高嶺の花が枯れたとき   作:ルーフェ

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暖かい厳冬

時を懐かしみ、枯れた風に過ごすうちに紅い秋の葉は風に吹かれ、地に落ちてゆき土気色になる。

そして、いつの日か雪に埋もれて忘れられていくうちに次の輪廻への下地へとなる。

雪が解けたその時に、すでに跡形もない亡骸を使いながら新たなる葉を広げていくのだろう。

 

北の丘の木々は、その時を待ち遠しく思いながら葉を散らして、きっと目を閉じている。

それは決して終わりでなく、次の輪廻へ期待を込めているのだろう。

真に髄まで生気が枯れ果て、命を終えるその時まで。

 

雪が深く深く積もったことが歴史にも残るような、それでいて劇的な冬の時。

荒れ狂う黒雲から降りしきる悲しい雪も、雲の合間から微かに陽光が差す優しい雪も。

瞳を開けば、感情の積み重ねにもとれる尊い雪がそこにある。

 

お嬢様が北の窓から顔をのぞかせるように、微かに焦げ茶色の幹をのぞかせる白い丘を横目に収め続けようと。

そう思いながら眠気の負荷にあらがうように瞼を開け続けるお嬢様の口から、一つ二つと静かな部屋に似つかわしくない咳の音が響く。

かつてのベージュ色のシルクを身にまとった陽光のような彼女は、月のように冷たい蒼白のシルクへと。

まるで着替えたように美しくとも、めっきり肌の色が悪くなってしまった。

 

病魔の憂鬱に身を蝕まれても声の通りはさほど悪くなく、かつてと同じように決まって気まぐれに召使いを呼びつけることができるのには、屋敷にいるもの全員が心のどこかで安堵していた。

しかし、召使いには得も言われぬがどこか既視感のある焦燥感が心の底にべっとりと張り付いているのが分かっていた。

予感...それを感じることができていたのはお嬢様も同じであった。

何かの時が来ている。そう、あの時の二人に聞けば、焦燥感になぜ気づいたのか驚きながらそう答えたかもしれない。

 

時が来る不安に押しつぶされる、何かよくわからないことが起きる。そしてそれは決してよろしくない。

意味不明な不安が降りしきる雪のように次第に大きくなる一方でありながら、病魔への不安も血に滲んでいくうちに、ついにお嬢様は立てなくなってしまった。

 

連日のように呼びつけるあの時の声も、次第に小さくなっていきながら頻度もどんどん落ちてゆく。

いつの間にか召使いが常に隣にいるようになって、幾らか日にちが過ぎ去った時。

 

「セバス」

 

お嬢様からあだ名のようにつけられた名前を、いつの間にか誇りのように感じられるその名前を。

肌が冷たくなっても、声が震えても、しっかりと召使いを呼ぶその姿にしっかり応える。

 

「私はここです、レディ・ドパルデュー。」

 

数拍の静寂を以って、お嬢様は震えるようで凛とした声とともに唇を動かしていく。

胡桃色の瞳に北の丘の木が持つ、決して終わらない希望を以って必死に食いしばりながら、希望を唱える。

 

「セバス、私の手を握って」

 

召使いは、今まで一度たりとも自らの体には触れさせなかったお嬢様の願いに思わず目を見開く。

それと同時に心の底から叫ぶように響き渡る、その応えるべきだという自らの本心に従い、お嬢様が居るベッドの隣へ跪き、紅い布団の上に置かれた左手を自らの手で包んだ。

 

その時にふと何かをこらえるような声を聴き、何か自分が粗相をしたのではないかと、召使いがお嬢様の顔を見たその時。

 

お嬢様の頬に一筋の(なみだ)が、流れていくのを見た。

美しくも、気高く、ただの一度も召使いの前では態度を崩したことはなかった、お嬢様の思いの丈を一つ覗いた瞬間(そのとき)

 

「見たわね、セバス。一番見られたくなかったのに、どうしていつも私が不意を突かれなければいけないの」

 

お嬢様はそう言い残し、また一つ自らの頬に(なみだ)を走らせ、瞳を閉じた。

その時に召使いは自らにも流れた(なみだ)に気が付き、それを隠そうと窓に顔を向ける。

冬の黄昏はすでに過ぎ去っていて、微かな太陽の残り香が蒼く見せる夜空に流れ星を見た。

 

「セバス、私と同じことをして不躾だと思わないの?」

 

いつの間にか瞳を開けてみていたのか、そう咎める声がすぐ横から聞こえてくるが、聞こえるや否や召使いはすぐさまこう返した。

 

「申し訳ありません、レディ・ドパルデュー。」

 

こう詫びると、誰に聞かれたわけでもなくこう語りだす。

 

「ですが、お嬢様が日々弱られていく姿に、私めの妹の姿を不躾ながら重ねてしまうのです。病に蝕まれ、辛い日々を過ごすうちいつの間にか死んでしまうのではないかと、そうずっと思っているのです」

 

そう独り言ちて、微かに流れ続ける自らの涙を止めることをしないで、ずっとお嬢様の手を包む自分の手を見つめる。

自らが紡ぐ言葉の意味を考える暇もなく、仕えるべき主人ではなく伝えるべきだと響かせる、その心に忠実になった召使いの姿。

 

お嬢様は、その自らに重ねられた深い感情の吐露である、黄昏よりも深い悲しみを、心が悲鳴を上げ続ける嘆きを垣間見た。

何も言わずに見つめているお嬢様は、そっと召使いの顔に右手を添えて、こちらに向けるように引き寄せる。

 

お嬢様のほうから召使いのほうに手を伸ばした。

当然ながら召使いがその行為にひどく驚愕したが、次の瞬間にも驚愕することになる。

 

お嬢様は半ばベッドから身を乗り出して、召使いの唇と自らの唇を重ねた。

 

驚きにさらされ続けた召使いが、動揺に動揺を重ねて目を最大限に見開くのには無理もなかった。

お嬢様はすぐに唇を放して、こういった。

 

「病に侵されている身でこのようなことをしてはいけないと、わかってはいるのだけれど。どうしてもセバス、あなたと一度こうしてみたかった。あなたが私に本当の気持ちを見せてくれたのよ、だからこれが私の心の本当の気持ちよ。」

 

「私たちはずっと隠してきた。そうでしょう?セバスは何時でも冷静で、動揺せずに何時でも来てくれるけど、深い悲しみを隠していた。私は同じように気持ちを隠してきた。もし、あなたを好きになってしまったら。お父様は喜んで私たちを引きはがす。それを知っているから。」

 

「ずっと頼もしかった、あなたを呼んだら来てくれる。これが幸せなことじゃないなんて、正気じゃない。だから、ずっと想っていましたわ」

 

お嬢様の心からの本心であるこの言葉を聞いていた召使いは、最初は深い悲しみの涙を流していた。それが次第に、自分がいつの日抱えていた、愛慕の思いが同じであったと。そう気づいた。いつの間にかこのような思いを抱えていた自分にまた驚きながら、嬉しさのあまり、悲しみの色から幸せの色の涙を流していた。

 

お嬢様は、その表情を見ながらもずっと本心からの言葉を綴る。

 

「セバス、最初は覚えるのが面倒だからという理由でセバスという名前を与えた、だけど。」

 

「だけど、セバス。最後に一度、あなたの本当の名前で呼びたいのです。本当のことを知らないでこのまま死んでいくのかもしれないと考えたら、私はもう耐えられない」

 

胡桃色の瞳が、召使いの瞳をとらえる。

そのまっすぐな思いを受け取った、召使いがお嬢様に対してこう言った。

 

「わかりました、レディ・ドパルデュー。私は―――――

 

そっと耳元にささやいた声はお嬢様にしか聞こえないぐらい小さい声であったが、召使いの覚悟あふれる確かな意志であった。

それと同時に家族と一緒に幸せになりたかった、ただの少年の嘆きでもあった。

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