――ザザーン……。
波と思わしき音が耳に入り、脳に響き渡る。
なんだろうとそれの正体を視認しようとするも、まるで重りがついているかのように瞼が重い。
「ん、んん……」
何度も眼を開こうと瞼を力ませるも、開かない。
俺はいちど眼を開くことを諦め、身体を起こすことにする。
しかし、こちらも圧力がかかっており、起こすどころか身体を動かすこともできない。
――動け。幾度も脳から指令を出すも、己の肉体は微動だにしない。
ジャリ、という音と共に、指から砂らしきものの感触が全身に伝播してくる。
ようやく指が動き始めたようだ。
だったらお次は――
俺が言葉を紡ぐよりも先に、あれだけ重たかった瞼が嘘のように開いた。
眼前に写るのは、雲一つない蒼天。
そして――紺碧の海。
「ここは……?」
重い身体を起こし、疑問が口から湧き出た。
「それに、これはいったい……?」
腰に巻かれている赤いメモリ状の挿入口がひとつ空いてあるベルトを、俺は一瞥したのち、右手に握りしめられている白い「E」と書かれたメモリに眼を向ける。
メモリの下部にはボタンがついており、そこを押すと『エターナル!』という音声が鳴る。
このメモリに関しては、先述した音声にちなんで「エターナルメモリ」と呼称することにする。
「……とりあえず、この砂浜に来る以前の記憶を思い出すか」
そう呟いたのはいいものの、まったくと言っていいほど記憶を引き出せない。
思い出そうとしても、靄とノイズに包まれていてお手上げだ。
だがひとつだけ情報がある。それは――
「『
白い衣服の胸部に貼り付けられている、名前が記されたタグを見て俺は呟く。
自分の名前は分かったが、問題はまだ積み重なっている。
最初に呟いたように、ここがどこなのかまったく分からないことだ。
次はそれを把握したいところなんだが……。
「そろそろ移動するか」
砂を踏みしめ、俺は歩み始めた。
これが、“俺”という人間の、第一歩だった。
しばらく海辺を探索していると、この付近に軍事施設のような建物があるということが分かってきた。
しかし、そこに助けを求めても確実に怪しまれるだろう、と俺の直感が囁いてやがる。
再び俺は思考の海に浸る。
「さてさて、どうしたものか……ん?」
思考の海に浸っている間、気付かなかったが黒ずくめのスーツに身を包んだ黒覆面の者たちに、俺は包囲されていた。
黒覆面は五人、さらに臨戦態勢……分が悪すぎるな。
どこかに突破口がないものか――?
そう思考しているうちに、黒覆面の一人が俺に殴りかかってきた。
咄嗟に身体を翻し、回避を行う。
「結構動くものだな。俺の身体は」
自身の運動神経に、思わず感嘆の音を零す。
躱した一撃に続けるように、黒覆面たちは一斉に押し込めんと拳で突こうとしたり、蹴りを繰り出したりするも、俺はそれらも易々と躱し続ける。
ただ、このまま回避一辺倒では、いずれ体力が切れ、俺の身体に強烈な攻撃が直撃するだろう。
この状況を打開するための
――待てよ。あるかもしれない。とびっきりの
俺は一度黒覆面の殴打を躱すと同時に、後退し距離を取る。
改めて「E」と刻まれたメモリと腰に巻かれていたベルトを一瞥する。
メモリのボタンに触れ、グッと人差し指に力を込めて起動する。
『エターナル!』
起動音が切り出されたと共に、俺の口からは、
「――変身」
自然とこの言葉が零れていた。
ベルトのスロットにメモリを挿入し、右手を胸部に翳す。
そして、スロット部分を一気に右へ倒した。
その途端に、俺の身体を蒼炎が包み込む。
不思議と熱い、という感覚はなかった。あるのはただ、心から滾ってくる闘志の炎だ。
『エターナル!』
蒼炎が晴れた刹那、そこには俺という“白い死神”が立っていた。
漆黒の外套を羽織り、両腕には俺の闘志を表すかのように蒼炎が迸っている。
黒覆面たちは、俺が「変身」したことに戸惑っている様子で、恐怖し後退りする者もいた。
そして俺は告げる。自身の名と、宣告を。
「俺は『エターナル』。お前たちを倒す、
さらに続けて言い放つ。
「さあ、お前たちの罪を――数えろ」
その台詞が手向けられた刹那、黒覆面の一人が砂を力強く蹴り、こちらに強烈な打撃を見舞わんとする。
しかし、その拳は俺には届かない。
一撃をもらう一歩手前で無防備な腹部に潜り込み、脇腹に掌打を喰らわせる。
骨が砕けるような鈍い打音と共に、蒼い火の粉が舞い散る。
黒覆面は、衝撃に耐え切れず、後方へ吹き飛ばされた。
殴ったほうの手――右手を握りしめたり、逆に開いたりし、今の自分を確認する。
「これが……『エターナル』、か」
吹き荒れ始める風にたなびく漆黒の外套。
呟き声が強風に煽られる砂のように消え入る。
突き飛ばした黒覆面がよろめきながらも立ち上がり、なんとしてでも一撃を被らせようとするも、遅い。
繰り出す刹那の前に、首元に回し蹴りを浴びせた。
黒覆面の首は人としては死に至る、百八十度も曲がり、身体は崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
絶命――その単語が、俺の脳内を掻き乱す。
初めて人を殺した、という感覚が俺の右足に残る。
蹴り飛ばした感覚。その際に響いたゴキリ、という純音。
だが、俺はもう、止まれない。
いま止まれば、間違いなく死ぬ。その確信があった。
死ぬ――それを生物としての本能がひたすら拒む。
死にたくないが故に、我が身可愛さが故に、この黒覆面たちを、俺は今から殺める。
決意を固めた俺に呼応するかのように、蒼炎が両腕から湧き上がる。
地を蹴り、一気に黒覆面たちに駆け寄る。
蒼炎を纏った両腕で次々と打つ、打つ、打つ。
そこに躊躇いは、欠片もない。
次いで、『エターナル』の武装と思われるコンバットナイフを逆手に握り、黒覆面たちを一閃する。
ただ、それだけ。蒼い死の火が黒覆面たちを燃やし、バタリと倒れゆく。
――終わった。一息つき、ベルトからエターナルメモリを脱着する。
変身が解け、俺の姿は死神から人間へと戻った。
風はいつの間にか止んでいて、代わりにポツリと水玉が頬に落ちた。
「ああ、俺は――」
言葉が紡がれようとした刹那、砂を踏む音が聞こえた。
咄嗟に首を振り向かせた。
そこには――
「……誰、です?」
鬼のような角を生やした、無垢な少女が佇んでいた。
思ったよりもグロいェ……。