「……ええ、……はい、ありがとうございます、よろしくお願いします」
博士が電話でだれかとお話しています。
博士の声がふんわりとしている時は、話している相手はかぎられます。今はきっと、「先生」と話しているのでしょう。
先生には会ったことがありませんが、博士となかよしらしく、いくつか話を聞いています。
「クレセント。クレセント! いるかい!」
「……下です。博士、下」
「下? ……あぁ」
ぼくをおなかにかかえておきながら、博士は大きな声でぼくをよびます。
最近はいつもこうしているので、博士もついわすれてしまったのでしょう。
それでも少し悲しくて、博士に顔をすりよせて「わすれちゃだめですよぅ」とおこってみせました。
「いや、すまない。眼鏡と同じだよ。一緒にいるのが当たり前になると、体の一部みたいに、側にあることを意識しなくなってしまうんだ」
「めがねじゃなくてクレセントですが……」
「ああ、そうだな。私の一番大切なクレセントだ」
博士がふわりと笑います。体がぽかぽかぽわぽわしてきます。博士の体に顔をぐりぐりおしつけました。
「ところで、どうしてぼくをよんだのでしょうか?」
「ああ、それなんだがね、しばらく私が出掛けるから、先生のところで預かってもらおうと思って」
「いっしょにお出かけではいけないのでしょうか?」
「少し遠いんだ。三日くらいかな。先生のところなら、安心して預けられる」
「……分かりました」
ぼくがまだ小さいから、博士といっしょに行けないのでしょう。
はやく大きくなりたいと思いました。少しでも博士の役に立ちたいのです。
とにかく今は、博士の言う通り先生にあずかってもらうのがよいのでしょう。博士の言うことはだいたい正しいです。
「では、よろしくお願いします」
「ええ。あなたも気を付けるのよ」
後日、博士につれられて、ぼくは知らない家の前にいました。
博士と話しているおばあちゃんが先生でしょうか。
「おばあちゃんが先生なのですか?」
「ええ、そうよ。でも、先生じゃなくておばあちゃんと呼んでいいわ」
「はい、おばあちゃん!」
たしかに、おばあちゃんは博士の先生であって、ぼくの先生ではありません。ぼくに色んなことを教えてくれるのは博士で、だから、博士がぼくの先生で、ぼくの先生の博士の先生は先生じゃなくておばあちゃんなのです。
……? ちょっとよく分からなくなってきました。とにかく、おばあちゃんはおばあちゃんです。
「働かざる者、食うべからずだよ」
「働かざる者、食うべからずです」
「そうさ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
おばあちゃんはいたずらっぽい笑みをうかべて、ぼくに家事を手伝ってほしいと言いました。
ぼくは博士の手伝いができるようになりたかったので、おばあちゃんに教えてもらえるのはうれしいことです。
よろしくお願いします、と言うと、黒と白の服をわたされ、これを着て家事をするといいと言われました。
メイド服、という名前だそうです。
そして、この服を着てお手伝いをする人をメイドとよぶらしいです。
ぼくは、三日間メイドになることになりました。