高嶺の花が枯れたとき 作:ルーフェ
星の旅人の見せる表情の一つである、蒸し暑く気だるい夏が、厳しく安らかな冬へと移ろわせる風を流すとき、緩やかな追憶へと向かう秋が始まる。
かの屋敷の北の窓から一望できる丘の木の葉が、最初は青い空の地平から秋色に染まっていく。
瑞々しい新緑から恥じらう乙女の如く朱に、またはあの懐かしい夏の黄昏に染められていく。
そういった日々の変化が屋敷にいる人間に、止まることなく時の流れを知らせている。
召使いはいつものように井戸へと出向き、肌寒くなった朝を過ごすための長袖をまくって、水を汲み、屋敷へと運び込もうとしているとき。
召使いはふと頭上が気になって、屋敷を見上げた。
そして、ひときわ目を引くある一室の窓を見る。
物憂げな黄昏色の髪を窓から垂らして、屋敷の色と同じ胡桃色の目で、暁が北の丘を照らしているさまを悠々と見渡しているお嬢様の姿に、微かに心が不意を突いて現れた
その隙は明らかに心が愛への憧憬を抱いている証であったが、当初は召使いとして入ってきたときからそうであったということと、麗しい秋の令嬢に思わず見とれてしまっているのにはいまだ気づかない。
そして暁の丘の美しさに心溶かされたお嬢様の瞳がふと見降ろされた瞬間、深窓の令嬢からの凛とした声が響くのだ。
「セバス、今すぐいらっしゃい!」
今からいつか来る冬の冷酷な声のように感じた召使いは内心ひどく驚き、似つかわしくない焦りを抑えながら、努めて冷静にこう返事した。
「只今そちらへ参ります、レディ・ドパルデュー!」
そう返事した時には、お嬢様は部屋の中へと消えていた。
機嫌を損ねたのではとあの夏の日の冷や汗と扇を思い出しながら、急いで支度をするため井戸水の入った桶を持って急ぎ屋敷に入る。
お嬢様は窓に顔を背け、召使いのように素直でなく似つかわしくない、自身の上気した顔を何とか冷まそうと取り繕いつつ、暁の丘の美しさ、そこに広がる想像へ憧憬する恥ずかしいところを、全く見られたくない人に見られてしまった衝撃の反動で、彼をいきなり呼びつけてしまい取り繕う時間がない自分の愚かさを恥じた。
召使いがおそらく来るであろう時間を貴族の意地と尊厳にかけて計算し、それまでに何とか顔の赤さを抑えられた彼女は、残された時間で体裁を整える。
ちょうどそろそろ召使いが来るかと思ったその時、木製の扉から響くノックの音に脈が微かに跳ね上がる感覚がした。
それを恋だとわかっていても、体裁がある以上忘れるしかないと意識の外に辛くも追い出す。
「失礼します、レディ・ドパルデュー。お呼びでしょうか?」
思考の七割を取り繕うことに集中しているお嬢様は、狙いすましていたようにこう言い放つ。
「もっと早く来なさい、馬鹿!」
ふんと鼻を鳴らして後ろを向き、召使いに紅茶を頼むその顔は、問題なく何とかなったと安堵する表情であった。
しかし、その表情に大きく含まれている感情はこの時は自身ですらついぞ気づき得なかった、この召使いがいないと生きていけないという深い信頼が生まれている証左でもある。
深い信頼の証左に基づく今は理解できない青い好意の感情がいずれ来て、冬のうちに熟れるのではないかと、そう予感させる出来事であった。