今回は大ちゃんネオさんが執筆する作品『仮面ライダーツルギ』のオリジナルライダー募集で採用して頂いた、【
物語自体はそこまで長く書いていく訳ではありませんが、本作を読んで頂く事で、少しでも大ちゃんネオさんの『仮面ライダーツルギ』の物語を楽しむのに役立てて貰えたら嬉しいなと思っています。
それではどうぞ。
始まりは、一瞬だった。
気付けば私は、空を見上げていた。
雲一つ存在しない、青く広がる空を。
私はただ、見上げていた。
『君、大丈夫か!? しっかりするんだ!!』
『誰か、急いで救急車を……!!』
『樹ちゃん、しっかりして!! 樹ちゃん!!』
いろんな人の声が聞こえる。
薄ぼんやりとした視界の中、いろんな人が、私に呼びかけてきているような気がした。
それを認識した時、私はようやく、自分が今置かれている状況に気が付いた。
どうしてだろう、体が動かない。
どうしてだろう、体中が痛い。
どうしてだろう、友達の泣いている声がする。
どうして……あぁ、そっか。
私、事故に遭ったんだ。
そう、あの日あの時だった。
私の運命が、全てが狂い始めたのは……
「―――ふあぁ」
聖山高等学校。全校生徒が千人近くにまで及ぶこの学園は現在、授業が行われている時間帯だった。
右手にチョーク、左手に教科書を持った数学の教師が、黒板に白いチョークを走らせている中、生徒達はその授業内容を真面目にノートに書きまとめている……かと思えば、実際はそうではない。
もちろん、真面目にノートを取っている生徒もいるにはいるが、居眠りしている生徒、教科書で見えないようにしてから読書している生徒、小さな声でお喋りをしている生徒などが大半だった。
そしてそれは、今回のお話の主役であるこの少女―――
(はぁ、授業だる……)
窓際の席に座っていた彼女は、教科書にノート、筆記用具など必要最低限の物は机に置いていたものの、教師のペラペラ喋っている言葉などまるで耳に入っていない。
こんな退屈な授業が早く終わらないものかと、堂々とあくびをかますほどだった。
窓の外に視線を移してみると、グラウンドでは他のクラスの生徒達が、体育の授業の一環としてサッカーをしているのが見えた。
二つのチームに分かれた生徒達が、たった一つのサッカーボールを奪い合う中、1人の男子生徒がサッカーボールを奪い取り、相手チームのゴール目掛けて勢い良く蹴り飛ばす。
大きく飛んだサッカーボールが、それを受け止めようとしたゴールキーパーの横をすり抜けていき、そのままサッカーゴールへと突っ込んでいった。
ふぅん、やるじゃん。
見事シュートを決めた男子生徒が、同じチームの生徒達と笑顔でハイタッチをしているその様子を、樹は心の中でそう呟きながら眺めていた。
(……皆、嬉しそう)
彼女の視線の先に映るのは、シュートを決め1点を取った男子生徒の姿。
彼は同じチームの生徒達の期待に応え、彼等を笑顔にしてみせた。
本人もまた、彼等と同じように笑ってみせていた。
その笑顔が、樹にとっては眩しく感じていた。
「―――峰、おい黒峰!」
「! はい」
ハッと気付いた樹が正面を向くと、教師が呆れた様子で小さく溜め息をついていた。
その様子から、何度も私の名前を呼んでいたのだろう。
周りからはクスクスと笑っている女子生徒の声も聞こえてきた。
「今は授業中なんだ。ちゃんとノート取ってるのか?」
「はぁい、取ってまーす」
「ほう、ならこの問題お前が解いてみろ。ちゃんとノート取ってるんだから解けるんだろう?」
(……めんどくさ)
教師がチョークで小突く黒板には、記号がいくつも並んだ難しそうな問題が書かれていた。
めんどくさそうな表情で席から立ち上がり、教師からチョークを受け取った樹は、黒板に書かれた問題の答えをわかりやすく正確に書き記してみせた。
「これで良いですか、先生」
「……あぁ、正解だ」
結構難しめの問題にしたつもりだったのだろうが、樹からすれば関係のない話だった。
あっさり解かれた事で口元が僅かに引き攣っている教師を放置し、問題が正解だった事に対して樹は特に喜ぶ様子も見せる事なく、スタスタと自分の席に戻っていく。
「はぁ、全く……あとは授業態度さえ良ければ、優等生として
「……」
本人は樹に聞こえないよう、小声で呟いたつもりだったのだろう。
しかしその教師の呟きを、樹は聞き逃さなかった。
(……んな期待されても困るし)
期待。
樹にとって、それは最も嫌いな言葉であり、最も重く感じる言葉でもあった。
「……はぁ、最悪」
誰かに期待されたくない。
彼女がそう思うようになったのは、果たしていつからだっただろうか。
樹がまだ明るい小学生だった頃から、彼女の家にはピアノが置かれていた。
そのピアノは元々、彼女の母親が趣味で弾いている物だったのだが、母親がピアノを弾いている姿を見て、樹もそれを真似しようと思ったのが全ての始まりだった。
母親からピアノの弾き方を教えて貰い、毎日ピアノの練習を繰り返し続けた樹は、いつしかその才能を開花させ、大人も顔負けの演奏を行えるようになっていった。
母親と父親は、そんな樹の事を心から誇りに思っていた。
樹もまた、二人が自分の演奏を褒めてくれる事を嬉しく思った。
もっとピアノが上手になれば、二人はもっと自分を褒めてくれる。
二人をもっと笑顔にしてあげられる。
そう思った樹はある時、両親に自身の夢を告げた。
『パパ、ママ、私ね。大きくなったら、世界一のピアニストになりたい!』
『せ、世界一のピアニストかぁ……流石にそれは難しいんじゃないか?』
『何言ってるのよあなた、樹なら絶対になれるわよ。ねぇ樹?』
『うん!』
『……わかった。パパとママも応援するから、練習いっぱい頑張るんだぞ』
『もちろん! 絶対なってみせるもん!』
それからというもの、樹はひたすらピアノの練習を繰り返し続けた。
おかげで、学校のクラスメイトとの付き合いも次第に減っていってしまった彼女だが、本人はそんな事など微塵も気にしていなかった。
やがて、ピアノのコンクールでも入賞してみせた彼女は、類い稀なる才能を秘めた天才ピアニスト少女として、テレビにも取り上げられ始めた。
プロの業界からも一目置かれるようになり、多くの人間から期待を寄せられるようになった。
樹の心は、大きな喜びに満ちていた。
この調子なら、夢が叶うまでそうかからないだろう。
父も、母も、そして樹自身も、そう信じて疑わなかった。
だからこそ。
その願いが踏みにじられた時の絶望も、樹にとってはとてつもなく大きい物だった。
『樹、大丈夫か!? しっかりしろ!!』
『お願い、死なないで樹……!!』
中学生となり、天才ピアニストへの道を歩み続けていた樹。
そんな彼女を突然襲ったのは……バイクによる轢き逃げ事故だった。
すぐに救急車が呼ばれ、医師達の迅速な対応もあったおかげで、樹は何とか一命を取り留める事ができた。
両親も、当初はその事に安堵していた……しかし。
『そんな、どうにかならないんですか!?』
黒峰家に告げられた医師の言葉は、あまりにも残酷過ぎる内容だった。
『……残念ですが。日常生活においては支障はなくとも、これまでのようにピアノを演奏するとなると……』
傷の後遺症が残った事が原因で、樹はピアノをまともに弾けない腕になってしまった。
その後遺症を治そうにも、莫大な手術代を支払えるほどの余裕は、今の黒峰家にはなかった。
世界一のピアニストになるという樹の夢は、こうも簡単に失われる事となってしまったのだ。
今まで夢への道を駆け上がろうとしていた樹にとって、その現実はとても受け入れられる物ではなかった。
『ッ……何で……どうしてよ……!!』
夢を諦め切れなかった樹は、何度もピアノを弾こうとした。
しかし最初は上手く弾けても、途中で指が上手く動かなくなり、それ以上の演奏ができなかった。
『動いて……動いてよ……お願いだから……ッ!!』
腕の包帯が赤い血で滲む中、樹は動かない指を無理やりにでも動かそうとした。
しかしどれだけ頑張っても、彼女の指は思い通りに動いてくれなかった。
苛立ちのあまり、樹が両手を鍵盤に強く叩きつけてしまうのも無理のない話と言えよう。
そんな彼女を必死に励ましたのは、ガーンと強く鳴り響く音を聞いて駆けつけてきた、父と母の二人だった。
『樹、もう良い、無理をするな!!』
『そうよ樹!! あなたは今まで、たくさん頑張ってきたじゃない!! その気持ちだけでも充分よ!!』
『充分……?』
その言葉は、樹にとって一番聞きたくない言葉だった。
『そんなはずない……そんなはずあるもんか!! だってまだ、あたしの夢は叶ってない!! 夢を叶えなきゃ、あたしは―――』
『樹ッ!!!』
それ以上、樹は言葉を発せなかった。
父と母が、樹の事を強く抱き締めたからだ。
『樹……ごめんな……ッ!! 俺達が、手術代を払えないばっかりに……!!』
『辛かったでしょう、樹……もう良いのよ……これ以上、無理はしないで……ッ!!』
『ッ……う、ぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!』
樹はただ、泣き叫ぶ事しかできなかった。
夢を失った事だけじゃない。
父さんと母さんの期待に、応えてあげられなかった。
二人を笑顔にしてあげられなかった。
その無念が、樹の心に重くのしかかるようになってしまっていた。
それからだった。
彼女がピアノを弾けなくなったという事実はすぐ周囲に広まり、彼女に期待を寄せていた者達は皆、一斉に彼女への興味をなくしていった。
それ以降、樹が明るい表情を失っていくのも、そう時間はかからなかった。
これまで練習に使っていたピアノも、両親に頼んで売り払って貰う事にした。
ピアノを見るだけで、夢を失ったという事実を嫌でも思い知らされる。
それが嫌だったからこそ、樹はそうするしかできなかった。
それから月日が経ち、高校生となった樹が入学したのが、聖山高校だった。
授業中は退屈そうに過ごし、休み時間中は音楽を聴きながら過ごし、どの部活にも所属しない。
学校生活をただのんびり過ごしているだけの今の彼女に、かつての天才ピアニスト少女としての面影はなかった。
そんな彼女は今……誰もいない音楽室の中で、ただ1人静かに佇んでいた。
(あれ……あたし、何でまたここに……)
校舎が夕闇へと沈んでいく中、樹は無意識の内に、音楽室へとやって来ていた。
樹にとって、こんな事はこれが初めてではない。
これまでも何度か、音楽室に足を運んでしまう事があった。
そしてそのたびに、音楽室に置かれているピアノの目の前まで近付いている事がしょっちゅうだった。
何故だ。
もうかつての夢は失われた。
今更、こんな所に来る理由はないはずなのに。
それでも樹は、ピアノから離れる事ができなかった。
「ッ……何で……」
私は周りの人間達の期待に応えられなかった。
両親を、笑顔にしてあげられなかった。
そんな自分に、かつての夢を思い出す資格なんてない。
あっていいはずがないんだ。
樹は自分の心に、何度もそう言い聞かせる。
それなのに、彼女の体は動かなかった。
彼女はピアノを視界に映したまま、その目を逸らせなかった。
「何で……どうしてなの……あたしの夢は、もう……ッ!!」
夢なんて、必ずしも叶う訳じゃない。
理不尽な形で、夢を奪われる事だってあるのだ。
その事に、もっと早く気付くべきだった。
それに気付けていたなら、最初からあんな夢を抱く事なんてなかったのに。
そんな気持ちが、今もなお呪いとして、樹の心に残り続けていた。
そんな時だった。
やり切れない思いを抱きながら俯いていた彼女の耳に……謎の声が聞こえてきたのは。
「はーい皆さんこんばんは~! 私はアリス。鏡の国からやって来ました~♪」
「―――ッ!?」
突然聞こえて来た声に、思わず顔を上げる樹。
彼女の視界に入ったのは、音楽室の窓ガラス……その表面に映り込んだ1人の少女だった。
さらりと流れる絹のような髪。
見るものを惹き付ける大きな目。
そこらのアイドルなんて目じゃないであろう、どこかお淑やかな雰囲気さえ持っている美少女。
樹は一度後ろを振り返ってみた……が、後ろには誰もいない。
しかし窓ガラスには少女の姿が映っている。
樹はますます困惑を深めた。
「何……あんた、誰?」
「おぉっと、反応が思ったよりうっすーい! そこはもうちょっと驚いてくれてもいいでしょう!? ……と、そんな事はまぁ良いとして」
樹が思っていたほど驚きの反応を見せなかった事に対し、わざとらしくオーバーリアクションを見せたその少女―――アリスはコホンと咳き込んだ後、改めて笑顔を浮かべてみせた。
その不気味な笑顔に、樹は僅かながら警戒を強めた。
「黒峰樹さんですね? あなた、とても大きな願いを抱えていますねぇ」
「……急に何さ」
「いえいえ、誤魔化さなくて良いんですよぉ? 私にはわかります。自分はあくまでその願いを捨てようとしているつもりでいる。しかし、本当はかつての栄光を忘れられず、その願いを捨て切れないでいる」
「ッ……」
樹が息を呑む。
アリスから告げられた言葉が、彼女の心に突き刺さったからだ。
そんな樹の様子に構わず、アリスは続けた。
「そんなあなたに朗報! 実はですね、かつてあなたが失ったその願いを、再び叶えられるようにする為の方法が存在しま~す♪」
「!?」
「その方法は実に簡単!」
「あなたもなっちゃえば良いのです……“仮面ライダー”にね♡」
運命の歯車は、再び狂い始める。
To be continued……
今回は樹ちゃんが仮面ライダーとなる前のお話。
彼女が仮面ライダー甲賀として戦うのはまた次回になります。
お楽しみに。