「という事で明日からは春休みです。羽目を外さず安全に風邪をひかずに健康で元気な四年生として……」
先生からの
成績に関してはまぁまぁ良いのだけれど、お片付けに△が付いているのが納得できない。
大体汚して帰るのは他の友達なので付けるならそいつらについていて欲しい物だ。
…いや、遠目で見えたけど普通に△ついてた。良かった。
「それでは東さん、号令お願いします」
「はーい。きりーつ…れいっ!さようなら!」
『さようなら!』
「はいさようならー!」
号令に合わせて挨拶をして、小学三年生が漸く終わる。
…良かった、どっかの世界みたいに一生三年生だったらどうしようかと…なんて、毎年感じている謎の恐怖に怯えつつランドセルを背負おうとして…
「あっ!衣ちゃ…」
「衣ちゃん一緒に帰ろー?」
「はーい」
お隣のクラスの方から呼ばれた気がして振り返ったが、其処には私の友達である香苗しかいなかった。
…そのことに少しだけ首を傾げながらも、提案自体は有難いので頷いた。
「明日から春休みだけど、やりたい事って決まったー?」
「…やりたい事ですか?」
ランドセルを背負いながら問いかければ、香苗は少しだけ首を傾げた後に…
「この後竜王を消し飛ばすって話したよね?」
突然ゲームでも聞かないような一言が聞こえ、私は思わず表情が固まった。
…あれ?そんな話してたの?全く別人に話してません?それ…
でももしかしたら私に対して話してたかもしれないし、取り合えず頷いて…
「そ、それって九頭竜八一さんの事ですか!?」
おこうとした矢先に、あまり見覚えのない少女から話しかけられた。
竜王と言ってもそっちだったのかなんて考えながらも、私は隣の香苗の返事を待つ。
「そうそう。最近11連敗してるって噂の竜王」
「名前に入っている9も8も超えてそろそろ言い訳も出来ないとかネットで散々な事言われてる竜王さんの方でしたか」
中学生で竜王になる。
一時期は不正やらなんやらを疑われたが、これからの戦いで実力を見ていきたい。
…みたいな事を考えた矢先に10連敗だ。そういえば今日も大会だったがどうだったのだろう?
「あ、今日は勝ってますねはい」
「あれ?携帯持ってきてるんですか?」
「えっ?今日勝ったの?」
隣に居た少女が私の手を繋ぎ、反対側に持っていた携帯を見つめる。
それを見た香苗が私の方を見て頬を膨らませながら携帯を持っている手を見つめてくる。……いや、どうしようもないんだけど?
「えぇまぁ。…色々事情があるんですよ」
「…事情?」
「……それは兎も角として、恩返しは成功したんだね」
「らしいですね。…まぁ、公式戦ではないので連敗記録は更新中なんですけど」
そんな事を言いながら私は携帯を仕舞うと、すぐにその手を香苗が奪って指を絡めた。
それを見た少女が頬を膨らませる…といった可愛い事はせずに笑みを浮かべながら…私の指を同じ様に絡め始めた。
それと同時に私達は駅に辿り着き、其処を素通りせずにそのまま駅構内に入って、色々準備をしてからサンダーバードに乗り込んで……ぇ?
「あ、あの?御二人共何処に行くんですか?というかどうして乗り込んだんですか?」
「?竜王倒しに行くからに決まってるじゃない」
「わ、私は弟子になって…ごにょごにょ……」
「…あの、住所知ってます?」
「それは大丈夫です!旅館に来た時にちょろっと誤魔化して覚えましたので」
「……え?」
突然犯罪行為をゲロった少女を見つつ、私は少しだけ香苗の方を見つめた。
…それと同時に香苗が視線を逸らした。どうやらこっちは大阪住というだけでやって来たらしい。
阿保かな?
「…そういえば自己紹介してませんね。改めて自己紹介しますか」
「……え?ああ…そうね」
「そ、そうですね…」
…何か凄い雰囲気が重くなった気がする。
もしかしてもう自己紹介体育の合同授業とかでやってたりしました?……あれ?私が覚えてないだけだったりします!?
「……わ、私の名前は
「…えっと…てんい…?」
「次行くわよ」
無視するんだ。
この状況で唯一竜王の手がかりを持ってる人を無視しちゃうんだ香苗。
…いや、私はすぐに帰っても良いからそれでも良いんだけどさ。
「私の名前は白石香苗。この中では一番凡人よ」
「凡人って、普通に将棋上手いじゃないですか。テストでも7割取ってますし普通に天才の部類だと思いますよ?」
「…9割取ってる人が言うと嫌味ね」
寧ろ二度目の人生で9割しか取れない現実に笑う事しか出来ない。
多分一周目の三年生は30点とかしか取れなかった気がするし…はは。本物の凡人って辛いんだよなぁ。
…後見知らぬ人を天才扱いするのも吃驚だ。香苗は自分の力に自信を持っていた気がする。
「……えっと、最後ですね。私の名前は雛鶴あいです」
「雛鶴…えっともしかしてひな鶴の…?」
「はい!ひな鶴は私の両親がやってるんです!もしかして泊まった事があるんですか?」
「いえ。唯偶に良い所だと聞いていますね。ご飯がとても美味しいとか」
私の一言を聞いて嬉しそうな表情を浮かべたあいちゃんが、私の手に両手を合わせて手を振り始める。
それを見た何人かの乗客がぎょっとしたような表情を浮かべるが、許してくれ。
「そうなんですよ!私も実は両親から教えて貰ったので料理には自信が…!」
「えっと此処、電車の中なので…ごめんなさいしてから小さい声で喋りましょうね?」
「…あっ!ご、ごめんなさい……」
私の一言を聞いて大きな声で謝った後に、私の肩に頭をのせてランドセルから本を取り出した。
…というかこの人達は両親に連絡をしているのだろうか?
……絶対してないな。だってもししてたらランドセルを持ったまま電車に乗らないだろうし。
「……捜されるんですかね」
「……衣?」
不安そうな声を聴いて、香苗が小さく首を傾げながら私の方を見つめた。
…それを見て私は苦笑しつつ香苗の頭を優しく撫で続ける。
「んっ…」
「何か困った時は私の名前出してくださいね。その程度の評価はある筈ですから」
「…どういう事?」
香苗が少しだけ不満そうな表情を浮かべながら私の方を見つめるのを見て、私は思わず苦笑しながら頭を撫で続ける。
その感触に浸って、嬉しそうに私の手に頭を擦り付けてくる香苗を見ながら…私は現実を逃避するようにあいちゃんの方へ目を逸らす。
…というかあいちゃんその本何?詰将棋にしてもおかしいレベルだよね?
実際に適当な盤面から王将消して出題しましたとか言われても私は納得しちゃうレベル…うわぁ…解くんだそれ…
しかも脳内盤面だけで解くの?…うわぁ…。
・
・
・
「御邪魔しまーす」
「はーい。上がって上がってー」
「…いえ、香苗さんの家じゃないんですよ?」
あいちゃんが香苗に突っ込んでるのを見ながら、私はゆっくりと伸びをして固まった身体を解す。
…うーん。普通の成人男性みたいな生活してますね。
郵便受けにも大量の手紙が入ってますし…全くもう。しょうがない竜王ですね。
「…あれ?衣ちゃん何やってるんですか」
「えっと、折角なので郵便受けにある物をちゃんと揃えておこうかなと思いまして。無断で此処に来ちゃいましたし」
「大丈夫です!一応衣ちゃんと一緒に来ることは手紙で……あれ?」
あいちゃんが私の持っている手紙を見て、少しだけ首を傾げた。
…其処には自分が書いたのであろう『ひなづるあい』という文字が書かれた手紙が私の手にあり…
「…だらぶち…」
突然の暴言を吐いたあいちゃんを見ながらも、私は大量の手紙を振り分け始める。
…将棋連盟、ファンレター、近くのスーパーのチラシ、ファンレター、
「…これは竜王でも精神病んじゃいますよねぇ」
私が呟きながら燃えるゴミを捨てつつ、時々入っているカッターナイフに指を傷付けてしまいながらも必死に分別をし続けた。
…そして丁度終わった後に、外の方から誰かが帰ってくる様な音が聞こえ…私は普通のファンレターだけを机の上に置く。
「ただいま~!なーんて、どうせ誰もいねえええええええええええええッ!?」
扉を開けた途端、突然男性の叫び声が聞こえて私は思わず微笑んだ。
…なるべく足音を立てない様に向こう側に移動すれば、彼女の待ち人である竜王の…
「ちょ!?なんでその子は血を流してるの!?」
慌てた姿が目に入った。
確かに帰ってきたら小学生が3人家にいて、うち一人が血を流してたら吃驚するだろう。
「あっすみません。ファンレターに入ってた奴で怪我しちゃって。絆創こ…」
「手を貸して」
私の一言を聞いて目からハイライトが無くなった二人が、私の手を奪って何故か持ってた絆創膏を貼る。
…それと同時にあいちゃんが移動して燃えるゴミ袋を持ってきて、そのまま冷めた目で竜王を見つめる。
「御知り合いですか?」
「い、いえ全く……はい」
「じゃあとっとと燃やしてくださいね。もう二度と衣ちゃんの手が傷付かない様に」
「…ア、ハイ…」
小学三年生に恐喝される竜王を見ながら、私は巻いてもらった絆創膏を見て微笑んだ。
…そのまま感謝の一言を伝えようとした瞬間…
「…衣ちゃんの血が…えへへ。ハンカチに…えへぇ…」
何故かトリップしていた様子の香苗に目を逸らしつつ、私はこの家の家主である竜王の方に声を掛けた。
「えっと、九頭竜……818段さん?」
「其処まで覚えてるのにどうして名前の部分はネットで拾われた単語なんだよ!」
「いえさっきまで実はそのスレを見てまして。因みに名付け親は私です」
「よしちょっとお仕置きしてやるから家の奥行こう。将棋でフルボッコにしてやるわ」
その言葉を聞いて私は思わず苦笑してしまう。小学生に本気で勝ちに行く竜王ってどうなんだろうか…と。
まぁそんな事を片隅で考えつつ、大部分の方でどうすればこの戦いを二人に押し付けられるかを考える。
「まぁまぁ。私みたいな将棋初心者の凡才は放っておいて大丈夫です。それよりも今此処でトリップしてる二人が戦いたいらしいんです」
「……はっ!?そういえばそうだった!」
「私もそうでした!こんなゴミに感情ぶつけてる場合じゃなかったんです!」
「「
「お、おう!?」
二人が名前を呼んだ…あいちゃんは言えてなかったけど…のを聞いて、竜王が驚きながら二人の方に顔を向ける。
其処には二人共真面目な顔をしながら…
「「私達を弟子にしてください!」」
その言葉を聞いた竜王が今度はこちらを向く。
…その視線の問いかけは、お前はどうするのか?といった疑問だろう。
その疑問についてだけは私は首を横に振って否定する事しか出来ない。
私は真の凡人だからね。
-----------八一side------------
何だ今日は。
そんな事を思いながら、俺は目の前の少女に将棋と指し始める。
師匠は放尿姉弟子はその片付けを任せ何処かに高跳び。おまけに不名誉な
正直棋士じゃなくて芸人にでもなれば良いんじゃないかと思う程のセンスを感じながらも、俺は唯相手の動きを見て……心の中で頭を抱えていた。
(初心者かよ…)
動かす駒はボロボロ、玉を囲うことすらせず動きは稚拙。詰将棋をさせる前の問題だ。
指して直ぐに分かった。この子は将棋の定跡を全く知らないのだ。
せめて此処に来るまでに棒銀とかを覚える程度の時間はあった筈なのに。
…それともこの子は将棋を覚える気すらなく、唯友達に言われて…というだけだったのだろうか?
「……はぁ」
少々強引だが、この程度の小学生に時間をかける気はない。
初心者を一方的に痛ぶるのも悲しいが、それでも試合は試合なのだ。
初心者特有の王手の対処力の無さをせめて、それで終わりだ!
「……その手は、昔見ましたね」
小さく呟かれた一言と同時に、この子の玉が下がっていく。
それを見て俺は首を傾げながら一歩前へ。半端な逃げでは後ろで睨みを利かせている馬で終わ……
「っ!?」
「同玉。確かこれが一番良い結果だった気がしますね」
“それ"を見て、慌てて俺は選択肢を考えた。
一見唯の同玉、定石も覚えていない筈の初心者が指した、何の捻りもないはずの一手。
このまま自分の持ち駒で王手を掛け続けるべきか?ただそれをした所で余り意味はない筈だ。そもそも入玉を初心者が……っ!?
……まさか此処まで散らばった様な駒の動かし方は、入玉をする為だけ動かし方なのか!?
このままいけば歩を二枚、銀を一枚桂を一枚とられて…計算上は?どっちが勝つ!?
「…」
目の前の少女の冷たい目からは「その程度なのか?」という嘲りが見て取れた。
竜王なのにも関わらず、このまま入玉させそのまま点数計算をするのか?といった嘲笑にも見える。
「…いいぜ。やってやろうじゃねぇか」
眼鏡を付けて、これから相手を詰ます手順を考え始める。
最悪詰将棋は得意だし、そもそも固い将棋は俺の得意技だ。
師匠も破れなかったこの居飛車穴熊、破れる物なら破って見ろよ!
「…っと。今回は右でしたか。……藤井さんのしすてむがどうとか昔聞きましたけど…もう忘れちゃいましたね」
…そしてこの後、俺はトマホークと呼ばれる戦術にフルボッコにされた。
「楽しかったですね」と微笑みながら飛車・香車・歩兵・桂馬で熊が掃除され尽くし、最終的に姿焼きにされた俺の系譜を紙一重と言う少女を見て…俺は思わず恐怖を覚えた。
「入玉?狙ってませんよ。唯王様守るよりこっちの方が楽だったから真ん中置いただけです」
「いや、飛車角…」
「はい。皆取りやすい位置に置いてくれるんですよね。えへへ…」
という事は最初の初心者ムーブは態とだったのか。
偽物の初心者ムーブに騙されたとか竜王として恥ずかしくないの?みたいな表情で見つめている少女二人を見て、俺は何故か焦りつつ二人の方へ喋りかける。
「じゃ、じゃあ次は二人と戦おうか!」
「はい。二人は私以上の天才ですし、竜王さんの方も優しくしてくれますから」
「じゃ、じゃあ最初は私が戦いますね!」
勝てた事を偶然と感じている少女の一言に胸を抉られながらも、俺達は順番順番でずっと将棋を指し続けた。
夜が更けるまで、ずっと。