ダンシング☆サムライ~秘剣・左逆手居合~   作:PlusⅨ

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第五幕・用心棒の押し売り方

 街道沿いには、月に三~四度、市が建つ。

 

 近隣の村々や旅の行商人が集まって店を開くのだ。市が建つ日をとって、四日市や八日市、十日市や廿日市などと呼ばれている。

 

 猫村一座はこうした市に合わせて興行を行っていた。

 

 楽歩が猫村一座の興行を初めて目にしたのは、その月の二十日に開かれた廿日市でのことである。

 

 あれからしばらく日が経っていたが、その頃になっても楽歩が渡した金はまだ少し残っていた。

 

 だが、楽歩が一座と付き合い続けている理由は別にあったし、一座も楽歩の存在を自然に受け入れていた。

 

 一座の興行の主たるものは芝居だった。

 

 白幕を背景に張った舞台で、優馬が派手な衣装で、数人の敵役を相手に大立ち回りを繰り広げていた。

 

 話の内容は仇討ち物らしかった。

 

 父の仇を追う優馬と、その姉役のルカが旅をする話であり、その途中に歌や踊りが入るという、賑やかな舞台だった。

 

 いま楽歩の前では舞台の大詰めが演じられているらしく、仇を追い詰めた優馬が、相手の子分を薙ぎ倒し、遂に仇と直接対決をする場面を迎えていた。

 

「ここであったがぁ、百年目。父の仇、かくごぉ、かくごぉ」

 

「むぁっはっはっは、あの日見逃してやった小倅か。威勢だけは一人前に育ちよる。来いや、来いや、返り討ちにしてくれよう」

 

「ええい、憎らしや。いざ、いざぁ」

 

 敵役を務めるのは大柄で強面の男・礼夫だ。

 

 一座の中でも年長の男だが、それが優馬と一緒に子供のような泥臭い芝居をやっているのはひどく滑稽だった。だが、それでも見物客からの評判は良いようで、優馬が見得を切るたびに、

 

「よっ、大根役者!」

 

「いいぞ、三枚目!」

 

「セリフとちんなよ!」

 

「優馬ちゃん可愛い?」

 

 などと声援が飛んでいる。

 

 優馬が再び、大きく見得を切る。

 

「憎っくき仇を討つために、死に物狂いで会得した、必殺奥義・真空斬り。その威力、とっくと見るが良い!」

 

 優馬がそう言って、懐から例の銚子を取り出した。どうやらあの真空斬りはここでお披露目だったらしい。

 

 しかし敵の前で何故わざわざ銚子を斬ってみせる必要があるのか謎であるが、芝居的にはここが一番の見せ場らしく、

 

「イヨッ、待ってました真空斬り!」

 

 などと、常連客のものらしき声援が飛んでいた。

 

「行くぞ、行くぞ……ほいっ!」

 

 優馬が銚子を頭上に投げ上げ、すかさず太刀を抜く。

 

「うおりゃっ!」

 

 振るわれた太刀の先端が銚子に当たった。

 

 銚子は切れることなく、太刀に弾かれ別方向の客席へ向かって飛んで行く。

 

 銚子は、その最前列に座っていた男の額に当たり、そこでパカリと二つに割れた。

 

「いってえ!? 何してくれてんだ、テメエ!!」

 

 客が額にタンコブを作りながら立ち上がった。悪いことに、客はどうやらヤクザものらしかった。

 

 ヤクザは着物の影から見事な彫り物をのぞかせながら、ズカズカと舞台に踏み込んできた。

 

「げっ!? す、すんません、すんませんでした!」

 

 優馬を始め役者たちは皆、平伏したが、ヤクザは収まらなかった。

 

「客を怪我させて謝って済むと思ってんのか、ああ? どう落とし前つけてくれる気だ、コラァ!」

 

「すんません、詫び入れますんで、ホントすんません」

 

「詫びぃ? どう詫び入れるってんだ、ああ? 具体的に言ってみろやコラァ!」

 

「えっと、それは……」

 

「考えてもねえのに、言ってんじゃねえよコラァ!」

 

「うわっ!?」

 

 ヤクザが足元に平伏していた優馬を蹴り飛ばした。

 

 後ろに転がる優馬を、ヤクザはさらに蹴飛ばし、その上、優馬の頭を何度も踏みつけた。

 

「ぶっ殺すぞコラァ!!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

 

 さすがに頃合いだな、と楽歩は思い、舞台へと進み出た。

 

 途中、舞台で平伏したままの礼夫の傍を通り過ぎ様に、声をかけた。

 

「俺に任せておけ」

 

「……へい」

 

 礼夫が、密かに抜きかけていた刃物を収め直したのを確認し、楽歩はヤクザの背後に立った。

 

「もう気が済んだだろう。その辺にしておけ」

 

「あん!?」

 

 ヤクザが振り返った瞬間、楽歩は相手の襟首を掴んで投げ飛ばした。

 

 大の男が軽々と宙を舞い、舞台から放り出される。

 

「ぐぇ!? ……な、何しやがんだテメエ!?」

 

「タンコブひとつ分の借りは返しただろう。許してやれ」

 

「口出しすんじゃねえ! 何もんだコラァ!」

 

「芝居を見に来た客の一人だ。続きが気になるのに、ぶち壊されちゃたまらん。退け」

 

「ふざけんなコラァ! 男が顔を傷物にされておめおめ引き下がれっか、オラァ!」

 

「傷を気にするほど大したツラでもあるまい」

 

「ぬかしやがったなテメエ!!?」

 

 ヤクザが懐からドスを抜いた。そのまま腰だめに構えて、楽歩に向かって突っ込んでくる。

 

 しかし楽歩は避けるどころか、むしろ相手に向かって踏み込んで行った。

 

 楽歩は右手で相手の肩を、そして左手でドスを構えた手首を押さえつけた。楽歩の左手に力が込められ、ヤクザの手首に激痛が走った。

 

「ぎえっ!?」

 

 悲鳴をあげてドスを取り落としたヤクザの身体を、楽歩はクルリと回して後ろへ向けた。

 

 独楽のようにまわって背中を向けたヤクザの膝裏を、楽歩は蹴りつけ、そして同時に両肩を上から押さえつける。

 

 ヤクザは正座するような格好で、楽歩に押さえ込まれる形になった。

 

「ちくしょう、離せっ!?」

 

 ヤクザはわめいたが、楽歩の力のほうが強く、立ち上がるどころか上半身を動かすことも、両腕を振り回すことさえ出来ない。

 

「ろ、浪人風情がっ、こんな事しやがってタダじゃ済まねえからな! 俺の後ろにゃあ山羽組が付いてっからな!」

 

「そうか、ならばその山羽組に伝えておけ。俺は神威楽歩だ」

 

 楽歩は名乗ってから、ヤクザの背中を突き飛ばした。

 

「ふぎゃ!?」

 

「俺は明日もここにいる。喧嘩したければ人数を好きなだけ集めて、かかってこい」

 

「く、くそ、覚えてろよ」

 

「それはこっちのセリフだ。忘れたふりをして逃げるんじゃないぞ」

 

「ちきしょー!!!」

 

 走って逃げて行くヤクザを、楽歩はニヤニヤと笑いながら見送った。

 

 しかし余裕の楽歩とは対照的に、周りの一座の者や、見物客は皆一様に不安な表情を浮かべていた。

 

 何しろヤクザに喧嘩を売ったのだ。個人同士、一対一の話では済まない。間違いなく組を挙げて報復に来る。

 

 しかも楽歩はそれを避けるどころか、煽りさえしたのだ。正気とは思えなかった。

 

 しかし楽歩は正気であった。全て承知で喧嘩を売ったのである。

 

 その目的は優馬を救おうという義侠心でもなんでも無い。別の目的のために、この騒動にコレ幸いと乗っかったのである。

 

「おい、優馬、礼夫、暗い顔していないで芝居の続きをしたらどうだ?」

 

「で、でもよ、兄貴……」

 

「気にするな、俺に任せておけ。上手くやる」

 

 翌日、ヤクザは五人の仲間を引き連れてやって来た。無論、その全員がドスで武装している。

 

 楽歩はそれを興行が行われている市の端で待ち受け、返り討ちにした。

 

 ちなみに楽歩の武器は市で買った、竹箒である。楽歩はその竿の部分を斬って適度な長さにすると、それでもって五人のヤクザを散々に叩きのめしたのだった。

 

 その日の夜、街道沿いにある宿場町にある山羽組の屋敷での事である。

 

「浪人一人に五人がかりで歯が立たなかったてか!? この大バカ野郎ども!」

 

「お、親分、でもあの侍、めちゃくちゃ強くて」

 

「だからって舐められたまんまじゃヤクザはお終めえなんだよ。五人で足りねえなら十人でも二十人でも連れて押し込めてしまえ。そんで一寸刻みの肉片にして街道にバラまいちまえ!」

 

「へ、へい」

 

 ヤクザが勢い込んで立ち上がったところで、外から別のヤクザが慌てて駆け込んできた。

 

「親分、ていへんだ! 例の神威って侍が賭場に乗り込んで来やがりやした!」

 

「んだとぉ!?」

 

 山羽組が仕切る賭場は、宿場外れにある寺院の宿坊の一つを借りて行われていた。

 

 当時はどの藩でも賭博は違法であったが、それを取り締まる町奉行は管轄の違いから寺社仏閣へ立ち入る事はできなかった。

 

 そちらは寺社奉行の管轄であったが、しかし寺社奉行は違法賭博などの捜査権を持たなかったのである。そして今も昔も、縦割り行政で他人の管轄に足を突っ込む事は禁忌であることが多い。

 

 そのため違法賭場の多くはこのように寺院の一画を隠れ蓑にしていたのである。

 

 ならそれを取り締まれるように法律を改正すればいいのだが、それは、それ、これは、これである。賭場は確かに違法だが、必要悪でもある。悪である以上、認める訳にはいかないが、見ないふりはすることができる。これがお上の考え方なのである。

 

 そんなどこにでもある、ありふれた賭場では今夜も丁半博打が行われており、仕切り屋のヤクザと客たちで盛り上がっている中へ、山羽組の親分は多くの子分たちを引き連れて駆けつけた。

 

 果たしてそこに、楽歩はいた。

 

 賭場のヤクザたちに囲まれながらも、入り口の上がり框に悠々と腰掛けていた。

 

 すぐに親分が肩をいからせながら詰め寄った。

 

「おう、浪人。昨日、今日とウチの若いもんが世話になったそうだな」

 

 楽歩は腰掛けたまま、澄まし顔で答えた。

 

「なあに、暇だったから遊んでやったまでよ。しかし骨の無い三下どもだな。物足りないんで、ここまで出向いてやったぞ」

 

「人の組の軒下くぐるのに、そんな啖呵の切り方あるかい! 浪人風情が舐めた真似してんじゃねえぞ!!」

 

 親分の怒鳴り声とともに、楽歩の背後にいたヤクザがドスを抜いた。

 

 親分が目配せすると、そのヤクザはすぐにドスを振りかざし、楽歩の背中めがけ切りつけた。

 

 しかし楽歩は、上がり框からヒョイと立ち上がってその刃をかわした。

 

 空振ったヤクザが勢い余って上がり框に刃を突き立てる。

 

 楽歩がほとんど同時に刀を抜き、振り向きざまに横薙ぎに払った。

 

 横一文字の刀閃が、上がり框に突き立ったドスの刃を圧し折った。

 

「え?」

 

 ドスを折られたヤクザが支えを失って上がり框から転げ落ちた瞬間、楽歩は周囲を取り囲むヤクザたちに向かって、刀を縦横無尽に振るっていた。

 

 その太刀筋のあまりの早さに呆然となるヤクザたちの前で、楽歩が刀を納める。

 

 パチリ、と鍔が鳴ると同時に、ヤクザたちの帯がぷっつりと切れ、着物が次々とはだけられて行った。

 

 親分にしても袴が落ち、薄汚れた褌と、でっぷりとした下腹を晒してしまっていた。

 

 その親分へ、楽歩が詰め寄る。

 

「さて、親分」

 

「へ、へい……」

 

 後退りしようとしたが、その時さらに褌の帯も切れ、親分は慌てて布地を両手で押さえた。

 

 その肩へ、楽歩がポンと手を置く。

 

 親分はビクリと震え上がった。

 

「おい」

 

「ななな、なんでございやしょう!?」

 

「俺を用心棒に雇わんか?」

 

「よ、用心棒?」

 

「そうだ。腕は充分見せただろう。月、二十両でどうだ?」

 

「二十両!?」

 

 親分の声がひっくり返った。二十両といえば、楽歩が猫村一座にぶん投げた金額の二倍である。

 

 貨幣価値は時代によって差があるが、この時代の用心棒の相場からいっても二倍以上の金額であった。

 

 親分はこの要求を跳ね除けようと思ったが、ここでふと、打算的な意識を取り戻した。

 

 楽歩の腕が立つのは確かだ。ならこいつを野放しにするよりか、手元に飼ったほうが色々と都合が良いだろうし、なんなら後で寝込みでも襲えばいい。

 

 しかし二十両という大金を言い値で呑んでしまってはこちらの面子がたたない。なので、

 

「じゅ、十両で、どうだ?」

 

 駄目元で値切ってみた。

 

 楽歩は薄笑いを浮かべたまま、刀に添えた左手の指で鍔を押し出し鯉口を切った。

 

 親分は慌てて、

 

「じゅ、十三両!」

 

「……十八両」

 

 楽歩が交渉に乗った。この事実に親分は内心ホッとしつつ、

 

「十四両五分でどうだ?」

 

「ふむん」

 

 楽歩は悩む振りをしながら、親分の肩においた右手に力を込めた。

 

「痛だだだ!? わ、わかった、十五両……十六両!」

 

「十七両だ」

 

「十七両! わかった、それで決まりだ!」

 

「前金で半額もらうぞ」

 

「どうぞ、どうぞ!」

 

 楽歩は手を離し、親分はようやく解放された。

 

「酒はあるか?」

 

「お、奥の間に用意させます」

 

「前金と一緒にもってこい。では、世話になるぞ」

 

 楽歩はそう言い捨てると、そのまま奥の間へと上がり込んだ。

 

 彼は、ヤクザたちの殺気と恐怖の入り混じった視線を浴びながらも、運ばれてきた酒をチビチビとやりつつ、ノンビリと夜を過ごしたのだった。

 

 この日の夜は寝込みを襲われることも無かったが、しかしこのまま二、三日も過ごせば無鉄砲なヤクザの一人や二人は襲いかかってくるのは確実であった。

 

 そうさせないためには、楽歩が居座り強盗では無く、用心棒であり、かつ有能であると信頼されなくてはならない。

 

 そして幸いにも、その機会はすぐに訪れた。

 

 楽歩が居座ってから三日目の晩のこと。一人のヤクザが、賭場を仕切る若頭の元へとやってきて、密かに耳打ちした。

 

「若頭、妙な客が来てやがりますぜ」

 

「どんな野郎だ?」

 

「初めて見る顔ですが、こいつが怪しいくらい勝ってやがって」

 

「どれくらいだ」

 

「もうかれこれ二十連勝はしていやがります」

 

「ちっ、まさかイカサマか?」

 

 若頭とヤクザの遣り取りを隣の間で聞いていた楽歩は、ずかずかと隣の間に入り込んで、言った。

 

「おい、だったら俺が見てこよう」

 

「浪人……いや、先生。お頼みしやしょう」

 

 若頭とヤクザから警戒の視線を受けながら、楽歩は賭場へと移動した。その賭場は丁半博打の真っ最中である。

 

 三十人ほどの客が畳の上に敷かれた白布の左右に集まっている。

 

 件の客は、ツボ振りと呼ばれるサイコロを振る役目のヤクザの直ぐ近くに座っていた。

 

 強面の大柄な男だった。その目の前には掛け金代わりの、コマと呼ばれる木札が異常に高く積み重なっていた。

 

 ツボ振りが右手にツボと呼ばれる器を持ち、左手にサイコロを二つ持ち、

 

「ツボをかぶります」

 

 と宣言した。

 

 ツボ振りはツボにサイコロを入れて、右手でこれを盆ゴザの上に伏せると直ぐに左手の指の股を大きく開いて手の平を客に見せた。

 

 さらに、ツボは伏せたまま手前と向こう側に押し引きを三回繰り返す。

 

「ドッチモ、ドッチモ」

 

 賭けの募集が始まり、客たちが次々とコマを丁方、半方に動かしていく。

 

「半!」

 

「丁!」

 

「半!」

 

「半!」

 

「半!」

 

 ちなみに、白布には中央線が引かれており、ツボ振り手前に置けば丁方に、向こう側に置けば半方に賭けたことになる。

 

「丁方ナイカ、ナイカ。ナイカ丁方」

 

 半方に賭けるものが多い中、件の男は丁に賭けた。

 

「コマがそろいました」

 

 ツボ振りが宣言し、右手をツボにおいたまま左手の指の股を大きく開いて手の平は客が見やすいツボの横に伏せる。

 

「勝負」

 

 ツボ振りがツボを開く。客たちの視線も、その手元にグッと集まった。

 

 現れたサイコロの目は、四と六。

 

「シロクの丁!」

 

 喜ぶ者、悔しがる者、

 

 その中にあって件の男はニンマリと笑って自分の前に差し出された新たなコマに手を伸ばした。

 

 そこに、一閃の光とともにドスが飛来して、コマに突き刺さった。

 

 ドスを投げたのは、楽歩だった。

 

 楽歩の隣にいたヤクザが、いつの間にか自分のドスが奪われたことに気づいて呆然としている。

 

 楽歩は男に向かって言った。

 

「お主、イカサマをしておるな」

 

「……何の話でございやしょう? 言い掛かりは止めておくんなせえ」

 

 男は目の前に刃物を突き立てられたにも関わらず、据えた目付きと声音で、楽歩に答えた。

 

 その静かな威圧に、周りの客や、ヤクザたちですら息を呑む。

 

 楽歩はその威圧を真っ向から受け止めていたが、

 

「ふん」

 

 と鼻を一つ鳴らし、そのまま男の真正面に座った。

 

「お主、サイコロをすり替えたな?」

 

「妙なことを仰しゃる。すり替えて、どうしようってんですかい? 丁しか出ないサイ、半しか出ないサイってんなら分かりやすが、違いやすでしょう?」

 

 そう、ここまでサイコロの目に偏りは無い。しかし、この男の勝率は十割と、明らかに異常だった。

 

「音だ」

 

 と、楽歩は言った。

 

「音、ですと?」

 

「そうだ。丁半で音が変わるサイコロだ」

 

 楽歩はツボ振りの前からツボとサイコロを手に取ると、鮮やかな手つきでツボを振った。

 

 カラン、とツボの中でサイコロが鳴る。

 

「半だ」

 

 言いながら開けたツボの下には、確かに二と三の目を出したサイコロ、すなわちニサンの半があった。

 

「ツボ振りの近くでなければ聞こえない微かな音色だが、慣れれば聴き分けられる。そういう仕掛けのサイコロだ」

 

 ざわつく賭場の中、楽歩が再びツボを振った。

 

 カララン、と音がなる。

 

「丁!」

 

 開いたツボの下にはシゾロの丁(四と四)。

 

「どうだ?」

 

「ちっ」

 

 舌打ちとともに、男が動いた。

 

 その手が目の前のドスを引き抜き、楽歩に向けられた。

 

 しかし、楽歩も既に動いていた。

 

 楽歩の左手が、相手のドスを握った右手の手首を掴み、捻り上げる。

 

「グワッ!?」

 

 動きを封じられた男の袖口に、楽歩は素早く右手を入れ、何かを掴み出し、床に投げ捨てた。

 

 音を立てて転がった物、それはサイコロだった。

 

 周りのヤクザたちが、わっとどよめいた。

 

「サイコロだ。やっぱりこの野郎がすり替えていやがったんだ!」

 

 ヤクザたちが殺気立つ中、楽歩は男の手首を極めたまま無理やり立ち上がらせると、その腹や顔面に、容赦なく拳を振るい出した。

 

「ぐわぁっ!?」

 

「いかさま師め、自分の所業を悔いるが良い」

 

「ぐわぁっ!?」

 

 さらに容赦無く拳を振るう。

 

 男は賭場の雨戸を突き破って、外へと吹っ飛んで行った。

 

 楽歩も、男の姿を追って外へ出る。

 

 外は夜、月も出ておらず暗闇が広がっており、唯一、賭場近くだけが屋内からの明かりで照らされていた。

 

 近くを流れる川の音がサアサアと聞こえてくる。

 

「く、くそ、クソッタレが!」

 

 男はフラフラと立ち上がりながら、懐からドスを引き抜いた。隠し持っていたのだ。それを、近づいてきた楽歩に向かって振り回す。

 

 楽歩は自身に向かって振るわれる危険な刃を、全て紙一重でかわして見せた。

 

 それはまさに、舞うが如き華麗な体捌きであった。

 

「て、テメエエ!?」

 

 激昂した男の大振りの一撃。

 

 それをかわした楽歩の腰から白刃が閃き、男の首筋を斬りつけた。

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!?」

 

 男は仰け反りながら首筋を手で押さえたが、その手の隙間からは凄まじい量の血飛沫が吹き上がっていた。

 

 男はそのまま背後へヨロヨロと後ずさって行き、そしてそのまま、近くの川の中へと転がり落ちて行ってしまった。

 

「……血を派手に出し過ぎだろ」

 

 楽歩は小声でつぶやきながら、ゆっくりと刀を納め、そして賭場へと向き直った。

 

 賭場では、若頭を始めとして、ヤクザや客たちが固唾を飲んで楽歩を見守っていた。

 

「せ、先生」

 

 と、若頭が進み出てきた。

 

「あいつは、どうなりやした?」

 

「斬り捨てた。遺骸は川に落ちていったから、もう流されてしまっただろう」

 

 楽歩の答えに、若頭はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 楽歩はワザとらしく溜息をつき、

 

「下手に手向かわなければ、せいぜい袋叩きで済んだものを……バカな奴め」

 

「いいえ、あっしらヤクザにも通すべき筋目ってモンがございやす。奴はそれを踏みにじった。死んでケジメつけるのは当然でありやしょう……それよりも、今の先生の立ち振る舞い、感服いたしやした!」

 

「んむ?」

 

「イカサマを見抜いた眼力、真っ向からねじ伏せた胆力、そして剣の業前、どれを取っても見事としか言いようがございやせん。先生、どうぞ、今後とも宜しくお願いいたしやす!」

 

「はっはっは、そうかそうか」

 

「おい野郎ども、先生に新しい酒と肴を早く用意しろい。女もだ。町行って芸者連れて来い!」

 

 若頭の命令に、ヤクザたちがすぐに飛び出していった。

 

「さ、先生、どうぞ」

 

「んむ、んむ、苦しゅうない」

 

 若頭に促され、楽歩は奥の間へと戻った。

 

 楽歩はこの日、ヤクザたちから下にも置かぬ盛大なもてなしを受けたのだった。

 

 で、翌日である。

 

 賭場が明け、楽歩は再び猫村一座の元へと戻っていた。

 

「それで、上手いこと用心棒の座に納まったってわけかい」

 

 いろはの言葉に楽歩は頷きながら、懐から金を取り出した。

 

「月に十七両。前金で八両五分を頂いてきた。これもお主らの協力のおかげだ」

 

 楽歩は二両を取り分け、それを、いろはの横に座っていた男に差し出した。

 

「良い演技だったぞ、礼夫」

 

「そう言って頂けると、役者冥利に尽きます」

 

 礼夫は差し出された二両を恭しく受けとった。

 

 そう、昨晩のイカサマ師の正体は、この礼夫であった。彼は楽歩と示し合わせて、賭場で一芝居打ったのである。

 

 当然、実際には殴っていないし、斬ってもいない。あの血飛沫は紙袋に入れた血糊を、礼夫が自分で握りつぶして吹き出させたものだった。

 

 ちなみに脚本を書いたのはミズキだった。実は彼女、一座の芝居の脚本も担当している。

 

 あの泥臭い仇討ち物とは脚本も役者も質が違うな、と楽歩は思いながら、礼夫の隣にいたミズキにも金を渡した。

 

「あらあら、こんな大金を頂けるなんて、悪い気がいたします」

 

 そう言いつつ、ミズキはすぐに金を懐にしまい込んだ。

 

 その様子を見ながら、いろはが不思議そうに言った。

 

「お侍、アンタが上手くヤクザの懐に入り込んでくれたおかげでアタイらも商売がやりやすくなるよ。でも、本当にここまでやってくれて良かったのかい? 結構、危ない橋だったろうに」

 

「ん? なんだ、俺のことを心配してくれてたのか?」

 

「おバカ。アンタがアタイたちにそこまで肩入れしてくれる理由が知りたいって言ってんのさ。こんな芝居を打たなくとも、アンタくらいの剣の腕があれば用心棒の口くらい簡単に見つかるんじゃないのかい?」

 

「そうでもない。用心棒には信頼と実績が必要だ。だが、礼夫のような腕の立つイカサマ師がそうそう現れてくれるはずも無いしな。しかし……」

 

 楽歩は礼夫に目を戻しながら、

 

「……しかし見事なイカサマであったな。如何に細工があるとはいえ、音色だけで本当に丁半が分かるものなのか?」

 

「ああ、あれですか」

 

 と、礼夫は澄まし顔で、

 

「嘘です」

 

「嘘?」

 

「ええ、丁半で音色の変わるサイコロなんてございませんし、よしんばあっとしても、自分でツボ振りでもやらなければ、すり替えるなんて出来ませんよ。それこそ、お侍の旦那のようにね」

 

「む」

 

 楽歩は唸った。

 

 あの時、楽歩も丁半を当てて見せたが、それとて音を聞いての事では無い。自らツボを振った際、丁しか出ないサイコロ、半しか出ないサイコロにその都度すり替えていただけである。

 

「ではお主、どうやって当てていたのだ? まさか勘だけで二十連勝していたと?」

 

「確かにタネも仕掛けもある話ではありますがね。しかしこれは私にとって秘中の秘でありますから、明かすわけにはまいりません」

 

 礼夫はニンマリと笑った。その笑みには、あの賭場で見せた凄みが漂っていた。

 

 あの時の礼夫の姿は、あながち芝居というわけでも無さそうだな、と楽歩は思う。幾つもの修羅場をくぐった男の凄みだった。

 

「しかしタネも仕掛けもあるとは言え、それでも人間業には思えんな」

 

「私らにとっては、旦那の剣の腕も人間業には思えませぬ」

 

「さほどの事でもない。上には、上がいる」

 

 楽歩は答えつつ、顎先を撫でた。あの海斗の剣は、今も時々、夢に見る。それだけ凄まじい剣だったし、未だに勝てる気がしなかった。

 

 それにもう一人、勝てる……いや、斬れる気がしない者がいる。

 

 楽歩は、いろはに目を向けた。

 

「なにさ、お侍。妖しい目つきで見ないでおくれ」

 

「いや、妖怪は斬れぬと思ってな」

 

「誰が妖怪さね!?」

 

「確かに姐さんには勝てませんなぁ」

 

「礼夫、アンタもアタイを妖怪扱いすんのかい!」

 

「いえいえ、滅相も無い。私はただ姐さんには昔から頭が上がらないと言いたかっただけです」

 

「昔から? いったいお主らはいつからの付き合いなのだ?」

 

 と、楽歩が尋ねると、礼夫も指折り数え出して、

 

「そうですねぇ、かれこれもう七、八年うぎゃ」

 

 礼夫の頭にゲンコツが落ちた。落としたのはもちろん、いろはだ。

 

「礼夫、それ以上言うと、その舌引っこ抜くよ!」

 

「へ、へい」

 

「お侍、アンタもだよ。余計な詮索は止めな」

 

「う、うむ」

 

 いろはのクワッと牙向いた形相に、思わず化け猫と叫びそうになったのを必死に堪えて楽歩は頷いた。

 

「あらあら、姐さんも殿方の前で年齢を気にされるようになったんですねぇ」

 

「ミズキ、アンタもいい加減にしておくれよぅ」

 

「はい、わかってますよ。……ところでお侍さま? 姐さんにまだ仰っていない事があるのでは無いですか?」

 

「む」

 

 なんだ、こいつも妖怪の類か。と、楽歩は一瞬、空恐ろしくなったが、すぐに気を取り直して、懐から新たな金を取り出した。

 

 それを、いろはの前に置く。

 

「なんの金だい?」

 

「笛の音の代だ」

 

「なんだい、それ?」

 

「これから毎日、お主の笛の音を聞かせてもらいたい。これはその代だ」

 

「はあ、アタイの笛の音ねえ。……まあ、アンタの事だから、別にアタイに惚れたとかそんな話じゃ無いんだろうね。大方、剣法の拍子にでも活かそうって腹積もりだろう?」

 

「その通りだ。タダじゃ聞かせられ無いと言われたからな。これなら文句はあるまい」

 

「はいはい。自分で言った事だし、ちゃんと守ってあげるさね。で、どうする? 早速聞くかい?」

 

「ああ、頼む」

 

「はいよ」

 

 朝の廃寺に、たおやかな笛の調べが流れ始めた。

 

 楽歩は目を閉じて、その音色に聞き入ったのだった。

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