高嶺の花が枯れたとき 作:ルーフェ
いつかあったであろう小国の貴族の屋敷。
小さい屋敷で響く、貴族たる主人から愛された子の声。
気高く呼ぶ声は何時でも何かを引き寄せた。
それが、召使いであっても、運命であっても。
時折の気まぐれでも、本当に必要なことでも。
容易く呼びつけるその気安さとは一体どこから来るのか。
召使いの青年は困惑していた。
身分を超えた困惑の中に心の壁がないのは、もはや周囲の人物には
「はい!お呼びでしょうか?レディ・ドパルデュー。」
扉を開く前には微かに綻んでいた口元が、扉を開けて部屋の主に顔を見せる頃には自然に引き締まる。
彼が瞬く間に召使い相応の顔になるのには部屋の主たる、
イザベルお嬢様ことイザベル・ド・ドパルデューは嬉々とした表情で見かすめるが、次の瞬間ドパルデュー家の娘は、ふんと高い鼻を鳴らしてこう言い放つ。
「もっと早く来なさい、馬鹿!」
その声を聴いた瞬間、反射的にため息が出かけるが、
「申し訳ありませんでした、レディ・ドパルデュー。ご用件はなんでしょうか。」
これまでも、何かにつけて幾度となく同じようなことを言われてきた召使いは、思わず今までと同じように身構えつつ、どのような無茶振りをさせられるか、内心で冷や汗をたらたら流しながら、お嬢様の声に耳を傾ける。
「腕が疲れてしまったの、これで私を扇ぎなさい。」
それを聞いた召使いは、これまでよりは遥かに楽だなと思いながら、お嬢様から差し出された扇を手に持ち、大きく開く。
ゆっくりと仰ぐと、赤い扇に施された金の刺繍が夏の斜光に照らされ、優しく輝きだして、さも優雅にくつろぐお嬢様の心が和らいでいくのが、召使いが一目見てもわかるようになると、お嬢様は目を閉じる。
召使いが、閉じた瞼に輝きが当たらぬように立ち位置を変えると、お嬢様は左眉をわずかに動かすが、何も言わずにそのまま佇む。
それを見た召使いは、内心ほっとするが手は緩めないように心がける。
努めて冷静に、かつ手を緩めないように。
そう心の中で暗唱していく召使いに気づかれぬように、お嬢様は、数瞬だけ薄目を開けて召使いを見ていた。
その瞳の中に、得体のしれない焦燥感やついぞ声に出せなかった恋慕の念を込めて。
それでもなお、固く閉ざされた口を覆い隠すように目を閉じる。
その年にはもう身分の壁の高さや、それを超えるのにかかる時間が分かっていた。
それにあがくことが無駄なのかもしれないという、諦念が彼女に目を閉じさせた。