これファンに怒られますよ! しかも何番煎じだ。
「愛、愛ですよモスティマ」
『だから言ったでしょ。興味ないんだって』
ドクターとモスティマは大体話が噛み合わない。どっちも話を聞いていないからだ。
愛を説きながらバニラのオリジムシの解剖を志願する男と、恋も友情も要らないと言いながら観光に誘ってくる女なので当然といえば当然だった。
変な被り物には縦一直線の妖しい紫の光。ボンドルドと目を覚ました直後の彼は名乗ったが、ドクターはそういう名前でもなかったしそもそも被り物もしていなかった。
が、指揮能力や指紋、他等々があまりに一致するのでドクター扱いされている。どう見ても違うのだが、指揮能力の高さも相まってほっぽり出せない。
『大体さ、作戦行動中に通信で愛を説く指揮官って居る?』
「モスティマはチームワークを軽視する悪い癖が有る。チームワークは利害と信頼から成り立つ強い力、私の指揮下では理解を示していただきたい」
『うーん、何か言ってることが合ってるような合ってないような』
が、あながち嘘でもない。兵士がわざわざ同じ宿舎で生活することには、事実としてそういう意味がある。
それはさておき、作戦状況は順調だった。ドクターの戦略は言葉に反してあまりに心無い、というのも徹底した不殺主義が彼のやり方である。
不殺主義とは、外傷がないことではない。
『リーダー、感染者6名確保したよ』
「ありがとうございます、エクシア。それでは予定通りに」
予定通りに、拷問。及びそれのエリア内放送。正気の沙汰ではないと、議論になったこと幾度と知れず。エクシアも苦笑いをして通信から消えた。
言ってる間に、音が流れる。悲鳴の不協和音、オーケストラにしては音が少なかった。ただ響くものは、やはりあるだろう。
ドクターは放棄された街に残る全てのスピーカーに、自分の声もつなぐ。
『皆様、始めまして。私はボンドルド、ロドスアイランドのドクター、指揮官です。単刀直入に言って、貴方達に協力して頂きたい。武器を捨て、協力していただけるならばこの無意味な行為を即刻取りやめましょう』
何故そんな無用な苦痛を与える必要があるのか、と尋ねたものが居た。彼は平然とこう答えた。
”無用な苦痛とは何でしょうか。レユニオンの弱点は民草が集まった素人集団であることであり、彼らの団結力を叩くのは当然の事です。ましてや、貴方は数人を拷問すれば投降するかもしれない感染者を、殺してしまえと仰っているのですか? 甚だ不可解な質問です、それこそ無用な苦痛ではありませんか?”
大多数が絶句して、しかしそれもそうだと言わざるを得なかった。横で聞いていたアーミヤも、かなり暗い顔をしたが否定するには足り得なかった。
案の定、手勢が弱まったとの通信が入る。ドクターはすかさず全域に通達する。
「機を逃してはなりません。今、興奮の糸が切れた隙を全力で叩いてください。殺せと言っているのではありません、彼らが抵抗したくなくなるほどの圧倒的な武力を、或いは逃れ得ない拘束を」
淡々と告げる。
「戦場の霧は、じき晴れる。共に笑顔で帰れることを祈っています」
その声は、深淵に沈む福音だった。
「今日も順当な勝利だね、ドクター。相変わらずの辣腕だ」
「いえいえ、皆様の尽力有ってのもの。勿論モスティマ、貴方もです」
謙遜が過ぎるとモスティマはケラケラ笑ったが、これはドクターにとって大真面目な意見だった。冗談めかして笑う様子もまるでなく、後ろに手を組んでさっさと歩いていってしまう姿が、モスティマはどうにも引っかかった。
ドクター。自称”ボンドルド”、彼は一風変わった振る舞いをする。何処か無機質な決定――――有り体に言うと良心が痛む決断、これが非常に多い。
他の組織なら当然合理的な決断はなされるが、此処ではドクターが一手に引き受けている。生け捕りも彼の案であるが、別段これは善良を気取ったものではない。
オリパシー感染者を集めるのに”効率が良い”のだと彼は言った。
レユニオンはそうは行かない頭数だから困っているのだ、とアーミヤが言えば、この通り。効率は良いが、何処か浮世離れしたゲームメイカー。
「そうか、まあそう言うならそういうことにしておこう。しかしよくオペレーターを説得したものだ、同情心を殺すのは難しいだろうに」
ドクターがモスティマの方へ首を少し向ける。その不思議な被り物からは一筋の紫がかった光が溢れるばかりで、視線が向いているかまでは分からない。
「視点が偏っている、ですが私が外道であると言うのも意見の表れ。患者の中には自意識が環境から擦り切れてしまった子も多く居ますから、好ましい兆候ですね」
「いや、そういうことじゃなくて…………」
「ああ。説得についてでしたか?」
そうそう、とモスティマが頷く。
「簡単なことですよ。オペレーターの”感情”は指揮に取り入れておりませんので」
「…………さらっと酷い片付け方をするんだねぇ」
あっけらかんと人差し指を立てて、当然の道理のごとくのたまった。流石にモスティマの笑顔も何処か張り付いている。
「説得というのは対等であるから行われる行為です。私は上司であり、貴方達は駒です。戦場というのは往々にしてそういうモノ、感情を考慮するのはただのモチベーションの都合ではありませんでしたか? モスティマなら、分かるでしょう」
曖昧な笑顔でモスティマは返事をした。ドクターはそれに何を思ったのか、また前を向き直す。
いつも彼の背筋は伸びている。その在り様に曇るところはないらしい。
「そういう物言いしてると、敵を作るよ?」
「構いませんよ。対立する自我、素晴らしい…………我々が目指す夜明けとは、それらを必要としているものですので」
「君はとことん話が通じないね。まあ、嫌いじゃないけど」
ドクターはあいも変わらず歩く。いつもの態度と同じく、モスティマの気持ち、動向に頓着をしていないのだ。
が、拒絶と言うにも違う。横に立てば平然と語りかけてくるし、後ろをついていくならば道を指し示す。前を歩くならその行く先を見守っている。
変人には違いないが、その”何でも構わない”姿勢。
これが実は、モスティマにはちょっと居心地がいい。自覚は無いようだが。
「私が語らずとも、貴方は賢い女性だ。分かっているのでしょうし、そうでなくとも構いません。全ては最終的に、我々ロドスの悲願に収束する」
「はいはい、そうだったね。君は何というか、変だなぁ……」
呆れた、と言わんばかりに緩やかな笑顔で隣までちょっとだけ小走りでついていく。
彼は少しだけモスティマを見つめて、それから眼前の夕陽を見つめた。
「成し遂げた後の夕陽は、美しいものですね…………貴方が言う数え切れない絶景の一つ。でしょうか?」
「ふふっ。まあ、そうじゃない?」
「それは良かった。モスティマの言う気づきを、一つ得られたようです」
ボンドルドも良心に基づいた行動指針ならいい人なんじゃないかという妄想を憑依で誤魔化しながらろくろ回しする日々。
滅茶苦茶一発ネタです。でも「多分悪い人じゃないなぁ」って感じ取れるボ、書きたかった…………。