不撓不屈の王とムゲンの話   作:澱粉麺

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無限と王

 

 

まだ、戦える。

一歩を進む毎に身体が軋む。

 

まだ戦える。

盾の一部が壊れて崩れる。

 

 

私は何の為に此処にいる?そんな、ぼおっとした思考が英雄の脳を埋め尽くす。気付けのように、錆びた剣を噛みしだく。

 

英雄の力を保ってしても鯖を払えぬ程に、永い事戦って来た。殺して、血錆を付けて来た。盾も同じようなものだ。受け、弾き、すり潰して来た。盾も剣も限界。そしてその状態は英雄、ザマゼンタの様子をそのまま表しているようだった。

 

だが、まだ倒れられない。

そう思っていた。

少なくとも、今だけは保たせなければならない。

そうでなければ全てが無駄になるのだ。地獄の旅も。姉の死も。彼らの死も。全ての想いも。

 

此処は、大陸の果て。

辺境とすら言えぬ程の孤立。

そこには無限の力が、ただ無尽蔵に湧き出ていた。

その意味を噛み締めて征む。

足を引きずり引きずり、高揚すら覚えながら。

 

彼は辿り着いたのだ。

この先に居るという事が、よくわかる。

湧き出る力が。びりびりと震える身体が。

憎悪に満ち満ちるこの精神が、教えてくれる。

この先に。この先に、先に!

 

 

見える。

この視線の先に彼女が居る。

その視覚情報に、打ち震えた。

感慨にでは無い。

おぞましさから来る寒気にも似た、嫌悪。

 

あれから幾年、過ぎただろうか。全てを捨て、優しき主すらも捨てたあの日から、どれほどの歳月が経っただろうか。

ザマゼンタが思うほど時は進んでいない可能性も、無論ある。そうであったとしても、この光景は異常だった。

 

不変。

歳を取っていない。

髪が伸びてすらもいない。

身体に汚れが残ることすらない。

その服のシワ一つまで、何も変わることが無い。

 

変わっているのは、ただその目の光。

利発で、元気に溢れ、少しの憂いを帯びた光。

どれもが既に失われ久しかった。

昏い昏い、鬱々とした闇だけが目の奥に在った。

 

 

ああ、そう云うことか。

彼女は幾度も幾度も、死のうとしたのだろう。

友人が皆死んだ奈落のままに、最後に残された友に裏切られた絶望のままに。

 

だから、こうなっているのだ。

彼女は永遠を、無限を与えられた。

変化を禁じられた。

死ぬ事も、老いる事も、育つ事も、何もかも。

 

むごい。

ここまでの責め苦を受ける謂れがあろうか。

生きたくも無い生をただ続けるという拷問。眠る事も食べる事も、何もかも必要としない、生存だけを願われた我儘に依る空虚。

 

 

目を閉じて、感情を捨てた。

 

目の前の少女は、敵だ。仇だ。

復讐を滾らす英雄は、ただそれだけを考える。

努めて、他を思わないようにした。

同情、感傷。そういった思いは邪魔にしかならない。

 

 

ざん。目の前に立ちはだかる。

初めて、開いたままの目がこちらを向いた。

 

ああ、やめてくれ。

そんな顔で見ないでくれ。

私をまるで、希望の使者のような目で見るな。

 

気が狂いそうだった。

己は彼女を殺そうとしているのに、当の本人はそれをまるで待ち望んでいる。身じろぎ一つせず享受しようとしている。

 

なんだこれは。

悲劇よりも、むしろ喜劇らしい光景ではないか。

 

 

からくり人形のようにぎこちなく、動く。

首を傾けて、涙を流して、少女はただ一言。

 

 

「おそいよ」

 

 

ああそうだ。あまりにも遅すぎた。

ああ、そうだ。ここに辿り着くのも、先に進む事も。君を誅する事も。何もかも遅すぎた。そんな事わかっている。ただあの時君を諌める事が出来たならこの今は無いのだろうか。その望みは、叶う事は無い。わかっている。

 

わかっていて尚、此処にいる。

 

剣が輝きを増す。

その殺意を肯定するように。

 

呼応するかのように、少女の周りが紫色に輝いた。

 

ああ、それでいい。

それがこそ、良い。

そう、反発がすら無ければ、苛まれて剣が止まっていた。

 

彼女を殺そうとしているのだ。

どうやっても、死なせないようにした愛しの主を。ならば、その我儘を通した、裏切りの従者はそれを必ず守りにくる。当然の事だ。

 

 

轟音。

地底から、災厄が隆起した。

 

 

紫に光る身体。赤赤しく燃える力。

爛々と、ただ殺意に塗れた眼。

ムゲンダイナ。

ただ、暴虐の一側面だけを剥き出しにして。

その眼には狂気しか残っていなかった。

 

死ぬ事など認められなかった最愛の主。

自死すら認めない我儘。

それへの返答は即ち、憎悪だった。

 

裏切ってでも、生を繋げたいと願った。

その愛故に、ムゲンダイナは永劫に向けられる憎悪の感情に耐えきれなかったのだ。愛故に、狂った。

 

 

もしも、あの時ならば。まだ、英雄の横にホップという優しき主が居たならば。まだ、龍の傍に弾けるように笑う彼女が居たのなら。

きっと二匹は、ほんの少しだけ話していただろう。

他愛の無い、どうしようもない会話。

だからこそ面白い、くだらない会話。

もしかしたら、戦う事もなく、それで終わっていたのかもしれない。

 

もう遅い。

時が戻ることなどまやかしでしか無い。

例えその力があろうと、最早外敵を滅する事しか考えられぬけだものでは、それを正しく用いる事など出来はしない。

 

全て、最早過ぎ去りし過去。

二度と手に入らない憧憬。

二度と忘れる事の無い、光景。

 

忘れ得ぬままに、片方は狂い。

片方は、復讐に全てを費やした。

 

 

そして、片方は今、此処で殺されるのだ。

 

 

紫毒の龍と不撓不屈の王が、一対の鬨を上げた。

哀れむように、願い星が一つ、空から溢れた。

 

 

 

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