ダンシング☆サムライ~秘剣・左逆手居合~   作:PlusⅨ

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第十九幕・舞侍

 梅雨が来た。

 

 ぱらぱらと降る五月雨の中、九里府の村々では今年も田植えが行われていた。

 

 印種川の堤防は梅雨の長雨にもよく流れを制し、村々の田畑に豊かな水を分け与えていた。

 

 田植え前に収穫した葱も十分な量であり、たとえ今年も多少の不作であろうとも、それを乗り越えるだけの蓄えが、どの村にもできていた。

 

 本音村の出流は、村の田植えが一段落したころを見計らって、印種川の堤防へと足を向けた。

 

 堤防のある一角に、新しい地蔵菩薩像があった。

 

 その場所は、かつて堤防工事の折に、海斗が大雨と風の中で立っていた場所であり、あのとき工事に参加していた者たちは皆、この地蔵菩薩像に海斗の面影を重ねていた。

 

 出流が地蔵菩薩像の前にやってきたとき、そこには既に先客がいた。

 

 はくが、雨の中に静かに手を合わせ拝んでいた。

 

 彼女は出流の気配に気づくと、顔を上げにこりと微笑んでから、少しだけ横にずれて場所を開けた。

 

 出流は何も言わず、はくの横に並んで、同じように地蔵菩薩像に手を合わせ拝んだ。

 

 五月雨が、二人の肩を静かに濡らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始音家でも同じように、めいこと赤人が仏壇に線香をあげて拝んでいた。

 

 決闘の日に清輝が言った通り、始音家の家名存続と役目の据え置きは、未来ノ守の許しを得て正式に保証されることとなった。

 

「すみません」

 

 と玄関で女の声がした。

 

 はくは遣いに出してしまっていたので、めいこは自ら仏壇から立って玄関へと出迎えた。

 

 訪れたのは、おミクだった。

 

 番傘を差していたものの、その髪や頬がしっとりと濡れていた。

 

「御家老様からの見舞いの品を届けに参りました。どうぞ、始音様の御霊前にお供えください」

 

 おミクはそう言って、雨に塗れぬようしっかりと抱いていた包を差し出した。

 

 受け取ったそれは、桐箱に入った蝋燭と線香であった。言うまでもなく高級品である。

 

 丁重に礼を述べるめいこに、おミクは言った。

 

「ぶしつけかもしれませぬが、私も始音様の御霊前を参りとうございます。お許し願い下さいませ」

 

 めいこは快く承諾した。あの日以来、海斗を慕って霊前に参る者たちは多くあった。

 

 おミクは仏壇の間に案内され、そこで静かに手を合わせた。

 

 まだ濡れたままの頬から、滴がぽたりと零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘の後、蓮は愛洲藩へと戻り、正式に鏡音家の家督を継ぐことを認められた。

 

 蓮也がかつて次席家老派の刺客御用を勤めたなどという話は、すでに忘れ去られた過去になっていた。

 

 むしろ困難な仇討を成し遂げたと評判となり、彼は愛洲藩主から士道天晴であると褒美まで頂戴した。

 

 しかし蓮は、仇討ちの苦労よりも海斗と楽歩の決闘の様子のみを淡々と語り、決して己をひけらかそうとはしなかった。

 

 蓮はそうやって終始控えめに過ごし、出世の話をもらってもそれを固辞し、父の代以来の下級藩士の座に留まった。

 

 やがて彼は妻をめとり、そして小さな道場を開いて、平穏無事な生涯を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 梅雨が終わり、夏の兆しが見えてきたころ、楽歩はようやく歩けるほどまで回復した。

 

 猫村一座は楽歩の回復具合から、九里府の地からの旅立ちを決めた。

 

 足かけ一年近くも居座り続けた廃寺を立ち去る日、一座は皆、古巣との別離に切なさを抱いた。

 

「なんだか我が家を離れるみたいで辛いねぇ」

 

 いろはの感傷的な呟きに、楽歩は頷いた。

 

「俺にとってここは特別な場所だ。海斗と出会い、そしてお前たちと出会った……」

 

 濃い紫の着流しに、空っぽの右袖が揺らめいた。

 

「いろいろなことがありましたよねぇ」

 

 ルカが懐かしげに目を細め、本堂から楽歩に目を向けた。

 

「本当に、いろいろなことが……本当に……」

 

 ルカの目が楽歩の隣に注がれ、その口端がひくひくと震えた。

 

「……ねえ、あなた」

 

「う、うむ……」

 

 楽歩の額に脂汗が浮かんだ。

 

 その右隣には、凛がすまし顔で立っていた。

 

「……凛」

 

「はい?」

 

 と、凛が小首を傾げて楽歩を見上げた。

 

「お主、なぜまだここに居るのだ」

 

「あなたの妻ですから」

 

 心外だ、と言わんばかりに睨まれた。

 

 別の方向からは、ルカからも睨まれている。

 

「いや、しかし仇討は終わり、蓮も帰ってしまったというのに…」

 

「その仇討で楽歩様は大切な右腕を失われました。ならば私は一生をかけて、貴方の腕となって生きていく所存です」

 

 凛がなびく袖をきゅっと掴んで、身を寄せてきた。

 

「それに……私の身も心も、既に楽歩様に捧げております」

 

 見上げるその瞳が、熱を帯びて潤んだ。

 

「ああああ、あなた!? 凛ちゃんに手を出しちゃったんですか!?」

 

「異な事を言うな! 誤解だ、ルカ! まだ出しておらぬ!」

 

「まだ!? まだってことは手を付けちゃうんですね!?」

 

「違う、それは言葉のあやで」

 

「立派なお世継ぎを産んで見せます!」

 

 凛が気負いこんで拳を握り、楽歩は残る左手で頭を抱えた。

 

 異な事だ。実に異な事である。

 

 周りの一座の者たちは、皆、にやにや笑って眺めていた。どうせ今晩の酒の肴にするつもりであろう。

 

「いろは、何とかしてくれ」

 

 たまりかねて彼女の名を呼んだが、不思議なことにあの小柄な姿がどこにも見えない。

 

 楽歩が不審に思ったとき、不意に背中に温もりが寄り添った。

 

 振り返ると、いろはが楽歩の背中にぴったりと身を寄せていた。

 

「楽歩……アタイとの夜も忘れないで欲しいさね……」

 

 その言葉に、ルカと凛が凍りついた。

 

「あ、あなた……ついに姐さんまで……」

 

「楽歩様……私よりも歳の離れた子供相手に……」

 

「おい」

 

 いい加減にしろ、と楽歩の叫びに、いろはは妖しく、「にゃおん」と笑った。

 

 

 

 

――了――

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