりながら退屈そうに花魁達を見ていた。

 

「歩くの遅っ、山の中にいたら、すぐ殺されるぜ」

自然の中で育った伊之助らしい感想である。そんな彼を、すっごい目でじっと見ていた女性が、そのまま天元と一夏に声をかけてきた。

 

 

「ちょいと旦那さん方!この子、うちで引き取らせてもらうよ、いいかい?荻本屋の遣手…アタシの目に狂いはないさ」

 

“荻本屋”と聞いた途端、パァ!と天元の顔が綻んだ。

 

 

「荻本屋さん!そりゃありがたい!」

 

 

 そのまま、荻本屋の遣手の女性に、伊之助こと猪子は訳がわからぬまま、連れていかれた。

 

 

「達者でな、猪子ーーーーっ」

 

「えっと、頑張れよ…猪子」

 

 

「?」

 

ぽかんとしながら、猪子の後ろ姿を見ていた善逸は、天元の視線に気がついた。

 

 

「(やだ、アタイだけ余ってる!!)」

 

「宇髄さん、残りの京極屋へ行きましょう」

 

「…そうだな、行くか」

 

 

そんなこんなで、この後 善逸こと善子も、京極屋に買われ、三人全員が無事に潜入成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇荻本屋担当・ 猪子(伊之助)

 

 

 

「どうよこれ!」

 

「きゃーーっ!すごい!」

 

「?」

 

 

そこには、化粧を落とされ、元の美少年(びしょうじょ)に戻った猪子の姿があった。

 

 

「変な風に顔を塗ったくられていたけど、落としたらこうよ!!すごい得したわ、こんな美形な子、安く買えて!!」

 

 

猪子を見初めた遣手の女性が、腕を捲り上げる。

 

 

「仕込むわよォ、仕込むわよォ!京極屋の蕨姫や、ときと屋の鯉夏よりも売れっ子にするわよォ!」

 

 

そう意気込みながら、猪子を連れて部屋を移動する。しかし、その片方の花魁の名が、鬼の仮の名だと言うことはまだ知るはずもなかった。

 

 

 

「でも、なんか妙にこの子ガッチリしてない?」

 

「ふっくらと肉付きが良い子の方がいいでしょ!」

 

「ふっくらっていうか、ガッチリしてるんだけど…」

猪子に疑問を持った女性は、結局、移動する女将達の後を追う。

 

 

 

──京極屋担当 善子(善逸)

 

 

ベンベンベンと三味線の音が響く。稽古部屋で善子は、鬼の形相のまま、全力で弾いていた。

 

 

「あ、あの子…三味線うまいわね」

 

「そうね、すごい迫力」

 

「最近 入った子?」

 

「耳がいいみたいよ。一回聞いたら、三味線でも琴でも弾けるらしいわ」

 

ひそひそと噂をしていた子達は、改めて善子を見る。

 

 

「でも、不細工よねぇ……般若みたい」

 

「よく入れたわね、お店に……」

 

その疑問に対して、善子が入ってきた事情を知る女性は口に手を当て、ひそひそと話す。

 

 

「あの子を連れてきた連中、もんのすごい、いい男達だったらしいわよ!特に赤羽織を着た人はかなりの美形だったらしいわ!」

 

「遣手婆がポッとなっちゃってさ……」

 

遣手の心を奪う程の色男と聞いて『ホントに?見たかった!』と騒ぎが大きくなる。

 

そんな中、喫煙具を吹かしながら、一人のお姉さんが善子を見つめていた。

 

 

「アタイには分かるよ、あの子はのしあがるね」

 

「ええ?」

 

「自分を捨てた男、見返してやろうっていう気概を感じる、そういう子は強いんだよ」

 

「そ……そうなんだ」

 

これほど囁かれる善子の脳裏には、忌々しい天元との記憶がよみがえっていた。

 

 

『便所掃除でも何でもいいんで、貰ってやってくださいよ、いっそタダでもいいんで、こんなのは』

 

『(こ、このやろぉ)』

 

『我妻…耐えろ、これも任務の為だ。終わったら美味しい甘味を食わせてやるから……今だけは我慢してくれ』

 

 

善逸は一夏の言葉に免じてなんとかその場で宇髄に対する怒りは抑えたが、宇髄の言葉を思い出して、腹を立てた善子は、泣きながら三味線を弾き続けた。

 

 

「(織斑さんはああ言っていたけど、見返してやるあの派手柱!アタイ絶対吉原一の花魁になる!!)」※なれません

 

善子は、こうして花魁への道を歩んでいく……しばらく。

 

 

 

ときと屋担当 炭子(炭治郎)

 

 

「炭子ちゃん、ちょっとあれ運んでくれる?人手が足りないみたいで…」

 

「わかりました!鯉夏花魁の部屋ですね、すぐ運びます」

 

頼まれ事に対し、炭子は二つ返事で引き受ける。気持ちのよい炭子の働きっぷりに、他の女性達も笑顔になる。

 

 

「炭子ちゃん、よく働くねぇ」

 

「白粉取ったら、額に傷があったもんだから、昨日は女将さんが烈火の如く怒っていたけど…」

 

「はい!働かせてもらえて良かったです!」

 

 

 そう言うと、炭子は普通の女性なら持てない量の荷物を軽々と持ち上げ、鯉夏花魁の部屋へと歩いて行った。

 

その光景を、ときと屋の娘達は呆気にとられながら見つめていた。

 

 

「なんか……力強くない?」

 

「強っ」

 

 

そんな事を影で囁かれてるとは知らない炭子は、鯉夏花魁の部屋を探し歩く。

 

 

 すると、鯉夏の部屋で、ひそひそと噂話をする女の子二人が目に留まった。

 

 

「京極屋の女将さん、窓から落ちて死んじゃったんだって……怖いね、気を付けようね」

 

「最近は足抜けしていなくなる姐さんも多いしね、怖いね」

 

そんな二人の間へ、炭子が割って入った。

 

「足抜けって何?」

 

そんな炭子を見た二人が騒ぎだす。

 

「えーっ、炭ちゃん知らないのぉ?」

 

「それより、すごい荷物だね」

 

「鯉夏花魁への贈り物だよ」

 

贈り物を置き、炭子はニコニコと答える。

 

 

「足抜けっていうのはね、借金を返さずに、ここから逃げることだよ。見つかったら酷いんだよ」

 

「そうなんだ・・・」

 

「好きな人と逃げきれる人もいるんだけどね」

 

「この間だって、須磨花魁が……」

 

「!」

 

 

 炭子は、聞き覚えのある名前に、ハッとした。

 

 

「(須磨!宇髄さんの奥さんだ…)あの…」

 

炭子が須磨について話を聞こうとした時、襖が開いた。

 

 

「噂話はよしなさい、本当に逃げきれたかどうかなんて・・・誰にも分からないのよ」

 

「はぁい」

 

鯉夏は、炭子を見ると、優しく微笑んだ。

 

 

「運んでくれたのね、ありがとう、おいで」

 

「はい」

 

傍に寄った炭子の手をとり、お菓子を置いた。

 

 

「お菓子をあげようね、一人でこっそり食べるのよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

その姿を見ていた二人の少女が駆け寄る。

 

 

「わっちも欲しい!」

 

「花魁、花魁!」

 

「駄目よ、先刻食べたでしょ?」

 

 

 けれど、今の炭子には、お菓子よりも知りたいことがあった。

 

 

「あの……須磨花魁は足抜けしたんですか?」

 

「! どうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 

「(うまく聞かないと、須磨さんの事を……でも、警戒されてる)ええと……」

 

 

鯉夏はじっと炭子を見つめている。

 

 

「須磨花魁は、私の……私の、姉なんです!」

 

 

 炭子の顔を見て、鯉夏達は衝撃を受けた。この正直少女(少年)は、嘘をつく時、普通の顔ができない。一夏が見たら間違いなく「嘘をつく任務をする時は、常にお面でもかぶっておくか?」と揶揄うだろう。

 

けれど、鯉夏は切なそうな表情で炭子を見つめる。

 

「お姉さんに続いて、あなたまで遊郭に売られてきたの?」

 

「は、はい、姉とはずっと手紙のやり取りをしていましたが、足抜けするような人ではないはず……」

 

「そうだったの」

 

「……」

 

暫く沈黙が続く。そんな沈黙を、鯉夏が破った。

 

 

「確かに、私も須磨ちゃんが足抜けするとは思えなかった……しっかりした子だったもの。男の人にのぼせている素振りもなかったのに…」

 

 

 そのまま鯉夏は言葉を続ける。

 

 

「だけど日記が見つかって……そこには足抜けするって書いてあったそうなの。捕まったという話も聞いてないから、逃げきれていればいいんだけど……」

 

 

「(足抜け…これは鬼にとってかなり都合がいい。人がいなくなっても、遊郭から逃亡したのだと思われるだけ・・・日記はおそらく、偽装だ。どうか無事でいて欲しい。必ず助けます、須磨さん!)」

 

 

 

 

 

 

 一方、外から鬼の動向を探っていた一夏と天元は、隊服姿で屋根の上から街を見下ろしていた。

 

「(異常は無し、だが…妙な違和感はあるな。昼間の筈なのに、僅かにだが…鬼の気配を感じる。場所が特定できない。気配がはっきりしないな…)」

 

「(今日も異常なし、やっぱり尻尾を出さねぇぜ。嫌な感じはするが、鬼の気配は、はっきりしねぇ…煙に巻かれているようだ。気配の隠し方の巧さ……地味さ、もしやここに巣食っている鬼…上弦の鬼か?ド派手なやり合いに、なるかもな…)」

 

「宇髄さん……」

 

「皆まで言うな……やっぱお前もそう思うか?」

 

「はい、ここまで気配を隠すのが上手いとなると、間違いはないかと。鬼の気配の流れは僅かながらに感じてはいますが…場所まではハッキリしません」

 

「お前の気配感知は鬼殺隊の中じゃド派手に異常だからな。織斑程の奴が言うなら間違いはねぇな。鬼がいる事が分かっただけでも第一歩だ」

 

「問題は、ここが歓楽街である事……一般の人達が戦闘に巻き込まれる事を考えると、今回の戦いは穏便ではすみそうにないです」

 

「……今俺たちが出来るのは、鬼を探しそして斬る事だ。勿論、まきを達や被害者達も助けてな」

 

「はい、今はまきをさん達の無事を祈りましょう」

 

 

 

 

 

──荻本屋担当 猪子(伊之助)

 

 

情報収集をしていた猪子は、まきをの話をする二人に遭遇した。話によれば、病気で部屋から出てこないとの話だ。

 

 

「(まきを!宇髄の嫁だ…やっと名前を聞けたぜ。具合が悪い…それだけで定期連絡が途切れるか?行ってみるか、さっきの女は、こっちから来たな)」

 

 

 そして猪子は、まきをへ食事を運んだ女性が来た方へ向かう。

 

 

 着物を着るといった苦行を強いられた挙げ句、声を出せば男だと分かる環境の中、情報収集に難儀していた猪子…いや、伊之助は、喜び勇んでいた。

 

そんな伊之助が到着する少し前、帯で巻かれたまきをは、手紙の宛名について鬼に尋問されていた……。

 

 

「さぁさ、答えてごらん。お前は誰に この手紙を出していたんだい?」

 

 

 帯が、ヒラヒラと、生き物のようにうねる。

 

 

「何だったか、お前の名は……ああ、そうだまきをだ」

 

 帯に拘束されたまきをは、相手を睨みつける。

 

 

「答えるんだよまきを!」

 

 

 まきをは、捕らえられた中でも、何とか頭を働かせる。

 

 

「(情報を……伝えなくては!他の二人とも連絡が取れなくなってる、何とか外へ……早く……。あの人達の所へ……天元様……一夏)」

 

すると、鬼は人の気配を察知した。

 

 

「また誰か来るわね……荻本屋はお節介が多いこと…」

 

 

 すると鬼は、まきをに巻き付けた帯を締め上げる。

 

 

「ぐっ……」

 

「騒いだら、お前の臓物を捻り潰すからね!」

 

 

 まきをの部屋で、鬼が尋問してると知らない伊之助は、部屋から感じる気配に警戒していた。

 

 

「(妙だな、妙な感じだ…まずい状況なのか?…わからねぇ、あの部屋…まきをの部屋……ぬめっとした、気持ち悪ィ感じはするが……)」

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、考えることが苦手な伊之助は、とにかく行ってみようと走り出す。

 

 

「!」

 

 

 襖の取っ手に手をかけ、思いきり引く。

 

すると 伊之助の目の前に、荒れ果てた光景が広がる。誰が見ても、襲われた事は一目瞭然だった。

 

そして、どこからか、妙な風が吹く。

 

 

「(風・…窓も開いてないのに)」

 

 すると、伊之助は上からの気配に気づいた。

 

 

「(天井裏!!やっぱ鬼だ!!今は昼だから、上に逃げたな!)おいコラ、バレてんぞ!!」

 

 

 伊之助は咄嗟に、まきをに運ばれた食事の器を掴むと、その器を思いきり天井へ投げつけた。途端に、何かが慌てて逃げる音が、天井からバキバキと響き渡る。

 

 

「逃がさねぇぞ!!」

 

 

 伊之助は、慌てて鬼を追いかける。

 

 

「(どこに行く!?どこに逃げる!?天井から壁を伝って移動するか?よし、その瞬間に壁をブン殴って引き摺り出す!!)」

伊之助は屋根裏にいる鬼を追いかけ、チャンスを待っていた。

 

「(ここだ!!)」

 

伊之助が、拳に渾身の力を込め、振りかぶるが、運悪く、客の一人がヒョイっと出てきた。

 

「おお、可愛いのがいるじゃないか」

 

「邪魔じゃボケェっ!」

 

 

渾身の力を込めたこともあり、伊之助は客ごと後ろの壁を殴りつけた。

 

 

「キャーーーーッ⁉︎」

 

「殴っちゃった…!!」

 

 

 たまたま通りかかった女性達が、青ざめながら叫ぶ。

 

 

「(クソッ、しくじった……!!下に逃げてる!!)」

 

 

 伊之助は、すぐに方向転換し、下へと走る。

 

 

「(こっちか!!こっちだ!!いや…こっち…チクショウ、気配を感じづらい!!)」

 

 

 探し回っていた伊之助だったが、気配を感じづらいだけでなく、苦手な環境であることも相まって、取り逃がしてしまった。

 

 

「見失ったァァクソッタレぇえ!!邪魔が入ったせいだ……!」

 

伊之助は、ギリギリと噛み締めながら青筋を立てた。

 

 

──京極屋・善子(善逸)

 

 

「(『自分がどうするべきかを考えろ』、か……すんません、一夏さん。なんか俺、自分を見失ってた……俺は、雛鶴さんを捜すんだった……三味線と琴の腕をあげたって、どうしようもないだろうよ……)」

 

 かつて無限列車で一夏に言われたことを思い出し、正気に戻った善子は、やっと本来の任務遂行のため、聞き耳を立てながら、屋敷内を練り歩く。

 

 

「(でもなぁ、どうしよ…ずっと聞き耳立ててんだけど、雛鶴さんの情報ないぞ…)」

 

善子は取りあえず、やるべき事をやろうと、意識を集中させる。

 

すると、雑音に混じり誰かの泣き声を聞き取った。

 

 

『ひっく、ひっく、ぐすん!?』

 

「一大事だ、女の子が泣いている!」

 

 

善子の行動は早く、一目散に、泣き声の聞こえる方へと向かった。泣き声の聞こえる部屋の前まで来た善子は、慎重に中を覗き込む。すると、荒れ果てた部屋の中で、女の子が一人泣いていた。

 

 

「な、なにこれ!めちゃくちゃなんだけど、どうしたの!?この部屋…!」

 

荒れた部屋と泣く女の子、善子の脳内で一つの仮説が浮上した。

 

 

「えっ、けんっ、喧嘩!?喧嘩した!?大丈夫!?」

 

善子の大声に、女の子は再び泣き出してしまう。

 

 

「わっ、大丈夫だよ、泣かないでっ、君を怒ったわけじゃないんだごめんねぇっ!」

 

 

善子は泡食って女の子を慰め始めた。

 

 

「何か困ってるなら…」

 

 

 善子が、そう言いかけた時だった。静かに、とある気配が、すぐそばに現れた。

 

「アンタ達、人の部屋で何してんの?」

 

 

「(……お、鬼の音だ)」

 

善子は、青ざめ、ごくりと唾を飲む。

 

「(今、後ろにいるのは鬼だ…人間の音じゃない。声をかけられる直前まで、全く気づかなかった…こんなことある?これ、上弦の鬼じゃないの?音やばいんだけど、静かすぎて逆に怖いんだけど…)」

 

 

返事を返さない善子に、鬼は苛々を募らせる。

 

 

「耳が聞こえないのかい?」

 

 

すると、花魁の世話役らしき少女二人が、恐怖に震えながらも善子達を庇おうとする。

 

 

「わ……蕨姫花魁、その人達は昨日か一昨日に入ったばかりだから……」

 

しかし、蕨姫は少女二人を睨み付けた。

 

「は?だったら何なの?」

 

その圧に負けて、少女達はへたり込む。それを見兼ねた善子が、蕨姫の方を振り向きながら、なんとか言葉を発した。

 

 

「勝手に入ってすみません!部屋がめちゃくちゃだったし、あの子が泣いていたので…」

 

すると、善子の顔を見た蕨姫は、眉をひそめた。

 

「不細工だね お前、気色悪い……死んだ方がいいんじゃない?」

 

さらに蕨姫の容姿に対する罵声は続く。

 

 

「何だい、その頭の色!目立ちたいのかい」

 

「……」

 

少女達の為、自分の為、激情を堪えて、なにも言い返さない。そんな善子から、蕨姫は部屋の散乱した様に目を移した。

 

 

「部屋は確かに、めちゃくちゃのままだね。片付けとくように、言っといたんだけど…」

 

そう言うと、蕨姫は、泣いていた女の子の耳を掴み引っ張る。

 

「ギャアッ!」

 

「五月蝿い!ギャアじゃないよ、部屋を片付けな!」

 

鬼である蕨姫の力は強いため、引っ張られている女の子の耳が、ミシッと音を立てて僅かに血が流れ、もげそうになる。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、すぐやります、許してください……!!」

 

泣きながら許しを乞う女の子の姿を見た善子……善逸は蕨姫の腕を掴む。

 

 

「……」

 

「……何?」

 

 

睨み付ける蕨姫に怯むことなどあろうか。

 

 

「手、放してください!」

 

 

 その目を見た蕨姫こと、鬼の堕姫は、善逸が潜入する二日ほど前のことを思い出した。自分が鬼であることに気づいた女将のお三津が問い詰めてきた時のことだ。

 

『気づいても黙っておくのが賢い』

 

そう言って始末したあの女と同じくらい、善逸の存在が不愉快だった。

 

「気安く触るんじゃないよ、のぼせ腐りやがって、このガキが!」

蕨姫に殴られた善逸は、襖を突き破り隣の部屋まで吹き飛ばされてしまった。

 

すると、騒ぎを聞いた京極屋の主人が、慌てて駆けつけた。

 

 

「蕨姫花魁……!!」

 

飛んでくるなり、主人は蕨姫に向かって土下座する。

 

「この通りだ、頼む!!勘弁してやってくれ・・・もうすぐ店の時間だ、客が来る!!俺がきつく叱っておくから、どうか今は……どうか、俺の顔を立ててくれ……」

 

 

女性達はガタガタと震えながら、様子を見守っていると……

 

再び蕨姫の纏う空気が変わった。

 

 

「旦那さん、顔をあげておくれ。私の方こそご免なさいね、最近ちょいと癪に障ることが多くって……」

 

そう言って、蕨姫は笑顔を作る。

 

「入ってきたばかりの子達にきつく当りすぎたね、手当てしてやって頂戴」

 

 

 それだけ言うと、蕨姫は、付き人の少女達に部屋を片付けるよう指示をする。

 

 それを見た主人も早急に片付けるよう威圧的な声をあげる。

 

 

 そんな中、蕨姫こと堕姫は、冷静に善子こと善逸を分析していた。

 

 

「(あのガキ、この感触からすると軽症だね。失神はしてるけれども……受け身をとりやがった、鬼殺隊なんだろう?でも、柱のような実力はない……)」

 

堕姫は善逸の身のこなしから正体に気づくが特に警戒する様子はなかった。

 

 

「ククッ、フフフッ……少し時間かかったけど、上手く釣れてきたわね……どんどんいらっしゃい、皆殺して喰ってあげる」

 

歪んだ笑みを浮かべる堕姫は知らなかった。この街には、無傷で童磨を葬り、猗窩座を後一歩まで追い詰めた日輪の剣士がいる事を、そして上弦の鬼の実力に迫る柱がいる事を……。

産屋敷夫妻とにちかとひなき、珠世を含め生存させるかさせないか

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