リドルになった元審神者とHL寮モブたちの平穏な日々 作:都月飴
「また怪我人が出たってさ」
「最近、怪我人が出るペース速くないか? 普段から誰かしら怪我してるけどよ」
「それな~~~~~」
「でも、マジフト大会の出場選手に選ばれた奴らが保健室に運び込まれる率高くなってないか?」
「あー、毎年この時期はマジフト関連での保健室利用者が多いって聞くけど、出場選手率が……なあ」
「ねえ?」
ハーツラビュル寮の談話室は、今日も寮生たちが集い賑やかだ。
最近の話題は今月開催されるマジカルシフト大会と、増え続ける各寮のマジフト大会出場選手たちの怪我について。まあ、これは他寮でも人気の話題ということで、寮の外でもよく耳にする話だ。
ナイトレイブンカレッジにおいて、怪我をする人は少なくない。一番怪我人が多いのは体力育成と飛行術だね。体力育成は主に陸上生活に慣れていない人魚がよく怪我をする。海と陸とでは体の動かし方が違うから、人の足でどうにか歩けるようになったばかりの赤ちゃん(概念)な彼らに、長距離を走らせようとするのがまず間違いなのだ。
まあ、バルガス先生も根性論なところはあるが面倒見はとてもよろしいので、人魚たちの場合、入学してから一ヶ月間は人間の体の動かし方を学ぶことになっている。
まあ、そうやって徐々に人の体に慣れていっても、なかなか上手くいかないのが飛行術なんだよね。
元々、人でも獣人でも箒で空を飛ぶことが苦手な人はいるし、個人差があるのはあたりまえなんだけど、よちよち赤ちゃん(概念)な人魚の多くは空を飛ぶことに苦手意識を持っている。
海を泳ぐように空を飛べば良いのではないかというのは簡単だけれど、海と陸とではかかる圧力が違うからね。それに水と空気とでは摩擦による抵抗の違いもあり、そこそこ飛べる
「こりゃもう、人為的というしかないわな」
「当事者たちは本人の不注意にしか見えなかったっつってたけどさ」
「毒草食ったポムフィオーレの奴のは、本人の不注意とは言い難いもんな」
「それな」
「催眠魔法をかけたにしては、本人たちは意識がハッキリしている状態で怪我を負ったといっているから、催眠ではないな」
「つーか、催眠魔法かけるなら本人の目の前に術者がいないといけねーじゃん。いや、それは使い手によるか」
「怪我した奴らは、みーんな気づいたらとか、無意識にとかいってるからなあ」
「仮に催眠魔法を使用しているとしても、複数人──仲間がいなければ犯人は早々に見つかっていただろう」
「つまり、複数犯」
「それしかないなあ」
「ただ、魔法を使用しているとしても、気づく奴は気づくじゃん。特に耳や鼻の良い獣人や鼻の良い人魚とか」
そう。獣人や人魚は鼻が利くのだ。それに獣人なら耳が良い者も多く、姿を消して魔法を使用していたとしても、認識阻害がかけられていたとしても、術者が未熟である学生の間ならば気づかれやすいのではないだろうか。
ナイトレイブンカレッジの生徒だからといって、全員が全員優秀というわけではない。誰にだって粗はあるものさ。ただ、闇の鏡に選ばれただけあって、ロイヤルソードアカデミーは別として、他校の進学校とされる魔法士養成学校の生徒よりも優秀ではあるだろうが……。個性の塊という点で残念感がプラスされているけどね。
「認識阻害に消音消臭担当もいる感じか? ユニーク魔法ってのはどうだ」
「うーん、ユニーク魔法ってなると操作性は置いといて、バリエーションが多いからなあ」
「ユニーク魔法が使用されているとなると、犯人特定は難しいだろうね。モノにもよるが、使用者以外にユニーク魔法を発動していることが気づかれにくい。相手のユニーク魔法について知っていれば何かしらの対策はできるけれど、現状は手詰まりといったところか」
「俺的にはサバナクローあたりじゃねえかと思ってる」
「あー、マジフト大会のリベンジ?」
「でもさあ、そんなんで他寮に迷惑かけないでくれって感じ。イグニハイドは分かんねーけど、マジフト大会で優勝したいのはどこの寮だって同じじゃん。いや、サバナクローは特にそうだと思うけどさ」
「でもだからって、下手すりゃ死ぬか一生モノになりかねん怪我負わせるか?」
「軽度だとしても怪我人を出しているならば、たらればなんて考えていないのかもしれないね。打ち所が悪くて死んでいたかもしれないし、体の機能を損なっていたかもしれない。人は簡単に死ぬということを理解しているのかな?」
もし、人の体を操ることのできるユニーク魔法を持つ者がいるとしてだ。その人は操られた側のことまで考えてるのだろうか。操られたその先に待ち受けるものがあるということを、知っているだろうか。
はあ……。今回の件は、個人の恨みが発端だろうか。それとも後ろ盾がいる?
審神者のころも、とある担当官が上司に逆らうことができず、担当する審神者に対して不当な任務を与えていた事案があった。他にも、単に担当する審神者のことが気に入らないというだけで給金を横領したあげく、借金と称して審神者から小判を巻き上げた奴もいたな。
ホワイトだのブラックだのピンクだのピュアホワイトだのグレーだの。政府関係者には様々な人間、時々人外もいたが、人というものは昔から愚かであるが故に愛しいのだとか平安じじいたちがいっていたなあ。
それにしても、死んだら地獄に行くと思っていたのに異世界に来るとは思っていなかった。
審神者は過去を守るために、敵を屠り、時代の荒波に飲まれた人々を何度も殺し続ける。直接手を下すことはなくとも、それを命じているのは
その命全てを背負うことはできないが、
嗚呼、この世界において戦争が遠き過去のものであることが、なんと幸せなことか。
「ローズハートくん」
「学園長? 何かご用でも?」
「ええ、はい。最近、マジカルシフト大会の有力選手候補とされている生徒たちが次々に怪我をしていることは知っていますね?」
「もちろん。ハーツラビュル寮の生徒もその中にいますからね。もしや、犯人が見つかったのですか?」
「おや、これが人為的なものであると気づいていたのですね。さすがはハーツラビュル寮の寮長だ」
「お世辞はいりませんよ。出場選手の選考前から授業以外での怪我人が増えていたことに寮生と話し合っていただけです。それで、どこの誰が犯人なのか……教えていただけますね?」
「嗚呼、恐い怖い。まあ、よろしいでしょう。犯人はサバナクロー寮の二年生、ラギー・ブッチくんです。ユニーク魔法によって、今回の事件を起こしているようですね」
「ラギー……。レオナ先輩か。サバナクローの寮生もグルですね」
「ええ、残念ながら。中には今回の事件に加担していない生徒もいるようなのですがね。嗚呼、困りました困りました。監督生さんに事態の収拾をお願いしましたが、彼女には魔力がありませんし」
監督生に、ねえ……。
彼女に魔力がないと分かっていながら、魔法が使えないと分かっていながら、この学園で唯一の女子生徒であると分かっていながら今回の事態の収拾をお願いするだなんて。本当に人の心が分からないカラスだな。
嫌いではないが、苦手意識が拭えない。
「犯人も元凶も知っていながら事態の収拾を人任せにするのは、お勧めしませんよ」
「ふふっ、そういわずに。これは彼女に対する試練なのです。魔力がないから魔法が使えない。しかし、この学園の生徒でありたいならばそれなりに努力はすべきです。ですが、最近の彼女の学習態度はどうにも見るに堪えない。魔力を持たない代わりに、魔法が使えるグリムくんと二人で一人の生徒として受け入れられたにも関わらず、魔法を使用する授業でグリムくんに魔法を使わないよういっているらしいじゃないですか」
「嗚呼、それについては聞いています。どうやら、グリムをただの猫扱いしているようですね。まるでペットのようだ」
「ペットだなんて! グリムくんは使い魔契約こそ結んではいませんが、人語を理解し使用できている時点で魔獣としては高等な存在です。まだまだ幼いですが、教育次第では立派な使い魔となるでしょう。そんな存在を、ペット!?」
「監督生さんは、プリスクールに通う子供が知っているような、この世界の常識や知識がありません。魔力についても、魔法についても、魔獣についても。何もかも知らない。しかし生徒として受け入れられたからには、ここの学習速度についていかなければなりません」
「ええ、ええ。その通り。彼女は何も知りません。そして私も、彼女の状態について理解不足でした。だからこそ、ローズハートくんから監督生さんの生活面における様々な提案を受けた時は、自分の余りの最低さに驚愕しましたよ!」
それはそうでしょう。何せ、オンボロ寮は人が生活できるような環境ではなかったのだから。そして彼女の置かれている状況も、この世界で生きていくには厳しい状態だった。だからオンボロ寮の改修工事や女性の日常生活における必要な環境と道具、常識や知識の差を埋めるために必要な基礎教育など様々な提案を学園長及び先生方に話したのだ。
あの子が女であることを隠さず生活していて良かったよ。もしも男装などして男と偽り生活をしていた場合、また違う提案をしていただろうから……。嗚呼、このカラスが性別詐称のための魔法薬を彼女に与えていなくて良かった。あれは性別を偽る際に便利なものではるが、副作用も代償も大なり小なりある。その点では、良い判断だと思えるよ。
はぁ……。彼女のことは苦手だし、
学園長が彼女に渡した魔導具、なかなか使用されているというじゃないか……。監督生、アレがなかったら雑用係の時点で体を暴かれていたかもしれないね。いくらこの世界の男性が女性に優しいとはいえ、怖すぎる。
「それで、どうするんですか?」
「どうする、とは?」
「サバナクローの扱いですよ。犯人も元凶も分かっていながら傍観するだけとは、教育者として、この学園の長としてどういうお考えなのか教えていただけますか? ただでさえ保護者からのクレームが多いといっていたでしょう」
「おやおや、ふふっ。厳しいですねえ。彼らの狙いはドラコニアくん。その狙いはディアソムニア寮から勝利を掴むことにあります。現時点でドラコニアくんが怪我を負うことはないでしょうが、大会当日が選手の入場行進がありますからねえ」
「なるほど。確実にマレウス先輩を狙うことができる場で……、観客を利用するつもりか」
「そうなるでしょうね。しかし……」
「彼らは、被害者となる得る人々への配慮に欠けています」
「ええ、その通り。しかし、大勢の観客をユニーク魔法で操るとなれば、ブッチくんの魔力だけでは到底足りないでしょう。ですが……」
「アズールと契約を結び魔法薬を手に入れているならば、ラギーの魔力量に問題はありませんね。ですがこの件でアズールを訴えることはできないでしょう。彼が事件を起こしたわけではないですし、幇助したというにはありふれた魔法薬ですから市販品を使用したといわれればそこまでです」
「成分を調べたとしても、限りなく市販品と同じものが出てくるように調合していそうですね。ですから今回は、アーシェングロットくんに関しては見逃すこととなります。まあ、彼は大会運営委員長として多くの結果を残していますから? それぐらいやってあげなくてはねえ。私、優しいので」
何を対価にアズールと契約を結んだのか。まあ、それを気にしていても
今考えるべきは、巻き込まれるだろう観客たちの保護。大勢の人々の動きを操れるとなれば、巻き込まれる観客の数も多いだろう。それも老若男女関係なく。正気とは思えない。しかし、最悪の状況を前提に考えなければ……。
「マレウス先輩の手を借りましょう」
「はい?」
「マレウス先輩ならば、どれだけの観客がいようと死者をさせることなく保護することはできるでしょう」
「確かに。ドラコニアくんならば可能でしょうね」
「万が一を考えて、他のディアソムニア寮の選手たちをケイトのユニーク魔法で代役を立てれば選手側の被害も少なくて済みます。ただし、怪我や精神的なストレスまで防げるとは思いません。マレウス先輩を除いたディアソムニアの選手には、騒動後の観客の保護や誘導、怪我の治療やストレスケアの対応に回ってもらいましょう。うちの寮生たちにも騒動のことはぼかしながら、万が一を想定した場合の行動について説明しておきますので、保険医や医者、カウンセラーなどの配置はお願いします」
「ダイヤモンドくんですか。……そうですね。では、そのように。ドラコニアくんへの説明は私がやっておきましょう」
「リドルくーん」
「おや、ケイトにトレイ。どうしたんだい?」
「見かけたから声をかけてみただけ! 三年生の教室に何か用でもあるの?」
「嗚呼、トレイに用があってね」
「俺にか?」
「うん。今日のマジカルシフトの練習なんだけど、
「分かった」
「遅れるって、何か呼び出しでもあったの?」
「ハーツラビュルの寮生から、また怪我人が出ただろう? その見舞いに行こうと思ってね」
「ん、そっか。じゃあ、三年代表リーダーのトレイくんと練習始めておくね~!」
「頼んだよ。じゃあ、また放課……っうわっ!?」
「リドルッ! 危ないっ!」
体の自由が一瞬奪われた感覚がした。
階段を踏み外し、重力に沿って前のめりになる。次の瞬間、お腹に誰かの手が回り、抱きかかえられ、そのまま一緒に数段下の踊り場まで落ちた。見上げればそこに、脂汗を流し表情を歪ませたトレイの顔がある。
「リドルくん! トレイくん! 大丈夫!?」
「あ、嗚呼。
「っぐぅっ。だ、大丈夫だ。心配しなくて良い」
嗚呼、これは──何度も見たことがある。
「怪我を、したんだね」
「ええっ!? それじゃあ早く保健室に連れて行かなきゃ。トレイくん、立てる?」
「っ、嗚呼。立てる、ぞ」
「無理をしなくて良い。ケイト、浮遊魔法でトレイを浮かせるから肩を貸してくれないか?」
「了解! 任せて~」
「ちょ、おい。ケイト。リドルも、大げさだ。俺は大丈夫だから。一人でも歩けるって」
「如何にも無理してますって顔で、そんなこといわないの。ほら、肩貸して~」
「トレイ」
「はぁ……。分かった」
会話の途中、周囲に視線を向ければ遠くにラギーとサバナクローの寮生たちの姿が見えた。嗚呼、そうやって小柄なラギーの姿を隠してユニーク魔法による怪我人を増やしてきたわけか。そうか、そうか。なるほど。君たちはそういう奴なんだね。
ラギーと視線が交差する。残念だったね。
戦い方は千差万別。馬鹿正直に正面突破するも良し、左右から包囲するも良し、背後から奇襲するも良し、裏をかいて中から崩すも良し。積み上がる犠牲の山すら呑み込み、この身を赤く染めることを許し、ただ勝つために進むというならば、その覚悟を認めよう。
対して
この
うちの寮生に怪我を負わせたんだ。狩られる覚悟は、おありだね?
「失礼しまーす」
「クローバー先輩、大丈夫ですか?」
「おう、眼鏡! シケたツラ拝みに来てやったんだゾ!」
「トレイ先輩、大丈夫ですか!?」
「あれ、エーデュースコンビじゃん。それにグリちゃんに監督生ちゃんまで勢揃いで」
「トレイ先輩の怪我したって聞いたけど、どんなカンジなんすか?」
「嗚呼。階段から足を踏み外したんだ。受け身をとりそこねて右足を派手にやっちまった。しばらくは松葉杖生活だな」
「えっ! それ、わりと重症じゃないですか」
「松葉杖だなんて。マジフト大会はどうするんですか?」
放課後。トレイの部屋に向かえば、どうやらエースとデュース、グリムに監督生が来ているようだった。これは、部屋に入らないほうが良いだろうね。怪我人の前で騒がれては面倒だ。
仕方なく談話室へ向かえば、スマートフォンが震える。どうやらマジフトの練習はディーとダムが主導し、滞りなく進んでいるようだ。うん、トレイが怪我をしたと聞いて慌てている子もいたようだけれど、この様子なら今日中にトレイの代役が決まるだろう。
しかし、選手登録期間はすでに過ぎているから、補欠の追加はできないね。まあ、これ以上怪我人が出た場合はアズールと交渉して追加するとしよう。
──ポタッ。
──ポタタッ。