「……という事で、私達が八一さんの家に来たのはそういう事なんです。詳しい事は話した心算なんですが……どうでしょうか?」
「…まぁ、理解はした。納得は出来ないけど」
「「…で、ですよねぇ…」」
私と竜王二人が、将棋盤の前で正座をしながら話をし続ける。
時折ばれないように竜王の方へアイコンタクトを送りながら、私は目の前のお姉さん……銀子さんへ必死に弁明を続けた。
「二人は…ほら、プロ棋士を目指している感じですし!『ひな鶴』で竜王を勝ち取った九頭竜八一竜王の格好いい姿を見て、弟子入りしに来た……筈です!はい!」
「そう。…で?」
駄目だ私の言い訳じゃ役にも立たない。
…此処はきっと銀子さんが大好きな筈の竜王さんが、さらっと格好いい言い訳を考えて…
「ほら、俺って最近絶不調じゃないですか。それで色々試そうと思って」
「幼女も試してみたくなったってわけ?」
ああ駄目だ。私でもわかるくらいの悪手を指してる。
将棋でいうならいきなり初手で香車を動かしてみるくらいの悪手。いや、全然わかりませんけど。
「…あーえっとそうじゃなくて……そう!九頭竜さんは将棋を強くなるためにですね?」
「そういえばなんで九頭竜さん呼び?さっきまでは竜王とか八一呼びだったの…に…?」
「……ふーん?」
「…あっ」
馬鹿!竜王の馬鹿!
なんでそんな自らの詰み筋探してるんですか!もしかして破滅願望とか持ってるんですか!?
恋する乙女を前にしてるんですから、呼び方なんて気を付けるに決まってるじゃないですか!
「あー!ほら、感想戦するときってやっぱり九頭竜より八一とか竜王とかの方が文字数減って言いやすいじゃないですか。なので必然的にそっちの方へとシフトしちゃったんですよ!」
「……」
「さっきまで私達は将棋を指してたわけですし!それで言葉遣いが柔らかくなっただけ!そうでしょ?
「そ、そう!そうだったねうん!」
「………」
お互いに冷や汗を掻きながら言い訳をし続ける私達を見て、銀子さんは将棋盤に視線を向けて……ほんの少しだけ眉を潜めた。
「…八一、これ」
『衣ちゃんー!ししょー!タオルとってくださいー」
お風呂場の方からあいちゃんの声が聞こえ、私は勢いよく立つ。
…逃げるならこれしかない。とりあえず変な言い訳しかしない竜王は放置して、私だけでも逃げよう。
「今行きますねー!…じゃ、私は行ってきますので後は頼みますね。九頭竜さん!」
「えっ」
「ん。丁度聞きたいこともあったからいい」
この裏切り者め。みたいな視線を背中に受けつつ、私は急いでタオルを二枚持ってからお風呂場へ行く。
髪からお湯をぽたぽたと滴らせたあいちゃんと香苗ちゃんにタオルを渡しながら、私は和室にいる二人に聞かれないように小さな声で二人に言う。
「…お迎えが来ましたよ」
「「っ…!」」
「八一さんはまだ気づいてませんけど、多分今来た人…銀子さんは知っている筈です。私の顔見てすぐに睨んできましたからね」
まぁ睨んだ理由は多分違うんでしょうけどね!
…バレない様にそんなことを考えながら、私はうつむいたままの二人の頭を撫でてから続きを話す。
「…二人共将棋が大好きで大好きでしょうがなくて、もっともっと強くなりたいと願って、八一さんの弟子になりたいのは、理解している心算です」
「…うん」
「でも、親御さんはそうは思っていない。“将棋”という遊びに人生を賭けることを、良しとはしません。
それは、『自分の娘には人並みの幸せな道を歩んでほしい』という願いもあれば『自分の娘が唯の遊びに真剣になって人生を棒に振るなんて、他の人から笑われてしまうかもしれない』なんていう恐怖もあるかもしれません」
「…そんなの、勝手じゃない」
小さく呟かれた香苗の一言に、私は思わず苦笑した。
そう、親の勝手だ。
…それでも、夢が潰えて悔し涙を浮かべる子供の姿は…とても辛く…見ていられないものだ。
「親の心子知らず。されど子の気持ちを忘れる」
「……?」
「いえ…昔々の反省文です。
…あいちゃんも香苗ちゃんも、どっちも将棋の世界で生き抜けるくらいの能力はある筈です。
凡人の私から見ても、その才能はまぶしいほど感じます」
私がそういうのと同時に、何故か香苗の目が胡散臭そうな人を見る目になる。
…いや、本当の事ですよ?なんでそんな詐欺師が喋ってる…みたいな顔でこっちを見るんですか?
「…もし私が親だったら…その眩しい才能をちゃんと見る事こそが、一番の説得になると思いますけどね」
「…才能を…見る。でもお母さんは将棋なんて…」
そんな呟きを聞きながら、私は二人を不安にさせないように笑顔で喋り続ける。
「大丈夫ですよ。もし無理だったら今度は私の家に泊まればいいですし。それに…私達の近くには、将棋について最も詳しい竜王がいるでしょう?」
・
・
・
「お待たせしました。二人の髪を梳いてたら遅くなりまして…」
「…ん」
あいちゃんと香苗ちゃんの髪を乾かし終えた後、私達はそのまま和室の方へ向かった。
正座を止めさせられた竜王の姿に少しだけほっとしつつも、私は置かれたランドセルの方へ視線を向ける。
それと同時にあいちゃんがゆっくりと指を銀子さんに向けて、首を傾げながら問いかけた。
「ところでししょー。その方って誰ですか?」
「……私のこと知らないの?将棋やってて?」
「しりません!!」
あいちゃんがきっぱりというのと同時に、竜王が慌て始めるのが見える。
…というのも私も本人から名前を聞いただけで、どういう人かは一切わかっていない。
「こ、この御方は俺の姉弟子……つまり姉貴同然の人なんだ」
「おねえちゃん……?」
「おまけに『女王』と『女流玉座』っていう女流棋戦の最高位タイトル保持者でもあって……」
「最高位…八一さんの持つ竜王とお揃いですね!」
「……」
心無しか柔らかくなった視線を受けながら、私は準備し終わった将棋盤を見る。
…もしかしてこれから一局指そうとしてたのだろうか?それだったら私もお風呂に入ろうかな…?
そんなことを考えていると、一瞬銀子さんと目が合い……そのまま視線を玄関へと向ける。
「……先行ってなさい」
「あ、姉弟子?何処へ…?」
「師匠の家。その小童二人連れて行ってなさい」
「それじゃあ準備を…ん?二人?」
私がランドセルの方へ行こうとした瞬間に、言われた言葉に違和感を持つ。
……二人?あれ、私だけもしかして一人で帰らされたりするんです?!
流石にあいちゃん達にあれだけ言っておいて、帰らされるのはちょっと恥ずかしすぎるんですけど!?
「座って」
「え。はい」
「どれくらいか試したい」
その一言に、私は思わずきょとんとしてしまった。
…何故私だけなんだろう?……もしかして、あまりにも弱すぎて「来る前にやってた試合ゴミ過ぎるでしょ。これで私の八一に弟子入りとかふざけてる?」みたいな事なのでは…!?
「あ、あのえーっと。私は別に弟子入りをしに来たわけでは…」
「うるさい」
「はい」
そのまま銀子さんが自分の歩を5枚持ち、上から落とす。
……いつも思うんですけど、将棋の駒は均等じゃないから普通に確率操作できるんじゃ…?
「…あ、とが4枚」
「そうね」
「「……よろしくお願いします」」
とりあえず挨拶をして、置かれた
……私側の時間が減ってるから、多分私が先手のはずだ。……多分。
…行ってしまったあいちゃん達の心配をしながら、私はゆっくりと適当な歩を掴んで移動させる。
……そのままぼーっとしていると、銀子さんが無言で
「…あ、押さないといけないんですよね。ごめんなさい」
「……」
私が押すのと同時に、銀子さんが角の斜め上の歩を一歩前へ置いて即
……正直私が押した意味あったんだろうか?甚だ疑問である。
-----------銀子side--------------
「あ、もう時間がありませんね。この場合どうするんでしたっけ?」
「…もうちょっとやりたい。30秒数えて」
「はい。……えっと、29、28、27…」
「違う、10秒刻みで10秒から。最後の10秒は1からカウントアップ」
「あ、はい!……あ、10秒です」
…最初は、八一とVSをしに来ただけだった。
最近負けが込んでいる八一の心配と応援も兼ねて、後次いでに気分転換に一緒にご飯も行ければ……なんて。
そんなことを考えながら八一の部屋のインターホンを鳴らしたら、知らない少女がいたのだ。
「ごめんなさい今竜王は将棋中でし…て…?」
「……あんた、誰?」
「あーえっと私…というよりは私達は竜お…いえ九頭竜さんに弟子にしてもらいたくて来た者でして!…あ、貴女は九頭竜さんの彼女さん、ですか?」
「ま、まだ違うわよ」
突然現れた少女にイラつき、そして呟かれた一言に思わず心を許しそうになった。
…彼女って、まだそういうのは早いというか。本人が気づいてないだけっていうか…
「あ、えっとお名前はなんていうんですか?」
「空銀子」
「では銀子さんと。…先程も言った通り、竜王は今将棋中でして。何か約束とかありましたか?」
「VS」
「ぶいえす…?ぶいえす…ぶい…?…ばーさす?…あー、もしかして将棋しに来たんですか?」
「そう。……因みに八一は誰と戦ってたの?」
「私とですよ」
「…貴方と?…ふーん」
正直に言えば、この時の私はかなり舐めていたし怒りも覚えていた。
小学生と将棋をしてるなんて、ちょっと腑抜けすぎじゃないか?なんて。
…そんな風に思ったから、あの少女がお風呂に言った隙に色々言おうとして…
「…は?八一負けたの?平であの小学生に?」
「うん。普通に負けた」
八一の口からあの将棋盤の事実を聞いた時、私は思わず驚いてしまった。
…いくら11連敗しているとはいえ、八一は強い。
それこそぽっと出のアマチュアには頓死しないと負けないし、研究してこなかったプロには無類の強さを誇る。
……それなのに、あの少女に手も足も出せずに負けたという事実が、私の中に重く圧し掛かっていた。
「…」
試したいなんてさっき言ってはみたが、実際は仇討ちしてやろうとしか考えてなかった。
…きっと八一の調子が悪かったんだと。突然ゴキ中一手損角換わりみたいなのを試して頓死したんだと。そう自分に言い聞かせて。
……そして今…
「っ!」
「8、9…あ、私の番ですね。…はい、どうぞ」
その考えが、甘かったことを理解した。
私が限界まで考えた一手を、目の前の
手付きは初心者そのものなのに、さっきまでは“初心者丸だし”だと思っていた動かし方だったのに。
「10秒」
気付けば、攻めあぐねているのは私の方だった。
遊び駒だと思っていた銀は、自分の逃がした角の封じ先となっていた。
ちらりと
「20秒。1、2、3…」
玉を囲う事すらせず、ただ殴り合うだけの将棋。
ほんの少しのミスが命取りになるような、そんな危ない打ち方をする目の前の少女に……
「……あり、ません」
「…7、は……あ、はい!ありがとうございました!」
…右手でスカートを握りしめながら、呟くように言う。
挨拶をした後にすぐに片付け始める少女の姿を呆然と眺めながら、私は先程の対局の反省点を頭の中で反芻し始める。
……そして…
「…ねぇ」
「あ、はい?……あ!片付けちゃ駄目でした?」
チクリと、言葉の棘が私に刺さる。
…格付けは済んだと、そういいたいのだ。「あれだけ完膚なきまで負けておいて、まだ自分の方が強いと思っているんですか?」と。
「…それはいい。……69手目の時、…ノータイムで桂馬を跳ねさせた」
「へ?……んーっと?…ぃや全く覚えてませんよ…?
……あー、はい!もしかして何か不味かったですか?」
小さく何かを呟やいた後に、返事をする彼女を見て…私は質問の仕方を考える。
……将棋星人の言葉は、わかるようでわからない。…文字通り、見えている世界が違うからだ。
「…あの時、私の角が利いていた筈。…どうして、打てたの?」
私の言葉を聞いて、彼女は首を傾げ……そして「あぁ…」と何か理解をしたように呟いた後に…
「あの角、きいていたんですね」
笑顔で言われた一言を聞いて、私は意味を何度も反芻し……そして理解できなかった事にほんの少しの苛立ちを覚えた。
……彼女もきっと将棋の星から来たのだから、“利き”がわからなかったわけじゃない。
…ならきっと、あの星特有の何かがある筈だ。
「……どうして、そう思ったの?」
「ど、どうして!?…いやその、えーっと…?か、感覚として?ですかね……?」
「…………そう」
口から出そうになった質問を抑えながら、私はゆっくりと目を逸らした。
……感覚という言葉ほど、理不尽なものはない。
だけど…説明するのに、これほど的確な言葉もない。
「…あの、銀子さん?さっきからずっとぼーっとしてますけど、大丈夫ですか?もしかして熱あります?」
「……ある」
「あるんですねー……あるんです?!
普通に大変じゃないですか!?と、とりあえず熱測ってください!八一さんに連絡…?でも私電話番号も何もしりませんし…」
「大丈夫。すぐに下がるから」
「いや、全然大丈夫じゃないですよ!?体調悪かったんだったら言ってくださいよ…なんで体調悪くしてまで将棋やるんですか」
…その言葉に、私は少しだけ違和感を覚えた。
彼女は将棋星の人間だ。将棋を止める理由に、『今日は体調が悪いから』…なんてある筈がない。
「…うーん。香苗ちゃんも携帯は置いてきたって言ってましたし……この家に冷えピタありますかね…?」
「……もう治ったから平気。それよりも師匠の家に向かいたい」
「いや治ったってそんな子供みたいな……まぁ。向こうなら大人の方もいるでしょうから、此処で看護するよりもそっちの方がいいかもしれませんね」
小さく息を吐きながら、彼女がランドセルを背負って準備をする。
…先程までの対局の疲れなんてなかったかのように振舞う少女を見て、私は思わず問いかけた。
「…ねぇ」
「はい。なんでしょうか?」
「……将棋は、いつから始めたの?」
「…香苗ちゃんに誘われたからですから…一ヶ月半前ですかね」
「…っ……そう」
自分の頭の中に、“才能”という言葉が溢れていく。
……きっと彼女は、生まれながらにしての将棋星人だったのだろう。
「…銀子さんはいつから始めたんですか?」
「2歳の頃」
「…え?2歳?……ひょっとして銀子さんも転生したりしました?」
「…転生?何それ?」
訳の分からない事を言い出した少女の手を握りながら、八一の家を出て鍵を掛ける。
握った感触は、駒をよく触っている棋士の手ではなく……
「あいちゃん達、怒られてないといいんですけど…」
普通の、小学生の手の様だった。