(負けた……)
あの試合から翌日の事である。楽歩は失意の底に喘ぎながら国境の街道を歩いていた。
(この俺が負けた……俺の剣がっ!?)
彼が失意に落ちた理由は三つあった。
一つは仕官の道を断たれた事である。しかし、これを説明する前に、先ずは楽歩の生い立ちを語ろう。
楽歩は元々、那須地方にある伊田根藩の中級武士の生まれであった。
幼少より剣才と学才に優れ、神威家の家督を継いだあかつきには父よりも上の役職に着くだろうと周囲から噂されていた逸材だった。
だが、楽歩が家督を継ぐ直前、伊田根藩は将軍家から謀反の疑いをかけられ取り潰されてしまったのである。
謀反といっても大した事はない。伊田根藩が城の石垣を修理した際、当初の修理予定になかった箇所を追加で修理しただけの事である。
しかしこれが将軍家に事前に許可を得ていなかったということが問題になった。すなわち、無断で城を改造した、謀反を企んでいるのでは無いか? ということになったのである。
論理の飛躍と言いがかりもはなはだしいが、天下統一直後の当時、将軍家は反乱を恐れ、ほんの些細な理由を見つけては各大名を次々と取り潰していたのである。結果、巷には主君を失った浪人たちが溢れかえることになった。
伊田根藩は必死に弁明したが、取り潰しを免れることはできなかった。結局、藩主は責任を取って切腹させられてしまい、忠義心が厚かった楽歩の父も、切腹した藩主の後を追って同じく腹を切った。
この時、母も連れだって殉死している。
父の切腹に、何も母まで付き合う事はあるまい。と、楽歩は両親の死の前日に、本人たちを前にして言ったのだが、
「だって、お父上とは“死ぬ時は絶対に一緒ですからね”って、嫁ぐ時に約束させたもの」
と、母自身から惚気ともつかない覚悟を聞かされてしまった。
夫婦連れだって仲良くあの世へ逝ってしまった後、残された楽歩は両親を手厚く葬り、神威家の家督を継いだ。だが既に仕えるべき藩主はおらず、収入も無い。つまるところ単なる浪人になったわけである。
しかし、藩の取り潰しにより先祖代々からの土地と屋敷は失ったものの、蓄えとしての金銀は十分にあったし、家財道具や蔵の中に眠っていた茶道具やら掛け軸やらを売り捌いたところ結構な値がついたこともあって、生活に困る事はなかった。
何より楽歩はまだ独身であった。身を縛るしがらみなど何も無い。彼は国許を出て都に行き、数年を気ままに過ごした。
生活に困る事もなく、もとより自分の落ち度で浪人となったわけでも無いので、彼の性格にはやがて不遜さが付きまとうようになった。
都での生活のうちに剣法勝負の面白さに目覚めたのも、その不遜さに拍車をかけた。
都には全国各地から剣士が多く集まり、そこかしこに剣法道場が開かれていた。
戦国の世が終わり、剣法が戦の手段だけではなく、精神修業や単なる趣味として侍以外の庶民にも拡がりつつあった時代である。食い扶持を失った剣法自慢の浪人たちもこぞって道場を開いていた。
そこに戦国名残の荒っぽい気風が加わり、都のあちらこちらでは決闘じみた剣法勝負が盛んに行われていた。
楽歩もまた、そこに喜んで飛び込んだ。
腕試しだけでは無く、金のかかった賭博めいた決闘も多く、楽歩はそこで荒稼ぎした。しかし、勝ち過ぎては要らぬ敵を増やすだけなので、偶にはワザと負けてやった。無論、相手や決闘主催者との談合をした上での事であるから、金は入った。
とにかく羽振りは良かった。浪人になる前よりも金があったくらいだ。
だが気楽すぎる生活は飽きを招く。ましてや浪人の独身であるから守るべきものも無い。有り余るヒマと金、そして若い血気を持て余し気味に過ごしていたそんな時、楽歩は九里府藩の武芸試合の噂を聞いた。
楽歩の心中に、若さと剣才と不遜さが合わさって野心が生まれた。
(俺の剣は無敵だ。ならばこれで出世するのも夢では無い)
藩主に忠誠を誓って殉死までした父のようになる気はさらさら無かったが、己の武芸で立身出世を図るのは、当時の剣士ならば誰もが夢見た事であった。
楽歩はこの野心のために武芸試合に参加したのだった。己の誇りと驕りを賭けていたのである。
そして、負けた。
それも、手負いの男に負けたのだ。
仕官という野心を断たれた上に、剣で負けたというこの二つの理由が、楽歩の自信を粉々に砕いていた。
だが一番こたえたのが、最後に立ち上がろうとした時に見上げた、あの海斗の鬼の形相と仁王のような構えである。
あれを見た瞬間、勝てぬと悟ったのだ。己の野心とは違った、海斗の鬼気迫る覚悟を感じ取ったのだ。
それは言うまでも無く、身重の妻という守るべき存在の事であろう。楽歩にとって単に枷でしか無いと思っていた存在が、海斗に恐るべき剣を振るわせるだけの力を与えたのだ。
だから、勝てぬ。自分は決して海斗には勝てぬ。
これが三つ目の理由だった。
(……腹を切ろう)
楽歩はそう思った。
彼は、挫折を知らなかった。浪人となったことは彼にとっての挫折では無く、自由への手形だった。
結局、今まで思うがままに生きてきたから、挫折からの立ち直り方を知らなかった。残されたのは侍としての意地というか、もはや習性とも言うべき切腹という選択肢だけだった。
思えば父もそうだったのでは無いか? と楽歩はふと思った。
藩の取り潰しが決まったとき、父は浪人として生きていくなど考えもしなかったに違い無い。藩主への忠義心もあろうが、やはり根底には、藩の庇護を失った状態で家族を養っていくことへの不安と恐れがあったのでは無いだろうか。
楽歩は父の気持ちを、少しだけ理解したような気になった。
そんなことを考えながら街道を歩いている内に、ある場所へ出た。それは先日、始音夫妻と共に雨宿りをした廃寺だった。
因縁深い場所である。
だがそれだけに腹を切るにはちょうど良い場所に思えて、楽歩は堂内へと足を向けた。
境内には、あの日に斬り捨てた野盗たちの屍は既に無く、代わりに隅の方に土饅頭型の墓が六つできていた。
恐らく近隣の村人か誰かが供養したのだろう。
なら、自分が死んでも長く放置されることは無いだろう。と、他人からすれば迷惑きわまりないタカをくくって、楽歩は堂内へと入って腰を下ろした。
刀と脇差を帯から抜き、着物の前を寛げる。
そして脇差を鞘から引き抜いて、逆手にとって、いざ、と腹に突き立てようとしたが……
……その時になって踏ん切りがつかなくなった。
切腹とはなかなかに難儀なものである。なにせ単に刃を腹に突き刺すだけでは無く、引き裂いてかき回さなければならない。でなければ致命傷とならないからである。
しかしそれでもすぐに死ねるわけでは無いので、今度は自ら腹の刃を抜いて喉を突くか頚動脈を掻き切ってようやく終わる。ここまで自力でやらなければならないのが本来の切腹の作法である。
およそ自殺の類で、ここまで自分を苦しめるものもあるまい。しかし、何故ここまでするのかといえば、切腹がもとは合戦場での作法だからである。
戦に負けても、敵の手にかかってなるものか。敗軍の将として処刑の屈辱を受けるくらいなら自分の手で華々しく散ってやる。だが楽に死のうとは思わぬ。侍の意地をとくと見るがいい! ということである。
それがいつのまにやら伝統化して、侍の死に方すなわち切腹以外に無し。という固定観念になってしまった。
当然、こんなことは合戦場特有の興奮状態に無ければ、到底ひとりでやり遂げられるものでは無い。なので普通はとどめを刺すために首をはねる介錯人と呼ばれる者がつく。
腹を切った際に前屈みになったところを、その首を斬るのだが、苦しみを和らげるため、切っ先が腹に当たった時に斬っても良いとされている。要は自分で腹を切ったように周りから見えていれば良いわけで、前屈みになってしまえばその手元のことはよくわからんのである。
これが後の時代になるとさらに簡略化され、自分の前に置いた刃に手を伸ばして前屈みになったところを介錯するようになり、そしてついには刃では無く扇子で代用するようになってしまうのだから、切腹と一口に言っても時代によって色々と変わるものである。
ちなみに楽歩の父が切腹したときは楽歩が、介錯人を務めた。介錯人は切腹人の苦しみを和らげる情けの処置であるから、当然、身内や親しい者が務めるのが筋である。
と言っても首を一撃で落とすのは相応の技量がいるので、腕の良い人間に依頼することも良くあった。楽歩はその両方に当てはまったので父の介錯をするにはまさに適任者だった。
父は切腹の際、扇では無く短刀を使って、きちんと腹に突き立てた。
掻き回したかどうかは前屈みになっていて楽歩からは見えなかったが、父が苦悶の声を漏らしたので直ぐに刀を振り下ろした。
後で確認したところ、途中までだったが作法どおり掻き回していたので、楽歩は感心したおぼえがある。
母は切腹直前に、父の手によって心臓を突かれて死んだ。苦しんだ様子の無い安らかな顔をしていたから、父はよほど上手く突いたのだろう。
夫婦揃って死に際を汚さなかったあたり、父は確かに尊敬すべき侍だった。しかし、ひるがえって自分はどうだろうか?
楽歩は介錯人無しで上手く腹を切れるか不安になった。
侍たる者、常日頃から己の切腹の様を思い描くべし、とは言われているが、実際にやっている侍などそうそう居ない。
楽歩も、真剣で命のやり取りをする事には慣れていたが、自分の死に様を想像した事もなかった。勝つ想像しかしてこなかったからだ。
かくして楽歩は腹の切り方で大いに悩む事になった。
ひとりで頑張って腹を切るか、それとも今から介錯人を探しに行くべきか……。どちらも行動に移すには相当な気力がいるが、自殺しようと思い詰める後ろ向きな人間にそんなモノが残っているはずもなく、結局、ただ座ったまま時間だけが過ぎていった。
そうこうしている内に、夕刻になった。あたりには蜩の寂しげな鳴き声が響き、楽歩の無力感を嫌が応にも掻き立てた。
西を向いた堂内に夕陽が斜めに差し込み、楽歩の横顔を照らし上げる。
と、そこへフッと影がさした。
楽歩が入口を見ると、誰かが堂の外から顔を覗かせて楽歩を見ていた。
逆光で影になっているが、女のようだ。女は楽歩と目が合うと、
「ひゃっ!?」
と驚いて顔を引っ込めた。そしてすぐに外から、その女の声が聞こえてきた。
「あ、あ、姐さん。大変、大変!?」
「なにさ、ルカ。また仏さんでも見つけたかい?」
「仏さんじゃ無いけど、もうすぐ仏さんになろうとしてるんですよぅ!」
「あん?」
「お侍さんが、お腹を切ろうとしてるんですよぅ!」
「なんだ、侍かい。良いじゃないか、侍なんてのは腹を切る生き物さね。放っときな」
「そんなぁ」
女二人のやり取りの後に、またさっきの女が入口に姿を見せた。光の加減が変わって、今度は顔がはっきりと見えた。
歳の頃は十代後半か二十歳ごろの、目鼻立ちのはっきりとした美女だ。彼女は抜き身の脇差を握った楽歩を前にして、おろおろとした様子で青ざめながら言った。
「お、お侍さん、早まっちゃダメ、ダメですからね。そんな刃物でブスッてやったら、きっとすんごく痛いですからねっ!」
泡をくったその様子が、せっかくの美女ぶりを台無しにしていた。その台無し美女の襟首を、脇から伸びてきた細い手が掴んだ。
「ルカ、お節介は止しな」
「あ、姐さぁん」
ルカと呼ばれた台無し美女の襟首を掴んだまま、もう一人の女が姿を現した。
いや、女というより、それは少女だった。十二、三歳くらいの少女だ。背もルカより低く、彼女の襟首を背伸びするようにして掴んでいる。
それでも、その振る舞い、その口調、目や言葉の端々に成熟した雰囲気を纏っていた。
「侍が腹切ろうっていうんだ。アタイらがどうこう言う筋合いは無いさね。勝手にさせてやんな」
「で、でも、あんな刃物でグサッてやったら痛そうですよぅ」
「アタイらの腹じゃ無い、他人の腹さ」
「でもでも、血がドバーッてなりますよ?」
「ああ、そりゃ掃除が大変そうだ。困ったねぇ」
その口ぶりに、楽歩は怒りが込み上げてきた。
「無礼な女どもめ。侍の切腹をなんだと思っている!」
「見栄張った自殺だろう? アンタの腹なんだから、アンタの好きに掻っ捌きゃ良いさね、邪魔はしないよ。その代わりあんまり撒き散らさないでおくれよ。これからアタイたちがここを寝床に使わせてもらうんだからね」
少女は臆することなくそう言って、やれやれと首を振った。
「こないだ六体もの仏さんを供養したっていうのに、もう次の仏さんかい。面倒なもんさね。――そうだ、ねぇ、お侍さん。アンタのことはきっちり供養したげるから、お銭は残しといておくれよ」
「此奴、愚弄しおって!」
ヒュン、と楽歩の脇差が空を斬った。少女の目の前すれすれに白刃が煌めく。
脅しだ。斬るつもりはない。
「きゃっ!?」
悲鳴をあげたのは、ルカだった。ルカは飛び上がって離れたが、当の少女は瞬きひとつせず、平然として立っていた。
「ふふ、お侍さん、斬る相手が違うよ。それとも独りで三途の川を渡るのは寂しいかい?」
「おのれ!」
楽歩は再び脇差を振るった。今度も斬るつもりは無かった。狙ったのは、少女の着物の帯だった。
この澄まし顔の少女を裸に剥いて恥ずかしめてやる。
しかし、その切っ先はまたしても届かなかった。
(外した!?)
いや、違う。
(間合いを外されたのか!?)
少女が半歩、後ろに下がったのを楽歩は見逃さなかった。それにしても、なんと絶妙な間合いの外し方か!
楽歩は戦慄し、そして無意識の内に、返す刀で三撃目を放っていた。
今度は深く踏み込んだ必殺の胴払いだった。無意識ゆえに、容赦ない斬撃が少女を襲った ――
――いや、襲わない! 切っ先はまたしても届かなかった!
少女は、風に泳ぐ凧のように、ふわりと後ろへ飛び、外へ音もなく着地していた。
「……面妖な奴め。お主、妖怪か何かか?」
呆然として思わず呟いた楽歩に、少女は、
「にゃおん」
と鳴き真似して笑って見せた。まるで自分が化け猫か何かだと言わんばかりだった。
外は既に陽も沈みきり、薄闇に覆われている。
日暮れどきに鳴いていた蜩もいつの間にか鳴き止んでおり、かわりに夜の夏虫たちが鈴のような鳴き声をあげ始めた。
り、り、り、という夏虫の音色に合わせ、少女のまわりに影がひとつ、
ふたつ、
みっつ、
影はたちまち十数人まで増え、少女のまわりに集まっていた。
それは老若男女の集団だった。
服装からして侍では無い。百姓でも無い。派手な柄の着物や、奇抜な髷を結った者が多い。
(こやつら、河原者か)
芸を生業とする集団のことである。士農工商の身分社会の枠外に生きる者たちだ。彼らは少女を中心に集まりながら、抜き身の脇差を引っさげた楽歩を警戒の目で見ていた。
「姐さん」
と、強面の男が指示を請うように少女に囁いた。少女は一瞬だけ強面の男に目を向け、言った。
「下手に仕掛けるんじゃ無いよ。あの侍、いい腕してるからね」
「へい」
少女が楽歩に目を戻して、言った。
「お侍さん、紹介するよ。これがアタイの家族さね」
「まさか、お主が頭領なのか?」
「猫村座筆頭、いろは。以後、お見知りおきを」
少女、いろはが芝居がかった挨拶をしたとき、
「イヨォー!」
誰かが声を上げ、太鼓が打ち鳴らされた。
紙吹雪が舞い上がり、四・五人の男女が一斉に踊り出す。
大振りの太刀を背負った若者が、ひときわ通る声で唄い出した。
―――
古今東西、古今東西
寄ってらっしゃい、見てらっしゃい
歌に踊りに大芝居 浮いた浮世に夢芝居
苦労も悩みも笑って晴らせ
猫村一座のお出ましだぁ!
―――
太刀の若者が口上とともに大見得を切った。途端に太鼓も踊りもピタリと止んだ。一座の挑むような真剣な視線が、楽歩に集まる。
彼らは名乗りを上げた。楽歩への宣戦布告である。侍とは違うやり方だが、死をも辞さぬ覚悟を示したのだ。
楽歩の脇差を握る手に、じわりと汗が滲んだ。境内に沈黙が降り、空気が緊迫感で張り詰めていく。
と、そこで楽歩の袖がツンツンと引っ張られた。
「?」
楽歩がそちらを見ると、ルカがそばに座り込んで、楽歩の袖を引いていた。
「あ、あの……私たち芸座だから、お侍さんのこと、楽しませてあげられると思うんです」
「……何を?」
「死にたくなるくらい嫌な事とか、忘れるくらい楽しませれると思うんです。だって私たち、苦労も悩みも笑って晴らせの猫村一座ですからっ!」
「……」
これから命懸けの喧嘩が始まろうかという時に、独りだけ状況を理解せずに勢い込んで訴えるルカに、楽歩は何やら脱力させられた。
周りを見れば、一座の連中も毒気を抜かれたような表情になっている。その中心で、いろはがクスクスと笑いだした。
「ルカ、あんたって子は、本当にねぇ、あはは」
(まったく、なんだ、こやつらは……)
楽歩は急に、全てがバカバカしくなった。死のうとしていた事も、いろはに腹を立てた事も、どうでも良くなった。
彼もまた、くっくっくと笑った。
「お侍さん……良かったぁ」
ルカがホッと安堵の表情を見せた。
楽歩は脇差を鞘に納め、代わりに懐を探って金の入った包みを取り出した。それをそのまま、一座に向かって放り投げる。
「うわ、とと」
包みは、先ほどの口上をあげた太刀の若者の手に収まった。だがその意外な重さに、若者は包みを取り落としてしまう。
ガシャリと音を立てて、地面に中身の小判が散らばった。それを見て、若者が目を見張った。
「す、凄え、十両近くもあるぜ!?」
「そいつで酒と肴を買ってこい」
と楽歩は告げた。彼は薄く笑いながら続けた。
「全員、好きなだけ飲み食いするが良い。飲んで騒いで、せいぜい俺を楽しませてみせろ」
「あいさ、喜んで」
いろはが手を叩き、再び太鼓が鳴り、紙吹雪が舞った。今度は殺気のない、正真正銘、芸としての宴が始まった。
金を受け取った若者は数人の仲間とともに町の方へ駆け出していき、すぐに大八車に肴と酒樽を満載にして帰ってきた。
夜が更けるにつれ、宴は一層の盛り上がりを見せていた。
楽歩は堂の縁側にあぐらをかき、ルカの酌で酒を飲んでいた。そこに、いろはもやって来る。
「ねえお侍。あんな大金、どこで手に入れたんだい?」
「親の遺産に、賭け決闘、それに道場破りだ。浪人だが金に困った事は無い」
「それなのに腹を切ろうとしてたのかい?」
「侍の誇りと意地がそうさせたのだ。誇りがなければ侍は生きていけん」
「おかしな生き物だね、侍ってのは」
「ああ、まったくだ」
楽歩はグイッと酒を煽った。そして空の杯をいろはに突き出す。いろはに酒を注がれながら、楽歩は聞いた。
「お主、歳はいくつだ?」
「女に年齢を訊くなんて、野暮の極みさね」
「女という歳ではあるまい。いいとこ十二・三の童女にしか見えぬ」
「そう思いたきゃそれで良いさ。どう見えようがアタイが気にすることじゃ無いね」
「ふむん」
妙な女だ。と楽歩はそう思いながら、少女にしか見えぬ彼女を決して子供扱いでき無いことは認めた。
と、袖がまたツンツンと引かれた。
引いたのは、やはりルカだった。
「あ、あの、私は何歳に見えますか?」
「……」
期待に目を輝かせるルカを、楽歩はしばし見つめて、
「……二十歳」
「う……当たりですぅ」
ルカは何故か気落ちした表情になって、楽歩に酒を注いだ。
子供のような女だな、と楽歩は思う。
可愛い女だな、とも思った。
それで思わずルカの頭を撫でたら、彼女は少し驚いた顔をして、しかしすぐに頬を赤らめながら、しまりの無い笑顔で目を細めた。
その様子を、いろはが呆れたような顔で見ていた。
「ん? どうした。お主も撫でて欲しいのか?」
「おバカ」
「はっはっはっ」
楽歩は酔っていた。