リドルになった元審神者とHL寮モブたちの平穏な日々 作:都月飴
第1話
「ハートの女王の法律・第562条。『なんでもない日』のティーパーティーにマロンタルトを持ち込むべからず。これは入寮時に配布した冊子の、『なんでもない日』の項目にしっかりと記述していたはずだ」
「だ、第562条!?」
「全部で何条まであるんですか!?」
入学式から間もない、ある日の『なんでもない日』のティーパーティーのことだった。
今年の入学式は、魔力のない少女と猫なのか狸なのか分からないモンスターによってなんとも騒がしいものでね。翌日には新入生二人が退学の憂き目に遭うし、この学園はどうにも問題児しかいないようだ。
つい昨晩は退学しかけた問題児の一人が大切なタルトをつまみ食いするし……。謝罪もなく寮から出ていくからどこに行ったかと思えば、オンボロ寮との情報が入ったから呆れたものだよ。そういえばあのオンボロ寮、ほぼ廃墟だから人が住むには全く向かないのではないだろうか。あの少女がハウスダストアレルギー持ちだったら、すぐに死にそうだ。とりあえず学園長を捕まえ次第、確認を取らなければ。嗚呼、それよりも先生方に確認を入れたほうが早いのか?
そうそう。寮から出て行った一年生だが、今日この『なんでもない日』のティーパーティーに、つまみ食いしたタルトの代わりとなるタルトを作って持ってきたという。トレイにでも協力を仰いだのだろう。タルトは初心者が早々作れるものでもないし。
しかし、だ。謝罪の意思があるということは別に良いのだが、マロンタルトという選択は間違いである。
嗚呼、やはり。問題児というからには、ハーツラビュル寮生として過ごすならば守るべき、ハートの女王の法律が書き込まれた冊子全てのページに目を通してはいないのだろうか。面倒くさいな。
「ハートの女王の厳格さを重んじるハーツラビュル寮長である
「ちょっと待てよ! そんな無茶苦茶なルールあるか!」
「そうだゾ! 捨てるんだったらオレ様が食う!」
「誰が捨てるといった?
それからトレイとケイトが謝るが、何故、君たちがこの程度のルールを覚えていないのか全くもって不思議に思うよ。
今が栗の時期だから、うっかり忘れていたとでも?
いや、別にそのことはどうでも良い。
「作ったことが問題じゃない。今日、今、ここに、持ち込んだこと”だけ”が問題なんだ」
「そんなルールに従ってるだなんて、馬鹿みたい」
「馬鹿……ねえ。この法律は、このハーツラビュル寮を象徴するハートの女王が記した法律だ。時代に合わないものも多くあるため、全てに従えと
しかし結局、新入生二人と監督生と呼ばれるようになった少女、そしてグリムという名の猫とも狸ともいえないモンスターは罵声を発し、『なんでもない日』のティーパーティーの席から去っていった。
おやおや、頭に血が上りやすいのかな。三人と一匹そろって猪突猛進型か。
近くに立つトレイとケイトは、なんともいえない顔で
「トレイ、ケイト。このマロンタルトを持って、今日は二人とも下がってくれ。『なんでもない日』のティーパーティーは、
「「はい、寮長」」
二人とも、昏い目をしている。
嗚呼、そうだろうね。だって君たちは
マロンタルトを持ち、薔薇の迷路の向こうへと消えていく二人の後ろ姿を見つめる。どうせ、あれは彼らの手に渡るはずだ。せっかく作ってもらって悪いが、
「……はぁ」
椅子に座り込み、思わず頭を抱える。
「お疲れー、リドル」
「大丈夫か~?」
近くにいた同級生たちが話しかけてくる。
「嗚呼、大丈夫だ。……皆すまないね」
「いーっていーって。今日はそういう日だってことにしようぜ?」
「そうそう。まさか副寮長のトレイ先輩が、忘れてるだなんて誰も思いやしないって」
「だーから、ローズハートはそんなに気にすんなよ。ほら、お前たち。今日の寮長はお疲れだからな。各人、席に座りお茶会を楽しんでくれ!」
「クロッケーはどうする? 気分が乗らないなら、フラミンゴとハリネズミもこっちに呼ぼうぜ」
「嗚呼、そうだね。頼んでも良いかい?」
「任せろ!」
「俺も手伝うわ」
「よろ~」
先輩たちも加わり、
ここではない世界で、審神者として生きて死んだ女。それが私である。この体は数年前からお世話になっているリドル・ローズハートとい少年の物であり、彼はもうずっとこの器の奥底で永い眠りについていた。いやまあ、たまに起きることはあるのだけれどね。
しかし彼には、私という意識を覆うことも、体の主導権を奪うこともできないほど脆弱な力しかない。そんなか弱い
「さて、一年生諸君。食べながらでも飲みながらでも良いから、
「ま、他の寮のルールについては気になるなら別の寮のクラスメイトとかから聞いてみたら良いぞ~。この寮は人間が多いけど、サバナクローは獣人が多いし、オクタヴィネルは人魚が多いから、それぞれの種族の常識がもとになったルールとかあって面白いんだ」
「まあ、そういうことだね。各寮のルールは、それぞれの象徴であるグレートセブンの種族を基本に作られている。だからといって、それを全ての基準にしてしまうと種族の違う生徒が過ごしにくくなってしまうからね。そこら辺は時代に合わせて変化しているんだ。入寮時に配った冊子のようにね」
「そうそう。リドルがああやって分かりやすくしてくれたから、暗記は苦手だけど結構ハートの女王の法律を覚えられたんだよな~」
「あっ、マジカメのハーツラビュル寮公式アカウントで、現在活用されている法律は一定時間ごとにランダム投稿されてってるから、気になったら見てくれよな~。ちなみに『なんでもない日』のティーパーティーの様子とかもアップしちゃってるよ!」
続く同級生や先輩たちの言葉にも耳を傾ける一年生の姿は、まあ全員が全員ではないが素直なものだった。中にはスマートフォンを手にし、ハーツラビュル寮の公式アカウントを確認している者もいるようだ。
うん、気になったらすぐに調べることができる子は嫌いじゃないよ。
「まあ、しかし。ハートの女王の法律は全810条あるため、結構な数を省いたとはいっても覚えるものは多い。昨年、イグニハイド寮の生徒に協力を仰ぎ、談話室及び各部屋に電子パネルを設置した。その日守るべき法律を表示するようにしているから、確認を怠らないことだね」
「ってことで、入学間もない君たちは慣れない寮生活もあって、学業や部活で忙しくもなるだろうけれど。せめて、その日守るべき法律を確認してから行動してね~」
「あと、食べ物に関する法律については別途対応があるぞ。そこら辺は冊子に書いてあるから、今日中に確認しておくように」
「なあ、リドル。今日はクロッケーもないことだしさ、一年生の質問に答える日にしてはどうだ?」
「それ良いかも~! 授業のこととか、寮生活のこととかさ。俺たちも一年生のころ大変だったことたくさんあるし」
「ふむ、それもそうだね。では、そうしようか。一年生たち、学園での生活において何か質問があるならば、近くにいる上級生たちになんでも質問しておくれ」
「「「「「はい、寮長!」」」」」
一年生たちが近くにいる上級生に突撃していく様子は、なんと微笑ましいのか。短刀や脇差を思い出すなあ……。
「ねえ、お母様。どうして、どうして
「っ、リドル!?」
どろり、どろり。
黒い泥のようなものが
「お母様、ねえ。お母様。
でも、でもねお母様。
ルールを押しつけてはいけないわ。規則を押しつけてはいけないわ。法律を押しつけてはいけないわ。貴女の信ずる全てを、貴女ではない
審神者だった私は、様々な誓約のもと、国の法律を、政府の規律を、本丸のルールを守って生きてきたから。でも、全てが全て、きっちりと守っていたわけではないの。だって、そうしたら私という人格はどうなってしまうの?
法律も規律も、ルールだって守るわ。生きていくために必要なものだもの。ただ、なんにだって遊びは必要なの。ゆとりがありすぎれば、それはそれで問題ね。けれどもし、全てを規則正しく守り生きていくことによって自分自身を喪失してしまったらどうするのだろうね。
ねえ、お母様。貴女はどうして
「リド、リドル。オーバーブロットだなんてっ。嗚呼、嗚呼どうしてっ」
「お母様、お母様。ママ、ねえママ」
「どうして、どうしてっ。私は貴方のことを思って、お母様のルールを守ればきっと幸せになれるのよっ!?」
「そうかもしれないね。でも、本当に? お母様のルールを守れば、ずっと、一生、死ぬまで幸せなの?
ねえ、ママ。ママが
「ママ、お母様。このままじゃあ、
「ちが、ちがう。そんなっ、そうじゃないのリドル!」
「何が? 何が違うの。何がそうじゃないの。だってずっと、そうだったじゃないか」
どろり、どろり。
黒い泥のようなものが
お母様、ママ。ねえ、胸の奥がね。ぎゅうっとするんだ。きつくて、つらくて、苦しくて、痛い。
「私は貴方のためを思ってっ。貴方が、リドルのことが大切だから! 大人になってから大変な目に遭って欲しくないの。苦しい目に遭って欲しくないの。悲しい目に遭って欲しくないの。愛してるっ。愛しているのリドル! 貴方は私の大切な息子だからっ」
……うん。そっかあ。
どろ、どろ、どろり。
黒い泥が溶けるように地に落ち、
「ママ、ねえママ。
「リドルッ。ええ、ええ! たくさんお話しましょう」
「もっと、一緒にいてくれる?」
「ええ、一緒にいるわ。お仕事があるから、ずっとはいられないけれど」
「もっと、抱きしめてくれる?」
「っ、ええ、もちろんよっ」
ぎゅうっ、とママが抱きしめてくれた。前に抱きしめられたのは、いつだったかな。もう、覚えていないや。ぎゅーっと
嗚呼、嬉しいなあ。
嗚呼、幸せだなあ。
嗚呼、良かった。
大好きだよ、ママ。
愛しているよ、ママ。
だって、