姫様は身侭な方です。
身侭な方なのですが、なぜだか最近、ワガママをあまり言わなくなってしまいました。
「ねえ騎士。私、この──」
「はい姫様。この、なんでしょう」
「……やっぱり、なんでもないわ」
「左様ですか」
やはり奇妙です。
いつもならばあの調子でワガママや無理難題が飛び出すのですが、黙ってしまいます。
もしかすると、私の方に何か不手際があったのかもしれません。それでは騎士失格、姫様の番として役目を果たせません。
姫様は、宝石亀のときと同じように、動物図鑑を眺めていました。
姫様が眠ってからそっと確認すると、折り目のついたページには、猛々しくも美しい鱗を生やした、巨大な竜が描かれています。
その後も、姫様は何度も図鑑を眺めていました。姫様の輝く宝石のような瞳に映っているのは、やはりあのページです。
「姫様。では、そのように」
姫様が寝付いた頃、鎧と剣を携え、私は城を出ました。
騎士であるからには、主の期待を汲み取れなければいけません。
途切れる意識の中、どうにか城の医務室まで辿り着いたことは覚えています。
薄っすらと目を開ければ、それは天界の景色などではなく、よく見知った天井で、私は自分が生きていることを知りました。
「騎士っ!!」
「……!」
身を起こした途端に、横から誰かが抱きつきます。
体中を走る痛みの中、私はそれが姫様であることに気付きました。
「姫様、お召し物が汚れてしまいます」
「騎士っ、騎士ぃ……、うぅぅ……ぁ、うぁぁ……」
ぽろぽろと涙を流す姫様の白いドレスは、私の体から滲み出した赤黒い血で汚れていきます。
どうにか落ち着いてもらおうと考えた私は、懐から一枚の手の平ほどの鱗を取り出しました。
「姫様、こちらをどうぞ」
「……こ、れ」
竜の鱗です。姫様が何度も見返していたあの図鑑以上に、その鱗は美しい色合いで光を反射していました。
鱗一枚をどうにか奪い取り、私は逃げ帰ってきたのです。
しかし、姫様はふるふると首を横に振って、更に強く私を抱きしめました。
「いらっ、ない、わよっ!」
「そんな、こちらの鱗をお望みかと思っていたのですが」
「……ええ、綺麗だと思ったわ。一度、見てみたいと思ったわ。でも、あなたが、騎士が死んでしまってはいけないの!」
姫様は泣き叫ぶ。私は戸惑う。
「死んでしまうかと思った! 息をしていなかった! 血がたくさん出ていた! 悲しかったわ。恐ろしかったわ。寂しかったわ。辛くて痛くて、寒くて苦しかった……! 死んでしまってはいけないの! それなら、もう何も要らないから、ただ、ずっと……、側に、いて……」
それは、誤謬でありました。
役割よりも、何よりも大切な番というものを、私は蔑ろにしていたのです。
痛む体を動かして、姫様を強く抱き返します。
「姫様、どうかご容赦を。もう二度と、貴女から離れません」
「当たり前よ。離さないわ。私はあなたのもので、あなたは私のものなの。食事も、湯浴みも、眠る時も、ずっと一緒よ」
「はい、ではそのように」
それ以降、どんな時でも姫様と
暑苦しい夏場でも、姫様は眠っている間に私がどこかへ行ってしまわないようにと、ぎゅっと抱きしめて眠るのです。
「最後のワガママよ。二度と、私から勝手に離れないでちょうだい。これからはあなたにワガママを言わないし、言っても叶えなくていいから」
「はい、ではそのように」
「……でも、竜の鱗は本当に綺麗だったわ。ありがとう、騎士」
「……光栄です、姫様」
微笑み合い、抱きしめ合う。
役割よりも大切なものがある。それが私達、番というものなのでしょう。
「ねえ騎士。私、クレセントが欲しいわ」
「ワガママですか、姫様」
「あら、これはあなたへのワガママじゃなくて、博士に対するワガママだからいいのよ」
あの博士が自分の番を手放すだろうか、と考え、無理だろうなという結論に落ち着きます。ですが、騎士であるからには姫様の願いは極力叶えたいもの。
一日だけなら貸してもらえるかもしれないなどと、ぼんやり頭を働かせました。
やはり、姫様は身侭な方です。