「一、二、三……」
キュッキュッキュと激しい踊りと共にその人物が履いている運動シューズの靴底がフローリングの床上を擦り、音を鳴らす。同時に飛び散る汗が部屋へと入る日の光を反射してキラキラと輝きを放ちながら飛び散った。
「ここで、キメ」
踊りの最後にキメポーズ、これが彼女のルーティーンでありレッスンの終わりを意味する。鏡に映る自身を見つめながら運動による疲労感を全身に感じ、終わった事を実感しながら部屋の隅に置いてあるタオルを手に汗を拭きとり同時に喉を潤す。
「……やはり女の体と言うのは慣れないな……」
私、風鳴翼16歳……転生者です。
事の発端は今から16年前、私は突如女の子として生を授かった。前世はどのような人物でどうやって亡くなったかは分からないですが転生直後は酷く取り乱してしまいました。
何故って……何と転生先が戦姫絶唱シンフォギアに登場する
どうやら前世の私……と言うか俺はかなりのアニメオタクだったようで、アニメとして描かれていたシンフォギアの内容を全て思い出し自身の可能性に気付くと共にかなり絶望してしまいました。
何故って風鳴翼自身の出生の経緯や秘密、それからの生い立ちを考えると憂鬱の一言。それに加え親友を失うのが決定していたりノイズなどと戦ったりと正直、元ではありますが一般人の私では荷が重い。しかしそんな憂鬱も新たな人生を過ごしていくうちに意味のない事だと分かりました。
「今日のレッスン終了……日課の事とは言え大変ですね」
まずは年号が平成、つまりはシンフォギアの時代設定である近未来ではなく現代だという事。そして……アイドルが世界に広まっている事です。まるでアイドルが活躍するアニメの様に。現在は家にある運動ができる部屋で運動しています。だってあの風鳴翼ですよ、潜在的な才能は運動に関してはピカ一でしょうし、だったらその才能を生かす為に行動するしかないでしょう。父からは剣術を習っていましたがそれだけでは何と言うか……物足りない感覚がしていました。そんな中偶然父が見ていたテレビで映し出されていたのはアイドルのライブ映像。それを見た途端に全身に雷に打たれたかのような衝撃が走りました。
そうこれだ、何故か物足りないと感じるのはこれが足りないからだ。
そこでは全身を使って踊り、そしてグループで歌い観客を沸かせる。まさに風鳴翼としての足りない部分がそこでは映し出されていました。
「……翼?」
「……っは!?」
自分が思っていた以上にその映像を凝視していたみたいで父は驚いたような表情でこちらを見ている。まぁ、私はあまり感情の起伏が激しい方じゃないので驚かれるのは仕方ないと思いますけどそこまで驚く事ですかね?
その次の日、家へと大規模な改装が入り、そして作り出されたのは木製のフローリングに壁に張り巡らされた大きな鏡……これってアイドル養成所などで見られるトレーニング施設なんじゃ……
「……建物が古くなっていたのでな‥‥偶々だ、偶々」
「そうでしたか……」
「あぁ……」
赤く顔を染めながら広げた新聞紙で顔を隠す父……まさかのクーデレ属性持ちでしたか、家族のハズなのに気付かなかったなぁ。
そんな経緯があってあのテレビに映っていたアイドルのように、本来の風鳴翼のように踊り、そして歌う事を始めてみました。最初は趣味の範疇だったのですがずっと続けていくうちに途中から自分でも不思議なぐらい力が入り、本気で踊り、そして歌い続けました。本来ならトレーナーなどを付ける必要があるのでしょうが不思議と必要とは思わず、どう踊ればいいか、どうやって歌えばいいかなどが自然と理解できました。恐らく風鳴翼に転生したということに関係があるのでしょうが……真相は分からないです。しかしそんなことが気にならないぐらいには楽しく、そして夢中になってしまい正直私自身でもビックリしています。
その結果でしょうか、元々から習っている剣術を続け、そして踊り歌って一日を過ごしたとしても体力があり余り始め、いつの間にか体力バカに……
「やっぱり風鳴さんスゲェ」
「美人でかっこよくて運動も出来て頭もいいとか反則越してチートキャラかよ」
「だが、それが良い」
「分かる」
「踏まれてェ」
「え?」
学校での持久走大会で男子の記録を抜いて一位だったのは驚く他ありませんでしたが。
そして歌う訓練の一環としてこの世界にはない風鳴翼のボイスを務めた声優さんの曲などを歌い、そして音源を演奏してネットに上げて行った結果……なんというか人気がですね、凄いデスよ。
「今日の新作聞いたか?」
「謎の動画配信者集団、シンフォギアチャンネルの曲だろ? 既に聞いてるぜ」
「流石追っかけバカだな」
元々、前世での大人気声優であり歌手である御方の曲であるためか、大人気を超えて言葉では表せられないほどの人気を誇り、再生数がアップ直後に10万再生を記録するなどの記録を打ち出した結果、謎の歌姫としてネットで有名になってしまいました‥‥‥‥逆光のフリューゲルなどの複数人の歌は、この体の優秀さと言うかチートさである声が数種類に変化する喉を使って他の人の声を再現して歌う事によって解決した。まぁ、その結果私のチャンネルは一人ではなく複数人で運営されているという勘違いが生まれ、私が歌っていると特定されることはなかったので良かった部分もありますね。
「ふぅ~」
座って一息入れて休んでいるとドアの開く音が聞こえる。
まぁホントはそんなに大きな音じゃないのだけど何故か聞こえてしまう……もしかして聴覚もよくなってる?
そんな疑問が脳を過っている途中に部屋に入って来た人物が目に入った、まぁ父なんだけども。
「翼」
「何か御用でしょうか?」
自然とその場で姿勢を正し、正座の体勢になってしまう。剣術の稽古の度にやっていたら自然と身に付いてしまった事なので仕方ない事だと思う。父も対面するように正座で座り真剣な表情を浮かべる。
「‥‥」
「‥‥」
そのまま私達は見つめ合うのですが………き、気まずい。
父も私と同じで無口で感情の起伏をほとんど見せないクーデレ属性。私も前世の影響かあまり喋ることができず何と言うかコミュ障気味なところがあると思います。その結果は最悪の一言、父と対面して喋る時は目的がない限り会話が発生することがない、ないのだけど今日の父はどうしたのでしょうか? 真剣な表情から察するに何か大事な話があって来てると思う。
「さ、最近学校はどんな感じだ?」
やっと出て来た言葉がそれって不器用な父親ですか……そうでした、不器用な父親でしたね……
「成績には問題ありません、クラスメイトとの関係も良好だと思います」
「う、うむ……そうか」
正直勉強は二度目なところがあるから余裕。クラスメイトとの関係も良好だと‥‥思う、多分。だって私コミュ障だから自分から話しかけられないんですよね……ボッチですが何か?
「……翼は、アイドルに興味があるのか?」
「…?」
学校でのボッチ生活を思い出して遠い目をしてしまっている時、父から意味の分からない質問が飛んで来る。いや、此処までお膳立てしておいて今頃その質問はおかしいと思いますよ。
「はい」
私が一言そう告げると父はいつものように難しい表情を浮かべながら眉間に皺が寄るほど眉を顰める。
「そうか……アイドルに、か……」
父はそう言うと黙って立ち去る。父ってたまに不思議な行動取るからなぁ……不器用な人だなぁ、まったく。父の行動に思わず口の端を上げて声に出さずに笑いながら道具の片づけを開始する。早くお風呂に入って汗を洗い流したいなぁ。
今にして思えばこの父の言葉が世に言うフラグだったんだと思う。
「あのぉ‥‥」
学校の帰り道、いつも通り歩行者信号が変わるのを待っていると聞き覚えのない声で後ろから話しかけられる。誰かと思い振り返るとそこには黒スーツの怖い顔の男の人が……や、ヤが付くご職業の方かな?
その人は長方形のカードを手にこちらへと差し出す。
「アイドルに興味ありませんか?」
これが新たなる生を受けた私の、お城の舞踏会への招待状だったのかも……しれない。
黒いスーツに身を包みこちらを見つめる怖い顔の男の人。その人は名刺を差し出しながらこう口にする。
「アイドルに興味ありませんか?」
次回
【怖い顔の不器用な魔女さん】
次回もお楽しみに