リドルになった元審神者とHL寮モブたちの平穏な日々 作:都月飴
うねる荒波のような人々の群れが、マレウス先輩に向かって駆ける。老いも若いも関係なく。ただ、ナイトレイブンカレッジの寮対抗マジカルシフト大会を楽しみに来ただけの無辜の民が。
ラギーのユニーク魔法によって操られ、走り出した人々。それに巻き込まれるようにして、同じく走り出すか、または怪我を負う人々。その数は、マレウス先輩の元へ群れの先頭が近づくほどに増えていく。
視線の先、ディアソムニア寮の代表選手陣の中央に立つマレウス先輩が、マジカルペンを構えた。
『リドルくん、今だ!』
「かかれっ!」
ディアソムニア寮生に擬態するケイトから、連絡が入る。それと同時に寮生たちへ声をかければ、マレウス先輩の遅延魔法によって一時的に体の動きを制限された人々の目の前に人間大のクッションを召喚した。
巻き込まれた人々があまりに多く、マレウス先輩の遅延魔法が効いている内にと次々にクッションを召喚すれば、騒動に巻き込まれずにいた生徒や観客も同じようにクッションを召喚してくれた。結果、様々な大きさや色とりどりのクッションと、それに包み込まれるようにして倒れ込んだ人々が地上に広がるというなんとも地獄絵図。
しかし、
「ハーツラビュル寮生は、巻き込まれた人々が怪我を負っていないか識別し治療にあたれ! 無傷の人はディアソムニア寮生に誘導してもらうよう頼んでいる!」
「「「「「はい、寮長!」」」」」
学園の各場所に配置したハーツラビュル寮生、ディアソムニア寮生たちが一斉に動き出す。それに合わせて、各寮の協力者も動き出した。
怪我人の識別を行い、治療が必要でなくパニック状態にも陥っていない人はディアソムニア寮生が観客席へと誘導。また擦り傷程度であれ、軽傷と判断された人は本来なら自己治癒が望ましいが、緊急事態ということで各寮生や治癒魔法を使用できる人々が次々に治していく。
軽傷以上であれば保険医や、観客として訪れていた医療従事者へ協力を仰ぎその場で治療を施していく。また怪我を負っていなくとも、パニック状態に陥った特に幼い子供や老人、妊婦などの対応を保育従事者や介護従事者、カウンセラーなど心理業務従事者らが行う。
王族や貴族、富裕層からも支援が来ているようだ。
しかし、中にはその様子を嬉々としてスマートフォンやカメラなどで撮影している者の姿もある。嗚呼、なんと不快な奴らだろうか。
「イデア先輩、情報規制はどうなっていますか」
『各放送局やSNSとかの情報配信系統のジャックは成功。あとはSNSのジャミングと同時進行でマジフト大会に関係あるやつは、片っ端から適当な広告に変更するようプログラム組んどいたから削除するかどうか考えなくても良いようにしてる。嗚呼でも、録画行為までは対処できてないかな。こっちからハッキングして保存動画の削除することはできるけど、手が足りてない感じ』
「分かりました。では、スマートフォンやカメラなどで動画や写真の撮影をしている人たちを補足し、ドローンを経由して学園内に設置されたモニターで晒しておいてください」
『ヒエッ。そこまでやっちゃう? まあでも、大なり小なり怪我人が出ている中で学生が率先して怪我人の識別や処置に誘導までやってるのに、自分の娯楽のためにカメラを回しちゃってるんだから学園内だけとはいえ晒しちゃっても問題ないでござるな。ハイ、補足終了ー。余裕っすな。うっわ、パパラッチ多過ぎな件について。マ、これなら今から流しても問題ないよね』
「ないですね」
『ほいほい。じゃあ、ポチポチ~。名前と身分もしっかり晒しちゃおうねぇ。じゃ、リドル氏。また何かあったら、拙者に連絡をくだされ~』
「はい。ありがとうございます、イデア先輩」
イデア先輩との通信を終えたところで、ケイトからの通信が入る。
場所はサバナクロー寮。その場にはエーデュース、グリム、監督生、ケイト、リリア先輩にシルバーとセベクがいるようだ。
『リドルくん、ちょっとヤバイ展開かも』
「どうしたんだい」
『レオナくんがサバナクロー寮生と仲間割れ? みたいな』
「仲間割れだって? いや、良い。すぐに行くよ」
『できれば、速めに来て欲しいかな~!』
何やら不穏なことをいうね、ケイトは。
「ディー、ダム!」
「どうした、リドル」
「どうしたの?」
「サバナクローで何かあったようでね。ケイトから連絡が入った」
「ん、行くのか」
「嗚呼。この場の指揮は任せていいかな?」
「もちろん、任せてよ」
「行ってこい」
「よろしく頼むよ!」
現場の指揮をディーとダムに任せ、座標魔法と転移魔法が刻まれた手鏡を地に叩きつける。サバナクロー寮には何度か立ち入ったことはあるけれど、時空の果てに座標がズレてしまってはいけないからね。安全性を優先し鏡舎へと移動し、嫌な雰囲気を漂わせるサバナクロー寮の鏡へ飛び込んだ。
「嗚呼、嫌な空気だ」
──ポタタッ。
サバナクロー寮のマジフト場に向かえば、砂塵渦巻く地獄と化していた。
砂に触れた先から体の水分が奪われていくのが分かる。
「これが俺のユニーク魔法……『
「レオナ……さ……っ苦し……ッ!」
レオナ先輩の近くに立つラギーの腕にヒビが入る。
嗚呼、なんと。貴方はどうしてそこまで民を傷つけるというのか。同じサバナクロー寮生であり、同郷の後輩であるラギーまで。
「
「ぐっ……、クソがぁ!」
一度かけた
「リドルくん!」
「ふな゙っ!? リドルの首輪が弾かれた!」
「リドルか。秀才だかなんだか知らねぇが、年上をナメるなよ。生憎、俺は防衛魔法の成績がいいんだ」
「肝に銘じておくよ」
「はは! どうだ、ラギー。苦しいかよ。口の中が乾いちまって、お得意のおべっかも使えねぇか?」
「それ以上いけないわ! 彼から手を離して!」
監督生が叫ぶ。しかしレオナ先輩は彼女に視線すら向けなかった。
このままではラギーの命に関わる。レオナ先輩から離さなければいけないね。
「それほどの力がありながら、何故こんなことを?」
「何故……? 理由なんか聞いてどうする。俺を叱って、慰めてくれるって? 実力があったって、努力したってどうしようもねぇことがこの世の中にはいくらでもあんだよ。現にラギーはこの俺に手も足も出ねぇ。可哀想に。憐れだよなあ……」
だから、どうしたというのだろう。
実力があろうと、崩れ落ち、消え去る審神者や刀剣男士の姿はたくさん目にしてきた。努力しようと、実を結ばず落ちぶれる審神者や刀剣男士の姿もたくさん目にしてきた。だから、何だ?
確かに
実力さえあれば、下から這い上がることはいくらでもできる。反対に、実力がなければ家柄や地位に関係なく落ちるに落ちた。審神者として
また審神者の力を持ちながらも刀剣男士を顕現できない者、特定の刀種や刀派しか顕現できない者、鍛刀ができない者や手入れができない者、刀装が作れない者なども少なからずいた。けれど、その人たちは一般的な審神者業ができないにしても、それぞれの得意な分野で力をつけて生きていたのだ。
ただし、そうであってもどうしようもないことがあるのは、世の常である。
しかしどうして、レオナ先輩は自分を慕う者たちを虐げるのか。サバナクロー寮生のみならず、マジフト部の後輩たちなどから慕われ、尊敬されているというのにも関わらず。
何故、このような事件を起こしたのか?
きっかけは、マジフト大会でのマレウス先輩による蹂躙。有力選手たちへのスカウトが消え、将来に悩む寮生の姿。続く黒星。先の見えぬ未来。ラギーのユニーク魔法による各寮有力選手候補の怪我。そして、無辜の民を巻き込んだ先にあるもの。
「──もうやめねぇか!! 『
「アレは」
ジャック・ハウルが白狼に変化した。また珍しいユニーク魔法を持っているようだね。
駆けだした先にはラギーを捕まえたままのレオナ先輩がいる。そのままレオナ先輩に体当たりをしたジャックは、レオナ先輩の緩んだ手からラギーを奪い去った。
隙だ。
「
「ぐあぁっっ!!」
さて、これで落ち着いて話を聞いてくれれば良いのだけれど……。
嗚呼、嫌な気配だ。
ジャックによって救出されたラギーの体は、酷いものだった。
極度の脱水症状に加え、体の至る所にヒビが入っている。エーデュースが治療にあたろうとしたが、彼らが使えるのは簡単な治癒魔法ばかり。更に二人の近くには魔法への対処法が最低限の魔法具のみという監督生がいるのだから、ケイトに足止めをしてもらった。
さすがはケイト。よく見ているね。視線を交わすだけで、こちらの意図を読んでくれるとは……。
他の怪我人はディアソムニアが対応してくれるようだ。
「がはっ! ゲホゲホッ……!」
「無理をしないほうが良い」
「リ、ドルくん……ゲホッ」
ラギーの周囲に結界を展開。結界内において砂塵の除去。ひび割れた肌には血が滲んでいる。それを治癒魔法で塞ぐと同時に、脱水症状を抑える魔法薬を水魔法で薄め、結界内で気化。呼吸、またその場にいるだけで魔法薬を体に取り込むことが可能だ。喉もやられているようだから、普通に飲むよりも楽だろうし。
まあ、不味い空気が周囲に漂っている状態になるのだけれど……。我慢してほしい。
「クソが……っ! ライオンであるこの俺に、首輪だと……!? ジャック! テメェ変身薬なんてご禁制の魔法薬どこで手に入れた?」
「『
「は……。魔法で本物の犬ッコロになれるって? そいつぁユニークだ。本当にな!」
何やらまた言い争う声が聞こえてくるが、優先するべきはラギーの治療だ。
ひび割れた肌を、まじないが書き込まれたスクロールで包帯のように覆う。このまま傷を晒しておけば、せっかく塞いだ傷からまた血が出るだろう。本当は治癒魔法で治したいところだが、下手に治療を行えば医者でも看護師でもない
インカムから聞こえる情報では、向こうはほぼ終わりというところか。ただ、カウンセリングにかかる人の数が予想よりも多いようで入場行進も中断したままのようだ。そのほうが都合が良い。こちらの騒動が治まるギリギリまで、引き延ばしてもらおう。
「イデア先輩、そっち、できるだけ長引かせてください」
『りょ。懲りもせず撮影、録画、録音してる人らの端末で遊んどくよ』
嗚呼、可哀想に。
匿名掲示板において不特定多数に個人情報を晒されてしまうんだね。それに気づければ良いのだけれど……。まあ、自力で気づけはしないだろうねえ。
「フン。お主のような男には、王冠よりその首輪が似合いじゃ。サバンナの王者のライオンが聞いて呆れるわ」
「……あぁッ!?」
「お主は持って生まれた才や順序のせいで王になれぬと嘆いておるようだが……。報われぬからと怠惰に生き、思惑が外れれば臣下に当たり散らすその狭量さ。その程度の器で王になろうなどと……。我らが王、マレウスと張り合おうなどと、笑わせる。たとえマレウスを倒したとて、その腐った心根を捨てぬ限り……、お主は真の王にはなれんだろうよ!」
王とは、何か。レオナ先輩が求める王とは、なんだ?
どうしてそこまで王という地位に縋るのか。しかしけれど、その割に諦めが早い。何故? どうして結果を求めておきながら、過程が崩れた時点ですぐに手放すのだろう。
別の過程を探し、辿り、結果を出せば良いのではないか?
嗚呼、しかし。レオナ先輩の身分を考えれば、その結果も、過程も、努力すらないがしろにされてしまう可能性が高いのではないだろうか。
夕焼けの草原は世襲王制。それも絶対的長子継承制であったはずだ。故に現王はレオナ先輩の兄であるファレナ国王であり、現在の王位継承順位一位はファレナ国王の第一子となっている。ファレナ国王の第一子は王子であるため、レオナ先輩の身分は第二王子のまま。推定相続人である期間もなかったはずだ。
もし、もしも……。レオナ先輩の努力も過程も結果も、認められることなく過ごしてきたとすれば?
レオナ先輩が嗤う。
「俺は絶対に王にはなれない…………。どれだけ努力しようがなァ…………!」
地が揺れ、空気が震える。レオナ先輩を中心に、嫌な力が渦巻く。
これは、
「この邪悪な負のエネルギー……、まさか!」
「皆、伏せろ!」
「俺は生まれた時から忌み嫌われ、居場所も未来もなく生きてきた。どんなに努力しても、絶対に報われることはない。その苦痛が、絶望が……お前らに分かるかぁアアアアアアアッ!」
兄を殺してまで王位を手に入れようとしなかったのは、そういうことか。