リドルになった元審神者とHL寮モブたちの平穏な日々 作:都月飴
荒れ狂う砂塵の暴力。サバナクロー寮のマジフト場を支配する気配は重い。
レオナ先輩の背後には、顔がインク壺のような姿をしたライオンのような何か。ドロドロと黒いインクを滲ませるソレはブロットの化身というやつだろう。いまだ研究が進まぬオーバーブロットについての論文を幾つか読んだことはあるものの、ブロットの化身について分かっていることはほぼゼロといっても良い。
その発生条件を満たすにはオーバーブロットが必要で、化身の姿は個人で違うということまでは分かっているようだが、それだけだ。しかしそれ以外についての研究は進みつつあり、オーバーブロットが起きれば保有する魔力を垂れ流した状態となることは……いや、待て。何故、レオナ先輩はオーバーブロットした?
レオナ先輩は夕焼けの草原の第二王子ということもあり、血筋柄魔力の量が多く、質も最高品質といっても過言ではない。妖精族は省くとして、現状余裕が見えるその姿からもそうであることが分かる。ならば、どうして?
定説では一定以上のブロットが溜まることにより、オーバーブロットは起こるとされている。ブロットは日常生活で使う程度であろうと、魔法を使うことによって溜まる不純物だ。魔法石を見れば分かるが、魔力量の少ない者が持つ魔法石はブロットによる染みができやすい。つまり、そういう者たちほど魔法の使用頻度について考えることが多く気をつけて生活しているということになる。
しかし逆に、魔力量が多い者はブロットによる染みができにくく、使用する魔法にもよるが日常生活を送る程度のことならば気にすることなく過ごしてしまう。だからこそ、魔力量の多い者のほうがオーバーブロットの危険性が高いとされているのだ。実際に過去、オーバーブロットを起こした者の多くが魔力量の多い者たちであったというデータが残っている。
しかし、レオナ先輩は第二王子。忌み嫌われて居場所もなく過ごしてきたとはいうが、
合同授業でペアを組ませてもらっているが、レオナ先輩が教科書を開く姿はほとんどない。それにも関わらず、的確なアドバイスをすることができるレオナ先輩は、どれだけ努力してきたのだろうね。やる気があれば、学年トップの成績を取ることも可能だろう。まあ、そんなやる気があるとは思えないが……。
嗚呼、違う。そうじゃない。
だから、そう。レオナ先輩はオーバーブロットについての知識も身につけているはずなのだ。普段からそれほど魔法を使う様子も見せないが、実際、使わずとも生活はできているのだろう。逆にレオナ先輩のお世話係として動いているラギーのほう、が……?
どうして、この騒動でユニーク魔法を乱発していたラギーの魔法石にブロットがほぼ溜まっていないんだ?
ラギーはスラムの出身だ。スラムの出身でこの学園に入学を許可される者は少ないのだと、学園長から聞いたことがある。それは魔力量もさることながら、魔力の質も平均より劣っている者が多いという理由からだ。というか魔力を持たない者のほうが多いといえば良いのか。
つまり、ラギーが元々保有する魔力量はスラムの中では多いにしても、一般的に見れば平均前後。どちらかといえば平均よりも下だろう。隔世遺伝でもあれば、魔力量の多い者が生まれることはあるだろうが、その様子はない。
本来ならばオーバーブロットするのは、ラギーだったのではないだろうか。先程のレオナ先輩の言葉に、ラギーは絶望していた。尊敬、思慕、憧憬。王族や貴族など金持ちは嫌いだという中で水からの王であると認めたレオナ先輩から拒絶されるというのは、どれほどのことだろう。比較対象が
「グリム、炎を! エースは風、デュースは大釜を! 攻撃を避けながらとにかくいっぱい投げつけて! ジャックとケイト先輩、避けてっ!」
さて、考え込むのはここまでにしよう。
今やるべきことは、着々とレオナ先輩の命を削るオーバーブロットを収めることだ。
ラギーの治療のために結界と、前戦で攻撃魔法を使用するケイトとエーデュース、グリムとジャックに防御魔法をかけているが、このままではジリ貧だろう。ケイトは実践魔法が得意というわけではないし、エーデュースとグリムは喧嘩っ早いがそもそも入学して数ヶ月の一年生。ジャックも同様で、そもそも命の危機に瀕することが滅多にない一般人とどんな生活を送ってきたのか分からないモンスターが、常に死と隣り合わせにいるだろうレオナ先輩にそう簡単に勝てるものか。
彼らに指示を出す監督生は、魔法が使えないから指揮官という立場にいるものの、拙い。むしろ、彼女の指示によって逆に危険に追い込まれているところさえある。嗚呼、口惜しい。
「リド、ルくん……」
「っ、ラギー。気がついたのかい!?」
「っぐぅ、レオナさ、は?」
「まだオーバーブロットしたままだ。このままでは、命を削り始めるだろうね」
「そん、なっ。……けふっ。だっ、たら」
「君が、動くというのかい?」
「シシシッ。あんな、んで、も。うちのおーさま、なも、んで……っ」
一時、気を失っていたラギーが目を覚ました。
その視線の先には、いまだオーバーブロットしたままのレオナ先輩がいる。嗚呼、もう。本当に、どうして付き従うモノっていう奴は、皆こうなのだろうね?
神格をなくし、堕ちた身でありながら、自らを顕現した主に付き従い続ける彼らを思い出してしまうよ。その身が朽ちようと、主の側にあり続けようとした彼らを……。
「分かった。
「りょーかい、ッスよぉ。リドルくんっ」
ラギーの周囲に展開していた結界を圧縮し、限界まで縮んだところで解除した。脱水症状を抑える魔法薬を、無理矢理ラギーの体に浸透させるには圧力をかけるのが一番だからね。
「オ゙ェ゙エ゙ッ゙! ちょ、クソまっっっっずいんスけどぉ!?」
「さっきまでは水魔法で薄めていたけれど、ソレが本来の濃度の味なんだから仕方ないだろう? さあ、行くよ! ユニーク魔法は使用しないように」
「嗚呼、もう! 分かったッスよぉ!」
ラギーが前戦へ向けて駆け出す。
前戦では
グリムとエーデュースの攻撃は力押しで単調。火力は高めだが、射線が分かりやすいため、レオナ先輩からすれば簡単に避けられるものであった。ジャックも頑張っているようだけど、どちらかといえば監督生の防御に回りがちだ。これは、ジャックを前戦で集中できるよう配置し直したほうが良いね。
監督生はどうにか指示を出しているが、顔色が悪い。魔法という未知の力による暴力は、彼女にとって恐怖を感じるあり得ない力なのだろう。そりゃあそうさ。なんたって、
だから余計、死を近くに感じることとなる。声は震え、今にも泣き出しそうだ。
「ラギー、右側面からゼロレイ! 打ち込むと同時に回避。攻撃を見極めながら続けろ! ケイトはラギーが回避すると同時にフォレスト、ファイアを交互に打ち込め! デュースはケイト側に来た攻撃を排除しつつ、大釜でレオナの行動を邪魔するんだ! ジャックはレオナの撹乱をしつつ攻撃! エースとグリムはここまで下がってジャックの補助に回れ!」
「了解ッス!」
「りょーかい、リドルくん!」
「はいっ!」
「任せろ!」
「あーもうっ、この攻撃の中戻れってーの!?」
「分かったんだゾ!」
「えっ……! アンタッ」
監督生よりも一歩前に立ち、前戦へ指示を送る。レオナ先輩の攻撃魔法の属性を見るに、水魔法はそう効かないだろう。
顔色を悪くしたまま、背後から
「怖いだろう」
「っ、だ、だったら何!?」
「魔法のない世界から来て、こんなことに巻き込まれたんだ。本来なら、君は元の世界で家族や友人と共に変わらぬ日常を過ごしていたかもしれないというのに」
「ぁ……」
「知らない世界でたった一人。魔法なんて訳の分からない力を使う治安の悪い男子校で唯一の女性。他の寮と比べると、お世辞にも状態が良いとは言い切れないオンボロ寮での生活。頼れる人はいても、信頼できる人がいない場所で、君なりに必死に生きてきたんだろう?」
「そ、れは。だって、だって……っ!」
「君はそれ以上、前に出ないように。巻き込まれたくなければ、目を瞑り耳を塞いでおくと良い。これは
口をハクハクと動かしてはいるが、言葉は出ないようだった。けれど、監督生の頬には涙がつたっている。それだけで、彼女の精神的な負担がどれほどのものか理解できた。これは、レオナ先輩にしても彼女にしても、長引かせるのは酷だ。
ならば、そう。やるしかないね?
『そうだね、
──ポタッ。
──ポタタッ。
──ベチャッ……。
ドロリと、足下に広がる黒はまるで茨のよう。
監督生にソレが近づくよりも速く結界を張ってしまえば、それを避けて茨は地を這う。目を瞑る暇もなく、自分自身に迫り来るソレを目にした監督生が叫び声を上げたことで、彼らは背後にいる
嗚呼、ほら。レオナ先輩から目を離したら危ないだろう。彼らに迫り来る攻撃を弾くために、防御魔法の上に反射魔法をかける。
「リドルくん!? 嘘でしょっていうか、デュースちゃん危ない!」
「すみませっ、ってリドル寮長!?」
「ちょ、アンタまで闇堕ちバーサーカーになるとか冗談じゃないんだけど!?」
「くそっ、何が起きてるっていうんだ!」
「あーあー、レオナさんの相手だけでギリギリなんスけどぉ!? オレのサポートをするっていうのはなんだったんスか!」
「監督生ー! 早くそこから離れるんだゾー!?」
「うそ、嘘ウソ! ねえっ! アンタ、なんでっ」
茨が
嗚呼、駄目だ。それは駄目だよ。その攻撃は、ユルサナイ。無力な監督生を狙うだなんて、最低だね。
『準備は良いかい?
「勿論さ、
拍手を一拍。風が渦巻き、砂を巻き込む。
彼らのもとに攻撃が届いていないことに、レオナ先輩が苛立っている。結界と防御魔法、重ねがけした反射魔法が受ける攻撃の威力が上がっているようだが、その程度で術式が壊れるわけがないだろう。それは私が、
ソレは
「タニャタ・イテイ・ミテイ・シテイ・ビキャナセンテイ・バダヂ・ソワカ」
茨が絡み合い人型を作り上げると、幾多の白き薔薇が咲き、赤へ、そして黒へと染まる。
おはよう、
『おはよう、
荒れ狂う砂塵の中に黒き薔薇の花びらが舞い、
まあ、今はそんなことを気にしている暇はないか。
炎が迫り来る。しかし、
「ガルルルルルッ!!!」
「やっぱり強いねぇ、
『ありがとう、
どうやら、レオナ先輩が
その間も攻撃を受ける結界と防御魔法は解ける様子もなく、反射魔法によって逆にレオナ先輩が防御に回っている。彼らが監督生の元へ合流すると同時に結界を張り直した。これで、
「
『
「
『
「これ以上、命を削らせはしないよ。レオナ」
『覚悟はできたかい?』
返答を待つことなく、
マジフト大会の開会も迫っているんだ。さっさと終わらせてもらうよ。