不撓不屈の王とムゲンの話   作:澱粉麺

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無限の失意

 

酷い、有様だった。

部屋の中には、死闘を繰り広げた者達の死が満ちている。

 

 

盲目の射手も。

隻腕の奏者も。

破足の戦士も。

もう、二度と動きはしない。

 

そしてまた、それらと戦った女傑も、無惨に倒れ込んでいた。どのような時でも光り輝いていたように見えたその毛皮すら、急激に色褪せたようだった。英傑のみが持ち、輝いた剣もまた、ただ血錆だらけの、古びた剣に戻っている。

 

 

「あ…ああ…」

 

 

死した戦士たちの主人はただ、膝から崩れ落ちて顔を覆う。最愛の友たちの死。皆、皆死んだ。自分の為に。自分の我儘の為だけに。自らが巻き込んだ闘争の為に。

 

幾度と無く考えた。自分さえ、居なければ。

何度考えても、心の奥の声がそれを否定してきた。

 

もう、それすら聞こえない。

最早泣き叫ぶ事すら出来なかった。

悲鳴にすらならない、無音の慟哭が脳をつんざく。

 

自分さえ居なければ。

ただ無邪気にボールを蹴って遊ばせてやれた。ただ楽しく沐浴を楽しめてた。ただ楽しく音を奏でていた。

どれも、もう二度とできなくなってしまった。

 

その横で斃れた英雄も、ただ悲惨な姿に成り果てている。自分とさえ合わなければ、彼女にもこのような無惨を晒させる事も無かったのに。

 

 

「むー、ちゃん…」

 

 

唯一に残るムゲンダイナが、呻くような声に呼ばれてすうと彼女に近づく。主人の言う事を、傅くように。

 

 

「殺、して…私を、殺して…」

 

 

ただ、最早そう呻く事しか出来ない主人を、悲しげに見る。英雄の剣は彼女に最期まで触れる事は無かった。だが心に、消えない残傷を刻み付けていた。あまりにも残酷な傷。治る事も、無い。

 

 

ずうと、紫の龍がムゲンの団の総帥へと近づいていく。その様子を見て、初めて、絶望以外の落涙が起こる。

安堵、もしくは歓喜によるそれだ。

 

さようなら、愛しい人。

ごめんなさい、友達に。

もうすぐにそっちに行きます。

 

そう、目を瞑る。

生きて、何かを為したくなかったのかと問われれば、考え込むだろう。それでも、この絶望は、死を喚起して、仕方がない。どうしようもない絶望である死を、希望の使者と認識するまでの奈落。

 

それからの解放ならば、もう、望むところだった。

それならば、安寧だった。

 

だが、その安寧は、来ない。

疑問に思いながら、瞑った目をあげる。

目に映るのは、最後に残った友達。

 

 

…ぞくりと、寒気が走った。

 

 

まさか。

違う。

ありえない。

 

息が止まった。

だって、これはありえないんだから。

 

 

ずるりと。

紫毒の龍は彼女の身体に纏わり付く。

そうしてそれはまた、感触が変わる。キャンプやこれまでに幾度も感じたあの、友の感触などではない。まるで、自らを吸収されているような…

 

 

悪寒が、寒気が、実存するものとなる。

嘘だ。嘘だ、嘘だ!

 

 

 

「…嘘、だよね?」

 

 

 

…ムゲンダイナは、自らを無限の孤独から救ってくれたこの少女が、大好きだった。唯一無二の親友であり、代わりなど居ない飼い主であり、そしてまた、最高の主人だ。

 

だから、彼女の為ならなんでもしようと思っていた。し、出来ることならば、何でもした。これで喜んでくれるなら。

 

それでも。

彼女の最後の願いは、彼に承伏しかねるものだった。

如何に彼女自身が望もうと、彼女が死ぬことなど耐えられようか。絶対に、彼女が死ぬなんて、あってはならないのだ。

 

ただ、龍は、生きて欲しかった。

死ねば、全てはおしまいなのだ。

 

 

ただ、愛故に、龍は少女を裏切った。

 

 

 

「…どうしてッ!どうして…」

 

 

ーー貴方まで、私を裏切るの?

 

 

 

 

……ある団の総帥の少女が、そのともがらの龍と共に、姿を消した。

その行方は、杳として知れない。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

…誰も彼もが居なくなり。

死体だけが集う部屋に、来訪者が現れる。

 

 

それは、今ここに横たわる英雄の片割れ。

彼女が剣であるならば、彼は盾。

二つで完璧であり、二つが完結だった。

 

彼の名は、ザマゼンタ。

ただ、呆然と立ち尽くす。

 

彼女が、死ぬ訳が無い。

心の奥底で、ずうと思っていたただの思い込みが、思い込み以外の何者でもないと、証明されてしまった。

 

 

半身は、捥ぎ取れて屍になった。

だが、英雄としての嘆きでは無い。

 

ただ、弟として。

姉の死を。家族として、血縁の死を。

 

血の涙を流し、悲しんだ。

地に響くような慟哭だった。

 

 

 

許さぬ。

 

 

失った。この盾は何も守れはしなかった。

 

ただ、残るは復讐の灯火。

 

 

喪った眼を、ただ開けたままの姉の瞼をゆっくりと撫で、せめて安らかなる死顔に変える。

 

そして、その横に落ちた錆びた剣を、口に噛む。

 

 

私は、どうしようも無い愚弟だ。

そもそも、共に行けば、姉が死にすらしなかった。

 

我らが導ければ、少女は道を違えなかった。

英雄として私が並び立つ資格は無い。

 

 

だからこそ、姉の出来なかった事だけは、私が。

 

 

血色の錆が、ぱりぱりと剥げてゆく。

目を瞑る。

その中に、姉の姿が映る。

 

 

英雄は死した。

ただ、此処に居るのは、唯の鬼。

 

英雄は、死した。

剣が、再び輝きを放つ。

 

 

不撓の剣。

不屈の盾。

 

鋼がそれらを、一つのモノとした。

そのような合一など、誰も望みはしていないのに。

 

 

不撓不屈の王は、ただ復讐の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

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