不撓不屈の王とムゲンの話   作:澱粉麺

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エピローグ

 

 

 

カレーの匂いが鼻を突く。

落ちた日と、小さなキャンプの篝火が周囲を照らしていた。

 

 

ここは、何処だ?

いや、一目でわかった。

この日を、思わない事はなかった。

この時を、脳裏から忘れた事は一度も無かった。

この光景こそが忘れられない憧憬だった。

 

これは、あの日のキャンプ。

『総帥』となった少女…ユウリが、久しぶりに水入らずでと、彼女の友達とだけ、キャンプをした時の夜だった。

 

 

そしてこの夜。

我らは、奇襲をする。

この時が、最後のチャンスだった。

だから仕掛けたのだ。

 

私は歩を進める。

ある場所に向かっていた。

 

そこに居るは、一匹のポケモン。

おお、勇壮なる姿。

身体に傷を持ちながら神聖であり続けた、真の英雄。

そこには、剣の王。ザシアン。

……私の、姉が居た。

 

 

彼女は、ただキャンプの横で、舞を踊っていた。

それはただの舞踊では無い。

技の威を高める為の、剣の舞だ。

ただ確実に殺す為の、下準備である。

 

 

『…どうしたのですか。

貴方は引いていろと言った筈です』

 

 

凛々しく、そしてビリビリとした声がする。

その声すら、ああ、懐かしく感じた。

 

 

『姉上。お話があります』

 

 

…それは無謀であると分かっていた。

だが、言わないで居られる筈がない。

 

 

 

『率直に。この襲撃を取りやめてもらいたい』

 

 

姉の目が、此方を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

『…という事で。

「総帥」は今日までって事やな!』

 

 

ああ。ヨクバリス殿が、そう言う。内容は生中に受け入れられる事ではないだろうが、コミカルに語る彼の口調はその聞き溶けを良くしてくれている。

 

そして何より。エースバーンも、ゴリランダーも、インテレオンも。

無謀な試みであると思っていたこのムゲン団の解散を、心から安堵して聞いていた。

 

 

 

………そう。

この夜。私たちが選ばなかった結末。あの時戦わなければこう成っていたのだ。ヨクバリス殿の提言もあり、少女ユウリは、もうこのような事はやめるべきだと決心をする。まだ、背負ったものを放り出せる内に。

 

 

『あんな子に、あんな重い物を背負わせるべきやない』

 

 

先ほど、逢いに行った時。ヨクバリス殿はそうも、語っていた。私も、その通りだと思った。

 

 

 

「…急にごめんね。

それに、これまで付き合わせちゃって、ごめん。

もし愛想を尽かしたなら、みんな…」

 

 

言い終える前に、エースバーンがボールを蹴り上げた。

そして、優しく少女にパス。

次に、ゴリランダーが嬉しそうな太鼓の演奏。

最後にインテレオンが、祝砲の如く空中に水を打ち上げる。

 

そしてムゲンダイナが、それらの間を縫うように、楽しそうに飛んでいった。

 

 

『…愛想をつかす、なんてあるわけないで。

皆、アンタが大好きなんやからな』

 

 

そう、ヨクバリス殿が言った。

…今更だが、何故当然の如く喋っているのだろう彼は。

 

 

 

そんな、泣き笑いをしながら、楽しげに遊ぶ光景を私たちは遠巻きに眺めていた。

 

そうして、話をした。

久方ぶりの会話だった。

 

 

 

『こうなる事がわかっていたのですか?弟よ』

 

 

『…いいえ。ただ、それでも、あの時の襲撃は間違いだったと、そう思い続けていただけです』

 

 

『そうですか。…ならば私は何も問いません。

…フフ、楽しそうですね。私も混じってきましょうか』

 

 

そう、私に背を向けた。

だが一つ、私にはどうしても聞きたいことが有った。

 

 

『…お待ちください。

何故姉上はあの時に、私の言う事をそのまま聞いたのですか。理由もなく、ただ襲撃をやめろという世迷言を』

 

 

そう。あの時姉は、ただ質問をするでも断るでも、何でもなくただ私の言うことに頷き、従ったのだ。それに一番驚いたは、私自身だった。それは一体、何故。

 

その質問に。

身体はそのままに、首を此方に向けて剣の王が応える。

 

 

 

『貴方の眼を見たのですよ。

それだけで、十分です』

 

 

そんな、曖昧な答えが返ってくる。

 

 

『…眼?それだけで、私を信頼したのですか。

それだけで、私を分かったのですか』

 

 

何故。どうやって。理屈では無い。

どういう事なのか。それを更に問うた。

そしてその答えは。

 

 

 

 

『…おや、知らないのですか?愚弟』

 

 

ー私は、貴方の姉ですよ?

 

 

 

…そう言って、姉はキャンプに駆けていった。

あの時の殺戮の為の駆けとは異なり、ただ楽しそうに。

 

 

 

(……敵わぬ)

 

 

私は力が抜けながらも、走る彼女を。

そして、皆の楽しむ姿を見た。

カレーの匂いが、心地の良い空に漂っていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

(……この、『現在』は)

 

 

ああ、そうだ。

あの時、あの場所。

確かに私は少女を殺した。龍を殺した。

全てを殺した上で、私も死んだ。

 

だからこの今は、一体なんなのだろうか。

 

ふと。あの時、ねがいぼしが流れていた事を思い出す。そして、ねがいぼしには願いを叶える何かがあるとも。

 

これは、この光景は。あのねがいぼしが、心に眠る、あの頃に戻りたいという願いを叶えてくれたのだろうか?それともこれは、ただの末期の夢か?

 

 

どちらでも良かった。

私には勿体ないくらいの、幸せな空間だった。

 

走馬灯であろうとも。これが現実だろうとも。

今目の前にある幸福こそはただ真実であるのだ。

 

 

ふと、最後に後ろを振り返る。

まだ楽しそうに遊ぶ彼らと、姉。

その光景は、胸を締め付けられるように嬉しかった。

 

 

ああ。そうだ。

私も主人の元に帰ろう。

ホップ。彼もきっと待っている筈だ。

 

彼に、ユウリの顛末を教えよう。

きっと彼も喜んでくれる筈だ。

 

 

今日のカレーは何味だろうか。

胸が、高鳴った。

 

 

 

空に一筋、ねがいぼしが光った。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

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