翔陽じゃない翔陽   作:へたくそ

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3 終わりと始まり(清水 潔子)

 

 

 

 

潔子と翔陽は、毎日では無いがよく二人で昼食を取っている。

今や学校中に噂になっている二人だが、潔子は気にしている様子はない。

翔陽は、今でも緊張してはいるが最初に比べると自然に話せている。

 

 

 

「先輩、今度の大会で引退するんでしたよね?」

 

「うん。どこまで行けるか分からないけど、全力で頑張るよ」

 

「その大会、見に行っても良いですか?」

 

「え・・・?」

 

 

 

潔子は意外そうなをしていた。その証拠に、箸で掴んでいた卵焼きを弁当の中に落としてしまう程だ。

 

 

 

「あ、もちろん先輩が嫌なら行きませんよ!でも、もし行っても問題がなければ、最後の試合ですし、応援もしたいなって」

 

「来て、くれるの?」

 

「はい、先輩さえ良ければですけど」

 

「来てほしい。見に来てほしい」

 

 

 

潔子は、グイッと顔を近づける。自分から来てくれとは言えずにいたが、翔陽が自ら見に来てくれると行ってくれた事に、珍しく興奮していた。

翔陽も最初は驚いていたが、初めてみる潔子の一面に少し笑いながら安心した。

 

 

 

「良かったです。断られたらどうしようかと思いました」

 

「断らないよ。日向君のおかげでここまで来れた。ほんの少しかもしれないけど、あの時より成長した私を見て欲しい。だから、絶対見にきてね?」

 

「はい!」

 

 

 

昼食を食べ終わった後は、それぞれの教室に戻る。今日は久々に陸上部に行こうと思っていた翔陽だが、成長した自分を見て欲しいと言われてしまったため、やめる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間後、潔子にとっては最後の大会。会場は思ったよりも近かった為、潔子の出番より1時間も早く着いてしまった。

特にする事もないので、会場内を散歩する事にした。

 

すると、廊下のベンチに座っている見覚えのある姿を見つけた。

 

 

 

「先輩?」

 

「あ、日向君。もう来てたんだ」

 

「はい、思ったよりも近かったので。あ、すみません。集中してるのに邪魔しちゃって。俺は客席に戻りますね」

 

 

 

自分の番の前だ。一人でいるという事は精神集中していたのだろう。それを邪魔してしまってはいけない。

翔陽は潔子の邪魔になるまいと、急いでその場から立ち去ろうとする。

 

 

 

「待って!」

 

 

 

しかし、潔子はその前に翔陽の服の袖を掴み止めた。

 

 

 

「少しだけで良いから、一緒にいてくれないかな」

 

 

 

いつもと違う潔子の不安そうな目。自分より背は高いはずだが、何故だが翔陽より小さく見えた。

しかし翔陽は、それと同時に近くにある顔に意識せざるおえなかったので、ひとまず座らせる事にする。

 

 

 

「分かりました。それじゃ座りましょうか」

 

「うん・・・」

 

 

 

二人でいても話さない事は珍しくない。むしろ、話している時間よりも話していない時間の方が圧倒的に多い。

いつもならその時間も心地よいものなのだが、今は何か辛いものがある。

 

 

何か話さなくては。そう思っていた翔陽だが、ここである事に気がついた。

この感じは、どこかで感じたことがある。それは初めて陸上部に行った時、初めて二人で座って話したあの時だ。

そこで翔陽は、潔子が不安なのだと気がついた。

 

 

確かに潔子は今日まで諦めず練習に打ち込んできた。

しかし、練習の成果が出なかったら、どこかで失敗してしまったら、そんな今までと同じような不安が潔子を襲っている。

 

 

 

 

「先輩!!」

 

「っ!?な、なに?」

 

 

 

いきなり大きな声で呼ばれた潔子は、ビクッとしながら翔陽を見る。潔子の目にはさっきまでの不安は無く、驚きの色に変わっていた。

 

 

 

「大丈夫です。俺がいます!俺が応援しています!もし、仮に思い通りにいかなかったとしても、先輩が満足な結果を出せなかったとしても、俺は先輩がどれだけ頑張ったのか知っています!」

 

「・・・っ!」

 

「だから大丈夫です!好きになように走れば、きっと後悔のない大会になりますよ!」

 

「そう、だね。そうだよね。ここまできちゃったんだ。後はもう、走り切るしかないんだ」

 

 

 

さっきまで小さかった先輩は、いつもの可愛くて、綺麗で、それでいて、誰よりもかっこいい先輩に戻っていた。

ラストランまで約30分、先輩はストレッチをするために会場に戻っていく。

 

 

先輩が羨ましい。悔しい思いができるのが。

先輩が羨ましい。その悔しさを乗り越えれる事が。

 

 

今のバレー部の部員は俺だけ。試合に出る事はおろか、誰かと一緒にバレーをする事もできない。

それが出来る先輩がすごく羨ましい。だから先輩には、後悔するような事はして欲しくない。

 

 

 

 

「頑張ってください」

 

 

 

 

遠のいて行く先輩の背中を見つめながら、届かない俺の応援は、あなたの力になるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(これが最後の大会。最後のレース。いつもなら失敗しない事だけを考えてた。でも今は違う。私は、このレースを走り切りたい。このレースを楽しみたい。今まで頑張ってきたから・・・。)」

 

 

 

出会って2ヶ月ほど、潔子は日向は2度も助けられた。初めて会った時は、折れかけてた潔子を立ち直させた。今日は不安でたまらなかった潔子の不安を拭ってくれた。

 

 

 

「(あ、そっか。そうなんだ・・・)」

 

 

 

潔子はスタート位置に着く。今、おそらく大きな歓声が上がっているのだろうが、今はそれが一切聞こえない。

自分の鼓動の音がだけが聞こえる。

 

 

 

「(私、日向君に見てて欲しかったんだ。)」

 

 

 

スターティングブロックに足を乗せ、地面に指を添える。

スターターがピストルの銃口を上に向けると、選手たちが腰を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

『(私、日向君の事が、好きなんだ)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間にピストルの音が鳴った。それと同時に選手たちは一斉にクラウチングスタートを決める。

そしてその瞬間に、潔子の世界に音が戻った。先ほどまで聞こえなかった歓声が聞こえた。

 

 

しかし、そんな事はどうでもいい。ただ走り切ろう、日向君が見ている。それだけで力だ沸いてきた。

だが、自分の前を走っている選手は4人もいる。追いつけるのか?追い抜けるか?分からない、でも諦める訳にはいかない。

日向君の為にも・・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれ!!!!清水先輩!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声がはっきり聞こえた。客席を見ると、日向君が精一杯応援しているのが見えた。

いつもは大人しい彼が、あんなにも応援してくれている。

 

 

こんな所で諦める訳にはいかない。こんな所で!!

 

 

 

「(私は、勝つんだ!!!!)」

 

 

 

そこから潔子は一人を抜かした。また一人を抜かした。そしてまた一人を抜かした。レース中盤、怒涛の追い上げに歓声は大きくなり、心臓の音も大きくなる。

しかし潔子にはちゃんと聞こえていた。どれだけ歓声が大きなくなろうと、誰だけ前を見ていようと、自分を応援している彼の声が。

 

 

 

そして潔子とトップが並んだ。あと少しで追い抜ける、後少しで抜けれる。後少しで。

楽しい。この感じ、このギリギリを感じるこの瞬間が!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその瞬間は長くは続かず、二人はほぼ同時にゴールした。

どちらが先にゴールしたのかは分からず、ビデオ判定に委ねれる事になった。

 

 

 

その結果は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、先輩。惜しかったですね」

 

「うん、ありがとう。でも、すごく楽しかった。あんなに楽しく走れたのは、多分初めて」

 

「そうですか」

 

「だからありがとう、日向君。君のおかげで後悔の無い走りができたよ」

 

 

 

先輩が笑っていた。いつもは表情に変化の少ない先輩が。

確かに、後悔の無い走りだったのだろう。楽しいレースだったのだろう。これ以上無い、最高のレースだったのだろう。

 

だからこそ

 

 

 

「我慢しなくて良いんですよ、先輩」

 

「・・・我慢なんてしてないよ?本当にいいレースができたから、後悔もしてないよ」

 

「だからと言って、『悔しく無い』なんて事は無いですよね」

 

「・・・」

 

 

 

 

その言葉に潔子は言い返せなかった。言い返す事が出来なかった。

楽しかったからこそ、後悔の無いレースだったからこそ、最高のレースだったからこそ、それ以上に悔しいのだ。

 

 

 

「なんで、そんな事、言うかな・・・。せっかく我慢してたのに・・・ここで泣いちゃったら、かっこいい先輩じゃなくなっちゃうじゃない」

 

「先輩も十分かっこいいですよ。だから、今日くらいは泣いてもいいんですよ」

 

「ばか・・・」

 

 

 

ビデオ判定の結果は、ほんの僅か、ほんの僅かな差で私が遅かった。

きっと前の私なら、あそこまでの奮戦はできなかっただろう。ここまで来れたのは日向君がいてくれたからだ。

だからこそ、あの僅差が悔しい。どうしたら埋められたのか、縮められたのか。悔しくてたまらない。

 

私は自分より少しだけ背の小さい、それでいてしっかりしている後輩の胸を借りて泣いた。

日向君が優しく頭を撫でてくれる。そのせいなのか、今まで溜めていた物が全部出ていくような気がした。

 

 

 

「お疲れ様でした。本当にかっこよかったですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清水 潔子の、中学生活最後の大会が終わった。

それと同時に始まりでもあった。自分の気持ちに気づいた彼女の、新しい自分との戦いが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

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