リドルになった元審神者とHL寮モブたちの平穏な日々   作:都月飴

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リドルと監督生の場合

 別に、嫌ってはいなかった。ただただ彼女は、(さにわ)が苦手としている部類の人間と似ているというだけで、関わり合いになりたくなかっただけなのだ。だからといって無関心になれるほど、彼女の現状から目を背けることはできなかった。

 異世界。それも、(さにわ)が生きた日本の出身だという彼女。監督生と呼ばれ、グリムという名前のモンスターと生活を共にする彼女は、危うい存在だった。

 こちらの常識も、基本的な知識も何もない。日本で生まれ育った少女にとって、この世界も、この場所も、全て全て未知の存在である。幼い子供が知っているような常識さえ知らない、魔力のない魔法の使えない子。嗚呼、一番はここが男子校であるということが問題であろう。

 

「あ、あの。ロ、ローズハート寮長」

「どうしたんだい、監督生」

「魔法史で分からないところがあって。えっと、教えてください」

「いいよ。さあ、こちらにお座り」

 

 図書館にて、『血統の差違におけるオーバーブロット後の体調変化に関する調査』を読んでいたところ、魔法史の教科書や参考書を抱えた監督生がやってきた。どうやら、小テストでグリムより低い点数を取ったことが悔しかったらしい。まあ、グリムは生徒として認められて以降、ほぼ毎回ウチの勉強会に参加していたからねえ。

 

「あ、ありがとうございます! お願いします!」

 

 マジカルシフト大会の後から、ボク(わたし)のことを嫌っていたはずの監督生が近づいてくるようになった。ディーやダムからは、よく懐かれたなといわれたよ。懐かれているのだろうか? それならまあ、嬉しいことではあるね。何せ、彼女は(さにわ)の同郷なのだから。

 彼女がボク(わたし)を嫌悪していたのは、性格の不一致もあるのだろうが、一人ぼっちだという環境もあったのだろう。異世界で理解者がいないというのは、想像するのも嫌になってしまう。ボク(わたし)だって、リドル(かれ)がいなければ還っていただろうよ。

 だからまあ、彼女曰く。サバナクロー寮のマジフト場で、彼女の孤独を知って受け入れてくれていたことが嬉しかった、だったかな?

 グリムやエーデュース。トレイにケイト、担任のクルーウェル先生など。少ない人数ではあるが信用できる人々はいた。しかし、それでも世界や常識、知識や性別、種族の壁があり信頼することは難しかったのだという。

 心を預けるということが、彼女にとってどれだけ難しいことだったか。日々、彼らを頼らねば自身を守ることも難しい環境の中で、しかし安らげる場所があのような場所では、ねえ。家族と住んでいた家から、一人と一匹と三体のゴーストだけで広い寮で生活することになるだなんて考えもつかなかっただろうに。

 監督生に魔力がなくて良かった。もしも彼女に魔力があれば、オーバーブロットの可能性は誰よりも高かっただろう。

 

「あの、ここがよく分からなくて」

「どれだい? 嗚呼、中世の文化についてか」

「はい。えっと、向こう。私の住んでいたところでもこういう、似たようなものがあって」

「向こうの歴史の中で有名な文学や芸術などを、いくつかは知識として身につけているといったところかな?」

「そ、そうです。だから、ごちゃごちゃしちゃってうまいこと覚えられないなって……」

「なるほど」

 

 まあ確かに、ツイステッドワンダーランドの歴史を身につけても、向こうに帰るとなれば今覚えている知識を薄れさせるのも考え物だ。それは彼女と元の世界を繋ぐ糸。軽率に切ってしまえば、家族の元へ帰りたいと願う彼女がどのような変化を起こすかも分からないからね。

 嗚呼、そうだ。プリスクールやエレメンタリースクールの勉強はある程度進んでいるけれど、学年が上がるにつれて分かり難いといっていたっけ。彼女に合った勉強方法を考えなければいけないのか。

 

「監督生は、向こうでどうやって勉強していたんだい?」

「えっ? えーっと、そうですね。教科書と参考書を見るとか、問題集を解いて覚えるのって苦手で。だから、スマホにいくつか勉強用のアプリを入れて、それで一問一答を繰り返したり、動画を見たりしてました」

「ということは、今みたいな勉強方法は監督生にとって効率が良いというわけではないのか」

「あー、はい。そうです。でも、スマホ……持ってないし」

 

 学園長から配布されていない、ということか。気軽に連絡を取り合えないというのは、年頃の彼女に我慢をさせ過ぎちゃいないかい? その割に雑用を押しつけているようだし……。スマートフォンとそれ以外についても交渉をしないといけないね。ただまあ、学園長に任せなくとも解決策はある。

 ボク(わたし)が以前使っていたスマートフォンだ。今はイデア先輩に組んでもらった端末を使用しているため、使う予定もない。データ移行も済ませているため、イデア先輩に頼んで初期化とアップデートをしてもらおうか。使用料は学園長にもらうとしよう。

 

「それなら、ボク(わたし)が以前使っていたスマートフォンをあげよう」

「えっ!? で、でも通信料とか。その、私じゃ払えそうになくって」

「大丈夫。ツテがあるからね。それに、連絡手段はあったほうが良いだろう。スマートフォンがあれば、エースやデュースと連絡も取りやすいはずだ」

「じゃ、じゃあ。お、お願いしても良いですか?」

「嗚呼。早めに渡せるようにしておこう」

 

 そういえば、監督生は嬉しそうに笑った。

 まだまだ堅いが、ボク(わたし)に笑顔を見せるようになっただけ進歩というものだろう。前は睨みつけられてばかりだったからね。こうやって関わるようになるとも、思いもしなかった。

 

「さあ、まずは主要な文学について覚えるとしようか。作者の生い立ちや、作品の内容についてまで詳しく覚える必要はない。気になるなら、後日調べると良いさ。まずは基本の作者名とタイトルだね」

「うっ……、たくさんある」

「これでも少ないほうだよ。もう少し時代が進めば、覚えておくべき作品は増えるからね。それと、レジナルド・プリチェットの『旅情集』は読んでおくと良い。簡単にいえば、世界中を旅しながら書いた紀行文、旅行記というやつだね。世界中の文化諸々について挿し絵や写真つきで載っていてね、楽しみながら知識を身につけられると思うよ。エレメンタリースクール向けだと、『レジナルド・プリチェットの旅』という名前で絵本になっているから、君にはそちらのほうが読みやすいかもしれないね」

「その本って、ここにはあるんですか?」

「『旅情集』なら、歴史・地理の書架に並んでいるのを見たことがあるよ。『レジナルド・プリチェットの旅』はどうだったかな……」

 

 端末を開き館内の蔵書検索にアクセスすると、どうやら閉架書庫のほうにあるらしい。他にもいくつかオンボロ寮に置いていないエレメンタリースクール向けの本を見つけたため、ついでのまとめて司書のゴーストに取り寄せを頼んだのでおいた。数分のうちに持って来てくれるだろう。

 

「あるみたいだ。司書に連絡を入れたから、そのうち持ってくると思うよ」

「えっ、そんな簡単に?」

「そういうものだよ、ここではね」

「へえ……。凄い便利」

 

 それから五分と立たずに、司書が『レジナルド・プリチェットの旅』と数冊の本を持って現れた。確認を取れば、どれも閉架書庫に移ってから最後に貸し出されたのはもう数年前になるらしい。どうやら司書も監督生の状況を知っているようで、どうせなら勉強に役立てて欲しいと無期限で貸し出してくれるという。

 監督生は驚き、慌てていたが、この世界を知るためには役立つ本だと後押しすれば、頷いた。

 

「さあ、まずは……。そうだね。ブリトニー・コーツの『とびだす文化 -中世-』を読みながら進めていこうか。これは仕掛け絵本になっていてね、ツイステッドワンダーランドの中世において、特に有名な文学や芸術などが飛び出して来るんだ。文字を読んで覚えるよりも分かりやすいのではないかな?」

「へえ……!」

 

 ちなみにこれは向こうでいう、紙や布で作られた仕掛け絵本とは違い、魔法で映像や音声などが可視化されるタイプのものである。

 表紙を開いた瞬間、"Knowledge is power."の文字が監督生の目の前に飛び上がった。「知は力なり」ねえ……。確かに、今の監督生には必要なものだね。

 驚いた監督生がこちらに視線を向ける。

 

「こちらの仕掛け絵本というのは、魔術式が刻まれている物が主流でね。文字や絵、写真などが空中に浮かび上がり動き出す。音や声が収録されている物も多く、文字を読めなくとも知識を得ることができるため、子供だけではなく大人でも愛読している人は多いんだ」

「凄い……。えっ、これオンボロ寮に持っていて良いんですか?」

「グリムと一緒に読むと良い」

「は、はい! たくさん読みます!」

 

 嗚呼、短刀たちを思いだすなあ。




■用語
魔術式…魔法の術式。魔法式のほうが正しいのでは?という気づきを最近得た。

『血統の差違におけるオーバーブロット後の体調変化に関する調査』…オバブロに関するの論文の一つ。

レジナルド・プリチェット…薔薇の王国出身の故人。今でいう旅行ライターみたいな人。世界中を旅しながら書いた日記を撮りためた写真と共に『旅情集』として書籍化。エレメンタリースクール向けの『レジナルド・プリチェットの旅』という、『旅情集』を物語化した絵本もある。

ブリトニー・コーツ…輝石の国出身。『とびだす文化 -中世-』など、とびだす歴史シリーズの仕掛け絵本を多数制作。未就学で文字が読めない子供や、識字教育を受けていない者にも分かりやすいと人気。

仕掛け絵本…そのまんまイラストに描かれたものや、写真に写っているもの。文字や映像、様々なものが絵本の中から飛び出して来る魔法の絵本。小さい子にスマートフォンを与えるような感じ。
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